青春

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二葉の里歴史の散歩道

2008-03-14 09:45:59 | まち歩き

3.13(木)晴れのち曇り 二葉の里歴史の散歩道ボランティア・ガイド定例会に出席。

住んでいる地域は、二葉の里歴史の散歩道のコースになっていて、朝の散歩に出かけるときその神社仏閣の傍を通るので、それを知りたいと思っていた。今回そのボランティア・ガイドを募集しているということを東区の広報で知り、参加することにした。

インターネットで情報を集め、少し知った気になって2月14日の発足会に出席した。行くとすぐに分厚い資料を渡された。中を見るとそれぞれの詳しい説明がされている(ー_ー)!!インターネットで集めたものの数倍もある(-_-)zzzあちこちの資料から収集されたもののようで、纏まりには欠けるが良く集めたものだと感心する。

定例会が始まり、今年は2期生の募集で、1期生は2年前から始めていて、女性が圧倒的に多い。1期生は18名、3班に分かれており、毛利藩、福島藩、浅野藩とグループ名がつけられている。これによりガイドの当番を決めている。2期生は9名で男子4名、女子5名。他の観光ガイド等を経験している人が結構いる。

発足当初の苦労話も興味深く聞いたが、会長の話に一番興味を持った。タンタンと話されるが、その歴史の造詣の深さの一端が伺える。また話がウイットに富み、会の和やかさを醸し出していて笑い声が絶えない会だ。

2回目の定例会の今日も笑い声で始まった。後半で散歩道の前半神社・仏閣の歴史の概要の勉強会があった。急ぎ足だったが、先生は1期生。よく研究されていて話の深さが伺える。自分たちもこれまでできるようになるのだろうか?(ー_ー)!!

二葉の里は「お城の鬼門にあたる丑寅の方角に神社・仏閣を設け領土鎮護を祈った」の理由で、神社仏閣が多いと聞いていたが、今日の講義では、お城ができる前から太田川に沿って神社・仏閣があり、雲石街道の要衝として栄えた地域であることが判った(^。^)y-.。o○江戸時代になっても、矢賀・尾長地区は西国街道の広島城下への入口の休憩地として栄えた地域のようだ。

広島市唯一の国宝を持つこの二葉の里歴史の散歩道を、もっと深く知りたくなった定例会だった。


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