なちゅらる

自然に生きていきたい

睡蓮

2007-06-07 | ティータイム



睡蓮は満開を迎えると花びらが尖ったように開きますが
私はその前の、柔らかい頃の睡蓮が好きです
モネの「睡蓮」に惹かれるのも、だからかもしれません




一番近くで、大好きなモネの「睡蓮」が観れる大山崎山荘

実業家の加賀正太郎氏が、テムズ川を見下ろすウィンザー城の風景を見て、
この地に山荘を作りたいと考えたことから建てられた本館

自ら設計し、増築され今の姿があります





入り口の所で、絵を描いているご夫婦に出会いました



一階には河合寛次郎はじめ、沢山の陶器が展示されています
階段を上るとすぐ目に入るのが、レトロなオルゴール時計です
とても心地よい音色で包んでくれます




階段の踊り場にはステンドグラス 窓辺では爽やかな風が通り抜けて行きます




そして、「睡蓮」に会うために新館に向かいます
新館は安藤忠雄氏の設計で、地中に位置し円柱形のギャラリーです
この通路を降りると「地中の宝石箱」と呼ばれる美術館があります

円状のコンクリートの打ちっぱなしの壁にかけられた「睡蓮」を
ただじっと観ている時間がとても好き





ゆっくりと睡蓮を楽しんだあとは、二階のオープンカフェでティータイム
お天気のいい日は、扉の向こうに見えるテラスでお茶をいただきます



この日も、男山がとても綺麗に見えました





ほっとします

2006-11-15 | ティータイム
寒いとき、甘いものを口にすると、ちょっと暖かくなったような気がしませんか



「金平糖」が初めて日本にやってきたのは、永禄12年(1569)
ポルトガルの宣教師「ルイス=フロイス」が織田信長に献上したのです。
最初、口に入れたとき、信長はびっくりしたでしょうね

ポルトガル語で「砂糖菓子」を意味する「コンフェイト」が訛り、「コンペイトー」となり、漢字「金平糖」は当て字です。
今では誰でも口にすることの出来る「金平糖」ですが、当時はとても貴重なお菓子だったようです。

以前オルセー展に行った時、
会場でロイヤルコペンハーゲンが初めてオルセーの名画を描いたボンボニエールを作ったと販売していました。
私には手の届く物ではありませんでしたが、とっても素敵でした

皇室のお祝い事ではよく登場しますね



↑これは石のようですがチョコレートなのです
「チョコレート」の歴史は古く、4000年も前にさかのぼります。
最初は飲み物として高貴な人が飲んでいたそうですが、薬として使われたこともありました。

日本では明治初年に風月堂が初めて製造したのですが、日本人の嗜好に合わなかったり、
値段が高く一般大衆の受け入れるところではなく、なかなか普及しませんでした。
それから、色々な製造方法が試みられ現在のチョコレートとなった訳ですね

今では私のコーヒータイムにはかかせないものとなりました



オマケその1:ブロックラムネ



オマケその2:うさぎラムネ