天心会さんのブログを見たら、「稽古」と「練習」の違いについて書かれていました。
辞書を引いてみると…
「稽」は考えるの意で、「古」はいにしえ。「稽古」とは古(いにしえ)の事柄に照らしわせながら、物の道理を学ぶことなんだそうです。 一方、「練習」は、技能・芸事などが上達するように同じことを繰り返し習うこと。もうひとつ、「錬修」という言葉もあって、こちらは「学問や技芸などをねりおさめること。修練。」
「こうかな?それともこうだったかな?」と試行錯誤したり、師範や主宰の様子を思い浮かべて稽古しているつもりでも、単なる数稽古=練習になっていることって多いです。特に、安易に回数を決めたりすると、ルーチンワーク的になってしまうことあります。
これだけ言葉があるということは、それだけの段階や取り組み方があるということで。
よく考えて、からだをつかう。からだに染み込ませる。
しっかりしないとね。自分の場合は、学べる時間も残り少ないわけだし。
辞書を引いてみると…
「稽」は考えるの意で、「古」はいにしえ。「稽古」とは古(いにしえ)の事柄に照らしわせながら、物の道理を学ぶことなんだそうです。 一方、「練習」は、技能・芸事などが上達するように同じことを繰り返し習うこと。もうひとつ、「錬修」という言葉もあって、こちらは「学問や技芸などをねりおさめること。修練。」
「こうかな?それともこうだったかな?」と試行錯誤したり、師範や主宰の様子を思い浮かべて稽古しているつもりでも、単なる数稽古=練習になっていることって多いです。特に、安易に回数を決めたりすると、ルーチンワーク的になってしまうことあります。
これだけ言葉があるということは、それだけの段階や取り組み方があるということで。
よく考えて、からだをつかう。からだに染み込ませる。
しっかりしないとね。自分の場合は、学べる時間も残り少ないわけだし。