3年半ぶりにインドネシアに出張した。
ジャカルタ市内は新しい高層ビルがまたまた増え、古い車は減り高級車が増えた。
少なくとも昨年のバブル崩壊までは。
世界的な恐慌はインドネシアも例外ではない。
インドネシアに来て一番困ることは通貨。
ルピア(Rp)の価値が低いことからゼロがやたらに多いことが厄介である。
筆者が初めてインドネシアを訪問したのは1978年。
当時は1ドルが300円。1円が概ね1Rpであった。
現在は1ドルが90円。1円が概ね11,000Rpである。
ルピアの円に対する貨幣価値が30年で1万分の1以上になった計算。
このため関連会社の従業員の給料は月間200ドル程度。
日本円に換算すると30年間でも上がっていない。むしろ下がっている。
写真は約30年前に建設した関連会社の工場の前にある道路。
当時は片道1車線の狭い道路で車がまばらに通る程度であったのに比べ、今は2車線に増えひっきりなしに車が通っている。
インドネシアを訪れる度に思うことがある。
インドネシア人は何ともしたたかに生きる人種であると。
ジャカルタ市内は新しい高層ビルがまたまた増え、古い車は減り高級車が増えた。
少なくとも昨年のバブル崩壊までは。
世界的な恐慌はインドネシアも例外ではない。
インドネシアに来て一番困ることは通貨。
ルピア(Rp)の価値が低いことからゼロがやたらに多いことが厄介である。
筆者が初めてインドネシアを訪問したのは1978年。
当時は1ドルが300円。1円が概ね1Rpであった。
現在は1ドルが90円。1円が概ね11,000Rpである。
ルピアの円に対する貨幣価値が30年で1万分の1以上になった計算。
このため関連会社の従業員の給料は月間200ドル程度。
日本円に換算すると30年間でも上がっていない。むしろ下がっている。
写真は約30年前に建設した関連会社の工場の前にある道路。
当時は片道1車線の狭い道路で車がまばらに通る程度であったのに比べ、今は2車線に増えひっきりなしに車が通っている。
インドネシアを訪れる度に思うことがある。
インドネシア人は何ともしたたかに生きる人種であると。
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