ブログ見聞録○休憩室

焦るな、急ぐな、怠けるな。

荒川強啓デイ・キャッチ 青木 理 「2017年は世界中で選挙の年」2017.01.02

2017年01月10日 | Weblog


1.13FACT01 BF・RK対談予定通り開催されます。
http://ur0.link/AOUb


2017年1月13日(金)
受付 18:45~
開演 19:15
終演 21:30
会場 東池袋@あうるすぽっと会議室B
前売 4,000円
当日 4,500円
定員 100名
確実なお座席確保のため前売りをご利用下さい。
http://wonder170113.peatix.com



荒川強啓デイ・キャッチ 青木 理 「2017年は世界中で選挙の年」2017.01.02
https://youtu.be/ylQAxcZAYhA


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【●】「人間の身の丈にあった社会」 晴耕雨読 開かれた地域共同体
   http://sun.ap.teacup.com/souun/205.html#readmore

鳥の目と虫の目さん:
人間の身の丈にあった社会の仕組みに、どこから近づいてゆけばいいのですか。ご意見を伺わせて下さい。

私がこの講演録を引用して投稿したときに、漠然と頭の中にあったのは、人間の社会的分業の編成に果たす『ストック』の意味と言うことでした。

生身の人間は、どれほど身体能力が違ったとしても、大局的に見れば、ほとんど似たり寄ったり、同じ存在です。毎日飯を食わなけりゃいけないし、背のたけだって2メートル程度まで。
考え得ることだって、しょせんは、生物としての人間という基盤からは離れられないはずです。

そんな人間ひとりひとりが壮大な社会的分業を組んで、いま、我々の目の前にあるこの社会的現実を作り上げています。

たしかに現代社会が成し遂げている結果は壮大なものです。

しかし、その社会的現実を作り上げている端緒をたどれば、根元的な駆動力は、一人一人の生身の人間の意志に裏付けられた活動力に違いないですよね。


もちろん、その社会的分業をくみ上げる上で、さまざまな物質的な媒介物がはさまったり、化石エネルギーで補完されたりしてはいます。しかし、間に挟まった媒介物は、みな意志を持たない、ただの物です。

だから、社会的分業を本源的に駆動させているのは、それぞれの場面で意志をもって現実に向き合っている、それぞれ、一人一人の生身の人間以外はありえないに違いない。そして、たとえその社会的分業の総体がどれほどに壮大であっても、それぞれの人間の意志は、生き物としての一人一人の身体の、その脳味噌の中にしかないものです。

上手く表現できないのですが、ようは、生き物としての人間なんて、みんなほとんど似たり寄ったりでしょ、という感覚と、その一方で、それぞれの人間の、その脳味噌の中につまった意志が、その意志の形を貫徹させて社会全体へ働きかけ得る程度において、天と地ほどに違う立場への分化している現実の人間社会の有様というものの、めまいを覚えるような格差の本源的な原因はどこにあるのか。そして、その落差を縮めてゆくための手がかりはどこに求めればよいのかということです。

どう考えても、現代の社会的分業の壮大さと、生き物としての人間のちっぽけさとの対比は、無理がありすぎるように思います。

しょせん、生きものとしての出自に構造づけられた人間の脳味噌の構造(たとえば喜怒哀楽とか、相手を疑ったり信用したりとか…)しか持たないはずなのに、想像も出来ないほど広範囲の社会的分業にたいして、その意志を届かせようとすれば、そこに関与してくる他人の命を命として関知でし得ないことに起因するさまざまな問題がふきだしてくるのは当然だと思うのです。
逆に、そうした動きへの対抗運動においても、それが逆方向での意志のかたちを、巨大な社会的分業のしくみ全体において実現しようとするものである限り、やはり同じように、人間の認知能力の限度を超えたことに起因するさまざまなゆがみが出てくるに違いない。
社会問題を、それぞれの人間が、意志を働かせて、互いの意志を重ねて十全に舵取りをするためには、やはり動物としての群れ構造を大幅に逸脱しない程度を前提にしなくてはならないのではありませんか。

ビル・トッテンさんのご講演の大切なメッセージとして受け止めたのは、そうした生き物としての身の丈をゆがめる夾雑物としての土地と貨幣という『ストック』に、生き物に擬制した寿命をあたえるという対案、すなわち例外を許さぬ土地課税とマイナス金利という提案でした。

だれもが、生き物としての身の丈の態度と、同じ寿命という枠の中で競い合って生きていれば、今目の前にあるほどのゆがみは発生しないのではないでしょうか。

内田義彦さんが、『資本論の世界』(岩波新書)のなかで
「私有財産制度とは、一般に-つまり資本主義であってもなくても-生きた他人の労働の成果がなんらかの形で私有財産の所有者の手にわたり、その一部が蓄積される。そして、その過去の他人の蓄積された労働が、私有財産として他人に対立し、ふたたびなんらかの形で現在の、生きた他人の労働を吸収する制度である。それだから財産によって生活できる。」(内田義彦1966年)
と書いています。
私有財産制度ということばで表現しようとすると、なんだか色が付きすぎていて、こなれないですが、生物としての個人の意志の『巨大な拡声器』の仕組み、人間の生きのびようとする意欲と実践struggleがもたらす同盟関係と敵対関係を身の丈を超えて促進する本質的な原因である『ストック』の意味について、ぜひ教えて頂ければとおもいました。

あっしらさん:
経済(学)は論理ですからそれを熟知しているより、鳥の目と虫の目さんのように、人間観を含む社会観というか世界観がきちんとあり、現実の社会と自分の理念的な社会観の乖離が何に由来しているかを探るときに、経済(学)を利用するというものだと思っています。

鳥の目と虫の目さんが説明されている人々の生き様(=社会の在り様)が普遍的(超歴史的)なもので、経済学が対象とする近代社会(資本制経済社会)はその特殊な形態です。
似たり寄ったりの人々が、持てる認識能力と身体能力を相互活用しながら外的自然(物)に働きかけ、その成果を個々人及び“共同体”が享受することで個々人の生存や快楽が実現されるというのが人の世だと思っています。

どう考えても、現代の社会的分業の壮大さと、生き物としての人間のちっぽけさとの対比は、無理がありすぎるように思います。
社会問題を、それぞれの人間が、意志を働かせて、互いの意志を重ねて十全に舵取りをするためには、やはり動物としての群れ構造を大幅に逸脱しない程度を前提にしなくてはならないのではありませんか。


私も同じように考えています。
いわゆる共産主義国家も、共産党官僚が云々というより、この罠(無理)によってあのような国家社会に行き着かざるを得ない宿命にあったと思っています。(それに輪をかけたのが、封じ込め的国際関係のなかで戦時体制をとった(とらざるを得なかった)こと)

国民経済的社会的分業でも壮大なのに、グローバリズムという名の下、世界規模での社会的分業の濃密化が進められています。
いわゆる資本主義国家の人々は共産主義国家の抑圧性には納得しても自らの抑圧には少しばかり無頓着なようです。
社会的分業が壮大なものになれば、利潤獲得動機がもたらす弊害は別としても、それをなんとかして動かすために、制度及び支配-被支配の関係性が強大なものにならざるを得ないことにもっと留意すべきだと思っています。

利潤(貨幣的儲け)が経済活動の動因で、それが壮大な社会的分業世界で実現される条件になっていれば、少数の支配者(表に出るのはテクノクラートと企業経営者)が、ほとどんと言える大多数を機械や原材料と同じような物として管理していくかたちをとらざるを得ません。(倫理的善悪を捨象しても、論理的にそうならざるを得ないということです)

このようなことから、私自身は、「開かれた地域共同体」という在り方を一つの望ましい世界と考えています。
経済学的には効率(生産性)が下がるものであっても、心地よさが上がるのならそれでいいじゃないかというもので、地域共同体が消費するものはできるだけその地域共同体で生産するという考えです。
(人はお金にならないことにいそしんで大きな喜びや満足を得ることもできる生き物です)

物余りやデフレそして失業者の増加や余暇時間の増大という状況は、そのような社会の在り様を実現できる条件があることを示していると言えます。

しかし、「開かれた地域共同体」はすぐにめざすものではなく、そこに至る過渡期として、国民経済主義的国家社会が必要だとも考えています。

私有財産制度ということばで表現しようとすると、なんだか色が付きすぎていて、こなれないですが、生物としての個人の意志の『巨大な拡声器』の仕組み、人間の生きのびようとする意欲と実践struggleがもたらす同盟関係と敵対関係を身の丈を超えて促進する本質的な原因である『ストック』の意味について、ぜひ教えて頂ければとおもいました。

「生き物としての身の丈をゆがめる夾雑物としての土地と貨幣という『ストック』」というご指摘に魅力を感じるとともに、『ストック』概念として土地と貨幣は峻別したほうがいいのじゃないかと思っています。

端的には、超歴史的には『ストック』でなくてもいい貨幣が『ストック』としてのさばっていることが、生き物としての身の丈をゆがめている一つの要因だと考えています。
社会的分業の“媒介物”でしかない貨幣が、『ストック』しかも代表的『ストック』として考えられていることが大きな問題です。
貨幣は、土地(埋蔵資源を含む)や生産設備といった『ストック』を購入できる手段であっても、『ストック』である必要はないという視点が重要だと思っています。
そして、貨幣の『ストック』化を支えているのが、利息取得制度や様々な金融商品(取引)です。
マイナス金利という“消費促進策”を持ち込まなくとも、金利(利息取得)をなくせば、消費レベルだけではなく社会構造全体を変えるインパクトになります。

『ストック』には、自然的ストックと活動成果的ストックがあると考えています。
土地(埋蔵資源を含む)が自然的ストックで、生産設備・道路・住宅など人々の活動力で作り出した持続的な有用性享受という性格を持つものが活動成果的ストックです。

近代社会の特質は、後者(活動成果的ストック)のなかでもとりわけ生産設備が持つ意味が飛躍的に高まったことにあります。

引用された内田義彦さんは“マルクス疎外論”ないし“マルクス物象化論”の立場から生産設備の問題を捉えているようです。
物になった活動力と生身の活動力が結合する仕組みを大きくすることで、生産力が高まってきました。過去の活動力の成果を使うことで現在の活動が楽になる仕組みが飛躍的に発展したと言うこともできます。
(それを支えたのは急増大する生産力の成果(財)を国際交易を通じて売りさばき貨幣利潤を獲得できる“制度”です。それがなければ、デフレや生産過剰になるそのような仕組みの発展はありませんでした)

人々の関係的活動成果である「過去の他人の蓄積された労働が、私有財産として他人に対立し、ふたたびなんらかの形で現在の、生きた他人の労働を吸収する制度」になるかどうかは、社会の在り様如何に関わることであり、超歴史的なものではありません。
(内田さんもそれをご理解の上に書かれたと承知しております)


膨大な活動成果的ストックがあるというか、それを造り出し使いこなすことができる歴史段階になったことが、「開かれた地域共同体」への移行を保証すると確信しています。

Re: 人間の身の丈にあった社会の仕組みに、どこから近づいてゆけばいいのですか。投稿者 あっしら 日時 2004 年 1 月 31 日




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【●】無いものは使えない。はい!論破!
ネットゲリラ>>>野次馬 (2017年1月 9日 23:08)
http://my.shadowcity.jp/2017/01/post-10419.html

個人消費が伸びない、というんだが、カネがなきゃ、使いようがない。はい、論破! 企業がちっとばかり賃金あげても、社会保障費やら税金やらがもっともっと上がるので、可処分所得は下がっている。カネがないから使えない。それだけw だってアベシンゾーがやっている事は、「お口だけ」。香港の処女かよw 香港の処女は意外に身持ちが固くて、なかなか身体を許さないらしいねw その代わりに、フェラチオはとても上手なんだそうでw


榊原会長は「個人消費を喚起するためにも、これまで3年続けてきた賃金引上げのモメンタムを今年も継続する」基本的スタンスのうえでhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170108-00000007-economic-bus_all

「今年の経労委報告では個人消費が伸びていない実態について分析し、対応すべき」と政府に対して要望していく方針だ。
榊原会長は「国民の将来不安や子育て世帯の教育費負担、消費者の節約志向といった点に何ら手をつけないままでは経済界が賃金引上げに取り組んでも消費は拡大しない。原因を分析するとともに、官民あげて(対応策に)取り組むことが必要」とした。

あげなくて済む給料は上げない。それがアタリマエ。自分の会社だけドカドカ賃上げしていたら、厳しい競争に負けてしまう。アベシンゾーが何を言おうが、イイナリになる必要はない。

【消費】経団連の榊原会長「賃金引き上げに取り組んでも消費は拡大しない」 政府に個人消費が伸びない実態の分析・対応を要望へ★3 、というわけで、例によって2ちゃんねるでは無責任なネットすずめたちがピーチク騒いでおります。ニュース速報板からです。
http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1483964638/

そもそも、あれだけ人気の高かったコイズミ、何をやったのか、みんな覚えてないのか? コイズミのやった事で、ひとつでも良い事があったか? 拉致被害者の帰国? あんなヤラセのプロレスで騙されてるようじゃ、謀略渦巻く現代社会を生きられないぞw アベシンゾーに至ってはもっと酷い。日本人を食い殺す悪魔です。

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【●】「抜け出す第一歩は「隷属の認識」」 晴耕雨読 「近代」から一歩先を見据えて
   http://sun.ap.teacup.com/souun/178.html#readmore


国際寄生者は、巧妙に「知的謀略」を駆使して、宿主構成員(我々)が奴隷であることや隷属していることを感じたり認識しないようにしてきた。

「自分と家族が共同体のなかで自立して生存できる条件を保有していないこと」を、土地に縛られない自由の獲得だと説明している。

民主制を基礎とした国家にすることで、自分が命を失うことになったり、相手を殺すことになる侵略戦争を担うことを義務と考えたり愛国心の発露と信じるよう仕向けている。

女性は男性に隷属させられており、女性が“社会”に進出して経済的に自立することが解放だとされている。

そして、失業者が大量に発生しながら財が余るという過剰な生産力(高い生産性)が実現されていながら、市場原理や経済理論を持ち出して、それは仕方がないことであり、年金などが切り詰められるのもやむをえないことだと説明している。

今書いた四つのことを一つでもその通りだと考えている人は、国際寄生者にすっかり隷属していると断言する。

「感じにくい隷属」から抜け出す第一歩は「隷属の認識」投稿者 あっしら 日時 2003 年 3 月 12 日

■ 寄生者は「奴隷制」の復活を志向してはいない

時々コールマン博士や太田龍氏のことを“あっち(寄生者)側”の人と揶揄するのは、寄生者が、寄生方法として「奴隷制」を志向していないし選択することもないと考えているからである。

起こらないことを起こると扇動しそれに対して戦えと叫べば、その傾向が消えた途端に戦いも消え去るだろう。

コールマン博士は、ひとの土地を大規模に収奪し奴隷制もある条件下で生まれた合衆国憲法を福音書のように賛美し、南アフリカの土地を収奪した歴史的経緯を軽く見て、アフリカーナと英国支配層の対立に焦点を当ててアフリカーナの側に立ち、先住者の多数派を基盤とするANCを共産主義者として非難している。

(反アパルトヘイト運動やANCが国際寄生者に操られていたり(いる)と思っているが、それは別問題である。ジンバブエのムガベ大統領も操られている)


時代性から、奴隷というとアフリカから南北アメリカに運ばれ、拘束状況で酷使された黒人を思い浮かべる場合が多いだろう。

(アフリカから奴隷輸送船に積み込まれた黒人は6千万人以上で30%前後が輸送途中に死亡したと言われている)

しかし、厳しい批判ときちんとした反省的総括が必要だと考えているが、そのような奴隷制は歴史的に見れば特異なものである。

大規模な土地を収奪し、その土地を活用することで生み出す財がもっと売れるのにそれを満たすだけの労働力が不足していたことから生じた特異性である。


古来より、奴隷は、自分及び家族の生存手段を保有していない(失った)ためにひとに使われることで生存を維持せざるを得ない層、特定能力を持った戦争捕虜、政治的支配層の執事や娯楽提供者として召抱えられた者たちである。

くびきをかけられているかどうかは、奴隷であるかなしかとは本質的に無関係である。

債務不履行で生存手段を失った人(家族)は、生きるために債権者の手足となって働くしかない。

(債権者が債権を譲渡すれば別の人のもとで)

戦争に負けて土地を奪われた人は、労働力が不足状態であれば奴隷になり、そうでなければどこかに新天地を求めることになった。

戦争捕虜になった人たちのなかで特殊技能(学問や芸能を含む)を持っている人は、戦勝側に余裕や不足があればお抱えになった。

政治的支配者は、より快適な生活をおくりより心地よい日々をおくるために、被支配者に奴隷の提供を求めた。

女性は、とりわけ戦争を通じて、性的快楽や生殖機能として奴隷化されることも多くあった。

奴隷の自由は「死の選択」だけである。

拘束がなくとも、逃げて生存できる条件がなければ逃げない。
決起するのも、勝算があるときだけである。

租税として差し出された奴隷は、家族や地域共同体の安寧を考え逃げないはずである。

別に奴隷所有者を擁護する気はないが、奴隷を所有し続けるのも負担(コスト)なのである。

機械は手入れをすれば済むし、家畜は餌を与え逃げないようにしていれば済むが、人である奴隷は、自分の目的に叶うように働く方法を理解させたり、病気や事故で用を果たさなくならないよう気を使い、身の回りにはべらせておくのなら身繕いもきれいにしておかなければ自分がいやな気分になるという存在である。

南北アメリカの「近代奴隷」も、奴隷商人が高収益源として群がったように高価なものである。

高額のお金を支払っているのに、死ぬ気になってしまったり、病気になったり反抗心を煽ってロクに働かないのでは割が合わないのである。

タダ同然で奴隷が手に入るのではない限り、奴隷も、それなりの水準で取り扱われることになる。

(奴隷商人は、奴隷をタダ同然で手に入れ、べらぼうな価格で売ることができたので、輸送で生じるロスをそれほど気にせず「家畜以下」の過酷な条件で船に積んだのである)

このような説明をしたのは、国際寄生者が奴隷制を志向していないことを少しでもわかっていただくためである。

国際寄生者は、“奴隷”の処遇に関して、奴隷制よりも賃金労働者のほうが合理的だと考えているのである。

長期間にわたって生存の面倒を見なければならない奴隷よりも、必要なときだけ雇って、不要になったら捨て去るほうが都合がいい(合理的な)のである。

そして、ほとんどの人が生存手段を保有しなくなった「近代」では、タダ同然で賃金労働者を手に入れることができる。

賃金労働者をタダ同然で手に入れても巧くいかないことがわかった結果が、賃金水準を上昇させることで生まれた「大衆消費社会」や「福祉国家」である。

(米国の奴隷解放令は、このような国際寄生者の損得勘定に基づき成立したものである)

奴隷とは、自分と家族が生存するための自然的条件を保有していない人のことである。

自分と家族が共同体のなかで自立して生存できる条件を保有していない限り、奴隷なのか、賃金労働者なのか、はたまた“知的執事”なのかは別として、他者に自己の活動力を提供することを通じて生存を維持するしかないのである。

■ 「感じにくい隷属」

国際寄生者は、巧妙に「知的謀略」を駆使して、宿主構成員(我々)が奴隷であることや隷属していることを感じたり認識しないようにしてきた。

「自分と家族が共同体のなかで自立して生存できる条件を保有していないこと」を、土地に縛られない自由の獲得だと説明している。

民主制を基礎とした国家にすることで、自分が命を失うことになったり、相手を殺すことになる侵略戦争を担うことを義務と考えたり愛国心の発露と信じるよう仕向けている。

女性は男性に隷属させられており、女性が“社会”に進出して経済的に自立することが解放だとされている。

そして、失業者が大量に発生しながら財が余るという過剰な生産力(高い生産性)が実現されていながら、市場原理や経済理論を持ち出して、それは仕方がないことであり、年金などが切り詰められるのもやむをえないことだと説明している。

今書いた四つのことを一つでもその通りだと考えている人は、国際寄生者にすっかり隷属していると断言する。

人は、生きていくために、他者と共に外的自然と巧く付き合いながらそれを自分のために改変しなければならない。

人(人的自然)は、否応なく、土地(外的自然=自然的自然)に縛られている存在なのである。

縛られていないと考えがちなのは、お金でお金を稼ぐ人・知的活動でお金を稼ぐ人・政治的支配者といった、圧倒的多数の他者を自分の生存から快楽の手段と位置付けている階層である。

女性が家族の面倒を見るのは、役割分担でしかなく、別に男性への隷属ではない。(男女が逆でもいいのだが、出産と育児という役割を女性が担うほうが都合がいいだけのことである。)

女性を家族から切り離すのは、個人主義的自由主義と同じで、人々のバラバラ化を通じて隷属構造をよりスムーズに維持するのが目的である。

共同体を崩壊させて国家的統合に変えたように、家族を崩壊させることで人々の絆をなくし、寄生者に直接的に隷属させようとしている。

国際寄生者は、人々の絆を恐れている。それは、自分たちへの対抗力につながるものだからである。無力な個として、持っている活動力を自分たちの“養分”吸い上げのために発揮してもらえばいいと考えている。

もう一つの目的は、経済合理性である。家族を養うために一人が働くだけであれば、家族分の生存費を給与として支払わなければならない。

しかし、家族から複数の人が働きに出れば、一人に支払う給与は抑えることができる。

(米国の50年代から現在に至る“中流家庭”の変遷を顧みればこのことがわかる。かつては、お父さんが働くだけで、家と自動車を持ち、子供たちを大学に送ることができたのである)

長期にわたる学校教育と日々発信される膨大なメディア情報を素直に受け入れることで、隷属性が高まる仕組みができ上がっている。

現在の多数派の人々(寄生されている人々)は、奴隷以下家畜以下の存在になっていながら、自由だと錯誤する倒錯的隷属者になっているのである。

国際寄生者が、ここまで巧妙につくり上げた「隷属システム」を捨て去り、寝た子を覚ますような奴隷化政策をとることはないのである。
(近代奴隷制を廃止させたのは、国際寄生者であることをお忘れなく)

国際寄生者は、米英の国家支配層を先兵として「対イスラム戦争」を展開しているが、それとてただの“戦争狂”であるが故に行っているわけではない。

彼らとて、目的を早期に完遂させて“平和な世界”を築きたいと考えている。

早期に完遂させて“平和な世界”を築けば、先進諸国の多くの人が素晴らしい現実が戻ってきたと感じ、さらに隷属性が高い新たな「世界」を素直に受け入れると夢想しているであろう。

国際寄生者は、「近代以後」(ポストモダン)を構想しながら、それに向け現在を動かそうとしている。

「対イスラム戦争」は、行き詰まった「近代」を根底から変えるためのものである。

それを完了させれば、ブッシュ的圧制も終わり、国民国家の在り様も変わり、経済的政治的国際システムも変わることになる。


現在でもいいし、バブルに浮かれていた時期でもいいし、目に見える勢いで生活が良くなった高度成長期でもいいが、どの時点でも隷属性を感じなかったという人は、今後の世界でも隷属性を感じることはないのである。

感じ取りにくくなった隷属構造から抜け出すためには、隷属性を論理的に認識するしかない。そして、隷属性を認識すれば、隷属性を感じることになる。

ハイテク物語とおどろおどろしい表現で予言される「未来の奴隷化」を危惧するのも大事だが、それ以上に重要なのは、現在の隷属性をきちんと認識し、そこから抜け出す術を見つけ出すことである。


現在の隷属性を認識していても、落胆することもあきらめることもない。

隷属性を認識しながらも、自分や家族のために働き、片隅で束の間の心地よさを味わい、“その時”がやってくるのを待てばいいのである。
(刹那的な快楽や物欲も忌避する必要はない)

隷属性を認識していれば、心地よさを感じる対象も変わり、刹那的な快楽や物欲の充足行動も変わる。

“その時”はそう遠くないうちに(もうまもなく)やってくる。

しかし、“その時”に、神が審判を下したり、救世主と悪の大魔王が壮絶な戦いを繰り広げた結果として、隷属のくびきから逃れられるわけではない。

“その時”までに現在の隷属性を認識する人が増え、“その時”までに見出した隷属克服法が合理的なものであり、“その時”までにそれを実現しようと思う人が多数派を形成しているかどうかで決まることになる。

それができていなければ、“その時”がやってきても、巧妙な「隷属システム」は継続し続ける。

(“その時”は既にやってきているのかもしれない)


自覚していないとしても、隷属を強いられている人々が主体的に動くことがなければ、“その時”がそのままずっと続くだけである。

主体に取り組むことなく、神や救世主の力もしくは世界史的理性や自然の摂理によって、“その時”が解決されることはない。
2006/10/18



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【●】みんなでいっしょに考えよう!TPP 全編
http://youtu.be/IrVpfMixi6s

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【●】アメリカ市民団体がTPPについて報道した驚異の内容1
http://youtu.be/nwKP2Yug9D8

アメリカ市民団体がTPPについて報道した驚異の内容2
http://youtu.be/d5xso5pWW9s

世界を支配する原理及び権力維持の源泉は神・金・力 2014/4/29 https://youtu.be/2zqvCZ1hSEA

TPPで日本は郵貯・簡保の資産を無差別開放させられる
https://youtu.be/G_mRJcdJpRg

降って沸いた「TPP」の謎?! 10/11/06
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TPPのひみつ
http://www.youtube.com/watch?v=GqqUieLxtBY


++ ヤバすぎだ、と話題に・・・自民党 日本国憲法改正草案対照表 2012版 ++ http://www.geocities.jp/le_grand_concierge2/_geo_contents_/JaakuAmerika2/Jiminkenpo2012.htm

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