johji2015のブログです

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成熟社会、少子高齢化の中で便利故に緩む相互依存と思い遣る気持ち

2018-09-20 09:41:16 | et cetera
本題に入る前に定義の見直し(引用)

成熟社会とは、経済や社会制度が発展し、必要な物やサービスは満たされ、自由で便利な生活はできるが、成長がピークに達し色々な状況を呈している社会のことである。
人間は従来、集団(地域社会や家族等の共同体)が持つ伝統や知恵に学び、集団に支えられて生きてきた。

少子高齢化によって引き起こされる問題としては次のようなものがある。

・生産年齢人口(労働人口)の減少による国力の低下
・若年労働者の減少による、深刻な人手不足
・高齢者の増加による社会保険料などの負担の増加
・少子化の進行による教育費の減少

それでここからが本題です。

今の日本の社会を象徴している言葉かと思います。

年寄りというか、昭和ならまだ縦社会や礼儀作法で事足りる秩序だったのですが、
平成に入って特に恵まれない層にモラル軽視、道徳観の劣化でトラブルが起きています。

が、一方ではそれまで完璧が求められなかった事も制限するのが増えました。
飲酒運転などは家族や会社などを思えばやらなかった事が法律で縛らないといけなくなっています。
また、禁煙も医療費の増大などで健康の問題以外でも規制せざるを得ないような社会情勢です。

経済的、社会的にこの状況にあったルールに変わるのは仕方ないとして難しい問題もあります。

昭和なら連帯責任のような組織的に歯止め、足枷が掛かっていました。
それが個人が優先されて防犯カメラの設置などに頼るようになったのも時の流れでしょう。

今朝も交番はオープンな方が良いのか、それとも以前の固いイメージのまま正確な任務を遂行して貰うのかテレビで話していました。

それで想うのが、年寄りは自分の生きてきた社会の継続として現在も生きています。
しかし、若者や子供は社会的な学習もこれからですし、子供に至っては守られる立場です。
ところがネットの匿名性の影響か、はたまた最近の流行の影響なのか社会的学習が未了という意識が低いのです。
私の子供の頃もあまり言えたものではありませんでした。
引き合いに子役を挙げるのも卑怯ですが、あんな感じで舐めた勘違いをしてました。
こうすれば大人はこう反応するとかを取得して狡く立ち回ってしまうようなも社会的学習が未了という意識が低い所為です。
酷い人だとそのまま親になってしまって躾と称した自分の意向を押し付けて脅迫しているような感じになってしまいます。

ちょっとくだらない話なのですが、大学やその他の公共施設等でどのくらい大人な自意識なのかを気付かせてあげたらどうかと思います。
くだらないマナーはもちろん、本当は相談して解決しなければならないような問題行動を減らすようにしないと日本だと相談相手が無いまま詰んでしまいます。
最低でも詰まない内にやめさせられるのか難しい話なのです。

抽象的な書き方ですみません。
性善説的な社会風潮で突飛な事件が起きると何かに理由を求めようとします。
しかし、現実的にそのような理由よりは普段からの習慣でやってはいけないような事を自分の物差しだけではなく、周囲の人への影響なども冷静に考えられるのかが欠落しています。
それは会話や信頼に恩恵を感じられるような状況が少ないからかもしれません。

便利過ぎる事で失った信頼関係を再び何か別の形で埋めないと相互依存とかであった緊張感で指導されていた内容の箍が緩んでいるように思えてなりません。

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海外選手「イルカショー不快」で日本側謝罪 「なんでダメ?」と疑問の声も

2018-09-13 03:15:40 | et cetera
https://news.infoseek.co.jp/article/20180912jcast20182338494

> 「それいったら闘牛とか競馬 ドックレース ドックショウ 色々あるぞ」「五輪種目の馬術はどうなの?」「クジラやイルカに対する神聖視は行き過ぎ」

人それぞれです!
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沖縄県知事選挙 見えてこない将来

2018-09-12 22:53:35 | et cetera
知事選 9・30
沖縄県知事選の最大争点「辺野古移設」 佐喜真氏、是非明確にせず/玉城氏、新基地阻止訴え
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-799251.html

沖縄県知事選
安倍政権 生活支援で「辺野古隠し」徹底
https://mainichi.jp/senkyo/articles/20180912/k00/00m/010/178000c

> 佐喜真氏を支援する国会議員の一人は語る。「『辺野古』を言わない選挙は無理がある」

論点を辺野古に持って行かれないようにしているのがかえって、その事を報道されてしまいました。

私が思う問題は下記のような点です。

沖縄県の失業率は全国に比べて高い
http://www.pref.okinawa.jp/site/shoko/koyo/kikaku/toukei/h24/h30-05.html

国庫支出金が他の都道府県に比べて多い。
http://www.pref.okinawa.jp/site/somu/zaisei/sainyu/documents/okinawaken_no_zaisei_2018.pdf

などがあるのですが、議論と言わなくてもせめて自覚を持って変えていく意思がないといけないのかと思います。

将来においても沖縄県から就職で県外へ行くのが変わらない状況になっているのでしょう。
更に基地が理由としても国頼りの県政収入でそう簡単に揉められないわけです。

また学業でもその正答率が最低でこの辺りも改善が必要なのだと思うのです。

悪く言うつもりではなく、現実的な課題を解決するような政治をしないと偉そうな話をしても実際の不満ははけないのでしょう。

マスコミはおそらく騒ぐ事にしか興味がなく、現実的な課題を解決する論争は紙面や時間を割くつもりはないのかと感じます。

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情報番組のMCが自分で取材した訳でもないのにしたり顔で…

2018-09-05 06:01:32 | et cetera
ワイドショーの司会って何故あんなに前のめりなのか?

前のめり
1 前方に倒れそうに傾くこと。「急停車で前のめりになる」
2 積極的に物事に取り組むこと。前向き。「前のめりの生き方を評価する」
3 準備不足で、性急に物事を行うこと。せっかちすぎるようす。「新政権の施政方針は前のめりに過ぎる」「当確の早さを競う前のめりな報道」

特に3番のような話です。
他局ないし他の情報源と競争になっています。
一番情報源として価値がある所を選ぶのは消費者心理でしょう。
またはお喋りする仲間と同じ情報が欲しいとなればそこに人気が集中するのは巷の傾向ですよね。

なので他よりも価値のある情報を提供したいのは仕方ないのですが、更に前のめりにするのが進行が予定通り行かないなど腕の見せ所があるからです。
余ったから、黙っているという訳にも行かず当然何か喋って埋めますよね。
最近はゲストに振ってそのゲストの宣伝に使わせたりするアレです!
実際に準備している場合もありますが、何も打合せしていなくともスケジュールを把握していて話せる人がいます。
普通は焦って上手くいかないのを笑って終わるのもあるのですけど。

ですが、司会者、MC(マスターオブセレモニー)は台本があって録画ならその通りに進めますよね。
台本は少量で中身の多くはその時までの情報や今起きている事柄ですと当然アドリブが必要になります。
臨機応変に進めないと進捗もそうですが、視聴率の数字が取れません。

同時に進捗、視聴率等を考慮して話し続けるのですから相当にタフでないと厳しいのも事実でしょう。
ぼけっと見ていると、あまりに[いらち](何故か関西弁)です。

あと、笑点で元楽太郎の円楽さんが司会をしたがるように必ず交代要員がいるものです。
ましてコメンテーターや雛壇にいるとなれば更に心理的にも落ち着かないのでしょうね。

NHKだとアナウンサーより記者やディレクターが強いのか読み直すまたは指示が漏れる事があります。
民法のフリーのMCは人気があって高額な為か進行についても言い争うのが見え隠れします。

異常気象で飛び込みのニュースが多いのでどうしても突発的な対応力が求められるのですが、何もない時くらい少しは落ち着いたり、テレビの前の視聴者を落ち着かせたりする方がいいでしょう。そうでなくとも順調に行って当たり前の如く勘違いしてしまう日常があります。
それが上手くいかないと苛立つのです。
そして昔なら当たり前だったような態度でも暴力だ、ハラスメントだと騒ぐ羽目になっています。

世の中、合理性、経済性で動かなくてはならないのは社会としてあるのですから、その状況を把握して事を進めないと視聴率を取る事だけに専念すると連鎖的に騒ぎが大きくなってしまいます。

最近のスポーツ界の話などは芸能界が特別なだけで大小の差こそあれどこでも何かしら存在するはずの内輪揉めですよね。
冷静に距離を置いて判断は視聴者にさせるなりの方向で逃げないと裁判所ではないのですから。
手元にある情報に便乗して事を判断するだけで、なんらの解決にも社会的貢献もない、むしろ騒ぎで混乱させるようなのは避けた方がいいです。

よほどの人格者のような人でない限り職業病のように前のめりになるのは少し局内で調整した方が後々良いのでしょう。

何故なら、最近の番組編成はクールで人情が薄くバッサリと出演者を変えてしまう事すらありますから。
ネットで某昔のMCを見るとまだ出来るかもしれませんが、周囲の人間が大切なのが判ります。
ネットなのにテレビより反応がないから、好き勝手出来るのもありますが、番組関係者の理解という協力で成立するのが見えます。
書いてみて思うのが、歳取ったコメンテーターの扱いとか難しい点です。

やはりどう考えても熱くなり過ぎた時の事くらい事前に確認しておいて局のアナウンサーなどに振って冷静にさせるような習慣にしてはどうかと思います。
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アメリカのネットリテラシーは厳しくなってきているのに

2018-09-02 13:31:51 | et cetera
ユーチューブ、フェイスブックなど各社、陰謀論者を追放 ツイッターは独自の対応
http://lite.blogos.com/article/320380/

今年はどうも100万登録者を誇るようなメジャーなユーチューバーのアカウントまでBANされています。
確かに問題があるから、抹消されているのでしょうがそれに比べてテレビや一部のネット、雑誌等は相変わらずです。
とある番組はこの際バンされても不服はないだろうと思っています。
最低でも時間帯を変更するとか。

で先程のようなやり方はネットフリックスの検閲基準は間違っています。
最近の感覚だと素人が投稿するにしても取り返しのつかないような内容は自粛するのが一般的です。
間違えば犯罪ですから。

ちょっと話は逸れますが、フリーの記者を使った取材で例えば外務省が規制している国で活動するとか確かに本人の責任ではありますが、もし何かあれば政治的に助けなければならないのです。
安易にそう言う取材をしてきたものを買い取るような真似はしないでください。

それと海外向けで制作して本来日本で放送するのを判断してもいいくらいの優しさは必須です。
何故なら、被害者を保護する立場が当然で、被害者を風評被害に遭わせるような真似は良くないのです。

日本の放送局でも被害の状況を伝えたいあまりにデリカシーに欠けるような方法は問題です。
それと出来ればフォローとしてボランティアの募集などに協力的であるべきです。

最低限、あまり悲観的な方向での終わり方も影響を与えないように配慮する必要があります。

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