東村山・福田かづこのビックリ報告

日常の中のさまざまなことについて、とにかくなんでも発信しています。

ズアカアオバト 奄美にて

2019-05-12 09:36:51 | バードウオッチング
大型連休 日本語教室が休みだったので 奄美に帰省した。
弟の看病や葬式などから離れ、単なるに遊びの旅だ。

田舎に残っている妹と二人、毎日あの集落この集落、あの旧道この旧道と遊び歩いた。
文字通り、自宅から4~5つの集落目指して、4時間歩いたことも何度か。
その中で、今回は奄美ではあまり珍しくもないようだが、
ズアカアオバトの写真を撮ることが出来た。

ズアカアオバトは 
奄美大島から与那国島に至る南西諸島に留鳥としている 
と山渓の『日本の野鳥』に書いてある。

目が赤く、くちばしの根元がトルコ石のようなブルーだ。
大体番でいた。繁殖期らしい。

塩水を飲みに来るという アオバト とはちがう。
アオバトは奄美などでは生息しないらしい。

珍しくもない鳥だそうだが、撮影できたことは嬉しい。
 










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帰省中の奄美新聞よりー奄美に陸上自衛隊が配備された

2019-05-09 14:35:58 | 政治
5月7日の奄美新聞一面(上)。読んで恐ろしい気分になった。

迎撃ミサイルを配備、いつでも発射できる。
重装備の武器と弾薬がある。
まさに軍隊が配備されたのだと思う。


災害派遣もあり、奄美と喜界島としている。
が、
あめ玉で釣って、他国からの攻撃対象となる施設が作られたのだ。
後世にきっと悔いを残す。


5月8日の奄美新聞一面(下)。昨日の続きである。



誘自衛隊誘致に動いた議員も懸念を表明している。
 今後が不安 と。
何をいまさらの感がある。
誘致する前にそこに思い至らなかったのか と言いたい。


奄美の軍事拠点化と
住民を無視する配備増強を懸念する声も出始めたとある。


共産党の奄美地区委員長のコメントの通り、誰が責任を取るんですかね?
防衛省がそんなこと言わなかった
ではすみませんよね?


災害派遣を期待する声もあるが、それはあくまでも平常時
基本的な任務は防衛という名の隣国への圧力の増強であり、
軍事施設として攻撃対象となることは明白である。

自衛隊が来てよかったという声を聴いたことが無い。
今後 射撃訓練場や火薬庫も作られる。
射撃訓練による住民への被害や火薬庫の事故がないとは言えない。

奄美市と瀬戸内町では人口が増えたと同じ紙面にあった。
しかし、これは今年のみの減少だ。
今後、人口は再び減り続ける。
これは 日本中の現象であり、避けられない。

そんなことより、奄美の溢れる自然の力を生かすことこそ本当の島の発展だと思う。
下の写真は 瀬戸内町加計呂麻島の実久集落の海辺に咲くデイゴである。
この日、多くの観光客でにぎわっていた。
観光客たちは 攻撃目標が 瀬戸内町と奄美にあることを知らない。
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ホエールウォッチング 奄美の海で

2019-04-04 16:35:06 | 
3月31日
奄美の海で ホエールウオッチングの最後の日
親戚の子に誘われて 妹と出かけました。


中々クジラが見つけられなくて、諦めかけていたとき
いた の声が
そこから たくさんのパフォーマンスが見られました。













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カンボジアを訪ねて まとめ

2019-04-04 16:17:14 | 
カンボジアを訪ねて
その世界遺産のすごさに驚き、感動し、
でも、ポルポト時代の惨劇というか悲惨さを
ガイドの方が話される度に 思い出しました。


カンボジアの人々は
子どもたちの学校不足に心を痛め
貧しいながらも懸命に働いて
学校を作る活動もしている人がいます。
その活動を日本人が支援しています。


史跡を守り、修復してくれる
日本の大学などの支援に大きな感謝を寄せてくれています。


帰ってきて、最近のテレビ報道で、
日本人観光客がカンボジアのタクシーの運転手さんを殺して、強盗を働いた
と知りました。
情けなさと、申し訳なさでいっぱいになりました。
謝りたくなりました。
私が 誤ってもどうしようもないのですが・・・

カンボジアの報告は今日で終わりです。
また いつか今度は雨期に訪ねてみたいと思います。




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カンボジアを訪ねて―密林の遺跡ベンメリア

2019-02-16 11:37:49 | 
ベンメリアである。
ベンメリアとは クメール語で 蓮池と言う意味らしい。
これは インターネット調べ。
因みにこれまでの説明は
ガイドさんからの受け売りに、その後図書館から借りた
現代カンボジア風土記(今川幸雄氏著)と
アンコール・ワットと癒しの旅(矢羽野晶子著)
を勉強させていただいた。

アンコールワット建設以前に建てられたものらしい。
荒廃が著しく、建造物には樹木の根が巻き付き
また、落下した回廊の屋根なども放置されていた。


上の写真の 立札は 地雷が撤去された区域であると書いてあるそうだ。

下は 寺院の入り口に立っている(?)守り神コブラの頭だそうだ。
クメール人は奇数が良いとしており、頭は5つ、7つなどとなっていた。
きれいに残っている貴重な像だとガイドのホーさんが言っていた。



以下の写真は 中央棟や経蔵などの建造物の現在の様子である。
塔の上に、高いガジュマルと思える木が聳えている。
天空の城ジュピタのモデルとなったと言われているらしい。









ここにもヒンドゥー教の女神の像がレリーフで描かれていた。



広~い遺跡を巡っていると
のんびりと 鶏がヒヨコを連れて散歩をしていた。
警備に関わる職員が買っているらしい。


また池では 鯰などの川魚の漁を投網と思われる方式で獲っていた。
しかし、残念ながら我々が見ているうちには収穫はなかった。

ベンメリア遺跡の門前町と言うか
通りにはお土産や土地のくだものなどを売る店も軒を連ねていた。



この土産物屋と遺跡の入り口の間には堀が回らされており、
これまでの遺跡と同様、大きな濠と回廊で囲まれた寺院であったらしい。
下が その堀である。雨期に水が張った状態を見てみたいと思うようだった。
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