恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

恐怖日和 第十三話『黄色い雨合羽』

2019-04-15 11:34:19 | 恐怖日和

黄色い雨合羽

 俺のストレス解消法教えてやろうか。
 それはな夕暮れに塾帰りの子供を襲うことだ。
 まあ、たいていの子は親に送り迎えしてもらってるけど、中には忙しくてそんなことできない親もいる。
 そういう子供を狙うんだ。
 子供はいいよな。抵抗力が小さい。
 本当は俺を小馬鹿にする大人の女をやりたいんだけど、かなりの力で反撃されるからこっちの身がやばいんだよ。かといって子供でも高学年の子はだめ。大人並みの力を発揮する子もいるからね。
 そう。狙うなら低学年の子供。
 そんな小さな子を放っておく親なんてそうそういないように思うだろ? ところがどっこい結構いるもんなんだよな。
 ああ、俺はなんて卑劣なんだろうって自分で思うね。非力な子供に暴力を振るうなんてさ、卑劣過ぎてワクワクするよ。
 そうだな。一番いいのは女の子。けど人知れず拉致るのに選り好みなんてやってられない。とにかく一人で帰る子を見つけたら、誰でもいいから即行拉致らないと。
 後ろからそっと近づいて頭に袋かぶせるんだよ。
 ほら、この袋。小学校ん時の体操着の袋。
 まさか、母親も愛情込めて作ったものがこんなことに使われてるなんて思ってもみないだろうな。
 で、これかぶせて素早く車に放り込む。悲鳴上げる間も抵抗する間もないくらいあっという間に。
 乗せたらまずは一発腹パンだ。
 これでたいていの子は恐怖でじっとなる。泣いたり暴れたりする子も入るけど、殺すぞって凄めばだいたい大丈夫。
 後は誰も来ない空き家に連れ込んで――ああ、見つからないよ。空き家って言っても住宅地じゃなく会社の空き倉庫だからね。父親の会社で辺鄙すぎて使ってないとこがあるんだよ。そこ。
 で、男の子なら――まあ俺はハズレって言ってんだけど――ハズレなら全身ぼっこぼこかな。嫌味な上司や同僚に見立てて殴る蹴る。うん。結構すっきりはする。
 女の子なら? そんなのやること一つじゃん。
 ただ残念なのが、顔バレしないように袋かぶせたままなんだよね。ふっくらほっぺもなめたいけどさ、やっぱり顔バレはヤバいでしょ。
 済んだら男の子と一緒でぼっこぼこにする。だって、トラウマ級にビビらせとかないとね。
 優しくないよなぁ俺。だからモテないのかな。
 でも殺しはしないよ。そこまで悪人じゃないもん。
 うん。今のところ誰にもばれてないよ。
 ふふ、うまいもんだろ。
 ただね、警戒が厳しくなるよね。だからそう頻繁にはできない。しばらく我慢さ。
 けど喉元過ぎればなんとやら、すぐ疎かになってまた一人で行動する子供が出始める。大人ってほんと馬鹿だね。
 で、そろそろ喉元過ぎた頃なんだよね。
 久しぶりだから、すごくワクワクするよ。

          *

 男は待機した車の中で舌打ちした。待っている間に雨が降り出したのだ。雨足はだんだんとひどくなっていた。
 こうなると子供の送迎率が高くなる。
 きょうはあきらめなくてはならないのかと思うと、楽しみが大きかった分、失意も倍以上になった。
 次の機会まで待たなければならない日々を思い、もう一度大きな舌打ちが出た。
 それでも期待して待ってはみたが、一人歩きの子供はやってこない。全員迎えが来て帰ってしまったのだろう。
 男は塾から少し離れた目立たない路地に車を止めていたが、雨が降って人通りがないとはいえ、そろそろ近隣の住人や警邏中の警官に見咎められる恐れがある。
 あきらめることも大事だな。
 男はため息をついた。が、心とは裏腹にあきらめきれない不満がストレスとなり澱んでいた心がさらに澱む。
 ああ、どうすればいい? どうやったらこの気持ちが解消されるんだ?
 知らず、知らず奥歯がゴリゴリと音を立てていた。
 そうだ。次は殺せばいいんだ。
 どうせ殺すんだったら顔見られてもいいしな。袋を外して怯える目を見ながら、あんなことやこんなこと思う存分いたぶってやろう。こうなったら男の子でも女の子でもどっちでもいいや。
 そう考えていると気持ちが高揚してイライラが消え、頬も緩む。
 こりゃ楽しみだ。よし。次回まで死体の捨て場所も探しておかなきゃ。あの倉庫の裏に穴を掘っておくのもいいなあ。ああワクワクする。
 心の澱みが少し薄まり、男はエンジンをかけようとキーに手を伸ばした。
 その時、十数メートル前方にある街灯の下に小さな人影が浮かんだ。煙る雨の中を黄色い雨合羽を着た子供が一人とぼとぼとこちらに向かって歩いてくる。
 暗い上に深々とフードをかぶっているので、男の子か女の子か顔は見えない。方向が違うので塾帰りの子供ではなかった。母親にお使いでも頼まれたのだろうか。
 この際、そんなことどうでもいい。チャンスはすぐにものにしないと。
 よっしゃあっ。
 男はガッツポーズを作ると音を立てないよう運転席から降り、車の陰に潜んだ。
 前髪や首筋に滴る雨粒は不快だったが、こんな雨だからこそ証拠が残りにくいと、天が味方しているような状況にほくそ笑んだ。
 獲物は殺すとさっき決めたことで男の高揚感は半端なかった。
 死体の捨て場所なんてどうとでもなるさ。
 雨なのか涎なのか自分でもわからない口元に流れる雫を手で拭う。
 黄色い雨合羽は何も知らずに近づいてくる。
 次の街灯の下では身の丈に合わない大きな合羽を着て同じ色の長靴を履いているのがはっきり見えた。依然、性別はわからない。
 ピチャピチャと足音が聞こえ始め、男はより深く車の陰に身を寄せた。もうすぐ前を通過する。
 黄色がさっとよぎったのを合図に男は陰から飛び出し、後ろから子供の頭に袋をかぶせて抱きしめた。
 小さくて柔らかな肉感が胸や手に伝わる。男の耳には自分の荒い鼻息しか聞こえてこなかった。
 抱きかかえ急いで後部ドアを開けようとした時、かぶせていた袋がペチャっと水溜りに落ちた。
 だらんと合羽が腕に掛かって、中身の子供がいない。
 おい嘘だろ。手品か。
 いや、今の今まできつく押さえつけていたんだ。逃げられるはずない。
 男は両手で合羽の肩をつまんで目の前で広げてみた。
 ずぶ濡れの合羽はだらりとして皺に沿って流れる雨水が地面にぽたぽたと雫を垂らしていた。
 一体どういうことだ?
 合羽を右に左に眺めていると手に重みを感じ始めた。
 目の前のフードだけが膨らんで持ち上がっている。中には丸い子供の顔があった。
「わっ」
 思わず、合羽を放り投げる。
 ぺちゃんこの合羽が地面で雨に打たれていた。
 見間違いか――
 男は目に流れ込んでくる雨水を拭いながら笑った。
 じゃ、子供はいったいどこに行ったんだろう。たとえ中身だけうまく逃げたにしてもどこにも見当たらない。
 男は辺りを調べ車の中も確かめてみたが、やはりどこにもいなかった。
 目の端で黄色が動いた。
 雨に叩かれ地面にへばりついていたはずの合羽が立っている。
 フードが持ち上がり男を見上げたが、その中には何もない。
「なんなんだ」
 動けずにいる男に向かって合羽がとことこ近づいてくる。
 蹴り飛ばすとぺしゃりと地面に落ちる。男は狂ったようにそれを踏みつけ、両足を乗せ踏みにじった。
 合羽の鮮やかな黄色が泥にまみれてくる。
 足を滑らせバランスを崩した男は尻もちをついた。舌打ちし、座り込んだまま目に流れ込む雫を拭っていたので、頭上に浮かび上がった合羽に気付かなかった。
 合羽は男の上に覆いかぶさった。体を包み込むと風船が萎むように縮み始める。
 男の苦し気な声が聞こえた。
 合羽はどんどん縮み、その度にばきばきと骨の折れる音が聞こえ、やがて呻き声は聞こえなくなった。
 それでも合羽は縮むのをやめず、小さく小さくなって黄色い粒となり、絵具のように溶けて雨水とともに側溝に流れ込んでいった。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿