「大丈夫かしら?」
「竹富丸がなくてもスクール船がある筈だげど」
まだまだ陽は頭の上に輝いていた。八重山の時間差である。内地の人達の殆どが錯覚してしまう現象である。人気の無くなった波止場を歩いて、先ずは最初に竹富丸の出航時刻表を見た。思った通りに、もう最終便は無かった。次はスクール船だ。窓口には誰も居ないので問題のスクール船を探してみると、ホバークラフトの乗り場辺りで揺れているのを見つけた。
「いた、行ってみよう」
少々小走り気味にスクール船に向かった。目の前にその姿が現れると私は近く走り寄った。誰か乗っていないかとあちらこちら見回すと、何処かで見た事のある顔の若者がいた。
「何時に出るの?あとどのくらい?」
「もう今日は無いよ。今帰って来たところだ」
これもまた思った通りの返事であった。が、それにしても何と言い聞かせたら良いものか、憂鬱な思いの中に私の顔は有った。そしてその困惑は直ぐに明美の顔にも乗り移った。
もしもこの石垣から目と鼻の先に在る竹富に今日、これから帰島するならば、残された方法は唯一無二の海上タクシーがそれである。最初の迷いであった。ただ明美の気持ちのみを汲んで海上タクシーを使えば、他に同乗者の無い限り多大な金額を支払わねばならない。お金に関しては甚だ侘しい思いで心細さ丸出しの私にとって、大変な痛手になるに違いない。でも、それでも良かった。明美の好きな様にさせるべきだと思ったし、明美が戻れなくなったのは私のせいなのであったから、その責任も素直に認めざるを得なかった事も有る。それでつまりは波止場に立ち並んだ数件の海上タクシー会社の扉を開けたのである。
しかし、これがまた、何処でも船は停泊してはいるのだけれど、営業時間が過ぎたと云う事で船長が帰宅したとか不在の為とかの理由から、一隻も出ないという事を知らされた。最後の店を出て表通りの方へ歩いたその間、明美は一言も口を聞かなかった。ヨットジャケットに両手を突っ込み顔は項垂れて、ゆつくりと蹴り上げる様に足を運ぶ姿を見ていると、今更ながら私の失態の重さが思いのほか大きかった事にきづかされた。僅かな時間ではあった。交番の裏手に差しかかった時、ふっと明美の呟いた言葉で些か救われた様な気分を装う事が出来た。
「いいさね。思いきりをつけたわ。仕方ないものね…ウン」
「本当?ゴメンネ。時間を忘れた為に…」
「いいっさネ…」
そういったやりとりがなされた挙句の果てに、とどの詰まりは当然の成り行きとして、石垣で宿をとる事になったのである。
それで取り敢えずこの石垣に来るとよく泊まる民宿・美崎荘に行ってみた。が、修学旅行の生徒達で一杯。それでは…と、グランドホテルの真向いに在る建物で、螺旋階段を昇って二階に受け付けがある簡易ホテルの様な所に行った。時に午後六時を少し過ぎた頃の事だった。
一先ずは案内された部屋の中で僅かな時間を過ごした。建物で全体の割りには随分と安普請であった。その事に付いてや、今日一日の出来事などを話し合っていた。この部屋の唯一の窓、大きな窓の向かう目の前には、グランドホテルが何故か巨大な城の様に二人の目に映っていた。
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