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恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

恐怖日和 第五十九話『鵺』

2021-05-28 08:28:52 | 恐怖日和




 ギィヤァッ
 ベッドで布団にくるまれ読書していた美路《みち》は顔を上げた。
「なんの声?」
 横にいる剛生はすでに熟睡しているので返事はない。
 ギィヤァッ
 また聞こえたので、今度は起き上がって窓に近付き耳を澄ませた。
 ギィヤァッ
「なに? こわっ。ちょっとたけちゃん起きてよ。変な声がするの」
 肩を揺すると剛生が眉をしかめ、細く目を開けた。
「なんだよ? まだ起きてんの? さっさと寝ろよ」
「外でなんか変な声がするの」
「ネコだろ?」
「この辺りにネコはいないよ」
「じゃ鳥だろうよ」
 剛生は布団に顔を埋めようとしたが、美路は布団の端を押さえてそれを阻止した。
「今は真夜中よ。鳥なんか鳴くはずないじゃない」
「お前知らないの? アオサギとか夜にも鳴くんだぞ」
「え、そうなの? って、アオサギって何?」
「ははは。お前は街生まれの街育ちだからな」
「あんたは田舎生まれの田舎育ちだもんね」
「ははは。アオサギって、オレの実家の田んぼに白いのよく見かけるだろ、あれ。
 ゴイサギやトラツグミって鳥も夜に鳴くんだ」
「へえ、鳥は夜になんか鳴かないと思ってたわ」
「ふつうはそう思うよな。だから昔の人は鵺とか呼んで怖がってたんだよ」
「あ、頭がサルとかトラとかいうやつね」
「ははは。頭がサルでトラは胴だったかな。尻尾が――」
「ヘビっ」
「そうそう。今でいう都市伝説なんだろうな」
 美路は剛生の話を聞きながら、再び声がしないか耳を澄ませていたが、もう聞こえてくることはなかった。

「ねえ、美路ちゃん、昨日たまたま夜更かしして聞こえたんだけど――」
 高橋さんが門前の花壇に水を撒いている美路の肩を叩いた。ほぼ同年齢で新婚、まだ子供がいないという共通項で仲良くなったお隣さんだ。
「あ、叫び声ね」
「そうそう、美路ちゃんも聞いたの?」
「そうなの。怖くて旦那叩き起こしたわよ。旦那が言うにはね――」
 そこにお向かいの岩城さんが自転車で買い物から帰って来た。年は離れているが明るくて楽しいお喋り仲間だ。
「ねえ、ちょっとちょっと聞いて。夜中にね――」
「「叫び声が聞こえたんでしょ」」
 高橋さんと同時に言った後、「あはは、結構みんな夜更かししてるのね」と美路は笑った。
「たまたまよ」
 そう高橋さんがはにかむと、
「子作りに励んでんだね。いいね、いいね」
 岩城さんがうんうんうなずいた。
「もうやだわ、岩城さんったら――で、美路ちゃんの旦那さん、なんて?」
「鳥だっていうのよ。アオサギとかあと何だっけ――」
「ゴイサギとかね」
 岩城さんが後をつなぐ。
 高橋さんはエプロンのポケットからスマホを取り出し、検索し始めた。
「あ、ほんとだ。ほらこれ」
 優雅に佇む白い鳥の写真が名称とともに載っているのを見て「うん。田んぼでよく見かけるやつだ」と剛生の言葉を思い出し、美路はうなずいた。
「ちょっと待って――」
 高橋さんが再び何かを検索し、画面をこちらに向ける。
 夜中 鳥 鳴き声
 という検索項目の下に出てきた情報には、やはりアオサギやゴイサギといった名前があって、生まれてから一度も見たことない、これからもたぶん見ることはないであろうトラツグミという鳥やハクビシンやキツネなどの動物の名前まで載っていた。
「ハクビシンって割と民家にいるのよくテレビでやってるけど、キツネはこの辺にいないよね」
 高橋さんの音読が終わってから岩城さんが訊く。
「自分たちが知らないだけで、結構見たこともない動物が徘徊してるかもよ」
 美路が返すと岩城さんが「うわ、やだ」と眉をひそめた。
「ホントよね、こんな林や田んぼのないところでアオサギやゴイサギの声が聞こえるっていうのもおかしな話だし」
 高橋さんがスマホをポケットに戻して首をひねる。
「わたしはもうずいぶん前から夜中に読書してるけど、あんな鳴き声聞いたの初めてだったわ」
「開発、開発で、自然を追われた鳥や動物が民家の近くに潜まざるを得なくなってきてるってことか」
 美路の言葉に岩城さんがしみじみつぶやき、自分の言葉に自分でうなずいた。
「女性の叫び声ってこともあり得るかも。殺傷事件があったとか?」
 高橋さんがいたずらっ子のようににやりと笑う。
「いやいやいや、そんなことあったら今頃この近辺、大騒ぎになってるわ」
「ううん、まだ発覚してないだけで――」
 高橋さんが話を続けようとしていると、
「こんにちは」
 二軒隣の山原さんが赤ちゃんを連れて通りかかった。肩からかけたハンモックのような抱っこ紐の中で、赤ちゃんがおくるみに丸ごと包まれていた。
「山原さんったら、まだ肌寒いちゃあ肌寒いけど、そんなに包み込まなくても大丈夫よ。逆に暑すぎて汗かいちゃうわ」
 岩城さんが手を伸ばすと山原さんがそれを避けた。
「これでいいんです」
 ほんの少しだけ不愉快な表情を浮かべた岩城さんだったが「いえ、こちらこそごめんなさい」と謝った。
「ね、ね、ね、山原さんは聞いた? 夜中の鳴き声」
 雰囲気を変えようとした高橋さんが例の鳴き声のことを聞いた。
「子育てに忙しくて疲れてる山原さんが夜中に起きてるわけないでしょ」
 先に岩城さんが返事するも、今度は高橋さんが明らかに不快な表情を浮かべる。
「どうせわたしには子供ができませんよ。ええ、ええ、子作りだけ励んでるエロい女ですよ」
 目から涙がこぼれ落ちるのを見て美路は「そんなこと誰も言ってないよ」そう言って高橋さんの背中を撫でた。
「ご、ごめんね、そんなつもりで言ったんじゃないよ。ホントごめん」
 岩城さんも慌てて高橋さんの手を握りしめた。
「うん、わかってる。ホントはわかってるよ。でも――」
 子供をよほど欲しているのだろう。もしくは実両親や義両親に急かされて追い詰められているのかもしれない。
 日頃は微塵も悩んだ姿を見せない高橋さんを立派に思いながら背を撫で続けた。
「すみません。この子夜泣きがひどくて、お騒がせしてしまって――昨夜、特にひどくて主人が怒り出したものですから、迷惑だと思いながらも外であやしてたんです」
「え? 違うわよ。赤ちゃんの泣き声じゃなくて、ぎょえーとかぎぃえーとか不気味な鳴き声のことよ」
 ぐすぐすと鼻を鳴らしながらきょとんとした顔で高橋さんは山原さんを見た。美路も岩城さんもその言葉にうなずく。
「ええ、だからうちの子です。ホントにもうっ、今頃すやすや眠るなんて」
 山原さんがそっと顔にかかったおくるみをめくった。とても小さくて愛らしい寝顔に美路は思わず微笑んだ。
 でも――山原さんの言ってる意味わかんないんだけど? なに? 冗談?
 そう思っていると、突然赤ちゃんが目を覚ました。
 つぶらな目が美路たちを見つめる。だがその瞳は黄色くてまん丸で、さっき画像で見た鳥と同じ目をしていた。

恐怖日和 第五十八話『ありがとう』

2021-05-14 02:41:40 | 恐怖日和




「今まで応援ありがとうな、滝本。オレやっと決めた。正真正銘、彼女を自分のものにする」
 そう言って箕輪がビールを飲み干した。
 正真正銘? とうとうプロポーズするのか?
 心の中だけでつぶやき返事をしない俺に、箕輪が「もちろん応援してくれるよな」と口元を歪めた。
 応援? 今までそんなものしたことないけど。
 再び心でつぶやいてジョッキを傾ける。
 箕輪とは小学生からの親友だ。『だった』と言うべきか。というのは高校時代、同じ女子を好きになり、その子への告白を出し抜かれ、俺の中で終わった関係だからだ。
 いや、そうじゃない。こいつは俺の気持ちを知らなかった。だから失恋は勇気がなかった自分のせいだ。思い切って行動し、成功したこいつを恨む筋合いはない。
 そう何度も考え、憎しみや彼女への想いを断ち切ろうとした。だが、彼女の一挙一動を嬉しそうに報告する顔を見ていると憎しみがますます募るばかりだった。
 本当は俺の気持ちを知っていてわざとじゃないかとさえ思え、卒業して三年、それが今もずっと続いている。
 ふつう彼女が出来れば親友関係が薄くなりそうなものだが――もし俺ならきっとそうなる――こいつは彼女だけに専念せず、俺との付き合いも継続していた。親友想いのいいやつと言えば聞こえはいいが、今まで一度も飲みの場に彼女を同席させたことがないので、やはりこっちの想いに気付いているのかもしれない。隙あらば二人の仲を裂くかもしれない俺を見張るためか――応援するような言葉などただの一度も吐いたことがないのに、こうやって言ってくるのは俺を牽制しているに他ならぬのではないか。
 堂々巡りのいつもの答え。
 ああ、俺は今も彼女を忘れられずにいる。もし喧嘩話でも聞こうものなら、すぐ駆けつけてあんな男とは別れちまえと言ってやるつもりだ。
「いつするんだ?」
 お代わりしたビールを飲み干してから聞いた。
「今晩、この後すぐ。もう準備もできてる」
 箕輪は隣の椅子に置いたバッグをぽんぽんと叩いた。
 指輪か――
 どんな指輪かわからないが、それをはめた彼女の白くて細い指を想像し頭がかっとなる。
 プロポーズが成功すればますます手の届かないところへ彼女は行ってしまうのだ。
「じゃ、こんなとこで飲んでちゃいけないだろ。早く行かなきゃ」
 情けないことに、嫉妬する気持ちとは裏腹の言葉が口を衝いて出る。
「そうだな。そろそろ行くか――お前まだ飲んでるんだろ? ここで成功を祈っててくれ。じゃあな」
 箕輪がポケットから出した一万円札を置いて席を立つ。
 喧嘩もない睦まじいカップルが失敗に終わるわけないだろ。
 箕輪の背に尖った視線を投げかけたが、やつが振り返ることはなかった。

 特別な物が入っているのはやつのバッグだけじゃない。
 箕輪を追ってすぐ店を出た俺は少し離れた位置を保ちながら自分のバッグの中身を確認した。
 箕輪に会う際には必ず入れている物――研ぎ澄まされたサバイバルナイフ、だ。
 手を入れて柄を握る。
 もう我慢の限界だった。彼女のすべてが箕輪のものになる前にやつを殺す。実行すればもう二度と彼女に想いを伝えられないが致し方ない。
 ふっと自分自身を鼻で嗤う。
 同じ殺るならもっと早く実行しておけば、ここまで嫉妬に苛まれることはなかったのに。
 彼女の住むハイツが視界に入ってきた。
 箕輪がドアの前に立ち、おずおずとインターホンを押している。開くと同時に指輪のサプライズをするのかバッグに手を入れていた。
 俺もナイフを握りしめ、物陰から飛び出した。
 気配に振り返った箕輪が驚いた表情を浮かべたのと強靭な刃が深々とやつの脇腹に押し入ったのが同時だった。
「なんで――」
 困惑を浮かべたままの箕輪が崩れ落ちる。
「ずっとお前が憎かった。わかってんだろ?」
 痛みに引きつった箕輪の顔がすっと緩んだ。
「いや――でも――ありがとう滝本」
 荒い息を吐きながら言う。
「はあ?」
 今度は俺が戸惑う番だった。
「お、お前が止めてくれなきゃ、オレは彼女を――」
 バッグが落ちて箕輪の手が出ていた。
 握られているのはエンゲージリングではなく、ナイフ。
「ど、どういうことだ? おいっ」
 身体を揺さぶったが、箕輪の息はすでに止まっているようだった。
 その時かちゃりとドアが開いた。
 隙間から見えるチェーンの奥に彼女が立っていた。
 大人っぽくなってはいるが、あの頃と変わらず清楚で可憐な少女がほんの目の先にいる。
 想い焦がれた彼女を前にして俺の身体が緊張で固まった。足元には死体も転がっている。
「あなたが助けてくれたの?」
「え?」
「こいつ高校時代に告ってきたやつなの。タイプじゃないからふったのにわたしをストーキングしてきて――卒業してからもずっとよ。
 いろいろ対策はしたけど、全然だめ。
 ああっ、キモっ――
 警察なんか頼りにならないってわかって、怖さよりだんだん腹が立ってきて――自分の身は自分で守らなきゃってね――今度来たら目にもの見せてやるって思ってたわけ」
 彼女は右手を掲げ、ドアの隙間から包丁を見せた。
「でも――どこのどなたか知りませんがありがとうね、こいつを殺ってくれて。もう少しでわたしが犯罪者になっちゃうとこだったわ。ほんっと助かった。ありがとう。
 じゃ、わたし、かかわりあいたくないから自分で警察呼んでね」
 そう言うと彼女はドアの奥に消えた。



恐怖日和 第五十七話『いる』

2021-04-29 14:01:59 | 恐怖日和




「本当に大丈夫か、夕見子」
「ええ。大丈夫よ。いってらっしゃい」
 作り笑顔で手を振る妻に田之中は若干の不安を覚えながら玄関を出た。
 きょうから二泊三日の出張だ。
 鬱気味の夕見子を置いて家を空けるのが心配で、いつも辞退を願うのだが、そうそう無理ばかりも言ってられない。
 何かあったらすぐ電話するように言ってあるし――
 田之中は気を取り直して、業務に集中すべく足取りを軽くした。

 田之中には一人息子のタケルがいた。まだ未就園の好奇心旺盛な三歳児だがやんちゃが過ぎて心が繊細過ぎる夕見子は相当苦労しているらしい。
 この間も散歩の途中、ちょっと目を離した隙に側溝へ入り込んで遊んでいたらしい。大事に至ってはないが、ほんの少しでも目を離したことへの後悔で、夕見子は自分を苛んでいた。
 朝から晩まで仕事の忙しい田之中は、せめて休日だけでもと家事や育児を担おうとするのだが、完璧主義者でもある夕見子がそれを許さず、手を貸せば逆に思い悩んでしまう始末だ。
 子供なんて命にかかわる大怪我さえしなければそこそこ放っておいても大丈夫だし、家事だって手を抜いても構わないからと何度も説得するのだが聞く耳を持たず、そして心底疲れ果てている。
 さらに大雑把な田之中の母親とも折り合いが悪く、同居はしていないものの顔を見れば心労を加速させていた。
 完璧を求めることは悪いことではない。頑張ることもいいことだと思う。過ぎることがいけないのだ。周囲の助けを借りないで自分自身を追い込む夕見子をどうすればいいのか、田之中も常に悩んでいた。

 駅近くの会社が用意したホテルに着いた数分後に夕見子からの着信が入った。
 嫌な予感にかられながら電話に出る。
「もしもしあなたっ、助けて、タケルが怪物になったの」
「怪物?」
 夕見子がタケルを比喩する言葉だ。
「タケルが襲ってきたのよ。助けてっ」
 泣き叫ぶ夕見子に、
「ちょっと落ち着け。タケルが怪物なのはいつものことじゃないか、どうした?」
 田之中は電話越しに夕見子を宥めようとするが、興奮状態はいっこうに収まらない。
「違うの、違うのよ。本当の怪物なの。タケルが怪物になったのよ」
 携帯から聞こえてくる金切り声に顔をしかめながら、
「タケルはいまどうしているんだ?」
「何とか風呂場に閉じ込めたわ。暴れてたけど、ドアを固定して出て来れないようにしてるの。あなた助けてっ」
 田之中は頭を抱えた。
 夕見子にとってタケルは本物の怪物となってしまったのだ。
 やはり水面下で精神状態が悪化していたのだ。出張など断ればよかった。
「わかった、今から帰る。とにかく落ち着いて、変な気を起こすんじゃないぞ」
 田之中はバッグを持ち部屋を出ると出張の交代を願い出るためクビを覚悟で会社に電話をかけた。
 たまたま家庭の事情を知る親しい同僚が電話に出て快く交代を引き受けてくれた。上司への報告もやってくれるという。田之中は感謝の言葉を伝え、電話を切ったところでロビーに着き、フロントに事情を説明して急いでホテルを出た。
 駅に向かいながら隣市にいる自分の母親にも電話した。
 遠慮のない母に夕見子はずいぶん我慢をしていた。来る度に鬱状態になるのを見かね、今は出入りを禁止しているが、様子を見に行ってもらえる人は他にはいない。
 薄情な息子からの電話に、最初母は素っ気ない返事をしていた。だが、夕見子の状態を伝えると「いつかこうなると思ってたのよ。タケルちゃんが可哀想」と声をうきうき弾ませて「夕見子さんは任せて、すぐ行くわ」と電話を切った。
 よけい悪化しなければいいが――不安だが仕方ない。
 夕見子も大事だが、タケルの身の安全が最優先だ。
 駅に着いた田之中は切符を買って列車に飛び乗った。

 玄関を開けるとまだ母の靴はなかった。
 夕見子と揉めて帰ってしまったのではと思ったが、物が散乱した廊下を見た田之中は、この状態を放って帰るような母ではないと思い直した。何か事情があってまだ到着していないのだろう。
 足元に注意しながら廊下を進み、リビングへと入る。
 フローリングには花瓶や置時計が転がり、おもちゃの車やぬいぐるみも散らばっていた。ところどころに血痕のようなものがこびりついていて田之中は蒼くなった。
 カバーのずれ落ちたソファにもたれた夕見子は憔悴しきっていた。田之中の姿を認めると涙を溢れさせ、タケルが怖いと泣きすがる。
 もう大丈夫だと背中を優しく叩き、いったいタケルはどんなやんちゃをしたのだろうと考えた。ここまで実母を苦しめるほどの――
 いや、神経質だの完璧主義者だのという言葉だけで芯から解決しようとしなかった俺が悪いのだ。
 田之中はそう後悔しながら腕の中で震えている夕見子を抱きしめた。
 だが、いつまでもこうしてはいられない。早くタケルを冷たい風呂場から救出しないと。
「タケルを見てくるよ」
 ソファに優しく押し戻す田之中の腕を「だめよ」と夕見子が強くつかんだ。
「せっかく苦労して閉じ込めたの。アレを出したらもうおしまいよ」
 落ち窪んだ目の光がやばい。タケルの怪物化を完全に信じ込み、その妄信を解くのが難しいと思わせる光だった。
「大丈夫、様子を見るだけだから」
 田之中は廊下を出て奥の風呂場へと急いだ。夕見子が後ろからついて来る。手には包丁が握りしめられていた。
「なんだそれは。こんなもの離しなさい」
 夕見子から包丁を取り上げようとしたが、決して離さない。
 もしこれでタケルを刺したらと思うと気が気でなく、包丁を離さないならついて来るなと強く言いつけて廊下で待たせた。
 脱衣所に入った田之中の背に「あなた、気を付けてっ」と声がかかる。
 風呂のガラス扉のノブにストッキングを巻きつけ、タケルが出て来れないようにきつく引いて対向する洗面台の蛇口に括り付けていた。
 ガラス越しに浴槽の前で小さくうずくまるタケルが見える。
 こんな冷たいところに――
 田之中の目に涙が浮かんだ。泣いたり叫んだりしていないのがせめてもの救いだったが、声を出せない状態になっているかもしれないと思うと居ても立っても居られず、急いでストッキングを解き、扉を開けた。
 タケルはうつむいたままだった。
 具合が悪くなければいいが――
「タケルっ」
 近付いて名を呼ぶとゆっくり顔を上げた。
 夕見子と同じアーモンド型の大きな目で田之中を見つめる。
 その両目の眼球が糸蚯蚓の塊のように絡み合って蠢いていた。赤い中心で黒目が伸縮を繰り返し、そのたび涙のように糸蚯蚓がこぼれ落ちる。
 タケルがかぱっと口を開け、幾重にも重なるギザギザの歯列を見せながら、呆然とする田之中に飛び掛かってきた。

「うわっ」
 自分の声で目が覚めると、そこはまだ新幹線の中だった。
 夢か――
 いつの間に眠ったのか、車内アナウンスが降りる駅名を伝えている。
 ぐっしょりと汗を吸ったワイシャツの襟が気持ち悪く、ネクタイを緩めてボタンを外した。
 やけにリアルで怖かった――
 そう思ったが、夕見子に影響されてどうすると自分を嗤い、叱咤した。
 しっかり気を張って夕見子とタケルを守らねば――
 列車が到着し、ホームに降りてすぐ電話をかけたが誰も出ない。
 夢とは違い、とっくに母親が着いているはずだがいったいどうしたのか。
 不安はますます大きくなるばかりで、田之中は急いで階段を駆け上がった。

 タクシーを飛ばして帰宅し、玄関に飛び込む。
 三和土には母親の靴が揃えてあり、廊下はきれいで夢と違って何の異変も見られない。
 リビングに入ると夕見子と母親が楽しそうに会話していた。
「あらあなたどうしたの?」
「どうしたのって――お前が変なこと言ってくるから」
「あ、ごめんなさい。あれね、ただのタケルのいたずらだったの。わたしったらふふふ」
「もう、そのせいでわたしまで呼ばれて。大袈裟過ぎるのよ、夕見子さん」
 お茶を飲みながら嫌味を言う母に、夕見子がまた気に病まないかと田之中は恐れたが、当の本人は「ほんとすみません、お義母さん」と、まるで気にしていないような明るい顔で頭を下げる。
 二人のそばではタケルが大人しく絵本を読んでいた。
「まあ――何ともなかったんならそれに越したことないけど――」
 田之中は居心地の悪さを感じた。
 こんな雰囲気の良い嫁姑と大人しい息子を今まで見たことがない。一体なにがあったのだ。
「あなた。これからまた出張に戻る?」
「いや、同僚に頼んだからきょうはもういいんだ」
「そうなの。
 じゃあお義母さん、今晩一緒に夕飯食べましょうよ。お義父さんも呼んで」
「あら、いいわね」
「わたし、久しぶりにお義母さんの手料理が食べたいわ」
「あら嬉しい。任せてよ。飛び切りおいしいのつくるから」
「わーい、やったあ」
 夕見子とタケルが両手を上げて喜ぶ。
 こんな場面も今までにない光景だ。なにがどうなっているのだ。
「ほらあなた、早く着替えて来て」
「ああ――うん」
 どうなったにしろ、嫁姑が仲良くするのはいいことじゃないか。
 田之中は何かおかしいと感じながらも、そう自分に言い聞かせ、リビングのドアを振り返った。
 横の壁に鏡が掛かっている。
 そこに田之中の背中を見つめる三人が映っていた。
 三人とも赤い眼で、黒目の伸縮に合わせ糸蚯蚓をどろどろ溢れさせていた。


恐怖日和 第五十四話『心霊居酒屋』

2021-03-31 19:04:57 | 恐怖日和




 岩橋が心霊話を仕入れて来た。しかも写真付きで。
「ほらな、ここ」
 居酒屋の店内を映した画像を指さす。一つのテーブル席に座る『人のようなもの』が映っているが、手ぶれで撮影に失敗したようにも見える。
 だが、それだと周囲の景色もぶれてないとおかしい。その写真は『人のようなもの』以外すべてピントが合っていた。
 岩橋は神妙な顔つきをしているが、どうも胡散臭いような気もする。
 わざとそのような仕上げにしている、つまりフェイクだと俺は判断した。
「で?」
「で? って、才能ないホラー作家志望の親友のためにネタを仕入れて来てやったんだぜ」
「さ、才能ない? 親友がディスるか?」
「ディスりじゃねえよ。真実だ」
 岩橋は豪快に笑った。
 俺は舌打ちした後、やつが持参した缶ビールを喉に流した。久しぶりのアルコールが体に滲み込んでいく。
「じゃ、お前もこの写真で騙されてるんじゃないか」
「いや、これオレが撮ってプリントした写真。つまり当事者ってわけ。
 けど初めは友達の友達に聞いたってような話で、オレも信じてなかったよ。だから実際見に行ってカメラで撮ったんだ。で、これが写ったってわけさ。マジもんだろ?」
「そんなで、わかるかっ」
 ふんと鼻で嗤って、これも岩橋持参のつまみを口に入れた。
 ちゃんと味のあるものを口にしたのは何日ぶりだろう。
 ここ最近ずっと白米だけ食べていたから。しかも残りが少なくなってきているのでほんの一握りずつ――
「それがマジなんだって――ところで田舎の親御さん元気? 米送ってくれてんの見たら元気なんだろうけど」
 岩橋が隅に置いた米袋に気付いたらしい。
「元気過ぎるくらい元気だよ。米だけしか送ってくれないけど」
「おいおい三十まわった大の男にそうそう米も送ってくれないぜフツー。孫でもいれば何でもかんでもホイホイ送ってくれるかもだけど。
 ろくでもないお前にこれでもずいぶんな期待かけてくれてるんだよ、きっと」
「お前の言葉、なんかいちいち引っかかるな」
 かっとなった俺は岩橋に空いた缶を投げつけようとしたが、思いとどまり底に残っている雫をすすった。
「情けないな――おい、谷本。お前まだホラーで一旗揚げてやるとか思ってんだろ」
「もう思ってねえよ。何も思ってねえから、すべてにやる気が出ねえんだよ」
「そうだよな。お前ホラー一辺倒で生きてきたもんな。それを糧にできなかったら人生見失うのも当然だ。
 というわけで、この大親友がネタを仕入れてやったんだ。いっぺんその居酒屋に行こうぜ。
 詳しくは誰も知らないらしいんだけど、居酒屋にする前は事故物件だったっていうウワサがあるらしい。殺人事件があったとか、自殺者が出たとか――昔から忌み地だったからっていう証言もあるし。ウソかマコトかわからんけど、心霊現象は本物だ。
 な、行こうぜ」
「いや、別にいいよ」
「あ? 担がれてると思ってるのか?」
「うん? まあ――」
「ホントにホントなんだって。それで店長もオーナーも困ってるんだから。来客数が減ってくるし、店員たちもすぐやめていくし、霊障のせいか店長たちの心身も具合が悪くなっていくしで――」
「でもなぁ、俺、霊感ないからなんも見えん」
「ところがこれが誰でも怖い思いするんだってよ。オレだって背中の怖気がまだ取れてないんだ。
 な、一度経験してみろ。心境が変わって新たな着想が生まれるかもしれないぜ」
「あーいや――ていうか、行く金がないんだ。教えてくれたお前に協力費として奢らないといけないしな」
「なんだよ、なんだよぉ。オレに気を遣ってくれんのか? まだそんな気持ち残ってんだな。
 よしわかった。オレが奢る。で、オレへの奢りは出世払いでいい」
 というわけで岩橋に誘われ、その居酒屋とやらに後日行ってみることになった。

「な、なんか異様な空気だろ?」
 店に入ったとたん、岩橋が訊いて来たが、やはり俺には何も感じなかった。
 危険だと怯えながら止めようとする店長を無視して、何事も経験だと岩橋が俺を件の席に座らせようとする。
「お前本当に俺の親友か?」
 なんて奴だと呆れながらも、どうでもいい人生を生きている俺はためらいもなく座ってみた。奴のおごりで来ているのだから逆らう理由もない。
 座ったとたん、ぐにゃりと空間が歪むように目が回ったが、それ以外になにもなく――いや、身体の奥から力がみなぎり、頭の中で浮遊したまままったくまとまらなかった恐怖に関するワードたちが自ら整列し、どんどん文章になっていく。
 書きたい。早く帰りたい。
「どう?」
 興味津々で岩橋が笑顔を向ける。
「いやなにも」
 俺は素知らぬ顔をした。
 実際執筆の欲求以外何もなかったので、これは心霊現象ではなく、岩橋の言う通りただの心境の変化だと思ったからだ。
「なんだつまらないな。お前、本当に大丈夫か? こんなことも感じなくなってしまったのか? 曲がりなりにもホラー小説書いてんだろ? もっと真剣に興味を持ってだな――」
 説教しながら岩橋が向かい席に座る。
 戦々恐々と見物していた店長と店員たちがいっせいに「あっ」と叫んだ。
「――なんのために俺がここを紹介したと思ってんだ。どん底のお前を心配してだな――」
「ちょ、岩橋さん」
 俺に説教し続ける岩橋に向かって店長が話を遮った。
「なに? オレ今こいつを諭してんですから黙ってて――」
「あの――その――何ともないんですか? 以前、そこに座ったお客さん突然泡吹いて倒れて救急車呼んだこともあるんですよ」
「え? 別になんもないけど――」
 ぽかんとする岩橋に俺は笑った。
「ほら、お前もなんもないじゃん。ははは」
「あ、ほんとだ。ははは」
 俺たちの笑い声につられて店長たちも笑い出し、その後も何もないまま、その席で酒と晩飯を奢ってもらい家路についた。

 数日後、岩橋からあの店に行かないかと誘いの電話があった。俺も行きたくてたまらなかったが、先立つものがなく、かといってこちらから誘っておいて奢ってくれとまでは言えない。
 逸る気を抑えつつも奢りかどうかをしっかり確認して承諾した。我ながら情けないと思うが仕方ない。
 なぜ俺があの店に行きたくてたまらないか?
 その理由はあれから帰宅後、いそいそと原稿用紙に向かったのだが、みなぎっていた創作意欲がまったく消えてしまっていたからだ。あの時浮かんでいた言葉や文章を思い起こそうとしても煙のようにつかめない。
 あれは心境の変化ではなくて霊現象だったのかもしれないと俺は推測した。なぜそんなことになるのかはわからないが、もしそうなら俺にとっては素晴らしい現象だ。
 もう一度あの感覚を味わいたい。できるならあのテーブルで執筆したい、そう願っていた。
 俺は原稿用紙と筆記用具をバッグに入れて部屋を出た。

「いらっしゃいませぇ、お待ちしてましたぁ」
 待ち合わせしていた岩橋とともに入店すると店長の表情がいっきに明るくなった。
 さあさあと急かされ、件の席に座らされる。
「ああ、やっぱり――」
 店長はほっとした表情でそう言い店員に目配せするとまだ注文もしていないのにビールとツマミの入った皿が出てきた。
「連れて来て下さってありがとうございます」
 岩橋に向かって店長が頭を下げる。
「いやいやお安い御用ですよ」
 そう言いながら岩橋が俺の向かいの席に座った。
 店長がいったん笑顔を消し、意味ありげな視線を岩橋に送る。岩橋が指でOKサインを出した途端にさっきよりも破願した。
「なにどういうこと?」
 二人の顔を見回すと岩橋が笑う。
「店長が言うにはね、もしかしてお前がいたら店が浄化されているんじゃないかって言うんだ」
「そうなんです。この間谷本さんたちがいる間、店内のどんよりとした重さが消えていたんです。空気が清々しくて僕たちも動きやすくて――奇妙な現象が起こることもなかったし。でも谷本さんが帰った後、店内の雰囲気が元に戻ってしまって――だからあの時、何もなかったんじゃなくて、谷本さんがいることでいいほうに何かが起こっていたんじゃないかってみんなで話し合ったんです。ただの推測だったんですが、今確信に変わりました。目の前が晴れていくように気分がいいです」
 そう言って店長は深呼吸した。
 それを聞いた俺も自分の推測が確信に変わった。
 何故かはわからないが、俺にも店にも良い影響が出るのだ。
「だからさ、お前ここで働けよ」
 岩橋がコップにビールを注いで差し出した。
 それを呑み干して、
「そんなこと言われてもな、接客業なんかできないし――」
「いえ、開店から閉店まで谷本さんはここに座っててくれさえすればいいんです。もちろん食事もお酒も提供します。ささやかですがお給料も出します。これは私だけでなくオーナーの頼みでもあるんです」
 店長は空っぽのコップになみなみとビールを注いで俺の顔を見つめた。
 ホラーの書ける場所にずっといられる? しかも食事付きで給料まで出るってか? 
 俺の胸は期待で高鳴ったが、岩橋にも店長にも悟られないよう困惑を装った。
「でもな――一応俺にも夢があって――」
「お前もうやる気ないって言ってたじゃないか。そうだ、なんならここで執筆させてもらえばいいじゃないか。やる気が出てくるかもしれないぞ」
「うーん」
 迷っているふりをしたが心は決まっていた。
 涙目で「お願いします」と懇願する店長、離れた場所で自分たちを見守る店員たちを見回してから、俺はゆっくりうなずいた。

恐怖日和 第五十三話『けんか』

2021-03-30 14:00:27 | 恐怖日和




「あんたさ、六年にもなってそんなこともわからないの?」
「うるせっ、ケバばあ」
「ケ、ケバばあって何よっ」
 麻友は弟の公太とつまらないことで口論になり、だんだん激化していた。
「ケバいばばあってことだよ。なんなら化粧オバケでもいいよ」
 その言葉に麻友はテーブルにあった新聞を手に取ると公太に投げつけた。だが、公太はそれをうまくかわしてベロを出す。
「ちょっとあんたたちやめなさい。まだお父さん寝てるのよ。
 あーあ、新聞ぐしゃぐしゃじゃないの」
 洗濯物を干し終わり、リビングに戻って来た母親が床に散らばる新聞紙をまとめ始めた。その後ろをずっとついて回って離れないトイプードルのモフィがしゃがんだ母親の膝にすがりつく。
「ちょっとモフィ、遊んでるんじゃないのよ。公太遊んでやって」
「えーめんどくさい」
「あんたが飼いたいって言ったんでしょうが」
 麻友が応戦するも公太はスルーして自室に戻ってしまった。
「まったく生意気になってきたわ」
 そう言いながらスナック菓子を持ってソファへ移動した麻友にモフィがついてくる。
「そんなもの食べてないで、ちゃんと朝ごはん食べなさい」
 新聞を整えた母親がため息をつく。
「だってテーブルに何もないんだもん」
「日曜くらい自分で作りなさい。ママには日曜も何もないんだから、ちょっとくらい手伝ってよ。
 ったく高校生にもなって、ほんと何もしないんだから」
 麻友は下唇を突き出して、いつものお小言を聞き流した。モフィがこぼれ落ちたスナック菓子を食べている。
「あらやだ麻友ちゃん、モフィにそんなの食べさせないでよ」
「わかってるわよ。
 モフィ、お前にはわんちゅるん上げるからね」
「あ、モフィのおやつ切れてるんだわ。
 ねえ、麻友ちゃんちょっとお使いに行って来てくれる?」
「えーめんどくさい」
「やっぱ姉弟ね、同じこと言って」
 くすくす笑いながら母親は財布を持ってきて、わんちゅるんとトイレシートを頼んできた。笑顔で有無を言わせぬ圧力には勝てない。
「わかったわよ。じゃ、わたしも買っていい? ハムタのペレットなくなりそうなの」
「あんた自分のバイト代あるでしょ」
「ね、お願い」
「もうしょうがないわね。無駄使いしないでね」
「やった」
 麻友は財布を預かるとジャケットを羽織って外に出た。

 ホームセンターのペット売り場に来ると、犬用のおやつ数種類といつも使っているトイレシートをカートに入れ、小動物系のコーナーで、自室で飼っているジャンガリアンハムスターのペレットとちゃっかり干し草もカートに放り込んだ。レジに向かおうとしたが、モフィのおもちゃがいくつか壊れていたことを思い出し、犬用のコーナーに戻った。
「モフィたら、すぐ噛み切っちゃうからな」
 いろいろ手に取り、モフィが好みそうで丈夫そうなボールのぬいぐるみを選んでカートに入れ、清算をすませた麻友は岐路についた。

「ただいま」
 あいつまだ機嫌悪いかな? ったく、気難しくなってきてめんどくさいわ。弟じゃなく妹だったらよかったのに――
 リビングに入るとソファの上で公太がモフィと遊んでいた。
「おかえり、お姉ちゃんっ」
 機嫌のいい弟の声に麻友はほっとし、心配して損したと心でつぶやいてテーブルに買い物袋を置いた。
「ほーら取ってこい」
 ぴいぴいぴい
 袋から買って来たものを出しながら、公太の投げた音の出るおもちゃをモフィが咥えてくるのを目の端に捉えていた。
 そのおもちゃを再び公太が投げる。
 壁にぶち当たり床に落ちたおもちゃを咥えたモフィは、今度は戻って来ず、それを振り回し前足で押さえ込み噛み千切っている。
 もうそういうことするからすぐ壊れるのよ。習性だから仕方ないかもだけど――
 麻友はぶつぶつと言いながら、
「ほら新しいの買って来たげたわよ」
 袋から出したおもちゃをモフィに見えるように掲げた。
 新しいもの好きのモフィが噛んでいたおもちゃを放り捨てて駆け寄って来た。
「あら? あんたそれどうしたの?」
 麻友はモフィの口元が赤く染まっていることに気付いた。おもちゃ代わりにペットボトルの蓋を噛み砕き、歯茎から出血して驚かされることがあったが、それにしては量が多い。
 麻友は新しいおもちゃを欲しがり飛び跳ねるモフィを無視し、今まで噛んでいたおもちゃが落ちている床を確かめに近付いた。
 ソファにゆったりもたれて公太がにやにやしている。
 やだっなに? なんなのこれ?
 そこにはぐちゃぐちゃに噛み千切られ血まみれになった灰色の小さな塊があった。