マチャミこと久本雅美さん、才能ありますね。。世間ではいろいろ言う方がいますが、あの絶妙な突っ込みの旨さは芸能界一番に値するほどではないかと感心してます。
そんな彼女にも苦労時代はありました。それを救ってくれたのが。。
>恩人を一人挙げるんですもんねぇ。そうなると、やっぱり「WAHAHA本舗」主宰で作・演出の喰始(たべ・はじめ)さんです。この人がいなかったら、今の私は絶対にないですから。
彼女の才能を信じて使ってくれたのが喰始さん。。良い出会いでしたね。。現在の原動力です。。
>役者としてやっていけるのか。やっていきたい。でも、まるでできない。向いてないのか。でも、でも、やりたい…。そんな迷いの中で、喰さんはずっと同じことを言ってくれてたんです。
>「久本の日常は非日常。そのまま舞台に出したらいい。本当に面白いんだから、大丈夫」と。
>これを言い続けてくれた。信じぬいてくれた。心が折れそうな時も、ぶれそうなときも、常に「面白い」と言ってくれたんです。支えになりました。
バラエティ番組を盛り上げるために自虐ネタと話の振りの内容とタイミングが素晴らしいですね!あれはプロデューサーとかが指示する部分もあるでしょうけど、そういう言う次元を超えている感じです。頭の回転が良くなければこれほど長くやっていけないでしょうね。。
秘密のケンミンSHOWしかり、メレンゲの気持ちなど楽しく拝見してます。もちろん、世間は広いですから番組内容について疑惑・批判はあるでしょうけど、MCをフォローする能力はずば抜けています!
話は変わりますけど、久本雅美さんが信じているという宗教(ネットで言うところのです。ホントのところは知りませんが。。)についてはテケは、基本的に、お布施が多いほどご利益があると言う点でNGです。もともと、生活困窮者を救済するための宗教ですからね。。でも、この宗教は中央の体制が問題であって、入会してる人も良い人が多いと感じてます。。でも、この宗教に傾倒し過ぎて強引に入信を勧めるのは危ない思想ww まさに彼女がそんな感じらしくて芸能界で発言権が強い現在、いろいろ怖い噂はありますが、事実は闇の中。。。
宗教は人々の心を救うと同時に、その世界観で全てを見てしまうとトラブルメーカーとなってしまう。。
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久本雅美 恩人の演出家とラブコールもらった芸人への気持ちは? THE PAGE 2月28日(日)12時0分配信
女優、タレント、司会者と多彩な顔を持つ久本雅美さん(57)。自らのホームグランド「WAHAHA本舗」の公演「ラスト2~NEW HOPE 新たなる希望~」(5月8日~15日東京国際フォーラム公演など全国16カ所25公演)でも八面六臂の活躍を見せます。マルチという言葉の枠を超えるほど幅広く活動する久本さんですが「この人がいなかったら、今の私は絶対にない」と断言する恩人への思いを語りました。また、昨年ラブコールを贈られた大物芸人さんについても素直な気持ちを明かしました。
久本雅美 恩人の演出家とラブコールもらった芸人への気持ちは?
[写真]明るく話す久本雅美さん
私は、本当に、本当に、いろいろな方に支えていただいてますからね。お世話になっている方がたくさんいる。ただ、恩人を一人挙げるんですもんねぇ。そうなると、やっぱり「WAHAHA本舗」主宰で作・演出の喰始(たべ・はじめ)さんです。この人がいなかったら、今の私は絶対にないですから。
「劇団東京ヴォードヴィルショー」にあこがれて高校卒業後に上京し、実際に入団させていただきました。ただ、3年で辞めて、柴田理恵らと劇団「WAHAHA本舗」を立ち上げました。それが1984年のこと。もう30年以上前の話になりますけど、あこがれの「劇団東京ヴォードヴィルショー」を出てまで始めたわけですから、そりゃ、これは大きな決断でした。
それでもやろうとなった理由が当時「劇団東京ヴォードヴィルショー」で文芸部のお仕事もされていた喰さんだったんです。
それだけ喰始の作品が好きで、惚れ込んでいたということですよね。笑うためには何でもやる。過激でシュールで独特な世界が大好きだったんで、一緒に劇団を作りませんかと持ち掛けて。それまで一匹狼だった喰さんもやろうとなってスタートしたんです。
喰さん、手掛けた番組的に言うと「巨泉×前武ゲバゲバ90分」だとか「カリキュラマシーン」だとか、かなりとんがったことをされてるんですけど、人間的には、とにかくやさしい。絶対に怒らない。「好きなように、好きなことをしなさい」というのが基本ですし。
ただ、そこにはもう一つ奥にテーマがあって「役者も作家性がないとダメだ」ということなんです。台本に沿ってやるというのももちろん大切なことなんですけど、自分で無から有を生み出す。そこの力がないと生き残っていけないと。
これを若い時に教えてもらったというのは、感謝しかないです。「WAHAHA本舗」での舞台はもちろんのこと、他のお芝居に呼んでいただいた時にも、そして、テレビでバラエティーに出していただく時でも、メチャメチャ役立っています。
たとえば、私は松竹新喜劇さんにも大変お世話になっているんですけど、歴史ある劇団さんで恐縮ながら、公演に出していただいたら、私は毎日お芝居の中で違うことをやるんです。いや、別に何もかもぶち壊しにするわけではないんですよ(笑)。最低限お芝居の筋を邪魔しない中で、自分で考えて何かしら新しい流れを入れる。すると、共演者の皆さんもすごく喜んでくださるし、非常に盛り上がってもらえるんです。
バラエティーでも、この作家性という部分が「何か予想外のことが起こったとしても、それはその時に考えて動けばいい」という“心の軸”みたいなことにつながっているなと。仮に司会をさせてもらっていて、もし何もなかったとしても、その思いを持っているだけで、堂々と強く立っていられると言いますか。外に出れば出るほど、つくづく良い育て方をしてもらっていたんだなと痛感します。
ま、とはいえ、ひどい時も山ほどありますけどね(笑)。「WAHAHA本舗」では、公演ごとに必ず私一人のシーンがあるんです。ここも、いい意味で?ほったらかし。いつだったかな、ある公演で「さすがに、今回ばかりはアイデアが出てこない。どうしようか…」となってると、喰さんが一言「フレディ・マーキュリー」と。スタッフさんも慣れたもんで「クイーン」の曲がかかって、私が出て行ってとりあえず勢いだけでワーッとやったら、喰さんが「それ!!」と。ホンマに「それ!!」やったんかと(笑)。「なんやねん!!」ということもたくさんありますけどね。
あと、喰さんと一緒にやりたいと思った要因、もう一つあるんですけどね…。それは、喰さんが“私を面白いと信じてくださった”ということ。これは、とてつもなく大きかったです。お芝居を始めた頃からずっとそうだったんですけど、勢いと情熱はあるけど、力はない。飲み屋さんでは好き勝手できるけど、舞台では面白くない。ずっと、そんな状態だったんです。
役者としてやっていけるのか。やっていきたい。でも、まるでできない。向いてないのか。でも、でも、やりたい…。そんな迷いの中で、喰さんはずっと同じことを言ってくれてたんです。
「久本の日常は非日常。そのまま舞台に出したらいい。本当に面白いんだから、大丈夫」と。
これを言い続けてくれた。信じぬいてくれた。心が折れそうな時も、ぶれそうなときも、常に「面白い」と言ってくれたんです。支えになりました。
それと、実は、テレビのお仕事が忙しくなった時、いろいろ考えたことがありまして。メディアのお仕事もたくさんあるけど、舞台もさせてもらっている。待ってくださっている舞台のお客様にしっかりしたものをお見せしないといけない。でも、テレビのお仕事もある。そんな状況で、自分の中のバランスがだんだんおかしくなっていったんです。結果「もう、テレビだけに集中しよう。舞台は休もう」と心に決めたんです。誰にも相談もせずに、一人で決めました。それが2000年、今から16年前でした。
そんな中「WAHAHA本舗」の若手公演があって、作・演出は喰始。80席くらいの小さな劇場だったんですけど、たまたま仕事が早く終わったんで見に行ったんです。そしたら、その舞台が本当に面白くて。若手ががむしゃらに頑張っている姿もあいまって、お客さんも、そして私も、メチャメチャ笑って、泣きました。そこで、改めて喰始の世界はすごいなと思ったんです。
見終わって楽屋にあいさつに行きました。あいさつだけして、サッと帰るつもりだったんですけど、そこでいきなり喰さんがおっしゃったんです。「みなさん、久本が帰ってきましたよ~」と。誰にも、一言も話したことなんてなかったのに、こっちが考えてること、悩んでること、迷ってること、全部分かってたんだと。お見通しだったんだと…。公演中も「エエ舞台やな」と号泣したんですけど、そこでまた、それ以上に泣きました。
いろいろあってもう30何年ですもんね。もうみんなおっちゃん、おばちゃんになってますから、いつまで一緒にできるのか。何とも言えぬ緊張感もあります(笑)。それだけ時間を重ねてきましたから。あと、個人的には、さすがにそろそろプライベートでも頑張りたいなと。
去年は、坂田利夫師匠からありがたい話もいただきましたしね。ちょっとスポーツ新聞なんかでも扱っていただきましたけど、私のことを好きだと言ってくださったようで(笑)。
師匠は、ホンマに紳士ですからね。「大阪に来たら、ご飯を食べよな」と言っていただき、お言葉に甘えて、しゃぶしゃぶに連れて行ってもらったり。「WAHAHA本舗」の公演の時にはドカンと差し入れもいただき、本当にお世話になってます。
たまたま、テレビ局で楽屋が隣になったら、師匠の方からあいさつに来てくださって、私はたまたま楽屋にいなかったんですけど、スタッフさんに「いや、ここであいさつしとかんかったら、もう一生会われへんかと思って…」と遺言みたいなメッセージを残してくださったり(笑)。本当にかわいらしいところもお持ちで。
ただね、いや、別に、その、あのですね、私は先輩として大好きですし、尊敬も申し上げてます。ただ、男性としてはね…(笑)。
そらね、明石家さんま兄さんも乗っかって、みんなが「結婚せぇ。面白いやないか」と言ってくださるんですけど、あのね、そら、面白いと思いますよ。私も、できれば、ずっと面白くいたいですし。ただね、面白いという一点だけで結婚しても、次の日からは日常が訪れますから…。ま、確かに、面白いけれども…。
私も60歳までには結婚できたらなと思ってますし、最近は男性の条件として「首がすわってたらOK」というところまで譲ってます(笑)。え、師匠も「自分より髪の毛が多かったらOK」というところまで下げてはるんですか!?ま、互いになかなかの流れにはなってますけど、ここから何とか頑張りましょうとお伝えしたいです。
アレ、すんません、これ、何のインタビューでしたっけ?(笑)
■久本雅美(ひさもと・まさみ)
1958年7月9日生まれ。大阪市出身。本名・同じ。短大卒業後、上京して佐藤B作が主宰する「劇団東京ヴォードヴィルショー」に入団。84年、同劇団で出会った放送作家・演出家の喰始氏、メンバーだった柴田理恵や佐藤正宏らとWAHAHA本舗を設立。舞台のみならずメディアでも活躍し、2001年度から03年度まで「好きなタレント」調査で女性部門1位に選ばれる。日本テレビ系「秘密のケンミンSHOW」「メレンゲの気持ち」、TBS系「ぴったんこカン・カン」などに出演中。WAHAHA本舗全体公演「ラスト2~NEW HOPE 新たなる希望~」(東京国際フォーラム・ホールCなど全国16カ所25公演)にも出演する。
■喰始(たべ・はじめ)
1947年12月25日生まれ。香川県高松市出身。本名・川田耕作。日本大学芸術学部在学中から永六輔主宰の作家集団に所属し、日本テレビ系「巨泉×前武ゲバゲバ90分」で放送作家デビュー。日本テレビ系「カリキュラマシーン」「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」などを手掛ける。84年に「WAHAHA本舗」を設立し、作・演出を担当する。
■中西正男(なかにし・まさお)
1974年大阪府枚方市生まれ。立命館大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。芸能担当記者として、演芸、宝塚歌劇団などを取材。2012年に退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属。現在、関西の人気番組「おはよう朝日です」などに出演中。
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