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体と心

2009-10-14 | わたくしごと
今日は朝九時過ぎにマッサージに行ってきました。

先週の木曜に初めてマッサージと電気治療を受けて、その日はいつもの首、肩、腰の凝りと痛みがなくグッスリと眠れたのです。


でも、その効果もせいぜい翌朝まででした。
この二日は仕事をしていても背中が張ってタマラず、
「ああ、早くマッサージを!」
と願っていたのです。
だからいつものように洗濯と朝食がすんだら、自転車に乗って洗濯物をコインランドリーの乾燥機に放り込んでから、整骨院にむかったのでした。

今は午後八時ですが、ぜんぜん凝りがない。今日も歯医者に行って、映画を二本観て…と腰掛け時間はとても長かったのに、首も肩も痛くない!
嬉しい反面、「今までの人生はナンだったんだ?」とも思いますね


私の「凝り」歴は、もう四十年近いのです。

私は小学三年生くらいから本屋でしょちゅう立ち読みをしていました。
ところが、五年生のある日、いつものように立ち読みをしていると、背中に激痛が走ったのです。
その痛みは、次第に立ち読みのときだけでなく、ふだんの生活でも襲ってくるようになりました。

そこで、私は母に連れられて新宿駅の南口にある「鉄道病院」に掛かったのです。
しかし私は、むしろ傷つけられて帰ってきました。


当時の大きな病院の医者なんて乱暴でしたからネ。担当の中年男性医師は、上半身裸になった私の痩せた体躯を見るなり、
「貧弱なカラダしてんなア。もっと筋肉つけなきゃだめだよ」
と、吐き捨てるように言ったものです。その上、
「背骨が曲ってるな。姿勢が悪いからだよ。最近こういう子が増えてるんだよな」
と、決め付けました。
私は「背骨が曲っている」という言葉が「性根が曲ってる」と聞こえ、ひどく傷つき、自分の内向的な性格を責めたものです。

今やほとんど死語のようですが、そのころは「子供は風の子」という言葉がありました。
これはどういう意味かといえば、「小中学生くらいの子供はひたすら外に出て風といっしょに走り回っているのが正解だ」というほどのニュアンスだと思います(たぶん)。

要するに「ガキのくせして肩こりとか頭痛なんてなんてナマイキなこと言うな!そんなのは外で走り回っていれば治るんだ!」
というヒトラーユーゲント的な思想が、昭和四十年代頃にはまだまだ主流なのでした。

まあ、そういう考えも一理あると思うけれど、もっと親切に伝えてあげなきゃね。

その後私はさらに屈託しやすい少年になり、青年期になるともっぱら「体を動かすことより物の考え方が大事」という生活に入っていったのです。
あの医者の態度が、私をむしろ「内向き」にさせたひとつの要因になったのは間違いないと思います。


先週初めて首を触ってもらったとき、整骨院の先生は、
「これは…ガチガチですねえ。だいぶ時間が掛かると思いますが、ゆっくりとやっていきましょう」
と、言いました。
今日、うつぶせになってマッサージをしてもらっている私の頭に四十年近く前の記憶が蘇り、思わず目頭が熱くなったものです。

あの頃に比べ、世間の風向きはすっかり変りました。
体の調子と心の具合は表裏一体、渾然とした関係になっていて、どちらかいっぽうだけを良くすることはできない…というのは今や常識になっている感があります。

でも、私がそれを実感できたのは先週からでした。
ズイブン時間が掛かったもんだなア。


なんか整骨院の宣伝みたいになりましたが、ようは心と体のバランスが大事…ということ。
それと、周りの大人が「試してみたら…」と言うことはとにかくやってみよう…という気になったこと。
そんなことを感じている今日この頃なのでした。

どうも、ご退屈さまでした。

P.S 今日観た映画は『THE 有頂天ホテル』と『うなぎ』の邦画二本。
    さて、共通点は何でしょうか?



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