ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

「明け方近くになって、私は夢を見るだろう」

2021年02月14日 13時27分31秒 | owarai

わたしたちの会話は、まるで
物語の章と章がつながってゆく
ように、波打つように、流れた。


海底に鯨の親子が鳴きかわす
ように心を

結べればいい

YouTube
オリジナル・ラヴ featuring 横山剣 (クレイジーケンバンド) 接吻 Kiss tuvideo matiasmx com

https://www.youtube.com/watch?v=5waAJxMKkHo


キミが携帯に送ってくれる下手くそな写真も好きだよ。

2021年02月14日 11時10分24秒 | owarai

木という字を一つ書きました 
一本じゃかわいそうだから 
と思ってもう一本ならべると 
林という字になりました 

淋しいという字をじっと見て 
いると 

二本の木が 
なぜ涙ぐんでいるのか 
よくわかる 

ほんとに愛しはじめたときにだけ 
淋しさが訪れるのです 

 

YouTube
SADE - Kiss of Life/Pearls (vinyl) 

https://www.youtube.com/watch?v=TEeciEYlK00 

 

 


胸の中で、飛び魚が跳ねたー

2021年02月14日 08時28分36秒 | owarai

わたしたちは、幸せだった。
とても幸せに暮らしていた。

捲っても、捲っても、
白いページは減らない。
まるで幻のように美しい、
本物の幸せ。

愛する相手に借りがある。

いつもそう感じている人こそ、
本当に愛しているのです。


YouTube
Pat Metheny - Don't Forget 1996.wmv

https://www.youtube.com/watch?v=xPTsC8_-YJ0&list=RDxPTsC8_-YJ0


彼の描いた空を眺めていると、その空に浮かぶ、白い雲になれそうだと思った。

2021年02月14日 08時06分43秒 | owarai

「女は人間じゃありません。 
人間は男が人間、 
女は大自然だと思った 
ほうが理解できます。 

そう思いませんか。 
女は大自然です。 
われわれ人間は大自然に 
勝てません」 

 

YouTube
Ron Carter - The Shadow Of Your Smile

https://www.youtube.com/watch?v=U4n8fL5BYMo

 


これまでもがんばってきたのだし、これからもきっと・・・。

2021年02月14日 07時58分04秒 | owarai

私は立ち上がり、扉に向か 
って、歩いてゆく。扉の向 
こうに、闇がある。 

闇のなかに、人生がある。 

なぜ泣くの?なぜ泣くの? 
生きているからよ。生きて 
いくからよ。 

「泣かないで」と私に声を 
かけながら。「いい子だから、 
もう泣かないで」と。 


YouTube 
Story / AI   Uru 

https://www.youtube.com/watch?v=EifrYT8h_no&index=10&list=RDXKOouWjUy9


私は、愛を軽んでいた

2021年02月14日 06時04分20秒 | owarai

そんなに無理しなくていいよ。
たして、10になればいんだ
から。

好かれようと何ごとにも無理
して尽くしているあなた。

「キミの出来る範囲でいいよ。
3しかできないんだったら

僕が7すればいいんだから」

 

YouTube
バックグラウンドでリラックスしたジャズ音楽とコーヒーショップ音楽の雰囲気
https://www.youtube.com/watch?v=dyZDkPTtCqg


<ここが、「しあわせ」の始まり>

2021年02月14日 06時02分36秒 | owarai

それはどちらが小さくて
どちらがどちらだか見間違う
ほど
どちらかが輝いているわけ
でもなく

どちらが重たいわけでもなく
それはごくあるふれた
けしの実のような小さな種

じつはふたつは同じもの

花が咲かなくては何の花だか
わからない
きっとそんなようなもの



YouTube
きっと、恋。日向敏文feat藤田恵美

https://www.youtube.com/watch?v=Oa76-Q7nrNk


鬱積から脱した64年東京オリンピック

2021年02月14日 05時59分40秒 | owarai

前回の東京大会は、それ

でも商業主義一色の近年

よりずっと簡素だった。

1964年の東京のとき、三

島由紀夫は大忙しだった。

 

いくつかの新聞社に頼まれ、

連日、観戦記を書いたので

ある。有名なのは開会式の

ルポだ。「やはりオリンピ

ックをやってよかった。

これをやらなかったら日本

人は病気になる」。偽らざる

心境だったろう。

 

かつて、戦争のために大会

返上を余儀なくされた歴史

が東京にはある。そのリベ

ンジとしての「64年」を

三島は強く意識したのだ。

「これでようやく日本人の

胸のうちから、オリンピック

とういう長年うっ積していた

観念が、みごとに開放された。

この成功体験から、戦後日本

は五輪に特別な意味を見だし

て現在に至る。

 

そういう価値観は、しかし

徐々にすたれていたのだろ

う。コロナ禍はこんどの大

会への熱をひどく冷まして

いるが、案外それ以前から、

人々の意識は変わりつつあ

ったに違いない。組織委員

会会長の方言と、後任選び

の醜態は「五輪ムラ」自体

の旧弊をあらわにした。変

化に適応できなかったマン

モスのようだ。

 

前回の開会式は90分ほどで

ある。「64年」にこだわる

なら、むしろそこに目を向

けたい。半世紀前に三島は、

五輪開催によって日本が

長年の鬱積から解放された

と喜んだ。いまのこの国は、

壮大な祭典こそ五輪という

固定観念から解放されなけ

ればなるまい。