第4章『長寿幸せ企業』への取り組み
(6)伊與田覺先生から学んだ「人間学」
恥ずかしながら、私は60歳を超えて伊與田覺先生(注1)のセミナーを受講するまで「人間学」と「時務学」のほんとうの意味を知りませんでした。
「本末」で言えば「本」は道徳を学び習慣にすること、つまり「徳性」を身につけることです。この「徳性」が欠けると、いくら「末」に当たる「知能(知恵)」や「技能」があっても、ほんとうの意味で世の中のために役立ちませんから、人々に支えれ永く続く経営者や企業にはなれません。
「本」を「人間学」と呼び、「末」に当たるのを「時務学」と呼びます。知識や技術を学ぶことです。これがなければ行動実践しても「知能(知恵)」や「技能」には至りません。
もちろん、「本」が良くて「末」が良くないということではありません。どちらも重要ですが、機織りをするときの「縦糸」と「横糸」の関係です。「経」は縦糸で「緯」は横糸のことです。縦糸がしっかりしていないとどんないい横糸をつかっても丈夫な布は織れません。
事業も同じです。『長寿幸せ企業』として永く続く丈夫な企業であり続けるためには、経営者のみならず、『長寿幸せ企業』を目指す企業に関わるすべての人々が「時務学」だけではなく、「人間学」も学び続けなければなりません。
ちなみに『新字源(注2)』で「経」を開いてみると、なりたちは「機(織り)に縦糸を張ったさま」とあります。意味は「たていと」のほかに「いつも変わらない道理」という意味も載っています。
私が「再建の神様」と信奉する二宮尊徳や「日本資本主義の父」と言われている渋沢栄一も四書の大学や論語から人間学を学び、尊徳は「道徳を忘れた経済は犯罪だが、経済を忘れた道徳は寝言である」と「道徳経済一元論」を唱え、渋沢は「大学」の「富は屋を潤し、徳は身を潤す」を軸とした「論語と算盤」を著しています。
「道徳のない経済は悪であり、経済のない道徳も悪である」「道徳経済一元論」(二宮尊徳)
「論語と算盤」「両潤」富は屋を潤し、徳は身を潤す(渋沢栄一)
近代なって、松下幸之助が
「『事業は人なり』と言われるが、これは全くその通りである。どんな経営でも適切な人を得てはじめて発展していくものである。いかに立派な歴史、伝統を持つ企業でも、その伝統を正しく受けついでいく人を得なければ、だんだんに衰微していってしまう。経営の組織とか手法とかももちろん大切であるが、それを生かすのはやはり人である。どんなに完備した組織をつくり、新しい手法を導入してみても、それを生かす人を得なければ、成果も上がらず、したがって企業の使命も果たしていくことができない。企業が社会に貢献しつつ、みずからも隆々と発展していけるかどうかは、一にかかって人にあるとも言える。(注3)」
と言い、石田梅岩の「石門心学」から続く商人道こそが日本の老舗企業、永続企業、の心柱になっています。
倒産の危機を経験した経営者が望むのは、あの地獄の苦しみを二度と味わいたくないということです。そのために私の【経営再建プログラム】でやっていることはその作業そのものが難しいわけではなく、継続すること自体が難しいのです。
習慣を変えることは難しいのですが、歯を磨く行為と同じで慣れればなんということはありません。【経営再建プログラム】でやってきた簡単なことを継続することが、危機的状態から正常企業→優良企業→無借金企業への最も重要なこととわかれば、誰でも続けることができるのです。
『長寿幸せ企業』の挑戦権を得るためには人間学と時務学を学ばなければなりません。
「勉めざる者の情に三あり。
曰く、吾が年老いたり。
曰く、吾が才鈍なり。
然らずんば即ち曰く、吾が才高し、学成れりと。」 (吉田松陰 山田右衛門への手紙(注4))
学ばない人の言い訳には、
もう年をとりすぎているので遅すぎる。
才能がないから学んでも仕方がない。
学ばなくてもそんなことくらいは自分で出来る。
という意味ですが、よく耳にする言葉だなと思えば、経営危機に陥り、【経営再建プログラム】に取り組んでいる経営者が課題を期日までに提出出来ないときに口にする言葉です。
【経営再建プログラム】での私のアドバイスは、特に能力が必要なのではなく、「習慣」になるまでは面倒くさい、やりたくないことばかりなのです。残念ながら、プログラム参加者の半数以上は脱落していきますが、これをクリアーされた企業だけが短期間で危機脱出し、正常企業→健全企業→優良企業→幸せ企業へと着実に歩めるのです。
倒産の崖っぷち企業を5年余りで無借金優良企業に再生させたある俯瞰塾会員の経営者は
「勉強すればするほど、経営の難しさを痛感するが、ますます経営が楽しくなってくる」
とおっしゃられています。この経営者は、学び続けないとすぐにもとの木阿弥になることをよく理解されています。
同じく同書で松蔭は「清狂に与ふる書」で孟子の言葉を引用しています。
「山径の蹊(こみち)、しばらく介然として之を用ひずんば而ち路を成す。
為間(しばら)く用ひずんば、則ち茅(かや)之を塞ぐ。」
まさしく、『長寿幸せ企業』へ到る原理原則のひとつは、「人間学」と「時務学」を学び続け、当たり前のことを愚直に行動することです。
注1 いよたさとる 大正5年高知県に生まれる。学生時代から安岡正篤師に師事。論語普及会を設立し、学監として論語精神の昂揚に尽力する。著書に『「大学」を素読する』『己を修め人を治める道「大学」を味読する』など(致知出版社HPより抜粋)
注4 出典:「松蔭の教え」 ハイブロー武蔵著(総合法令出版)
次回は、第5章 健全企業の経営実学「人間学」の
(1)「人間学」と「時務学」(仮題)を予定しています。
このブログ、「中小零細ファミリー企業版 『長寿幸せ企業』の実践経営事典2017」は井上経営研究所が発信しています。
井上経営研究所(代表 井上雅司)は2002年から、「ひとりで悩み、追いつめられた経営者の心がわかるコンサルタント」を旗じるしに、中小企業・小規模零細ファミリー企業を対象に
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