強い不安を感じた。
「やはり危険な女だった」
10
時が経つにつれ、この家の隅々までに眼が行き届き始める。
最初の内は旅先の、宿の部屋を見る眼で見ていた。ほっと寛(くつろ)いではいるが、明日は出て行く場
所である。
駅舎のベンチに腰を下ろした時の気分と、さして変わらなかった。
眼に写るものは何の感慨もなく通り過ぎていく。入江の家も同じだった。
ところが日を重ねるにつれて、自分との距離がなくなり、気が付けば全てが馴染み深く心地良い。
板敷の居間も、錆や凹みが目立った眼鏡ストーブも、赤の湯沸し器も、その先に伸びる煙突も、
見ているだけで心安まる。
木製の内側にトタンを張った流し台も、その脇の黒く光る井戸ポンプも、傷(いた)みはあるが清潔に磨
きこまれた茶箪笥も、今では皆ただの物ではない。
どれもが一言声をかければ、応えてくれるほどに身近で自分を見ている。
気が付けばこの家の中のものは完全であり、欠けたものは何もなく、余分なものもない。
この部屋で燃えるストーブの音を聴きながら、網針を使い延縄の鈎を結んでいると、心は解(ほど)け時
間はゆるゆると流れていく。
高志は何となく視線を上げて、周りを見渡した。
「やはり危険な女だった」
10
時が経つにつれ、この家の隅々までに眼が行き届き始める。
最初の内は旅先の、宿の部屋を見る眼で見ていた。ほっと寛(くつろ)いではいるが、明日は出て行く場
所である。
駅舎のベンチに腰を下ろした時の気分と、さして変わらなかった。
眼に写るものは何の感慨もなく通り過ぎていく。入江の家も同じだった。
ところが日を重ねるにつれて、自分との距離がなくなり、気が付けば全てが馴染み深く心地良い。
板敷の居間も、錆や凹みが目立った眼鏡ストーブも、赤の湯沸し器も、その先に伸びる煙突も、
見ているだけで心安まる。
木製の内側にトタンを張った流し台も、その脇の黒く光る井戸ポンプも、傷(いた)みはあるが清潔に磨
きこまれた茶箪笥も、今では皆ただの物ではない。
どれもが一言声をかければ、応えてくれるほどに身近で自分を見ている。
気が付けばこの家の中のものは完全であり、欠けたものは何もなく、余分なものもない。
この部屋で燃えるストーブの音を聴きながら、網針を使い延縄の鈎を結んでいると、心は解(ほど)け時
間はゆるゆると流れていく。
高志は何となく視線を上げて、周りを見渡した。