唐木田健一BLog:絶対的な基準を排したとき,《真理》および《正義》はどんな姿を現すのか

「理論科学」と名づける学問分野を提案し,理論や思想の成立根拠およびそれらの変化のメカニズムを考察します.

革命家の《保守性》

2021-06-01 | 日記

画期的な新理論の誕生においては,既存の(諸)理論の論理的徹底が必要不可欠な重要性をもちます(本ブログ記事「新理論の形成:首尾一貫性の追求,欠如,矛盾,そして弁証法」).したがって,私たちが革命家―つまり,新理論の形成に本質的寄与をした人々─に対して抱いているイメージは根本的に修正する必要があります.

従来,革命家は,新しい思考の枠組みにもとづき,古い理論と対決していたと考えられてきました.しかしながら彼らは,(少なくとも初期の最も本質的な時代においては,)古い枠組みのただ中で思考しているのです.彼らの足場と理論的諸道具は古い枠組みに属しています.また彼らは,しばしば,古い体制の矛盾をそのまま背負っています.こんな事情ですので,後世の科学者や科学史家が革命家の原典に接した場合,その意外な古さに驚きあきれ,しばしばその評価に躓(つまづ)きます.

たとえば,コペルニクスについては,彼の議論の仕方があまりに中世的なので,彼の地動説もそれまでの天動説も,とにかく当時としては,どっちもどっちで,彼の説の方がたまたま後世に正しいとされる説と一致しただけだという見方がまかり通るくらいなのです.

いずれにせよ,たとえば,コペルニクスの著書『天体の回転について』の日本語版訳者は,「コペルニクスの問題の出し方はひどく保守的であった」と書いています.あるいは,光の波動性という確立された事実に対して光粒子説を提出したアインシュタインは,「光量子の考えを低姿勢で提出している」と表現されています.量子力学形成の発端となった「エネルギー量子仮説」の提唱者マックス・プランクは,保守的であったことがよく知られています.

☆コペルニクスについては,矢島祐利訳『天体の回転について』岩波文庫(1953)における「訳者序」の3頁参照.アインシュタインについては,高林武彦『量子論の発展史』中央公論社(1977)の34頁にその記述が見られる.いずれも,引用文中の下線は私によるものである.また,プランクが保守的であったことについては,たとえば,湯川秀樹・井上健編『世界の名著66 現代の科学II』中央公論社(1970)の7-18頁における湯川の解説に記述がある.また,《革命家の保守性》全般に関しては,日本化学会編『化学史・常識を見直す』講談社ブルーバックス(1988)所収の唐木田健一「常識批判の常識の観点」が簡潔にまとめている.

このような事情は,すでに私たちが考察した理論変化─つまり科学革命─のメカニズムから容易に理解できます.革命家たちは,元来,めいっぱい古臭いのです.その古臭い概念を引きずった彼らが,現代の私たちにもアピールする何か本質的に新しいことを,いかなる内容と形式で提起しているかをとらえることが革命のダイナミズムを理解する上で重要なのです.

唐木田健一