二村嘉一のネオジャパニズム

 世界の中で生きて行く、私達の創る新しい日本の形とは

ジャパニーズドリームを手に入れるには、まずは勤勉でなくてはならず、運も実力のうちで、サラリーマンが社

2008年02月18日 00時00分00秒 | 日記・エッセイ・コラム
 皆さん今日はお元気ですか?
 今日も新しい一日が始まりました、皆さんは今日という新しい日をいかがお過ごしですか、皆さんにとって今日という新しい日も良き日であるように祈ります。
 昨日は、金粉入りの日本酒をいただきました、「菊水」です、美味しかったです。
 「餃子の王将」で天津飯と餃子を食べてきました、あの値段であの美味しさ、チェーンストア恐るべし、あの価格は日々の営業努力の賜物でしょう。
 ちなみに僕は天津飯より中華飯のほうが好きです。
 僕の住んでいる所は、閑静な住宅街で、近くには、市営の住宅があります、なのでまあ、高級住宅地ではありませんが、僕の家の周りは、中規模の家が多いです。
 子供の頃はそれが普通の環境だと思い込んでいましたが、高校時代には、名古屋駅の側にある家の同級生と友達になり、よく学校帰りにその家に行って遊んでいました、その友達は、遊び人で、その友人の影響で、高校時代からディスコへと行っていました。
 今でもコークハイの味を思い出します、「テヘッ」。
 未成年でしたが、なんのそので、今思うと馬鹿だなぁと思うのですが、その経験があったので、大学時代にお遊びサークルでディスコを借り切ってパーティーとか、ってゆうの、田舎者みたいだなと思っていました。
 でもいい大学の人はそういう遊びをしていても、一流企業へ就職をしていき、格差社会じゃないけど、人生の縮図を見たような気がします。
 なんだかんだ言って、優等生は、就職には困らないようです。
 学生時代は、学生時代のまま生きて行けると思い込んでいて、遊んだほう勝ちと思っていましたが、実際は世間一般に言われるように、いわゆるいい大学に入った人が、会社員というフィールドでは強いです。
 すなわちまあ、サラリーマンの子供の一番の出世コースが、一流大学、一流企業、そしてその管理職から役員というプロセスのようです。
 まあ事業を営む家庭では、そんなに優秀でなくても、何とかやっていけるのかなと思うのですが、資産があるというのは、なんというか、心強いですね。
 そんなにカリカリ出世に血眼にならなくても、お金があれば、何とか生きて行けるものです。
 母の実家の後とりの人は、10億円の資産がありつつも、メーカーの会社員を定年まで続けて、今は悠々自適の生活のようです、そういう生き方もあるんだなと思います。
 そう考えると、生きるって、仕事をするってどういう事かなと思います。
 今の世の中、あのアメリカでさえ、サブプライムローンを払えないで家を失う人がいるのに、こうして住む所に困らず、毎日食べていけるだけでもありがたいですね。
 昨日はよる寝る前に、「情報の歴史」を読んでいたのですが、日本海軍の軍艦は、英米国と戦争する為の設計はされてなかったようです。
 分かっていても、戦争に突き進んで行ってしまったのは何故かと思うのですが、国力の差がありながら、戦わなければならなかった、当時の人々に不憫さを感じます。
 今の平和は当然あるのではなく、努力によって保たれていて、そろそろこの国のあらゆる分野で、主戦力となりつつある、バブル世代の人たちも、過去を顧みて、時々その生き方を考えるときが必要があるのかもしれません。
 それでは。

 生きていて日頃見慣れた町並みが死んでも続く不思議な感じ

 言語にて伝わるものとだめなもの人は話して何を伝える

 当然に決まった季節咲く花に人がいなくて何が感じる

 God bless you!

 


コメントを投稿