ある時、高野山における10万片の護摩焚きの業をテレビで見ていた時に"10万字"を書きたいとヒラメイタ!!というか素直に書きたいと思った。そして瞬時に幼年の時、6歳から熱心に通っていた謙慎書道会の大御所上條信山先生の高弟の川崎一照先生と共に毎月28日には不動明王の日という事で、近くのお不動さんにご一緒した。
そして、般若心経を唱えながら先生の御宅から20分余の道を歩いた。そのことで今でも般若心経一巻を暗誦(普通に読むのは70秒くらいである)。そのような般若心経との永い縁があってか10万字は約300文字×300何枚かで達成できると考え、同級生の陶芸家・淡竹窯の武澤信雄氏と面語し、まきの登り窯のひと窯を使用させてほしいと頼みこんだ。
どんな形にするか。当然"陶板"でしょうとなり、約350枚・横40cm×縦30cmで作っていただき、焼きあがると35cm×25cmくらいとなると考えた。
このごろは、新聞の全面広告にも般若心経のグッズのようなものが出ていて、般若心経わずか262文字とあったり、260文字などとあったりどこからどこまでが本当の字数なのか。本文は写経すれば一行17文字。観自から始まり、14行いったところで
波羅蜜まで238文字+多呪即説呪日の6文字を加え、羯諦から婆訶まで18文字。そして、般若心経の4文字そして前文の佛説摩訶般若波羅蜜多心経12文字をプラスすると、238+6+18+4+12=278文字。私は、佛説から始まり、心経で終わる278文字を。そして、書写した年月日と吉川壽一謹書と書いていくと、15~16字プラスされ、約300文字となり、表面に心経一巻を竹ペン様なるもので350余枚を謹書し、順次乾燥し、又書き続けて数ヶ月を要した。
裏面には、278枚が"一つのもの"ということで、佛から経までの278文字を古文・篆・隷・草・行・楷で梳っていった。完全乾燥には又、2ヶ月かかっていよいよ窯ズメ。3日3晩焚き続けて、一週間冷ましての窯出し。ワレも出たが、武澤信雄(今は、もう伝統工芸界の確かな実力者)夫妻の献身によって登り窯の素朴な味わいを278枚の一枚一枚に載せていただいた。「般若心経」への深い思いと心経一巻の尊さをしみじみと感じて生かしていただいていると言える!!
今日のこの懐の深さと強さは羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶である。