第423話.近況と世情 7月25日(1) アメリカの中国共産党への宣戦布告と日本政府の課題

2020-07-25 13:59:15 | ★改善・変更の要る仕組み 仕来り 風潮 法律
湖畔人です。

今週も軽く近況と世情について、政治とスポーツと二回に分けて記事を出したいと思います。

その後はまた音楽三昧と行きたいと思います。

まずは政治、アメリカの中国共産党政権への宣戦布告についてです。

ポンペイオ国務長官が過去のアメリカ政権がとって来た対中国戦略(経済的成功が中国の民主化を促すと言う幻想)の誤りを認め対中国有志連合を作り強硬策を取ると宣言しましたね。
嘗て50年前、ニクソン大統領が始めたその対中国の宥和政策を変換する事を、ニクソンゆかりの地でわざわざ発表するその姿勢には、強く深く明確な意思表示を感じましたね。
我々、場末のブロガー達が世界の隅っこで小さな声で叫んでいるような過激な対中政策を世界最強国がやると明言しているこの凄味、もう凄まじいですね。

そしてポンペオさんは明確にイデオロギーの戦いと明言しています。

全体主義がどうのと言うけど、実際には神を認める世界(宗教と民主主義)と、神を認めない世界(唯物論、無神論、共産主義)の覇権争い、潰し合いですね。

神を認める世界は、まず神がおり、この世は神が作った世界であり、人類は神の子であって、この世は各自が霊性(認識力の向上と心のコントロール力の向上等)を獲得し神に近づく為の修行をしている場であり(東洋では転生が前提)、その修行の場がこの世であり、その修行の舞台としてのこの世をより理想的な修行の場(ユートピア)にする為に各自がそのユートピア世界建設に参加する場なのである、と言う考え方、その考えに基づいた民主主義を大切にするアメリカ等西側の諸国と、

一方、神を認めない世界の考え方はどうかと言うと、中国共産党の本音を代弁すると、
"人は物、物質であり、神もあの世も霊も無い、道徳も倫理も意味がない、最も重要なのは、ただ中国が世界を統べる事。他国や他の民族を隷属させる事。その権力構造の実現だけが重要である。その権力は恐怖によって裏付けられる必要があり、その恐怖の裏付けとしての力(暴力&金&科学技術)を持つ必要がある。歯向かう物は全て滅ぼす。その一環としてチベットもウィグルも香港も潰して来た。この仕組みの達成には、唯物論共産主義はピッタリなのだ。優秀なエリート層を支配階級とし、あとの庶民は武力で脅し奴隷として隷属させる、歯向かう者は全員拘束し殺すスタイルだ。無神論、唯物論なので幾らでも罪の意識なく人を殺せるのでこの思想は我々にとって都合が良いのだ。これまでも中国共産党に逆らう自国民を6千万人強、殺して来た。今もイスラム教を捨てないウィグル人達を100万人以上収容し、子孫ができないように男女隔離し、女性には避妊処置をし、髪を切りカツラとして売りに出し、男達は収容し、内臓をエグリ臓器売買の対象にし、無賃で世界的企業達の下請けとして酷使している。欧米や日本の大企業達も喜んでいるぞ。仲間だな。「神はいないし、死後も裁かれる事はない」と信じ込ませているから、こんな残虐行為もへっちゃらなのだ。我々の権力維持のためにはとても都合の良い考え方だ、素晴らしい考え方なのだ。”と、まぁこんな感じでしょうかね。こうなるともう悪魔ですね。悪魔。

今、中国は、中国の支配する世界の確立の為に、世界の工場として莫大な富の獲得に成功し、世界有数の軍事力と、知的所有件も無視してスパイ行為を重ねて科学技術力の略奪にも成功しもはや科学技術もアメリカに追いつく勢いです。ほぼ、世界制覇に必要な暴力&金&科学技術を手中に収めた形です。具体的には、一帯一路構想、情報を好きなだけ引き抜ける5G技術を世界中に拡散させました。WHO等国連機関の買収、世界各国への貸し付けと返済不可能の見返りとして半植民地化、南シナや東シナでの恫喝による島々の強奪行為、等々、まぁ見事な実現力で中国の覇権化、世界の隷属化に邁進していますね。

それにストップをかけようとペンスさんの二年連続の中国批判の演説に続いて今回ポンペオさんが明確な宣戦布告をした次第です。

アメリカは本気ですね。本気です。そして多分戦争になりますね。

そしてポンペオさんは、対中国有志連合を作るのだそうです。そして親中国の国々を臆病者と罵倒しています。さて、我が日本政府はその連合に入れて貰えるのでしょうか?両方に良い顔をして来た八方美人外交はもう続けられませんね。踏み絵を踏まされますね。さあ安倍政権はどうするのでしょうか。

まぁ多分、今頃、どうしていいか判らなくて、口を開けてポッカーーーン状態でしょうね…。ほぼXX症状態、まぁメンバー見てもXXXXばかりでXXXXばかりですからね。その下にいる役所達も含め、要リセット、要UPGRADEですね。OSから変える必要があります。

省庁の中には上澄み液のように立派な方々も多数いらっしゃるはずですが、でも基本的にダメですね。霞ヶ関も。リセットが要ります。

なぜなら彼等がアンタッチャブル、評価外だからです。

国民の血税の使い方を決め(これ、本当は政治家のする事ですが、実際にやっているのは役人ですね)、国民の税金を使う人達なんですから、もっと国民の評価下に置かれるべきですよね。予算の使い方も決定前に国民にヒアリングして欲しい位です。ここでマスコミの役目がありますね。

如何に霞ヶ関がダメだったのか、各省毎に、これまでの不祥事や国民に対する背信行為の数々を一つ一つ検証する作業を、毎日、毎日、お昼のワイドショーで3年位続けて欲しいですね。特に年金など社会保証と、経済対策と、教育と、軍事と、インフラと、全てですね。そして、要りますか?この機能?と言う検証をして貰いましょう。
その内、毎日霞ヶ関の周りでデモが起きるでしょうね…。

今の形に変わる形態や、もしくは正常に機能しているのか、血税を有効に使っているのか、それらを監視する機能を設置する必要はないですか?と言う事を毎日国民に問うて欲しいですよね。それが出来ればマスコミの存在意義が出て来るかと思います。

まぁ、官公庁が自分で変革できれば別ですが、まぁ無理でしょうね。ですからマスコミがメスを入れるべきです。

ただ、こうした自民と省庁批判だけだと、ただ単に左翼勢力、旧民主党勢力や共産党、社会党が喜ぶだけですので、それも良くないので、唯物論のお粗末さ、ダーウィニズムのお粗末さもちょくちょく検証し、また無神論(神が見ていると言う視点の欠如、あの世がありこの世の行いの良し悪しで地獄に行くと言う視点の欠如)の弊害としての粛清の多さ、イジメの多さ、犯罪の多さ、嘘の多さ、麻薬の蔓延、不正の蔓延を指摘し、左翼勢力は本質的にミニ中国を作るだけであり、世も荒むし、神々も許さず、東日本級の天変地異が幾つもやって来るので、唯物論、無神論ベースの共産主義、社会主義をよしとする民主党&共産党系統の方々は危険だ、気を付けろよ、とも言う必要もありますね。

嘘のない、正直で、思いやりのあり、親切で、両親や目上の方々を尊重する、そして勤勉な人々を育むには、かつて日本にあった、近所の神社やお墓やお地蔵様に手を合わせる素朴な信仰のある世界でこそ作られる、と言った啓蒙もして頂きたいし、さらに踏み込んだ神々の考えや霊界の仕組み等を知りたければ今、偉大な宗教家が日本に生まれていらっしゃるので、どうかその方の膨大な書籍から学んでいただきたい旨伝えて頂きたいですね。

マスコミには頑張って上記3点をやって欲しいですね。

では。

湖畔人

第422話.気になった音楽(143) Boz Scaggs『You Can Have Me Anytime』

2020-07-23 13:26:04 | 気になった音楽
湖畔人です。

ここの所、"アジサイの季節に聴きたい曲 懐かしのネオアコシリーズ"と言う事で様々なネオアコの曲をご紹介して来ましたが、実はまだこの後も続くのですが、直近はザ・スミスという大分クセの強い、毒気の強いバンドの曲のご紹介だったので、ちょっとお口直しと言うか、お耳直しを兼ねて、もっと判り易く心地よい甘いバラードを一曲間に挟もうかと思っています。

で、AOR界のお御所、ボズスキャッグスの『You Can Have Me Anytime』をご紹介したいと思います。

先日、"星にまつわる音楽"と言う事で中島美嘉さんの『STARS』と言う曲をご紹介しましたが、その中でトランペットの使い方がとてもAOR風だと申したのですが、たしかBOZの曲にもこんなトランペットの使い方をした曲があったよな?と思って色々と聴き返してみた所、結局そんなトランペットの使い方をした曲は見つからなかったのですが、でも改めてBOZの名曲達の素晴らしさを再認識した次第でして、その数々の名曲の中から今回『You Can Have Me Anytime』を選んでみました。

邦題は、『トワイライト ハイウェイ』との事で、とてもシティポップ感の強い邦題ですね。80年にはトヨタのCMに使われていたようです。何となく覚えているような、いないような、子供過ぎてピンと来なかったのかもしれません。

さて、歌詞は、自分の元を去っていく女性に、自分はここにずっといるからいつでも戻って来て、と言うなんとも女々しいと言うか、日本の演歌の歌詞の世界観とは真逆の世界観が展開しています。Breadではないですが、当時のアメリカの男達は優しい人達が多かったのでしょう。

それにしても甘くて優しくて切なくて綺麗な名曲ですね。お薦めします。

しかし、POPSの名曲には失恋の曲が多いですね…。
達郎さんのにも大瀧詠一さんのにもUSのバラードの名曲達にもそんな失恋の名曲が沢山あります。でも失恋の結果こんな綺麗な曲が生まれて来るならば失恋も悪い事ばかりじゃないですね。本人はつらいでしょうけどね…。

では、また、連休中にネオアコの続きをやりたいと思います。

それでは。

湖畔人



第421話.気になった音楽(142)アジサイの季節に聴きたい曲 懐かしのネオアコシリーズ The smiths『Please Please Please Let Me Get What I Want』

2020-07-19 18:03:26 | 気になった音楽
湖畔人です。

さて、またスミスの曲紹介、今回最後の曲のご紹介です。

スミスの三曲目は、『Please Please Please Let Me Get What I Want』と言う曲です。
"真面目に生きて来たつもりだし、これまで多くを望まずに生きて来たけど、でも今回だけは何とか願いを聞いて欲しいのです。こんな願い事をするのは初の事だし、それは神様も知っている事です。でも今回だけは何とか願いを叶えて欲しい。でないとこんな真面目な男もグレてしまいますよ?イイんですか?"と言う、懇願のような、ある意味脅しのような祈りの曲なのです。

この願いを掛けている対象が神様であれば、"神を脅す気か?不遜な!願いを聞くどころか天罰じゃ!"と神様にキレられそうですが、一体誰に願いを吐露しているのか、ちょっと気になる所です。

でもまぁまるで讃美歌のような雰囲気で、とても美しい曲に仕上っており、まぁ彼らの名曲の一つかと思います。お薦めです。

では、アジサイの季節に聴きたい曲 懐かしのネオアコシリーズは、この後(後日?)、少しだけETBGとスタカンのさわりだけをやって、一旦終了としたいと思います。

それでは、また。

湖畔人

第420話.気になった音楽(141)アジサイの季節に聴きたい曲 懐かしのネオアコシリーズ The smiths『Cemetry Gates』

2020-07-19 17:56:12 | 気になった音楽
湖畔人です。

さて、またスミスの曲紹介の続きです。

スミスの二曲目は、モリッシーの敬愛するオスカーワイルドが歌詞に出て来る『Cemetry Gates』です。晴れた日に、墓地、霊園の入り口で待ち合わせて一緒にお墓に行きましょう。君の傍らにはキーツとイェーツ(二人ともイギリスの文学者)の霊が付いて、僕の傍らにはオスカーワイルド(言わずと知れたイギリスの、と言うかアイルランドの詩人で作家で劇作家で男色の罪で牢屋に入れられた大作家)の霊が付きますからね、と歌う不思議な曲です。

歌詞の中では、亡くなった方々に同情してみたり、盗作はいけないよ、自分の言葉で語るべきだ、君は誤魔化せると思っているかもしれないけど、君の言葉の参照元はもうバレバレなんだよ、とか、誰か(キーツ?かイェーツ?)を念頭に置いた文学論的批判を展開しており、最後には、僕にはワイルドが付いているので僕の勝ちなのでどうぞ宜しくと言い、何か自慢げで何故か上から目線な歌詞を展開している変な一曲です。

でもなんか気に入っているのです。お勧めです。

スミスの曲紹介は後一曲次話でやりたいと思います。

それでは、また、直ぐに。

湖畔人

第419話.気になった音楽(140)アジサイの季節に聴きたい曲 懐かしのネオアコシリーズ The smiths『William, It Was Really Nothing』

2020-07-19 17:35:51 | 気になった音楽
湖畔人です。

さて、また、アジサイの季節に聴きたい曲 懐かしのネオアコシリーズの再開です。

そして、とうとう変人モリッシーが率いたザ・スミスの曲についてのお話です。自分的には、ついにこの時が来たか!って感じなのです。なにせ、まぁモリッシーは世界遺産級の変人ですからね。もう、ハンパ無い変人です。

スミスは、と言うかモリッシーは、当時のUKの鬱屈とした多くのヘタレな若者達の代弁者、職も希望もとりえも金もなんも無い、そしてオタクで弱くてウジウジしている子達に熱狂的に支持されたロッカー⁇、ロック界の異端児?変態?、まぁ変人って言葉が一番ピッタリ、シックリ来る当時のUKの時代のアイコン的な人物の一人だと思います。でもなにか忘れられない癖の強い存在なのです。

文学付きで、特にオスカーワイルド好きで、ジェームスディーンが好きで、菜食主義者で肉食は殺人と一緒と言い放ち、女王は死んだとも言い、English is mineとも言ってしまう、それでもなんか許されている不思議な人物で、飛行機嫌いで、顔は若かりし頃の長嶋茂雄さんに似ていて(当時は)、髪型はサイドを短く刈り上げた2ブロック的なデフォルメされたリーゼントで、ジミーもかけていた様なクラシカルな眼鏡をかけていて、何故か壊れた補聴器を片耳に付け、何処で買ったの?と言うような古着を着こなし、胸元をはだけ、首には数珠みたいなネックレスを巻き付け、何故かジーンズの裏ポケットにはグラジオラスを指して、興奮するとそれを振り回しながら歌うスタイルで、普段は自転車と読書を愛する暗い文学青年、そんなモリッシー率いる変わったバンドがスミスだったのです。

そのスミスの音楽性は?と言えば、歌はウマいと言えばウマいのですが、モリッシーの唱法は、歌を歌うと言うよりはまるで詩を吟じているようでして、まぁ、ロックと言うよりは、あれは詩吟ですね、詩吟です。あれはね。

ただ、尺八の代わりにジョニーマーの超、超絶旨い、川のせせらぎか、鳥のさえずりかって言うような、軽やかで繊細なギターにのせて歌う、当時のUKスタイルの詩吟でしたね。

はじめて聞いたときは、"何じゃこりゃ?これがロックか?"って感じで、かなりの衝撃を受けて、これは懐古主義、音楽の後退、UKも終わった、と思ったものですが、それが聴いていると段々と耳に残る事残る事、段々と癖になって来て、恐るべき中毒性で耳に残って行くのです。そしてまた聴きたくなる。そんな中毒性の強い不思議な曲達がスミスによって沢山量産されましたね。

今動画で見ると、腰をクネクネしながら歌うモリッシーは、"ここはゲイバーか?"と言った感じの歌い方でして、まぁクネクネした感じはもう殆どウナギ犬のようでして、自分的にはかなりキツくて見ていられないのですが、当時は、今みたいにyoutubeも何も無いのでロッキングオンみたいな音楽雑誌の写真と記事からしか情報ソースが無くて、少なくともフォトジェニックだった当時のモリッシーもマーもエラくカッコよく見えていたものでした。でも、もし今みたいに動画で彼等を見る事が出来たなら、もうその見た目のインパクトで敬遠して縁が無かったかもしれませんね…。

そもそもバンド名がザ・スミスですから変です。日本で言ったら鈴木家、田中家、と言うのと一緒ですしね。それ自体が変です。モリッシーは、バンド名をザ・スミスと呼ぶことに決めた理由は、最もありふれた名前だからで、普通の人たちが顔を見せる時代が来たと思うから、と理由を述べていますね。なるほどですね。

また、彼等の特徴の一つが、そのセンスの良いレコードジャケットのデザインもありましたね。基本モノクロかツートーンで、古い映画のワンシーンを切り出した写真を使用する場合が多くて、それも彼等の特徴であり、とてもカッコ良かったのを憶えています。

政治思想は、当時のロッカー達の多くと同じく反サッチャーの左寄りで、皇室にも否定的な感じでした。でも今はナイジェルファラージや彼の政党から分離独立したアン・マリー・ウォーターズ率いるフォーブリテンと言う政党を支持しており、極右に変わったと批判されています。まぁ、嘗てチャーチルが、"若いうちに左翼に傾倒しないのは情熱が足りんし、でもイイ歳こいても左翼をやり続けている輩は頭が悪過ぎる"的な事を言っていた事があったかと思うのですが、国を憂う気持ちがあれば、当然そうなりますよね。当たり前の話です。

僕の周りでは、僕がアステックとスタカン推しで親戚の兄貴がスミスとエコバニ好きで、と、好みが分かれていたのですが、親戚の兄貴はスミスなんてもう何十年も聴いていないけど、何故か自分の方は未だにたまにですが、無性にスミスの曲が聴きたくなる自分がいます。

さて、そんなインパクト絶大の変人モリッシー率いるスミスの曲を今回3曲セレクトしてお伝えしようと思います。まずこの回では1曲のみご紹介します。

まず一曲目は、『William, It Was Really Nothing』です。激しく降る雨の歌詞で始まる曲なのでまぁ梅雨時に合う曲なのかもしれません。ジョニーマーの川のせせらぎのような軽やかなギターにのせて、多分、結婚生活に失敗して失意の淵にある友人のウィリアムに、"ウィリアム、まぁあの女性は今一つだったし、まぁ、あんまり気にするなよ、独り身は最高だよ?"と励ましている感じの曲ですね。でもゲイ疑惑が常につきまとうモリッシーに対して、周りの幾つかの意見としては"あれはどうせモリッシーがお気に入りの男友達の一人がまた自分の近くに戻って来てくれたので、彼は単にそれを喜んでいるだけであって、別に励ましなんて言うご立派なもんじゃないよ"と穿った見方をされている方達も当時結構多かったようです。実際、モリッシーは以前男性と同居していた事を認めていて、でも"僕は別にホモセクシュアルではないです。厳密に言うと、ヒューマセクシュアルなんです。人間が好きで、人間に惹かれているだけなんです。"と否定していますね。まぁ、多分彼の敬愛するオスカーワイルドも、そのモリッシーに近いスタンスだったのでは?と思われるので、まんざら嘘を言っている訳でもない気がしますね。個人的にはね…。

では、スミスは後2曲、次話以降でやって行きたいと思います。

ではまた直ぐに。

湖畔人