ビジネスマンじゅんごろうのONとOFF

ビジネスマンならではの視点で趣味やビジネス、社会について論じます。

ゴミ拾い

2010-02-21 20:07:17 | 美術展などのイベントもの
「アルピニスト」野口健氏の講演会に行ってきた。
彼はテレビ番組などで見ることは多かったが、講演を見に行くのは初めて
だった。
全国で講演しているだけあって、話がうまい。
登山から環境問題など途中に笑いをとりながら、様々な話題で会場を盛り上げ
いた。

ところで、「アルピニスト」という言葉。
講演の冒頭でこの言葉について話していたが、アルピニストとは登山家の
ことらしい。その中にゴミを拾うという意味は必ずしも含まれない。

登山をしながらゴミ拾いをするというイメージがつきまとっているので、
日常生活でも人の目が気になる、といって聴衆の笑いを誘っていた。
この講演は結局3時間にも亘る長時間だったのだが、富士山の清掃活動
の話が印象的だった。

富士山のふもとにある樹海に投棄されるゴミは、想像を絶するもの
らしい。注射などの医療機器など悪意のあるゴミが多いという。
これらのゴミを拾う活動の大変さは作業的なものだけでなく、精神的に
つらいという。
それらのゴミを捨てた人間の悪意が見て取れるからだ。

この話を聴いて次元の違う自分の仕事を思い起した。

私はIT業界で仕事をしているのだが、たまに人が作ったプログラムを
見ることがある。
コンピュータのプログラムというと、無味乾燥なロジックの世界と思われがち
であるが、実はその中には設計者の「想い」のようなものが詰まっている。

例えば、「支払先」という項目を入力する際に、間違ったコードを
選ばれることを避けるために、入力する度に自動的に画面が開いて、その支払先の
住所や口座番号を表示させる、という設計をしているプログラムを
見たことがある。
自動的に画面が開くので、設計者の思想として「きちんと確認しなさい」という
メッセージが込められているのだ。

一方で、プログラムを見るとがっかりすることも多い。
明らかに「事故」が内在していることがわかっていて作られているとしか
いいようのないプログラムになっているのだ。
これを富士山の「ゴミ」になぞらえるのは飛躍しすぎかもしれないが、
お金をもらってするプロの仕事にも関わらず、たくさんのゴミ(バグ)を
内在させたまま知らん振りということだ。

明らかな欠陥であれば、瑕疵責任ということで、治す必要があるが、
多くの場合は顧客のレビュー責任などと理屈をつけられることが多い。

このような事件に遭うたびに、がっかりした気持ちになる。
ちょうど野口氏が樹海でゴミを拾うときの気持ちに通じるものがあると思う。
「後で誰かがゴミ拾いしなければならないだろう」ということがわかっていて
やっている。
まさに「モラルハザード」だ。

例えばこんなことがあった。
ある値が「初期値」の場合、という設計書になっていた。初期値とは平たくいうと
空白のだが、このプログラムは文字通り日本語の「初期値」だった場合とプログラム
されていた。
これは極端な例だが、設計、開発どちらに問題があるかは別としても顧客の意図とは
明らかに異なるプログラムがたくさんあるのである。

ゴミ拾いはモティベーションを維持するのが大変である。

中央区の路上弁当販売

2010-02-11 20:05:00 | 新聞記事ネタ
2/9の日経新聞東京版の欄に「監視指導員を配置」との記事が
出ていた。

中央区の日本橋エリアで弁当を路上販売する業者を「取り締まる」という
ものだ。
このニュースに関心を持ったのは、同じ話題をフジテレビの情報番組で
取り上げていたのを興味深く見たことからだった。

弁当を路上で販売する彼らは区に届出を出しているのだが、
周辺の飲食店に配慮して「客待ちしてはいけない」などのルールが課されて
いるのだ。

監視指導員の役割はこのような業者が正しいルールに従っているかどうかを
監視することだと思われるが、中央区はなんとこのために1300万円もの予算を
計上するという。

テレビを見る限り、弁当売りと指導員のやり取りはこっけいである。
少しでも弁当売りが立ち止まりそうになると、近寄ってくる。
弁当売りに客が声をかけて売り始めれば、客の列ができるが、それはルール
違反ではないという。

客側の会社員たちは「安い弁当を買えるのに、区の保健所は他にやることが
あるのでは」という意見が大勢を占めていた。

売られている弁当は500円程度、周辺の飲食店で定食を食べると1000円前後である
ことから、人気が出るのもうなずける。

この問題は尾を引きそうだが、私は意外と簡単に解決策は見つけられるのではないかと
思った。
解決のカギは日本橋からJRの線路をはさんだ向かい側、大手町にある。
私は今は週の半分くらいは大手町にいるのだが、千代田区に位置する大手町で
このような問題は聞いたことがない。
もちろん弁当を食べるサラリーマンがいないわけではない。

弁当を売るスペースがオフィシャルに確保されているのだ。
サンケイビル前のスペースでは毎日ではないが、ワゴンでエスニック弁当などが
販売されている。またKDDIビルの2Fには日本橋と同じような10くらいの業者が
500円前後の弁当を売るスペースが確保されており、その場で食べられるように
電子レンジやテーブルも用意されている。

中央区が取るべき案としてはこれを参考にしたらよいと思う。
どこかのビルのフロアをランチだけ借りて、弁当を売るスペースを「有料で」与える
のである。
スペースは抽選ではなく、企業努力などを基準に選べば競争を促すことにもつながる。
(売り場や大きさなどは値段によってきめるとか)

客側もどこで売っているかわからない弁当屋を探すよりも、いつも同じ場所で
しかも天候にも左右されずに買える場所があれば、メリットが大きい。

KDDIビルの弁当は私もよく利用するのだが、
ハンバーグやエビフライが入った豪勢な弁当が390円で買えるのだ。

路上販売を完全にシャットアウトする前提であり、そのための監視員が
ある程度の期間は必要かもしれないが、イタチごっこを続けるよりはるかに
有効であると思う。是非一考を!

書評:生命保険のカラクリ

2010-02-07 21:05:28 | 読書
突然だが、私は30半ばを過ぎたが、未だに生命保険に入ったことは
ない。入る予定もないが、最近考えなければならないかな、と思い始めて
いた。

ライフプランを考える時期というだけでなく、いくら健康に気を遣っていても
体にはいつか「ガタ」がくるのは明らかだし、それに備えていくことは賢明であろう
と思うからだ。

その答えが生命保険なのかわからないが、とりあえず知識は蓄えようと
この本を本屋で手に取った。

著者の本は以前読んだことがあった。
東大、ハーバードMBAを修了した、「超エリート」である。
そのエリートが保険会社の仕組みを比較的わかりやすく解説しているという
だけでも一読に値すると思ったことも事実である。

定期保険、養老保険、終身保険の違いや保険料の内訳などは
興味深く読ませてもらった。
本を読んだ結果としては、やはり自分は生命保険に入る必要性は
薄いと改めて実感した。

理由は以下の通りである。
死亡保険はそもそも必要ないこと
医療保険も公的な保険である程度カバーしてくれること
将来の蓄えのためには保険よりも有効な運用手段があること
タバコなどリスクを高める生活習慣は(今のところ)ないこと

著者は保険の必要性をリスクの観点から整理するとわかりやすい
と説く。
長生きするするリスク、収入がなくなるリスク、病気などの出費がかさむ
リスク、資産が毀損するリスクである。

こう考えると私だけでなく、多くの人がリスクを抱えているようには
思えないが、実際はほとんどの会社員の人たちは何らかの生命保険に
加入している。
親類や友人などによる勧めにより加入するケースが多いのだろうか。

実は私も外資系の有名保険会社の男性外交員から勧誘を受けたことがあった。
以前のクライアント先で当時タバコをすっていたエリアで、女性外交員が
勧誘をしているところに出くわしてしまったのだ。

そのときは断ったのだが、後に同僚との雑談で「何も入っていないので
保険には興味がある」と口走ってしまったのだ。
同僚はそれを聞き逃さず、大学の同期で元大手総合商社に勤めていた
という男性からその日の夜には電話を受けるハメに陥ったのだ。

仕方なく一度会って話を聞くことにした。
彼は最初雑談ぽく話を始めた。
保険についての印象を聞かれたのだと思うが、最初に私は
「貯蓄と保障は別だと思っている」という保険の本質に関わることを
伝えた。
彼は何も反応せず平静を装っていたが、その話題に触れることは
なかった。

彼はやたらと私に「xxさん、なぜxxだと思いますか?」
と質問攻めにした。
「xxですかねえ」と気のない返事を繰り返した。
話の中盤で伝家の宝刀を抜いてきた。
以下はそのやり取りである。

「あなたにとって大切な人は誰ですか?」
「家族ですかねえ」
「ではあなたが重度の障害にあって働くことができなくなったら、
誰があなたの医療費を払うのですか?」
「家族だと思います」
「先ほどあなたにとって大事といった家族に迷惑をかけることに
なるんですよ!それでもいいんですか!」

私は心の中でつぶやいた。
「恐怖を売るというのはこういうことか」

その後、彼に私は医療保険になら興味があるといったところ、
こう言ってきた。
「医療保険なんてその辺のインターネットとかで安いのがいっぱい
ありますよ。うちはそんなものとは違うんです」
などと暴言を吐いてきた。
たぶん契約する気がないことを察したんだろうと思う。

さらに彼はこう言ってきた。
「私はxxという資格を持っていて、このような資格を持っている人と
話せる機会なんてあまりないでしょうから」
と腹立たせるセリフをいいつつ、こう言った。
「誰か保険に興味のある人紹介してもらえないですかねえ」

本書でもあるが、このセリフは本当に誰にでも言うらしい。

保険屋さんと出会ったら、「恐怖を売る人」ということを肝に銘じて
望むことを強く勧めたい。
あとは外交員とはいえ、相手はプロだから保険について中途半端に
論争を挑まないほうがよいだろう。
話をそらされて、うまくまるめこまれること必至である。

「練習は裏切らない」

2010-02-01 22:05:34 | マラソン大会
「練習は裏切らない」
昨日参加した勝田マラソンを走っている最中ずっと自分の頭の中をめぐっていた
言葉だ。

勝田マラソンは去年初めて参加した大会で当時の自己ベストを10分以上更新し、
サブスリーへの布石を打つきっかけとなった大会だ。
このレースは今回58回目という歴史のある大会だけあって、走りやすくしかも
たくさんの私設エイドでランナーを応援してくれるよい大会だ。

今回のレースへの意気込みはそれほど強くなかった。
それでも自己ベストを更新できるのではないかと淡い期待を抱いていたのは
事実である。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。

まずスタート地点がまずかった。
一緒に参加した仲間のランナーに遠慮して、前のポジションを確保する
ことをためらってしまった。
スタートしてから1分30秒ものロスを喰ってしまった。
ロスを取り戻すために前半のオーバーペースは去年の北海道と同じパターンだ。

しかしサブスリーを達成した今ではオーバーペースではなく、実力を伴った
ペースだと自分に言い聞かせるが、長続きしなかった。
20キロ近辺からペースが上がらないことに気づいた。

ハーフはなんとか1時間半を切ったが、足が前にでない。
ハーフを過ぎたあたりで、足が止まってしまった。
なんと歩き出してしまったのだ。この時点でサブスリーは絶望的。
しかも20キロ近くもあり、完走も危ういほどの状態になってしまった。

原因は明らかだった。
1月の練習距離は100キロには遠く及ばないほどのもので、
しかも仕事が忙しく精神的にも落ち着かない状態だったからである。

「練習は裏切らない」
これは野口みずきが言った言葉だそうだ。
練習すればするほど記録が伸びるということだけでなく、その裏返しで
練習しなければしないほど記録が落ちることも意味する。

レース中盤に練習不足を嘆いても仕方ない。
ターゲットをキロ5分を維持することに切り替えた。
ひどいスタミナ切れの症状が出ていたので、私設エイドからアンパンやフルーツ
などを頂戴し、ウエストバックに入れていたジェルで補給した。
すると、不思議に足が前に動く。25キロから30キロはキロ5分ジャストだったところが、
30キロから35キロはわずかだが、ペースをあげることができた。

フルマラソンを経験したものならわかるが、後半にペースアップするというのは
至難の業だ。
ここまで立て直すことができるというのはサブスリーの意地ともいうものだろうか。
たくさんのランナーに抜かれることに耐えながら、41キロまでは抜く人と抜かれる人数
は同じくらいだった。
それも41キロで再びスタミナ切れで足が止まった。
あと1キロは半分意識がおうろうとしながらゴールゲートをくぐった。
3時間16分。
サブスリーからは程遠いが、ハーフ過ぎに歩いて完走すら危うい状態を考えると
上出来だと自分を納得させた。

つらいレースだったが、得るものも大きかった。
次回の東京マラソンに向けて練習と調整に抜け目がないようにすることを心に
誓うのだった。

コース・・4点
給水給食・・5点
参加賞・・3点
アクセス・・4点
観光・・3点