峡中禅窟

犀角洞の徒然
哲学、宗教、芸術...

『問われる仏教 応える仏教』(続)

2012-09-10 11:50:28 | 宗教

574504_233912413398449_674633615_n

さて、少し遅くなりましたが、9月3日に行われたBKDシンポジウム『問われる仏教 応える仏教』について...

 

釈宗徹師(浄土真宗)、阿純章師(天台宗)、池口龍法師(浄土宗)、松山大耕師(臨済宗)の報告は、それぞれかなり特色のある面白いものであったのであるが、一番年長で、総括的な報告をされた釈宗徹師の指摘の中から、特に印象に残った問題点を少し採り上げてみる。

 

師の指摘で、重要ではあるもののシンポジウムの議論からは抜け落ちてしまったものに、「エートス」の問題がある。

 

「エートス(ethos)」は、古代ギリシア哲学の根本概念の一つで、もともとは「いつもの場所」といった意味だったものが、転じて「習慣」という意味を担うようになり、アリストテレス以後、「倫理学(ethics)」の問題へと繋がっていく。ざっくり言ってしまえば、「良いエートス(習慣)」を身につけることで人は「良き生」を生きることができるが、「悪いエートス(習慣)」を身につけると、身を滅ぼすことになる...だから、人間にとって、「良きエートス」とは何か「人間の本性」にふさわしい「エートス」とは、どのようなものか? という問題になるのである。

 

マックス・ウェーバーがこの「エートス」という概念を、人間の「社会認識」の基本構造の分析に導入したことは有名であるが、そのさい、「エートス」が一口に「習慣」と言っても「慣例」それも文化的な慣例として形成され、形式的に身につけられていく側面、「信念」つまり人がそれを積極的に受け入れ、行為の規範として自らの意志で継続していくという側面とからなることをはっきりと区別して分析している。

 

これは、非常に重要なことで、例えば年中行事のようなものを「習慣」として考えるならば、先祖代々、お正月には初詣に行き、神社にお詣りをする...この行為には、地域社会全体がそうした生活習慣のスタイルをもっていて、家族もそうであるから、ごく当たり前のように、そういうものだと考えて、こうした行為を繰り返す...すると、意識しないうちに、お正月の初詣を基準にして、一年一年の区切りを考え、地域社会とのつきあい方を考え、四季折々の考え方を組み立てるようになる。このようにして、習慣は次第にその人の「社会認識」を規定し、世界観、信念の基盤を作り上げていくことになるのである。

 

しかし、例えば新しい信仰を持って新たな宗教に入信するとき、その宗教のもつ年中行事を受け入れ、通過儀礼を人生の設計に組み入れ、それを正しいものだとして自らの規範となすとき、「社会認識」の基軸は激変することになる。例えば、新年の日付がたとえ同じだとしても、それぞれその宗派独自の意味づけをもった年中行事があり、暦があるのであるから、生活習慣と、その意味が全く変わるのである。こうした結果が、次第にその人の世界観、信念に大きな影響を与えていくことは言うまでもないであろう。

 

このように見てくるならば、「エートス」はまさしく「宗教」の根本的なありようを考える上でも、極めて有効な概念装置であることがわかる。宗教が「信仰」あるいは「信念の体系」としてその人の社会認識、世界認識ないしは価値観、行動規範といったものと切り離すことのできないセットとなっている以上宗教を考えることは、同時にその宗教独特の「エートス」を考えることでもある。宗教は「エートス」を規定するという側面をもっているが、反対に「エートス」が宗教を支えている側面もあるのである。

そして、それ以上に重要なことは、或る宗教が本当にその人のものになるということは、その宗教の要求する「エートス」をわがものにして、生活の中に根付かせるということなのである。つまり、その宗教をただ「信じる」というだけでは本当にその宗教の世界をわがものにしたことにはならない。それぞれの宗教はその宗教特有の「エートス」をさまざまな位相において---儀礼、典礼、禁忌、戒律、修行形態など---定着させているのであるが、そうしたものを本当に自分の生活の「エートス」として受け入れ、習慣化し、骨肉化して初めてその宗教の世界に入ったと言うことができるのである。

さて、こうした前提の上で、釈宗徹師は「内向きのバインド」というタームを用いて、伝統的な日本の宗派仏教が強い「帰属意識」に支えられているところに、このエートスの問題を指摘し、ここを手掛かりにして伝統仏教再生の道筋を考えていくことの可能性を示唆していた。つまり、宗派毎に「強い帰属意識」があるのであれば、その強い宗派意識を形成するような「エートス」が伝統仏教の中に元来あるのではないか...それならば、それは一体いかなるエートスなのか...? そして、この部分に光を当てることができるならば、現代の日本社会においては著しく希薄になったといわれる家族や共同体の「絆」の再生に繋がるような新しい「エートス」の在り方を考えていくことができるのではないか...

「内向きのバインド」といえば、「宗派根性」のようなものももちろん入ってくるのであるが、必ずしも否定的な機能だけではなく、しっかりとした組織に不可欠の強い「帰属意識」をもたらす重要な側面ももっており、それを正しく評価していくべきなのではないか...

 

こうした指摘が重要であるのは、「問われる仏教」という時に、近年の日本社会が示してきているさまざまな歪みの背景に、家族の崩壊、地域社会の解体...という事態を見てとる人が多く、こうした人間関係の形骸化に対して、伝統仏教が何か伝統に根ざす故の切り札となるようなものをもっているのではないのか、という期待があるように思われるからである。

日本中どこにおいても「帰属意識」が希薄となってきているとき、弊害も大いにせよ「強い帰属意識」を形成することのできるようなものは、一体何か? という問いは、有効な共同体再建の切り札になるのではないのか...

 

釈師は、二千年にもわたる「ディアスポラ」の歴史にもかかわらず、民族としてのアイデンティティーを無くすことなく来ている、ユダヤ民族の例を引き合いに出しておられたのであるが、まさにユダヤ民族は、「コーシャ」と呼ばれる詳細な食物禁忌を始め、日常の細々した戒律の網の目の混乱や矛盾を解決する際に依拠すべき「教典(法源)」の記述の信用度まできっちりと等級化された、厳格厳密でシステマティックな戒律によって下支えされた「律法主義」の「エートス」をもつことによって何世代にもわたる迫害の苦難の歴史を乗り越えてきたのである。

例えばいまのユダヤ教を例にして考えれば、「食物禁忌」を厳格に定めておけば、人間にとって決定的に重要な「食」という位相において信者と非信者は食卓を一緒にすることができなくなる...あるいは「割礼」のように、きわだった身体的な「しるし」を身に帯びることによって、常に自分が帰属する集団を意識し、あるいは周囲に意識させることができる...「律法」は自分自身に対して、自らの帰属する集団への肉体的精神的な帰属を絶えず促し、他者に対してはその人が違う集団に帰属しているのだということを絶えず喚起する装置の役割を持っているのである。こうしたものが各メンバーの「アイデンティティー」の形成に巨大な影響を及ぼすことは容易に理解できるであろう。

さて、このことは、例えば或る集団が強固な信念を共有するためには、きわだった「エートス」の形成が不可欠である、ということを意味している。そして、仏教はどうか...

「日本仏教には戒律がない」という指摘や批判は良く耳にするのであるが、「ユダヤ教」が詳細な日常規則を設けて信徒の「エートス」を組織化していったのに対して、日本仏教は少なくとも「律法」あるいは「戒律」に基づいてきたわけではない。それにもかかわらず、或る種の「強い帰属意識」を形成する教団が数多く存在する...それでは、日本仏教において、信徒に「帰属意識」をもたせることができた装置は、一体どのようなものか...

この問いには、もちろん、それぞれの教団がそれぞれの解答をもっていることであろう。そしておそらく、宗派仏教の枠を超えて、「日本の仏教」としての共通の基盤となるような装置も、何らかの形で際立たせることはできるであろう。しかし、これは大きな、また別の課題である。

最後に、極めて大まかながら、私見を...仏教における「エートス形成装置」は、伝統的には「三学」つまり「戒(戒律)」「定(禅定:修行)」「慧(智慧:悟りの智慧)」に基づいている。大切なことは、「修行」という要素である。ユダヤ教のような啓示宗教における「律法」が、神との間に交わされた契約であり、いわばそれを遵守することが目的の主眼となっているのに対して、仏教の「三学」における「戒」とは、あくまでも「禅定」の修行を正しい仕方で、より良く行うためのものなのである。だから、「仏教エートスの形成装置」としても、中心にあるのは「修行」それも「禅定」の修行なのである。

ここで、ブログの論者が帰属する教団、禅宗の問題にかえろう。禅は、坐禅という身体技法をきわだった形で中心にもち、「瞑想」だけでなく日常生活を支える「労働」を徹底して「修行化」する形で発展してきた教団、「修行」という、「エートス」の形成あるいは「改編」に対して極めて有効なシステムをその根本に据えた教団である。

そして例えば、「浄土宗」「浄土真宗」であれば「念仏」、日蓮宗であれば「お題目」が、いわば身体を使ったエートス形成装置にあたるであろうか...。シンポジウムでは、直接この部分に入ることはなかったのであるが、こうした観点から、「応える仏教」の再編を考えることも、意義のある論点であろう。

 

 

 

 


『問われる仏教 応える仏教』

2012-09-04 13:03:22 | 宗教

Bdk

昨日、東京港区の「仏教伝道教会」で、BDKシンポジウム:『問われる仏教 応える仏教』が開催された。パネリストは、4人の若手僧侶。釈徹宗(浄土真宗)、阿純章(天台宗)、池口龍法(浄土宗)、松山大耕(臨済宗)の各師。

 

午後6:00から8:00までの2時間であったが、テーマが大きく、話題も多岐にわたったため、若干慌ただしい進行となってしまっていたが、内容的には時間以上の充実したものであったと言える。

 

印象的だったのは、宗旨宗派を異にする4師が、それぞれ旧来の教団の枠組みではあり得なかったような活動、発信を展開しておられるにもかかわらず、問題の受け止め方、そして答え方に、自ずとそれぞれが帰属している教団のもつ個性を色濃く漂わせていたことである。これは、いわゆる「宗派根性」とは違う「個性」...お互いにその違いをむしろ楽しみ、尊重し合うことができるような独自のカラーとして、改めて日本仏教の多様性、その豊かさに思いが行くのである

 

さて、4人のパネリストは、いずれも大きな枠組みにおいては共通のところを歩いているということが言える。すなわち、今日、伝統仏教が置かれている状況に対して、強い危機意識を持っており、思い切った活動をすることで敢えて「伝統という城壁」に頼らず、場合によってはそれを突き破っていこうとする...「伝統」はある意味において「城壁」のような存在であり、守りには堅牢な強みをもつのであるが、同時に、攻めにはどうしても迅速さを欠く体制なのであるから...

 

だから、4人が共通して、皆一様に「宗派の閉塞性はいけない」と言う。そして、昨日の発表も、きわめてオープンなスタンスに由来するものばかりで、これならば、仏教諸宗派の若手たちが何か共同の企画を通じて、超宗派で協力した取り組みを展開することも夢ではないし、事実、そうした試みも既に始まっている。パネリストの一人、池口師の『フリースタイルな僧侶たち』などがその代表の一つである。

 

それでは、こうした超宗派の僧侶たちが一致団結して何かをしていくとき、一体どのようなものが共通の基盤として確保されうるのであろうか? あるいはされるべきなのであろうか? 

 

もう少し言うならば、「問われる仏教」---伝統仏教の僧侶たちは、現代において一体何ができるのか? と問いかけられている...いま、この時、宗派を異にする僧侶たちが、組織として超宗派で団結するのではなく、あくまでもめいめいの持ち味を生かして独自の活動を展開していく方向に向かうのだとしても、仏教として何か大きなところで通底するものがあるはずだ、それは何か? それが「応える仏教」であり、その「通底する何か」をはっきりと自覚して行かなくては、本当の意味での「超宗派」にはならない...そして「伝統仏教」の「伝統」も「仏教」も、その良さがわからない、ということになってしまう...

 

シンポジウムでは、この「通底するもの」が明確な形で主題にのぼることはなかったのであるが、この点は、少し残念。もっとも、それは時間が少し足らず、その時間が足らない理由が、4師がそれぞれ日常から活発な活動を展開し、「応える」という部分で伝えたい多くのものをもっていたからであるから、やむを得ないことなのであるけれども...

 

もちろん、この「通底するもの」を、やはり皆「仏教だから」だというのでは、答えにならないことは言うまでもない。宗旨の違う4師が集まって、こうしてシンポジウムができるのは、同じ仏教だから...それはその通り。しかし、その同じ「仏教」が駄目だと言われているから、4師は敢えて新しい---場合によっては「仏教的ではない」と言われかねないような試みを取り入れて頑張っているのであるから...そして大切なことは、「応える仏教」の「応える」ゆえんをきちんと意識し、明確に自覚し、共有し、新しい仏教再生、さらには現代の私たち全員の精神の再生に繋げていくということであるから...。

「通底するもの」が「仏教」であるならば、その「仏教」とはどのようなものなのか? どのような有り様をしているのか? 「応える仏教」が伝統に根ざしながらも「新しい」ものであるのであれば、その「新しい」ものとは、どのようなものなのか...

 

 

この点で、シンポジウムにおいて示されていたのは、まず、核となるのは「教団」でも「教義」でもない、「人」ということ。4師は、まず教団のメンバーとしてではなく、個人として、自分自身の問題として取り組んでいる。「問われる仏教」の「問われる」を、「教団」があるいは「伝統」あるいは「仏教」がではなく、「自分の仏教」が問われているのだから...というところにおいている。だから、「応える仏教」も「自分が応える仏教」になる。それが、4師の多彩な活動となって現れている。4師のプロフィールに記された経歴が、既に「応える」試みの軌跡なのである。

さて、それではこの「人」というところから、更にもう一歩進んで、「人」が「問いかけられ」そして「応える」...その問いと答えはさまざま...そしてそのさまざまな問いと答えを通じて浮かび上がってくる「新しい仏教」の在り方...それぞれの試みは、まだまだ模索の中にある。その模索の中から、少しずつ浮かび上がってくる新しいあるべき仏教、新しいあり得る仏教...そしてその在り方を意識して取り出してくる、その思想...想いは尽きない、刺激的なシンポジウムである。

最後に一つだけ言うならば、私自身が臨済宗の僧侶であることもあり、一番深く共感したのが、退蔵院の松山大耕師の発表。師は、「人を殺してはいけないのか?」「なぜ、世界には戦争が絶えないのか?」「人は死んだら、どうなるのか?」といった、基本的でありながら、しかも応えることができないような問題に対しても、僧侶は逃げてはいけない、と提議しておられた。

僧侶は、応えられないからといって、逃げてはいけない...一緒に考える...真剣に考える。これは、重大で根本的な問題に直面したとき、逃げないで相手に(時には、自分自身に)寄り添う...そうした行である。問題から逃げないためには、そうするほかはないから...。師は、広島の中学校に赴いて、授業でそうした問題を採りあげ、子供たちと一緒にとことん付き合う実践の経験の中から、そのような課題を、僧侶の果たすべき重要な役割の一つとして見いだしてくる。これは、地味ではあるが、重要な問題提起を含んだ指摘であろう。

私は、こうした問題提起を考え抜くかなたに、先ほどから書いている「通底するもの」あるいは「応える仏教」の新しい姿を見ていきたいと考えている