切れ切れ爺さんの徒然撮影&日記

主に寺院や神社等を中心に、文化財の撮影と紹介。
時に世の中の不条理への思いを発言していく。

独居癌爺さんのつぶやき・・・2020年北京冬季オリンピック始まる  2022.2.3

2022-02-04 00:11:23 | つぶやき
   ---本当にこれでいいのか---



  習近平首相の肝いりで中国初の冬季オリンピック大会が始まる。一部の競技ではすでに予選が始まっており、ニュース見ていると女子アイスホッケーで日本チームがスウェーデンを3対1で破り、初の初戦突破、一勝をあげたと言っていた。それ以外にも男女のスピードスケート、フィギュアスケート、やはり男女のジャンプ競技などなどで「メダル」が期待される種目及び選手に注目が集まり高まっている。

 日本人というのは全体的にオリンピックに対する期待感・ワクワク感が高いんだろうか。東京オリンピックでは史上最高のメダルの数に大会関係者とオリンピックファンは狂喜乱舞。メディアもそれを煽りつつ、期待されながらも早々に敗れ去った選手には目もくれない。メダルを取るのと逃すのでは天と地ほどの差がある。今や日本でもメダリストには「懸賞金」が出るという有様だ。海外の国々ではずっと以前から懸賞金なり屋敷等様々なものが褒美として与えられ、一生の生活が保証されるような国まであった。

 ずっと以前はアマチュアリズムが主流であり「プロの選手」というのはオリンピックに参加することはできなかった。しかし東西両陣営の政治的思想的対立は、いわゆる社会主義陣営の実質的な専門競技者として育成された者が出場し、メダルを多く取っていくにあたって資本主義陣営においても、それはおかしいと抗議するものの政治体制上の違いから全く受け止められずに、旧ソ連や東ドイツなどのメダルの数はうなぎのぼりだった。

 そうした結果、東西冷戦の終了ということもあって資本主義陣営にも「プロ選手」 の参加が黙認されるようになり、さらにそれが広がると公認されるようになって、今現在ではバスケットや野球とか団体競技のプロだけではなく、個人競技種目においても様々な企業と契約を結んで「個人プロ選手」として出場するようになってきた。いわゆるオリンピックの「商業化」問題だ。そして活躍した選手にはご褒美やなんとか栄誉賞みたいなものが与えられ、国と企業を上げて応援するという体制が作り上げられる。

 世界のトップ選手たちは0.1秒を争う ハイレベルな戦いをしているので、例えば水泳においてはかつては男子は水泳パンツが極力小さなものになっていたものの、今では全身を覆う水泳スーツが主流になっている。先進諸国の企業がより抵抗の少ない生地を開発し、それを身にまとって泳ぐことによって1/100秒速くなるなんていう事態が生まれる。世界新記録もどんどん出る。後に高速水着は禁止になったが。冬季大会においてはスキー板の改良等雪質に合わせたワックスの開発。こういったものが勝敗を分けるようなところまで来ているし、企業と契約している選手には専門の競技用具開発が行われ、個々の選手に応じた100%フィットするようなものが提供されるようになる。こうしてもはやオリンピック競技はプロの選手たちが、プロの専門家たちの作った様々な競技用具を使って競うという、異様な競技大会に成り果ててしまった。

 もちろんそういった背景はありながらも、各個々の選手たちの尋常ではない努力には敬意を払うべきだろう。いくら良い道具があっても当の本人が力不足であればせっかくの道具は無駄というものだ。

 でもやはりしかし、そういう実態を目にするとすんなりと「金メダルだ」とか「勝った」などと喜ぶような気にはなれない。まぁ実際にはオリンピックという場から遠いところでメディアを通して接するだけなのだから、ファンである人達はそれはそれでいいのかもしれないが、私などのようなオリンピック不要論者にとってみれば、また大騒ぎか、また国威発揚か、なんてことしか頭の中に出てこない。メディアはそれを視聴率高揚のために煽っているだけのことだと思ってしまう。

 今の中国においては習近平個人独裁体制ということに実質上なっている。彼の指示のもとに行われる様々な政策や指示については失敗は許されないのだ。先ほどのニュースでも習近平氏本人が、中国はこのオリンピックをを成功させ世界に平和と希望を与え云々、とメディアの前で演説していた。今や経済的にもアメリカに次ぐ世界第二位の大国になったわけだし、先端産業の分野においてもトップだとは言わずともそれに近い位置に近づきつつあるのは確かだろう。中国としてはかつてのオリンピック、国際万国博、そして冬季オリンピック。これらはすべて「成功」しかありえないのだ。そして各国のメディアが集まる場というのは絶好のアピール機会ともなる。やはりニュース映像にはメディアセンターのところに新疆ウイグル自治区の大きな写真が何枚も貼り出されていた。

 それらの写真には新疆ウイグル自治区内の大きな都市に高層ビルが数多く建設されており、ランドマークタワーのようなものもあって、いかにも経済発展を遂げているということを象徴的に見せつけていた。欧米諸国が主張するウイグル人たちを根絶やしにするという政策が行われている、というのは完全に誤ったものだと言う。しかし現在の各国の諜報機関の情報収集力は極めて高いものがあり、新疆ウイグル自治区におけるウイグル人の絶滅政策は確実に進められていると言う。かつてのヒトラーが行ったようなユダヤ人をガス室で大量殺害するという方法ではなく、去勢手術を行って子供が新たに生まれないようにするという方法で、何十年もかけてウイグル人を地上から消し去るという方法で行なっているという報告がされている。

 だからこそ今回のオリンピックについて欧米諸国は、大統領や首相を派遣することはなかった。日本は経済的にも中国とのつながりは極めて強く、本来なら総理大臣が行きたいところだろうが欧米諸国と歩調を合わせて結局、 JOC の委員長が行くことで納めることにした。要するに「オリンピックは世界の平和を願うものであり、政治とは切り離して行うべきだ」と言う昔からのスローガンは、もうずいぶん前から機能しなくなっている。多分オリンピックを通してナショナリズムを煽ったのはヒトラーが最初ではないかと思うが、第二次世界対戦後も東西対立冷戦の中で様々な危ないシーンはあったはずだ。モスクワ・オリンピックでは西側陣営が参加ボイコットをする。ロサンゼルス大会では逆にソ連がやり返す。

 つまりオリンピックと政治はいやが応にも密接に関係しているのだ。為政者は切り離して考えるべきだと口では言うものの、実際にやっていることは全く異なることだ。もうはっきり言って問題行動を起こしている国が行うオリンピックなどというものは、 IOC が「オリンピックを開催するにふさわしくない」と判断して中止すべきなのだ。でも金儲け主義の IOC にそんな気迫も何もない。「ぼったくり男爵」はオリンピック施設の見事な完成と開会式の素晴らしさに感嘆し、世界への中継を通して転がり込む莫大なお金に大きな期待をしているのだ。そんな有様だから中国側もぼったくり男爵の中国への印象を良くするために銅像まで立てて大歓迎するという有様。

 オリンピックの舞台裏というのはもはや、あちこちで茶番劇が繰り返し繰り返し行われている。上辺の作り笑顔と内面の冷徹で辛辣な計算。これらはただ単にオリンピックという限定的な競技大会の範囲内で収まるものではない。オリンピックが中国が言うところの成功裏に終わった後、次はどの分野で何をするかということが重要なのだ。

 新疆ウイグル自治区における民族浄化は着々と進められるだろうし、香港の統制をさらに強め、台湾への侵攻をどのような形で行うかという具体的な方策がすでに練られているだろう。後はいつやるか、そしてどこまでやるか、という話になると思われる。いわば局地戦といった形での中国と台湾の戦争。そして米軍がそこに加わり、尖閣の問題も合わせて日本の自衛隊が米軍とともに動くということも十分に考えられるだろう。

 一部の軍事専門家の中には、攻撃態勢は整えておいていつでもできる状態にはしておく。しかし実態としては戦争状態に持って行くにはあまりにも危険な状況になる可能性が高く、実際には戦闘状態にはならないだろうという人もいる。
 アメリカ軍はロシアとウクライナ問題で、ウクライナ周辺に数千人規模の軍隊を派遣することを決定した。プーチン大統領はオリンピックにおいて習近平氏と会談することになっている。当然ウクライナ問題の検討、台湾の件が話の中には出てくるだろう。事と次第によっては同時に局地戦勃発なんてことも考えられなくもない。

 世界がオリンピックが無事に終わってよかったね、などと懐疑心を持ちながらも思ったりしていると、一部の超大国はスキだらけの所を突いて何をするのかわからないと思っておくべきだろう。このような危うい状況にある今の世界において、日本という国は一体何をしなければならないのか。理想的な事を言えば当然、課題を抱える各国の首脳たちと話し合いを尽くし、お互いどのようにすれば和解し理解し合えるのか、そういったことを模索するための中心にいて活躍するべきだろうと思う。

 今やそんな甘っちょろいことでは済まない。そう言われるのがおそらく現実的な反応だろう。実際自衛隊においても名前は護衛艦だが、強襲揚陸艦を改造して実質的に「航空母艦」にしつつある。もうまもなく改造工事は完成し、実際に広大な飛行甲板に米軍の戦闘機が離着陸に成功している。さらにイージス艦や潜水艦の建造が急ピッチで進められている。日本の国防費という名の軍事費は年間で5兆円を余り。日本がとるべき理想的な道というのは単なる夢物語であって、いざという場合に備えて新兵器も軍事企業を中心に着々と開発されている。おそらくこのまま日本も危険地帯に足を突っ込んでいくことは間違いない。一部の政治家は日本の核武装化に言及している。すでにミサイル技術については保有していると言われているので、後はそこに核弾頭載せれば日本も核兵器保有国になれるというのだ。

 オリンピックの話からとんでもない危険な話になってしまったが、現実は現実だ。あくまでも国民の声としてどのように平和を追求するのか、ということを真剣に考え行動に移すことが必要ということだ。せっかく「平和の祭典」と昔誰かが言った言葉だが、オリンピックがそういうものであるならば、そこに基盤を置いて歩むべきではないのか。強く強くそう思う。

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