あのカレンダーを見ると時々、そのことを思い出すのだ」
ストーブの燃える音に誘われて、つい投げかけてしまった言葉が、思いがけなく辛い話しを引き
出してしまった。
話し終えても鉄さんの網針を操る手の動きは変わらない。
しかしストーブの燃える音には、じっと耳を傾けているようだった。
高志はせめてこの場を繕う何かを言いたくなったが、言葉は出てこなかった。
鉄さんを弁護したり、慰めたりする言葉を探したくなるのだが、鉄さんの最後の言葉が全て
を押し戻してしまう。
拒絶ではない、無意味だと言っているのだ。
この話しはもう終わりにするしかないと思った。
鉄さんの沈黙は長く続いた。
言葉を呑みこんだ高志の脳裏に、窓の外のわずかばかりの砂浜で、荒れ狂う海を見て立ちつくす、
少女の姿が浮かんだ。
十一
カレンダーにまつわる鉄五郎の話しが、高志に去って来た日日を振り返らせた。
ことさらに思い出したくないと遠ざけていた訳ではないが、滅多に記憶の中に、甦ることはない。
そのはずだ、あの頃は何もない時代だった。
「調子はどうだ」
めずらしく兄の智弘が、高志の部屋に入ってきた。
ストーブの燃える音に誘われて、つい投げかけてしまった言葉が、思いがけなく辛い話しを引き
出してしまった。
話し終えても鉄さんの網針を操る手の動きは変わらない。
しかしストーブの燃える音には、じっと耳を傾けているようだった。
高志はせめてこの場を繕う何かを言いたくなったが、言葉は出てこなかった。
鉄さんを弁護したり、慰めたりする言葉を探したくなるのだが、鉄さんの最後の言葉が全て
を押し戻してしまう。
拒絶ではない、無意味だと言っているのだ。
この話しはもう終わりにするしかないと思った。
鉄さんの沈黙は長く続いた。
言葉を呑みこんだ高志の脳裏に、窓の外のわずかばかりの砂浜で、荒れ狂う海を見て立ちつくす、
少女の姿が浮かんだ。
十一
カレンダーにまつわる鉄五郎の話しが、高志に去って来た日日を振り返らせた。
ことさらに思い出したくないと遠ざけていた訳ではないが、滅多に記憶の中に、甦ることはない。
そのはずだ、あの頃は何もない時代だった。
「調子はどうだ」
めずらしく兄の智弘が、高志の部屋に入ってきた。