誰もが口を揃えていた。〝持っているモノ〟—ポテンシャルの高さは折り紙つきだと。だからこそ、彼の躍動を心待ちにしていた。それは当の本人も。FB川上剛右(経3)、飛躍のときはきた。
■川上剛右『GONNA FLY NOW』
描いたイメージがシンクロした。
相手ゴール前で獲得したスクラムからSH徳田健太(商4)がSO清水晶大(人福3)へパスを渡らせる。そのとき、遠くから叫ぶ声が聞こえた。
「アキヒロ、キックパス!」
声の主は逆サイドのライン際にいたFB川上剛右。ゴール手前、大外に構えていた。手前には相手選手とWTB中野涼(文4)がいた。すぐさま清水が右足を振り抜く。
ボールは空高く放物線を描き、川上のもとへ。ただ、落下地点はサイドラインぎりぎりのあたり。エリア外に出そうになったボールをめがけ川上が飛び上がる。
「タップ!」
その中野のコールが川上に聞こえていたかは定かではない。だが、川上は精一杯に伸ばした手でボールをはじくと、だ円球は中野の腕のなかへすっぽり。あとはインゴールに飛び込むだけだった。
6月14日、兵庫県フェニックスラグビーフェスティバルのメインカードとして行なわれた慶應義塾大との一戦。前半22分に挙げたチーム最初のトライは、そんなファンタスティクな一発だった。
「取る気はなくて。内側にいるWTBの姿は見えてました」
大胆に、司令塔へキックパスを要求。蹴り上げられたボールは自身のやや後方に、取るとそのままラインを割ってしまう。とっさに、川上はボールをはじくイメージを描いた。ジャンプ一番、味方へむけタップしよう。
それは動画配信サイト『YouTube』で常に、川上がチェックしているラグビーリーグで見られるような一連の動作だった。そしてタップを要求した中野もまた、この瞬間に海外のプレーをイメージしていた。目の前にきたボールに反応が出来たのも、描いたプレーがあったからこそ。
試合後に関係者からは「スーパーラグビーのようなシーンだった!」と感嘆の声も聞かれた。その場面を演出してみせたうちの一人が、川上だった。
大学3年目となる今シーズン。川上にとっては自分らしさを存分に発揮できている。対外試合が始まった春先からトップチームのFBとしてピッチに立つ。
チャンスがあればアグレッシブに攻める—自らの強みを最大限にプレーに昇華できるポジション。ボールタッチの回数を増やしていき、ステップとスピードで勝負する。「もともとやりたかったポジション」、そう言ってはばからないFBに就いたのも1年ぶりのことだ。
昨年はWTBに挑戦した。ボールタッチの回数を増やそうと意識はしていたものの、しかしポジション柄の動きを意識しすぎたあまりに、「上手くいかず」。相手プレーヤーとの距離感が狂い、ボールをもらっても何もできずにいた。
ポジションは変われども自分のやることは変わらない、それなのに出し切れない。やがてシーズンが深まり、ゲームの出場機会こそ与えられたものの、果ては怪我を抱えてしまった。
「チャンスをもらえていたのに応えられなかった。で、チャンスを逃して。アンガス(マコーミックHC)の信頼も損なって、何も出来ずに終わったシーズンでした」
ただただ悔しさに打ちひしがれた2年生次。そのぶんFBに復帰した今年は気合いも並々ならない。春シーズンの開幕を迎えて、意識を高めた。
「むちゃくちゃ気持ちが入ってました。涼さんが怪我して、たまたまAチームに入れたのもあるけど…。
この春は、けっこうしんどくて。どうしたらAチームに上がれるんやろ、って。
でも、そう自分が思ってる時点で結局は上がれないんですね。もっとポジティブに、と。そしたら部内戦で調子も良くて、AチームのFBに入れた」
今季のオープニングゲームとなった4月19日の京都産業大戦。3トライを挙げて、チームの勝利に大きく貢献するFB川上剛右の姿がそこにはあった。
「まわりが走ってくれてフォローにいてくれたから。トライしたのが自分なだけであって、まわりのおかげでアピールできました」
試合後、そう振り返った川上は晴れやかな表情を見せた。
例年以上に走り負けないことを。今シーズン、チームが持つべき大前提の部分をより実践すべく、春先からフィットネス、そしてランプレーに重点を置いた。
その一環として、セブンス(7人制ラグビー)の大会へむけメンバー編成を施した。そのメンバーに川上は選出されている。大鷲紀幸BKコーチがスペシャルメニューを組み、ランニングの部分を磨いた。チームとしても出場する大会では優勝を目指し、普段の練習終わりからセブンスのメニューに取り組むことも。
4月12日の関西セブンスフェスティバルでは悔しくも準優勝に終わったが、その経験自体は大きな財産となった。
「あくまでも15人制の延長線上に7人制、のスタンスでやってましたけど、もっと準備できていたら優勝できたかも(笑)
一人ひとりのゲインする量も違いますし、相手との間合いも広くなる。一日3ゲームもあるし、むちゃくちゃ良い経験になりました」(川上)
ランニングスキルを磨き、よりアグレッシブさは増した。次に川上が掲げたのは、身体面でのこと。「走るからといって、体重は落とさずに」そう意識し、去年は82キロだった体重もこの春には最大で90キロまで上げた。
「最初は重く感じてて…こんなんでラグビーできるんかな?って(笑)」。シーズンに入り、87キロ前後に落ち着かせ、増量した身体にも慣れてきた。そのうえで、もっとスピードを出せるように。「まだまだ課題はあります」と口元を締めた。
くすぶり続けた大学生活前半から抜け出し、いま羽ばたかんとしている。勝負の年、川上は誓った。
「レギュラーで自分がチームを勝利に導けるように。まずはレギュラーに定着することから。信頼を勝ち取りたいと思います」
定着の兆しを見せつつある今春。6月14日のビックゲームでトライを演出し、一躍、主役に躍り出た。積極果敢に相手ラインを縫おうとする姿勢も幾度と見られた。
しかし、試合も終盤をむかえ事態は暗転する。相手選手のシンビン(10分間の一時退場)で数的有利に立った状況で、今度は川上がペナルティを犯してしまう。練習時から無意識にしていたプレーが、実戦では反則の対象に。残り時間7分のところでシンビンとなり、試合終了の瞬間をベンチで過ごすことになった。
「申し訳なさ過ぎて…」と、辛らつな表情を浮かべた。
反省すべき点であることは確か。それは本人が重々分かっている。目も背けたいような苦い記憶、だが逃げることなくチャレンジする気概を持つことを。慶応大戦の試合後、川上は前を向いた。
「今日ダメだったんで…来週、青学大戦でチャンスをもらえるなら、しっかりとアピールしたいです」
ヒーローからヒールへ。それでも川上の姿勢と、彼が持ちあわせるセンスあるプレーはこの試合のハイライトだった。大鷲コーチも「東福岡高校出身者らしい…全員が出来たらオモシロいよね」と微笑んだ。
3年生とはいえども、彼はサクセスストーリーを歩み始めたばかり。誰もが、そして自身が待ち望んだ飛躍を今年は遂げることができるか。
その翌週、6月21日の青山学院大戦でトライを挙げた姿に、川上剛右の〝可能性〟という名の翼が見えた。
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