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主夫の徒然なるままに

毎日の夕食作りに奮闘する主夫の独り言

言語の習得(14)アレクサと幼児 5歳7ヵ月

2024年03月12日 | 言語の習得(幼児~小学生低学年)
 私の家には3台のAmazonスマートスピーカー「Echo」がある。「アレクサ」と話すだけで、見覚まし、タイマー、家電やエアコンのオンオフなどに利用している。一番よく利用するのは、夕食を作るときのバックグランドミュージックとして音楽を流すことだ。「アレクサ、音楽を流して」とか「アレクサ、スムースジャズをかけて」などと言うと「お気に入りの~」と前置きをして、かってに音楽を流してくれる。 ただし、無料版を使っているので、特定の曲をかけることができない。たとえば、「『Let it go』(アナと雪の女王)をかけて」と言うと、「関連した歌をかけます」という返事が返ってきて、それなりの音楽が流れる。一時期、有料版を使っていた時は、そのものずばりの曲が流れていたが、さすがに無料だとずばりと帰ってこない。そこで、試しに「アレクサ、スポティファイで『アンパンマンのマーチ』かけて」と言ってみる。Spotfy経由だけれども、関連する音楽が鳴るだけである。残念。
 
 妻が「アレクサ、『アイドル』かけて」と言うと、いつものように「関連した曲を~」となる。妻曰く、「アレクサは言うこときかないのよね。」そこで、5歳の孫も「アレクサ、言うこときかない」と大きな声で言う。アレクサの即座に答え、「大人の言うことを聞かない子がいます。悪い子には、怖い思いをしてもらいます。[言うこと聞く]と言うまで終了できません。鬼とおばけ、どちらを呼びますか?」 5歳児「怖い~」突然の声、それも鬼とおばけという言葉に恐怖を感じ私のところに逃げてきた。
 
 無言の5歳児に

 アレクサ曰く、「あ、赤鬼がむかっています。言うことききますって言ってください。言わないとまた赤鬼を呼びます。」

 「言うこと聞きます」と5歳児。

 一同、爆笑で幸せなひと時を過ごしました。




 『なんか』についてもう一度。
 あまりTVドラマを見ないのだが、最近見ているドラマとして、『ラファエルとアストリッド』が終了し、とても寂しい想いをした。さらに「さよならマエストロ」も「不適切にもほどがある」もそろそろ終了である。その「不適切にもほどがある(3/2放送分)」で「君の発言、『なんか』が多いね」という場面があった。このドラマにその場面を挿入する意味はなんだろうと思ってしまったが、やはり、今の若者の言葉として『なんか』を多用するのだろうと想像した。
 5歳の女児が『なんか』を多用するのは、母親の真似だろうが、令和時代の若者の言葉でもあるのだろう。TikTok での、永井ローラさんのおしゃべりをまた聞いてみた。やはり、いたるところに『なんか』がでてくる。しかし、この『なんか』は、何にでもいつでも使えるので便利なのであろう。しかし、濫用され、連発されると耳ざわりな言葉として響いてくるのは確かだ。「なんかいつでも使えるし、なんか若者風にもつかえるし、なんかいいよね!」
 
 私が、5歳の孫によく使う言葉があった。
 娘の職場で「『バカちん』は方言だ」と盛り上がっているのを聞いて、「うちの父親がよく『バカちん』と言う」と話したことを私に伝えた。『バカちん』が方言であることを私は知らなかった。昔、東京で「お金をこまめて」と言って「?」が返ってきたことを思い出した。「こまめて」→「くずして」である。
 『バカちん』は、海援隊の「母に捧げるバラード」で使われたり、金八先生が生徒に使う言葉として全国的に有名になった。「早く学校へいってこんか、このバカちんがくさ」

 ただし、「バカ」や「アホ」のよりもずっと柔らかく、基本的に「バカチン」という言葉には、「子供や学生などが何か悪いことをして、その悪事について愛情を込めて叱ったり怒ったり(注意したり)している、というニュアンスが込められている(「意味解説辞典」より)。」

 私も、孫のいたずらや悪いことをしたと時に対して『バカちん』という。怒られた孫も笑う。

 日々成長する幼児を見ていると、言語の習得の楽しさと難しさを知る。ただし、笑いがいっぱいであることがすばらしい。







<ちょっとお出かけ>
 太宰府天満宮に行き、九州国立博物館に行ってきました。
「長澤芦雪」展に行きました。天満宮も博物館もすごい人出でした。


すごい迫力に感動!




言語の習得(13)『なんか』

2024年02月22日 | 言語の習得(幼児~小学生低学年)
5歳の孫娘とその母親(娘)、妻と4人で近くのイオンに買い物に行った。スマホ売り場で小さなプレゼントをもらったり、イベント広場でおもちゃすくいをしたりして楽しんだ。帰りの車の中で、「金色のコインがなんかキラキラで、なんか面白そうなので2枚とった。12個とっていいらしく、なんか楽しかった。」「Riちゃん、おしゃべりの中に『なんか』が多いね!」と私。 本人はよくわからないという表情。すぐさま母親が、しゃべりだす。「なんかいい服ないかとお店を探したんだけど、なんかどの店も今安くなくて、なんかつまらなかった。」
「今、たった3つの文章をしゃべったのに、3つも『なんか』が入ってるね」と私が指摘。みんなで大笑いしたが、「娘が『なんか』を多用するのは、母親の言い方のまねをしてるんだろうね」、と母親が言う。




 最近、TikTokを寝る前に流しているのだけれども、お気に入りは、「安住さんのラジオ日曜天国」と「永井ローラさんのおしゃべり」だ。
 (注:永井ローラさんは、スリランカと奄美大島の両親をもつハーフ)



 ふと、流れてきた「永井ローラさんのおしゃべり」を今日も聞いていると、彼女の話の中に『なんか』がやたらと多いのに気が付いた。
「なんか、そもそも~」、「なんか、まいにち~」、「なんか、その~」、「たとえば、なんか、その時の~」など実に多くの『なんか』が挿入される。

 おしゃべりにリズム感を出すための言葉なのかどうか疑問に思い、調べてみることにした。
 
品詞としては、副詞、副助詞、感動詞のような分類だと思う。ただし、品詞にこだわるのでなく、その言葉がどのような場面で話されるかがより興味深い。

 一般的な『なんか』は、物事に否定から入る時や人を見下している時、感受性が乏しい時、疲れている時になどに発せられる場合の言葉であるようだ。「なんか、この映画~」や「なんか面白くないよね」など「でも」「だって」「どうせ」に近いものであろう。

 ただし、口癖のように多用する場合は、語彙力の無さをカバーするためか、次の言葉を探すために一呼吸おく時にでる言葉として使われるらしい。何かを話したい時に、どのように表現すれば良いのかわからないケースで、まず、『なんか』をだし、リズムを持たせているのだろう。ちょっと子供っぽくみられる言葉と感じられるかもしれない表現だ。

 「なんか私なんて~」などの『なんか』は否定的表現なので、多用する人は嫌がられる可能性がありそうである。口癖のような『なんか』を発する人は、知識や教養が低い人に見られ、軽くあしらわれそうになるかもしれない。

 最近、若者たちが、何でもかんでも、『やばい』で済ますことが多い。美味しくても『やばい』、美しい風景も『やばい』、おもしろくても『やばい』、オレオレ詐欺が多くても『やばい』(これは正しい使い方かも?)『やばい』の多さに個人的に、ちょっと抵抗があり、『やばい』を感じる。

 とにかく、『やばい』しか表現できない若者を見ると、彼らの語彙力無さ、表現力の不足ににがっかりさせられる。社会人としての大人としては、口癖のように使ってはいけない表現のひとつではないだろうか。

 さて、『なんか』でもりあがった後、孫娘も娘もあまり『なんか』を言わなくなったような気がする。いいことである。
 
 前回、途中までしか読めなかった絵本の続きを読んであげようとすると、「いやだあさまであそぶんだい」 の題名も覚えていて、びっくりした。1語読みの効果があったのだろうか。初めからもう一度1語1語しっかりと読んでいくことにした。クライマックスに近づくとその後の続きをズバリ予想して見せた。彼女の理解力と想像力が結ばれたような感動を覚えた。「一音一音ハッキリ読み」の効果は抜群であった。さらに、「今度、一緒に図書館に行こう」とも言った。本が大好きになってきたようだ。

 先日、母親から、泣き止まないので、「うるさい」って怒鳴り散らしたと電話があった。隣近所から「虐待」の通報がありそうで怖いとも(笑)。そこで、『ひとはなくもの』という絵本を借りてきた。次回、孫娘と娘が来たら、 「一音一音ハッキリ読み」で読んであげようと思う。


















言語の習得(12)将来の学力は幼児の読書量!?

2024年02月14日 | 言語の習得(幼児~小学生低学年)
「将来の学力は、10歳までの「読書量」で決まる!(松永 暢史著)」という本を読んでみた。

 孫娘は5歳になり、話し言葉で困ることはなくなりつつある。遊びに来ると、「こんにちは、おじゃまします」と礼儀正しく、ハキハキと話すこともできるようになった。漢字にも興味を持ち始め、自分でドリルを持ち出して練習したりする。 幼児の成長と発達を見ていると、何か学ばせてあげたいと「習い事」を検討し始めることは、自然なことだと思った。



 以前、「学力の経済学」という本が注目を浴びたことがある。教育にお金をかけるのならば、どの時期に投資するのが最適かという問いについての考察があった。
 三十代から五十代のお母さんが集まる中で私も聞いてみた。幼児期?小学校?中学校?高校?大学?大学院? 私立中高一貫校を目指す家庭では、小学校であり、一流企業を目指すなら大学であろうという答えが出てきた。

 

 この本によると教育的コストパフォーマンスが一番いいのは、幼児期にお金を使うことだと主張している。経済学的統計に基づき検討すると、幼児期が一番コスパがよかったということである。集まったお母さんたちは、ならば、もう遅すぎた、と落胆してしまった。
 ただし、ここでの投資は、「人的資本への投資」であり、単なる学習(勉強)への投資ではないと強く断言している。今すぐ、学習塾へ走ったり、英語教室に行かせようとしたりすることではないことを理解すべきである。

 幼児の習い事の1位は「水泳」、2位は「英会話」、3位は「体操」、4位は「ピアノ」、5位は「くもん」だそうである。英会話や公文を早い時期に習ったので「東大」に行けたと言う記事や宣伝をよく見るけれども、どれくらいのパーセンテージの確率で東大に行けたのか知りたいと思う。塾講師を長く経験した中で、英会話を小さい時から習っていて、英語流に発音することは上手であるが、英語の得点が高くない生徒をたくさん見てきている。3歳までにネイティブ英語に接するとLとRが聞き分けられるそうだ。また、TVコマーシャルで小さな子供が英語をスラスラ発音するのを見るけれども、日本語の力がなかったらどうするのだろうかと心配になる。「日本語能力のない英語力あり」は、アメリカ人のメイド(メイドボーイ)でしかない。アメリカ人の下働きのために幼児教育に力をいれるのは、一種の奴隷根性のような気がする。

 では、国語力(日本語能力)をつけるにはどうするか。塾に通わせるお母さんの大半が、「うちの子は国語力(読解力)がないので、どうしたらいいですか?」「国語の点を上げるにはどうしたらいいですか?」と訊かれることが非常に多かった。もちろん、本を読むことが大事だけれども、受験生が国語の点を上げるために読書をするのは効率が悪い。「100冊単位で本を読んでいくことで読解力はあがる」と答えているが、いろいろ調べてみても、短期間で「読解力・国語力」をあげる方法はないと結論を得た。もちろん、国語の点数をあげる方法は、お母さんたちにも子供たちにも伝授しておいたが。

 さて、幼児教育についての参考書は、ものすごい数が本屋に並んでいる。親たちも何とか「いい子」「優秀な子」に育ってほしいと願っているので、必死である。情報があふれ返っている中で、確かなものを得ようとするのは当然である。

 そういう中で、ふと、この本を手に取ってみた。
『 (第一章の目次から)
 =英語を習う?塾に行く?ーそれよりは「本」です
 =1日5分の読み聞かせで勉強ができる子に!?
 =本が子どもの学力を伸ばしてくれる理由
 =10歳までにどれだけの「読書量」を積んだか
 =読書習慣があるだけで、頭ひとつぬき出ます   』
 
 はっきり言ってあまり魅力的な目次とは感じさせなかった。どこにでもある本かなと思いながらも、読み続けてみた。        

 第2章で、「一音一音ハッキリ読み」で子どもがじっと耳を澄ます」を中心に書かれていた。私自身、子や孫に絵本を読んであげるときは、情景が目に浮かぶように感情をこめて流れるように読んであげた。じょうずに読んであげた。
 この本にあるように1語1語はっきりと、さらに最後の「~です」や「~した」まではっきりと「で・す」「し・た」と読むことはなかった。あえてそう読むことをこの本では強く勧めている。

 そこで、5歳の孫に試すことにした。図書館から借りてきた本を一語一語ハッキリと読んでみた。情感を加えず、風景を思い浮かべさせない、へたくそな読み方で読んでみた。驚いたことに、5歳の幼児は、いつもよりしっかりとこの読み方の文章を聞いている。驚きである。これは、本当に効果的な読み聞かせだと、読んでいる自分の方が感動してしまった。

 ちなみに、読み聞かせた絵本は、「いやだあさまであそぶんだい」さく:ヘレン・クーパー やく:ふじたしげる。ひらがなとカタカナの文章なので、5歳にはちょうどいいかと選択した絵本である。
 原作のタイトルはThe baby who wouldn't go to bed。「ねんねしない子」「寝ようとしない子」だが、「いやだあさまであそぶんだい」とした訳は、感動ものだ。絵本の内容もすばらしい。まだ、孫には全文を読んであげていないが、次回来た時には、一語一語ハッキリと読み聞かせさせようと思う。添え寝しながら読み聞かす絵本としても最高である。お勧めの1冊である。






第3章は「本をよまずにはいられない『環境』をつくる。

第4章は自分からどんどん読書する子になる方法

 「おススメ本紹介」として、 
  絵本 1・2歳から 3・4歳から 5・6歳から
  文学 幼年童話 児童書 名作シリーズ
  知識 自然、数学・科学、社会、歴史、遊び
 など豊富に掲載されている。

























言語の習得(11)カタカナの学習が始まる

2023年07月10日 | 言語の習得(幼児~小学生低学年)
 4歳の幼児が、次に挑戦するのは、カタカナである。ひらがなが理解できると多くの絵本を自分で読むことができるようになり、小さい弟や妹に読んであげる姿も見られるようになった。ただし、少し文字が多くなる本だとカタカナが増えてくる。ひらがなが出来て次はカタカナである。自我の意識も芽生えてきて、めんどうくさい感覚もあり、むずかしい場面に出くわすとちょっと興味を失う。
 なにが面倒くさくて難しいのか。

「 ユ エ ニ 」
「 フ ク ワ 」
「 ウ ワ ラ 」
「 ヨ ヲ フ 」
    よく似た文字がうじゃうじゃ泳ぎ回っている.............

 無意識での言語使用の大人にとっては、そのカタカナの何が難しいのか理解できないが、言語学習初心者にとっては、乗り越えなければならない壁となる。教えるがわにとっては、初心者にとっての「そこが難しいところだ」ということを理解して指導する必要がある。英語を教えていた身から言えば、英語堪能な先生が、けっして有能な英語指導の先生ではないとうことと似ている。

 あるネット動画で「日」の読み方の複雑さを伝えていた。

「今日、一日は、日曜日、明日は二日」
 きょ、ついたちは、にちよう、あはふつ

「日」にどれだけ読み方があるのか、日本語を学ぶ外国人も、日本の子供たちも大変である。

 我われ大人は、どうやってこんなに複雑な言葉をつかいこなしているのだろうかと、幼児が言語を習得していく様子を見ながら、考え込んでしまう。言語の習得、特に日本語の習得には長い年月が必要であることを今更ながら思い知らされたような気がした。


 


<主夫の作る夕食>
おいしそうな色味になったかな










言語の習得(10)読み書き文字の習得

2023年04月23日 | 言語の習得(幼児~小学生低学年)
4歳の幼児が話す日本語は、日常会話では、ほぼ完ぺきになり、困ることは無くなった。

「このお菓子美味しいんだよね。」おいしいに終助詞をつけて、感情まで加えて話すことができる。英語では不可疑問だろうか。そういう言い回しの言葉が何のためらいもなく話せるよう になったことに驚く。4年間で日常生活に困ることのない言語能力を習得するのだから、幼児は凄い。

昔、アメリカの幼稚園生がすらすらと英語をはなすすのに感心して、しかも羨ましいと思ったことがある。日本 に来たアメリカ人はけっして日本 の幼児
にそういう感情はもたないだろうと思う。英語を話せるだけで幼児をうらやましく思うことが、英語コンプレックスの始まりであり、英語奴隷への道だったかもしれない。


 ただし、幼児にとって、読み書きの文字の習得は難しい。ひらがなであっても、読むのは、まだ一文字一文字だ。絵本のなかの文、「わたしは、ちゃんとすわった」「いっしゅうかん」を読ませると、「わ・た・し・ハ・ち・や・ん・と・す・わ・つ・た」「い・つ・し・ゆ・う・か・ん」一語ずつ読む。これを克服するのも簡単ではない。促音「っ」 拗音 「ゃ 」「ぅ 」「ょ」など、どうやって教えるのか、あるいは、学んでいくのであろうか。

さて、ひらがなが書けるようになっても、もう少し頑張りが必要だ。文字を相手に伝わるように書くには長い時間がかかりそうだ。






友達への初めての手紙
木=き ナ=な わ=は で何とか解読してみる。
<きみわなんのごはんがだいすきなの いちごがだいすき でもおもちゃがあそぶのがたのしい>
漢字カタカナ変形ひらがなで難読だが、努力と実行力で満点としよう。

数字の概念も容易くはない。1から10、20、100と数えるのは楽しそうだが、5と8とどちらが大きいという質問に即答できない。1に2を足すといくつになるか、指を使って考えている。

読み書きそろばん の学習が今から何年も続く。幼児たちよ、がんばれとエールをおくりたい。

で、そこに英語教育だ。
 英語の幼児教育に対してはいろいろな意見が混在しているが、その効能は大人になってからの結論となるであろう。ただし、習い事の上位に英語学習が入っていることは確かで、それほど今の大人たちが英語に苦しめられたか、自尊心をきずつけられたかの証明であろう。あるいは、英語ができれば、給料が高くなるという幻想からくるのであろうか?

インドの経済的発展に英語力が関係しているのは確かであるが、インドの文盲率が30%ある事実とどうむきあうのか




主夫の作る夕食

時には お刺し身



おもいでぽろぽろ


もう一度行きたいラオス。