峡中禅窟

犀角洞の徒然
哲学、宗教、芸術...

「汎用人工知能」をめぐる問題から見えてくるものは...

2016-11-23 15:32:48 | 哲学・思想
新しい技術に対しては過大な期待がかかる...それは良いのですが、そうした期待に便乗して、企業や企業の推進するプロジェクトのイメージ・アップを図る...
企業というのは経営体ですから、そのこと自体は当然だとしても、そのやり方が問題ですね。社会に対する影響力の大きい企業、つまり一定以上の「ブランド」を持った企業には、それ相応のマナーが要求されるはずですし、行儀の悪さはその企業のイメージのみならず、その分野の技術全体に対するイメージの失墜をもたらしかねません。

これは「汎用人工知能」と言われる場合の「汎用」という言葉の定義の揺れの問題なのですが、この記事の主張がそのまま正しいのだとすれば、日立のやっていることは「勇み足」ではなく悪質な便乗ですね。
日立ほどのブランドを背負った会社がやって良いことかどうか...
この記事が、企業のコンプライアンス崩壊の現れでないことを心から望むのですが...

さて、問題の核心は、この記事の中のコメント、

日立製作所としては、「汎用的に使える」「人工知能技術」ということで、略して「汎用人工知能」と呼んでいるという主張なのだと思いますが、「汎用人工知能」では全く意味が異なってしまうため、濫用は避けるべきです...

というところにありますね。
要するに、幅広く様々な分野に容易に応用ができる、という意味での「汎用」という定義であれば、それは一般的な言葉の使われ方であるのですが、それならば、既にAIの技術は社会の中に様々な形で取り入れられており、既に「汎用」といって良いAI技術は珍しくなど有りません。だから、日立がわざわざここで「H]として大々的に打ち出しているものは、そんなありきたりのものではないはずです。
しかし、その実態は...
確かに、このページにある日立のPVを観てみると、「このようなことができます...」とあげられているものは、特段凄いものではないことがわかります。
記事の中でも引用されている丸山宏氏のコメント、

ビッグデータ、教化学習、最適化などの技術を、汎用のツールとしてブランド化したもののように見えます...

がピッタリで、鳴り物入りのこの「汎用人工知能」にできること、なるものがこの程度では、確かに「とほほ...」となるのです。

もう一方でこの記事は、IBMの「コグニティブコンピューティング」と、「ワトソン」を袋叩きにしていますが、ここで挙げられている事例を見れば、確かにがっかりとなりますね。
もちろん、公平を期していうならば、ここであげられているチャットの例など、お互いが「誰であるのか」ということがわからない状態で気の利いた会話をせよ、ということなど所詮は無理ですし、初めて会う相手で、相手のこともよく知らないのであれば、ここでのワトソンとの「会話デモ」以上の気の利いた会話ができるかどうか...今時の若者だってできないかもしれない(笑)
ですから、少し意地悪が過ぎるようにも思います。ワトソンの場合には、アメリカの有名クイズ番組「ジョパディ」に挑戦し、歴代のチャンピオンに挑戦して勝利を収めた、という成果も出してます。これはとても凄いことです。



ここで少し注意しなくてはならないことなのですが、「会話」の問題を扱う場合には、はるかに難しい問題が存在します。そもそも会話というのは、ただの情報のやりとりではありませんから、進行している言葉のやりとりが「もっともらしい」からといってそれを「会話」と呼ぶことには問題があるのです。
たとえば、How are you? という簡単で日常的には何気ない言葉であっても、相手に対する How という「気遣い」がそこになければ、How are you? という問いかけにはならないのです。
私たちは、How are you? という言葉を通じて相手の「気遣い」を感じ、その気遣いに対して I'm fine,thanks! と「心遣い」を返すのです。言葉は、ここでは単なる情報のやりとりではなく、気遣いの応酬と交流であって、その心の通い合いがコミュニケーションの基本となります。「気遣い」というような、「心」のないところには、How are you? I'm fine,thanks!という「会話」は成立しないのです。「気遣い」「心遣い」あるいは「心」といったものは、何気ない会話の表面には浮かび上がってこない隠れた主題です。しかし、この隠れた主題...情報化して処理することのできない心の領域を円滑円満にするために、私たちは、How are you? I'm fine,thanks! と決まり切った定型句をやりとりするのです。ちょっとしたイントネーション、表情、間...言葉としては上がってこない様々な微細なトーンが、こうした隠された主題の活動を私たちに感じさせる兆候であり、痕跡なのです。

繰り返しますが、言葉を発する側も、そして当然受ける側も、互いに対する「気遣い」がある。その気遣いが「コミュニケーション」の本質です。気遣いがないところにコミュニケーションは有りません。それは会話ではなく、面前に「人間」と認識される物体が現れた場合にあらかじめ約束されていた受け答えとしてのビーコンの音を発することと何ら違いはないのです。受ける側も、相手のビーコン音を受信したとき決められている規定のビーコンを発するだけ...二台のロボットがであって、ぺこりと頭を下げ、互いにビーコン音を出したとすると、見ているわれわれは、それを「挨拶しているようだ」と見るかもしれませんが、そんなものは挨拶でも何でもないのです。それでは、AI搭載のロボットとの「会話」なるものは、本当に「会話」なのか...
実は、「会話」というのはとても難しいものなのです...人間同士であっても、とても難しい...それは、「会話」の本質の中に「心」の問題があるからなのです。広い意味での「コミュニケーション」を考えるのであれば、情報のやりとりだけで成立するコミュニケーションの局面も確かに存在します。しかし、何気ない「会話」というのは、そうした情報のやりとり、という明快な目的がない分だけ、はるかに難しいのです。
さて、この記事で執筆者がいらいらを募らせている原因は、この「会話デモ」の完成度の低さだけではなく、一見コミュニケーションを遂行しているように見えて、その実一番肝心なところが抜け落ちている、「心のない」コミュニケーションまがいに対する本能的な嫌悪感ではないかと推察されます。
機械に心を求めることは無理だとわかっているにしても、「会話」と銘打つからにはもう少しもっともらしくできるだろう...「気遣い」あるいは「配慮」が有るかのように錯覚させるような会話の小道具のいくつかぐらい、プログラムの中に忍び込ませても良いのじゃないか...ファーストフードのアルバイトが窓口で捲し立てる「心のない」接客マニュアル以下のできばえじゃないか...といったところでしょうか。

さて、本題に戻って、「汎用人工知能」と称するものについてですが、要するに、

日立の提供する「汎用人工知能」H(エイチ)に関して言うと、仮にも(IBMのコグニティブコンピューティングよりも遥かに意味として強い言葉である)「汎用」人工知能を名乗るなら、Siriよりマシな会話ボットをWebでデモしてくれてもバチは当たらないと思います。少なくともビデオやWebを見ている限りは、既存技術の焼き直しと寄せ集めに見えて、あまり「汎用っぽさ」は伝わってきません...

だと筆者は切り捨てていますが、その通りだといわねばなりません。AI産業の先端で開発に向けて努力されている本来の「汎用人工知能」とは、

AGI(Artificial General Intelligence)の訳とされ、人工知能研究のメインストリームでは、GoogleやFacebookなどを含めて「まだ世界の誰も開発に成功していない」ものとされています...

そして筆者は、こうも付け加えています。

そもそも、なにをもって「汎用」と呼ぶのか。ビデオの中では「プログラミングが必要ない」というようなことを仰っていましたが、それを言ったら既に主流であるCaffeやmxnet、CNTKだって設定ファイルだけで勝手に学習して使えるわけだから「汎用人工知能」だと言えます。そんな誇大広告は誰も望んでないので誰もその言葉を使っていないだけです。誰もいろんなものを留めることに使える輪ゴムを「汎用の輪ゴム」とは呼ばないのと同じように、機械学習はいろいろなことに適用できるのがむしろ当たり前だからです。

AI産業の先端で取り組まれている「汎用人工知能」を「汎用」といわせるものは、いったい何か...
実は、それはとても難しい問いです。人間の頭脳は、「汎用」であるといって良い。様々な事柄に対応する場合の応用可能性の柔軟さは、驚異的なものです。個別の問題設定をした上での処理であれば、人間の頭脳よりも優れたものはいくらでも生み出されてきましたが、人間の頭脳に取って代わるような柔軟性を備えたAIの出現はまだのようです。
しかし、ここで「応用可能性」とか「柔軟」と言われているものが、いったいどういうことを意味しているのか...
実はそれはとても難しい問題なのです。人間の知性とはいかなるものなのか...考える、ということは、どのようなことなのか...実は、こうした問題は自明ではないのです。
どのようなAIの技術であっても、基本的には「アルゴリズムの処理」に還元されます。人間の頭脳は、人間の精神は、果たしてアルゴリズムを使って解明され、再構成されうるものなのでしょうか...
この問題も又、結局は「人間とは何か」という問いに帰って行くのです...


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14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
人工知能神秘化反対主義 (ストライベック)
2018-07-04 19:54:09
 元日立金属で現在ダイセルの首席技師でかつ島根大学客員教授の久保田邦親博士は、材料物理数学再武装である意味明快な人工知能の原理を説いていますよ。衒学主義ではなく具体的世界現象と人間の認知特性を明快な物理数学で説いていると思われます。
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トライボロジーの奥深さの理論化 (播磨エンジンマニア)
2018-08-04 21:06:48
 それって材料物理数学再武装でしょ?
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炭素結晶の競合モデル (機械工学関係)
2018-09-04 03:02:11
 それにしてもトライボロジー分野でのCCSCモデルが結構反響を与えているようですね。
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ISIJ (物理好き)
2018-09-19 12:38:05
日本鉄鋼協会で講演するらしいですね。
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ダイセルいいかな (学生)
2018-10-03 20:34:37
 二重擬三元系状態図で摩擦の基本原理を熱く語る久保田博士は憧れました。
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パウリの神様と悪魔 (物理系)
2018-10-16 03:34:34
 播磨科学都市にある加速器をつかって解明したらしい。
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論文は精読しなきゃ (JAMAっこ)
2020-04-24 17:09:30
 それは論文をよく読んでご覧。つくばのKEKですよ。ただし今後は播磨でやるんでしょうね。
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疲労強度 上に凸の関数 (ラマン分光ファン)
2021-03-03 18:46:19
材料物理数学再武装はいいですね。マルテンサイトの強度と靭性のバランスが科学的に求まるのは品質工学をやっていてありがたい。
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エキソエレクトロン (塑性加工関係)
2023-02-22 03:55:43
プロテリアルのオールマイティーな高性能特殊鋼SLD-MAGICを開発し自動車産業の車両部品関係でハイテン成形金型(冷間ダイス鋼)なんかの社会実装に成功されている方ですね。
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グリーンデジタル (サステナブル)
2023-06-11 23:28:17
もしかして日立Lumadaの開発者?
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