冬は夏よりは好きだが、春や秋に比べると嫌いだ。
ただ、空気がしん、と静かで、ぴりりとしているのがとてもいい。
なんだか静かで、とてもいい。
冬の楽しみはもうひとつ。
野鳥たちの営みを見ることである。
最近ひんぱんによく見かけるのは、めじろ。
いつもの川原にいつもいるのは、むくどり。
どこでも頭上で「ひーよ、ひぃーよ」と鳴いているのは、ひよどり。
駐車場で必ず会うのは、はくせきれい。
川原に戻ると結構いるのが、せぐろせきれい。
川をひゅん!と行き過ぎるのが、かわせみ。
かわせみに会えるとごほうびをもらったような気分になる。
ぎーよ、ぎーよ、という鳴き声はいまいちだけれど、飛んでる姿は優雅で美しい、おなが。
会えるとうれしい、しじゅうから。
いつもいるすずめ、まだ会ったことがない、しめ。
神社の森、図上からこつーん、こつーんという音が聞こえて、感激した、こげら。
こげらを見たときはうれしくて、つい携帯で写真を撮ろうとしたけど、遠すぎてだめだった。
裏磐梯の桧原湖の水辺で、青ゲラを見たときも、感動したけど、デジカメだったので写真撮影は成功した。
おれこの散歩で出会う小鳥たちに胸を躍らせる冬である。
ただ、悲しいことに、あまり目がよくないため、群れでいると区別がつかないし、
遠い場所にいると何がなんだかわからないのが悲しい。
野山を歩いていると野草や野の花の名前を知りたいと思うけれど、
冬の散歩で出会う小鳥を見ると、その鳥はなんという鳥でどんな生態なのか、知りたくなる。
ベアトリス・ポターのことばを思い出す。
「私はそれを、ただ描かずにはいられないのです」
私は、ただ、それを知りたい。
鳩にも、どばと、きじばとがあって、私はきじばとがすきだ。
どばとには、奥ゆかしさや、謙虚さがないような気がしてしまう。
その点、きじばとは結構、奥ゆかしいし、謙虚である。
川で見る足の青い大きな白いトリはなんていうのだろう。
特別高い木の上で群れていた鳥たちはなんだったのだろう。
どうでもいいが、父はからすのことを「かけす」といい、まゆげのことを「まみゆ」という。
おれこがまたテレビの猫に切ない声をあげている。
なんでそんなに泣きそうな声で鳴くのかしら。
ただ、空気がしん、と静かで、ぴりりとしているのがとてもいい。
なんだか静かで、とてもいい。
冬の楽しみはもうひとつ。
野鳥たちの営みを見ることである。
最近ひんぱんによく見かけるのは、めじろ。
いつもの川原にいつもいるのは、むくどり。
どこでも頭上で「ひーよ、ひぃーよ」と鳴いているのは、ひよどり。
駐車場で必ず会うのは、はくせきれい。
川原に戻ると結構いるのが、せぐろせきれい。
川をひゅん!と行き過ぎるのが、かわせみ。
かわせみに会えるとごほうびをもらったような気分になる。
ぎーよ、ぎーよ、という鳴き声はいまいちだけれど、飛んでる姿は優雅で美しい、おなが。
会えるとうれしい、しじゅうから。
いつもいるすずめ、まだ会ったことがない、しめ。
神社の森、図上からこつーん、こつーんという音が聞こえて、感激した、こげら。
こげらを見たときはうれしくて、つい携帯で写真を撮ろうとしたけど、遠すぎてだめだった。
裏磐梯の桧原湖の水辺で、青ゲラを見たときも、感動したけど、デジカメだったので写真撮影は成功した。
おれこの散歩で出会う小鳥たちに胸を躍らせる冬である。
ただ、悲しいことに、あまり目がよくないため、群れでいると区別がつかないし、
遠い場所にいると何がなんだかわからないのが悲しい。
野山を歩いていると野草や野の花の名前を知りたいと思うけれど、
冬の散歩で出会う小鳥を見ると、その鳥はなんという鳥でどんな生態なのか、知りたくなる。
ベアトリス・ポターのことばを思い出す。
「私はそれを、ただ描かずにはいられないのです」
私は、ただ、それを知りたい。
鳩にも、どばと、きじばとがあって、私はきじばとがすきだ。
どばとには、奥ゆかしさや、謙虚さがないような気がしてしまう。
その点、きじばとは結構、奥ゆかしいし、謙虚である。
川で見る足の青い大きな白いトリはなんていうのだろう。
特別高い木の上で群れていた鳥たちはなんだったのだろう。
どうでもいいが、父はからすのことを「かけす」といい、まゆげのことを「まみゆ」という。
おれこがまたテレビの猫に切ない声をあげている。
なんでそんなに泣きそうな声で鳴くのかしら。