Suさんの学球日誌

理科&日本語教師のSuさん(旧名SunQ)が、
国内・国外様々な学校を渡り歩き、
いろいろなチャレンジを試みます。

カットマン復活?

2022年10月16日 | 卓球

 さて、コロナからも無事復活を果たしたSuさんは、相変わらず週末は卓球に燃えている。

最近では、土曜日に浦和の卓球場に行く以外にもマシン相手に一人で練習できる練習場を見つけ、週に一回程度自主練に勤しんでいる。

これが練習マシン

場所は学校のある池袋から西武線で一駅、椎名町にある

 先週ここで練習していると、お客さん用貸し出しラケットの中に、昔自分が使っていたのと同じカットマン用のラケットを見つけた。

このブログを見てくれている人は卓球関係者が多いと思うが、あまり卓球のことを知らない人もいるので一応説明すると、卓球には大別すると2種類のプレースタイルがあり、前進回転系の技術(テニスで言えばトップスピン)を主にプレーする人を攻撃マンとかドライブマンとか呼び、下回転系の技術(テニスで言えばスライス)を主にプレーする人をカットマンと呼ぶ。

先ごろ行われた世界選手権だと、女子代表の佐藤瞳選手がカットマンだ

 すーさんはその昔、カットマンスタイルでプレーしていたのだが、10年ほど前に膝と腰と脹脛を同時に痛め、選手活動をストップした。その後1年前から選手活動を再開したが、前後に激しく動いたり素早く体を上下させたりするカットスタイルは、体への負担が大きいと考え、攻撃マンスタイルでプレーしている。

今はジョギングやスクワットなどで脚力を鍛える努力もしているので、膝が痛むことも少ない。懐かしいラケットを手に取ると、なんだか血が騒いできて、「いまカットやったら、どれくらいできるのか?」確かめたくなってきた。

マシンの設定を変えカットをし始めると、自然に体が反応していく… 十何年もの時間を費やし身に着けたフォーム、懐かしい感覚だ。なんだか嬉しい。

もういっぺんカットやってみる? むくむくと湧き上がる気持ちを抑えられず、早速卓球ショップでカット用のラバーを購入した。

トッププレーヤー・韓国の朱世赫選手が使っていたフェイントロングⅢ

 そして昨日、浦和のクラブでカットマンスタイルで練習してみた。

 流石に凡ミスが多く、それほど思うようなプレーは出来なかったが、やっぱりこのスタイルの方が自分には合っているかも…?

 とりあえずあと1・2日、膝・腰・脹脛の様子を見て、大丈夫そうならカット続けてみようと思う。どうか数日遅れの筋肉痛・関節痛とか出ませんように!

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週末の過ごし方

2022年09月11日 | 卓球

さて、新しい仕事も大分勝手が分かってきた。土日に部活で時間を取られることも無いので、週末は完全に自分の時間!

上海にいた頃土曜日は、バスと電車で1時間半かけて市内まで出かけ、卓球して飲んで帰ってくる日だった。翌日曜日は、部屋の掃除とか洗濯とかした後、バスで30分ほどかけて川沙という隣町行って、日本式の銭湯でゆったりした後、日本式居酒屋かサイゼリヤで一人飲みして帰ってくる日。

このパターンけっこう気に入っていたので、横芝の実家に帰るとき以外は、今もそのパターンを踏襲して週末を過ごしている。

苦労したのは、卓球して飲んで帰るという習慣のあるクラブ探し

横芝界隈の田舎では、車で移動になるので飲んで帰るのは無理 5月に参加させてもらった柏の練習場も同様。松戸界隈では、入れてもらえるクラブ探しが大変。結局たどり着いたのは、件の上海のクラブを紹介してくれた先輩が所属するクラブだった。


場所は埼玉県の西浦和(中浦和)、決して近くは無いが、武蔵野線一本40分ほどで着くので柏の体育館に車で行くのと時間に大差はない。

エアコン付き、照明良し、床面良しのフロアに6台が並ぶ素敵な練習場だ

土曜日の夜7時練習開始、基本練習10分×3の後、ダブルス5ゲーム、その後は申し合いでシングルゲーム(2ゲーム先取)をやる。

もともとカットマンだったSuさん、1年前の選手復帰からシェーク裏々攻撃型に転身した。上海のクラブでは徐々に順位を上げ、中レベルくらいまで進出してたので、帰国してもなんとかなるだろうと思っていたが甘かった

この浦和のクラブは、ムッチャレベルが高く、ぜーんぜん勝てない 今のところ10回に1回勝てるぐらいかなあ?

まあそれでも、一生懸命工夫して出来る技術が増えていくのは楽しい これまではツッツキとブロックカウンターを軸に戦ってきたけれど、それだけではここで勝てないので、今はバックハンドのトップスピンを鍛えているところ。競り合う展開が少しずつ増えてきた。

さて9時近くになると、一旦練習を締める。連絡事項の確認をして帰る人は帰り、居残る人はもう30分~50分ほど続ける。

体力の無いSuさんは、大概この時点で先輩とともに反省会に移動する。思うような戦果は出せないが、やはり卓球した後に飲みながら色々語り合うのは楽しい 11時に散会となり、帰宅するのは12時を過ぎるが、卓球+飲み=充実の土曜日となる。

 明けて日曜日、午前中は洗濯・そうじ・布団干しなどを行い生活を整え、午後はフロ

今のアパートは車で7分のところに手ごろなスーパー銭湯がある。

湯楽の里・松戸店。施設は新しくないけど、やかましい客がいると従業員が注意してくれるし、混み方も比較的穏やかなので、日曜の午後をのんびりゆったり過ごすことができる。

 かくして英気を養ったSuさんは、翌日から始まる疑似海外学校生活に再び立ち向かっていくのでありましたとさ。

 

 

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3か月ぶりに卓球!

2022年05月07日 | 卓球

 さて、13か月ぶりに千葉県立高校の教壇に復帰して、次に復帰を図るのはやっぱり卓球だよね

 上海にいる頃は、毎週土曜日に街中に出掛けていって、中日之橋クラブの練習に参加していたが、(⇒週末は卓球! - Suさんの学球日誌)帰国後は1度打ったきりで、全然練習できてない。

 理由の一つは新型コロナ感染対策で各体育館の規制が厳しくなっていたことだが、実はもう一つ深刻な理由がある。Suさんの体調不良である。

 2週間ほど前から、朝から晩まで原因不明の目眩が一日中続いている。視野がぐるぐる回るほどではないのだが、ふらふらする感じで、目をつむったまま真っすぐ立っていられないのだ。何気ない生活の移動でも浮遊感と闘いながらの活動になるので、気持ち悪くなりエラく疲れる。

  かかりつけの内科医によると、CTで脳梗塞等は認められなかったとのことで、目眩を抑える薬を飲み様子をみることに…。しかしそれから2週間、症状は全く改善しない

 こんな状態で卓球なんかやったら気持ち悪くなって倒れちゃうんじゃないか?この目眩は果たして治るのか?何か深刻な病気が隠れてるんじゃないか? 不安は募るばかりである。なので昨日は大きな病院の耳鼻科に行ってみた。

 耳鼻科医曰く、目眩は軽度のもので三半規管の不調が原因らしい。その不調には薬はあまり効果無く、自然に治るのを待つのみ。3日で治る人もいれば、一か月以上かかる人もいるとのことである。

 仕方がない、開き直ろう! ふらついても疲れが出ても、死ぬほどではない。とにかく卓球をやってみようと、今日はここ柏市沼南体育館にやって来た。

 ここでは、大学時代に親交があった他大学卓球部の先輩たちが毎週練習している。昨日連絡して今日は混ぜてもらうことにした。

 

 ムチャクチャ揺れてるはずなのに、ボールに気持ちが集中してるせいか、気持ち悪くならない… フシギ‼

 得意(?)のカット打ちは問題なく出来た

 

 やっぱり卓球は楽しい💛 相手の打球に合わせて体を移動させ、打球点を選択し、自分の好きな回転・好きなスピードにして、適切なコースへ返球する。とても複雑なことを瞬時に連続的に行う。

 最初うまく出来なかったことが、練習によって少しずつ出来るようになる過程が楽しい!

10分交代で、1人が休み2人が打つ形式で2時間、途中で気持ち悪くなることも無く、楽しくあっという間だった。

 目眩があっても、卓球デキることは分かったけど、でも出来れば早く治って欲しいなあ… 

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さよなら

2021年03月28日 | 卓球
久々に旭市総合体育館に来たniko

何校か集まり練習会を行うらしいので、馴染みの顧問の先生方に挨拶をしに来たのだ。


上記のようなメッセージカードを渡しながらお礼とお別れを伝える。

ライバルだった先生、同僚だった先生、ライバル校の選手が成長し先生になった人もいる。

私の進路について、初めて知りびっくりされる方がいれば、「ブログ見て知りました、頑張ってくださいね」と声をかけて下さる方もいる。

良い人たちと巡り会い、競い合い、協力し合い インターハイも国体も成功させることができた。楽しい日々だった。

学球日誌・・・高体連卓球専門部の1コーナーから始まり、このブログへと移行し、今に至るが、SunQが県立高校を退職した今、その役割は終わったと思う。

 今までこのページを訪れて、読んでくれた方、コメントを下さった方

ありがとうございました。

 本日をもって「Qさんの学球日誌」は終了いたします。

 (といっても、しばらくはサイト閉鎖しません。新しい書き込みを行わないだけです。ふと過去が気にかかった時、「あの頃、どんなことがあったっけ?」と昔の出来事を思い出す手がかりとして使っていただければ幸いです)

 今後は、中国での生活情報を中心に、新しいブログに記事を載せていきますので、引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。

 それでは みなさん 再見!



練習会からの帰り道、きれいな花畑を見つけた。良い予感!


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指導者表彰

2019年02月06日 | 卓球
 今日は千葉県高体連の研究大会に参加。立派な賞状を頂いてきたniko

メインは優秀な成績を収めた高校生の表彰

こんな立派な記念盾もいただいちゃいました


賞の名称は"松戸節三杯" 千葉県内の高校で多年にわたってスポーツ指導に尽力した指導者に贈られるものだ

今まで幾多の偉大な先輩たちが貰って来たこの賞を,自分が受け取る日が来るなんて,なんだか信じられない

やはりもう30年以上やってきたんだなあ,定年が近いんだなあ としみじみ実感する次第である。

この間,確かに専門部の仕事もいっぱいやった。

ホームページの立ち上げ,プログラム冊子の作成プロセスの省力化,冊子のネット配信,毎年の年報原稿の執筆…

インターハイの開会イベントの企画運営や国体速報の編集・配信などは楽しい・遣り甲斐のある仕事だった

そのインターハイに選手を出場させる夢は果たせていないが,優秀な選手たちのおかげで,関東大会の舞台には何度が立つことができた。このヘッポコ監督には十分なご褒美である。

 昨年末,その頃の生徒たちと再会し楽しく飲み語った。「先生が一番嬉しかった試合はいつですか,やっぱり関東出場決めた時?」と誰かに聞かれた。確かにそれも嬉しかったが,意外にもまっさきに思い浮かんだのは,その強い先輩が引退直後の新人戦で,弱くてしょうもなかった後輩君たちが頑張って,県でベスト16に入った試合だった。

そうだ,「中学で弱かった選手を強くする」これが最初のモチベーションだった。

 でも「中学で強かった選手をさらに強くする」ことの難しさも今は知っている。

 いろんな選手たちといろんな監督たちと知り合って,時に協力し合い,時に競い合い,豊かな人生を過ごさせてもらった。有難いことだ。

 大きな賞状を眺めながら,幸せをかみしめる。




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