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アロン・アルファの男

2009-09-15 | わたくしごと
私は、四日前から強力瞬間接着剤の「アロン・アルファ」を持ち歩いていた。
医師が「万一のときに」と渡してくれたのだ。その緊急時がこんなに早く訪れるとは思わなかった。


今日の昼食の主采は酢豚だった。その主采を二口、三口と食べていると、急に異状を覚えた。私は思わず口を手で覆った。
そして、いっしょに食事をしていた、事務の女性に、絞るような声で呟いた…。

「オバチャン、仮歯がまたとれちゃったよ」



この一年半くらい、私は断続的に歯医者に通っている。
初めてかかったとき、歯科医は少し遠慮勝ちに言った。
「こういうふうに全体的に歯がユルんでくるいちばんの原因は、歯槽膿漏なんですが…」

シソーノーロー。

私はその老人じみた語彙がついに自分自身の問題になったことに、頭を殴られたような衝撃を覚えた。
しかし、時は誰にも取り戻すことはできない。
私は受け入れ、痛み始めた歯茎や歯列を治すためにも通院を始めた。



いかにも世田谷の歯科医らしく、彼は歯の審美的な価値…つまり「見た目の大事さ」にも率直に触れ、提案してくれた。
そういったことはオジサン世代はなかなか言いにくい。その上に保険の利かない治療はとても高いので、よけい話を切り出しにくのである。
しかしその医師の率直さのおかげで、私も素直に相談しながら通院を続けた。

そうやってあちらを治しこちらをイジリ…としていると、もう二十年前に入れた前歯の義歯がユルんで来たのである。
電化製品でもひとつが故障すると次々と将棋倒し的にダメになっていくことがあるが、歯もそうなのかも知れない。
特にシソーノーローともなれば…。

その義歯は、二十年使用しているうちに、根が虫歯になっていたのだ。
ドリルによって私の前歯は切り落とされ、根の腫れが完全に治るまでは、仮り歯を差しておくことになった。

しかし仮り歯は簡単に取れてしまう。食事で取れ、歯磨きで取れ、シャワーを浴びても取れた。
私のその訴えを聞くと、歯科医は小さなチューブ容器を取り出した。
「もし次の診察までに取れたら、このアロン・アルファを塗って付けておいて下さい」
アロン・アルファだって?私は自分が木工製品かラジオの部品にでもなったような気がした。
「医療用のだから、歯をよく洗って使えば問題ないですよ。ただし唇とかには付けないで下さいね。大変なことになりますから」
大変なこと…。いったいどうなるというのだろう?

そして私は、ロンアルファを携行するようになった。



万が一に備えて緊急薬を持ち歩く男…。この設定が何かに似てるな…と思っていたが、やがて気付いた。ニトログリセリンだ。

外国の映画や小説に、狭心症の発作で苦しむ人物がニトロ製剤を舌下に入れると回復する…という場面がよくある。
当事者には申し訳ないけれど、内心そのスリルを「カッコいいな」と思っていたものだ。
映画『恐怖の報酬』の、トラックに積んだ大量のニトログリセリンがいつ爆発するか…というのも、手に汗握る超一級のサスペンスだった。

それに比べて我がアロン・アルファは…芸術的緊張感に於いて少し劣ることは否めないな。誰か仮り歯とアロン・アルファをモチーフにして渋い映画を撮ってくれないだろうか。



さて、昼食を終えると私は歯を磨きに洗面所に入った。
そして仮り歯を外すとそれも歯ブラシで磨いてから、何度も仮り歯の裏と表を確かめた。
呼吸を整え、イメージトレーニングを繰り返してから、仮り歯の突起部にアロンアルファを二、三回素早く塗ると、仮り歯を歯茎の穴に目がけて差し込んだ。

それから8時間以上たつが、私の仮り歯はそよともユルがない。
何と頼りになる携行医薬部外品だろう…と感嘆している。

明日からも私は、この世間を生きる命綱、アロンアルファを肌身離さず持ち歩くであろう。




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