そんな僕が好き

アディクションとかその他日常の事

パコのパチンコ日記の件の総括

2007-04-11 11:03:57 | 共依存
何日か前からすこし関わった、パコのパチンコ日記ですが、ようやくトモさんの私への返事として書かれたトラックバック元の記事を読みました。そこで感じたり考えたりしたことを書いて、出来れば今回の件の総括としてみたいと思います。トモさん向けというより、自分の気持ちの整理が主な目的で書くので、向こうにはコメントしておきませんが、記事としては公開してありますから縁があれば読まれるでしょう。円がなければ、これで終わりでしょう。

正直トモさんの私がどう考えたかという考察に関しては当たっている部分もあれば当たってない部分もあります。それほどまでに私の動機や行動原理を理解しようとして下さるのは嬉しいのですが、私の真意が何であるかというのは、言葉のキャッチボールを繰り返した上でお互いの言いたい事が40%位伝われば御の字、そんなもんではないでしょうか。ただこれは顔を付き合わせた人間同士の話で、ネットで伝わるものってもっと少ないでしょうし、人の自分に対する見方や評価をコントロールすることはできませんので、私はトモさんが思った通りの人間である考えて欲しいと思います。

共依存症云々の話ですが、「GA依存」という言葉にカチンと来なかったら、ああいう書き方はしないでもっと思いやりのある書き方をしていたでしょう。思いやりのある書き方をした場合どう書いたかというと..............実は何も書かなかったのではないかと思います。
トモさんのブログは、たぶん1年位前から月に数度程度見ていたわけで、早い段階から「トモ・パコの関係性はちょっと変じゃないか?」と思ってました。そしてこの関係性の問題を表現する言葉としては「共依存」あたりだろうなと考えていました。しかし、そう思っていても「真実だとしても指摘しても何の意味も無いし、むしろ余計なお世話でしかないし、大概相手の邪魔にしかならない」というのが冷静な時の自分の基本姿勢ですのできっと一生書くことはなかったかと思います。

トモさんが最初持っていたように思える「次郎は私を共依存と断じてニヤニヤ眺めている」というような見方は既に(あるいは最初から)されていないと思いますが、「共依存じゃないか」と書きながら私が感じていたのは実は無力感と虚無感です。きっといろいろと書き連ねた事の原動力は、この閉塞感を何とかしたいという気持ちから来ているのではないかと今は考えています。

従来の精神医療があまりはかばかしくないのはともかく、最も期待していた自助グループも、どうも実質的には全体の2割程度にしか効果がないようです。さらにグループで回復するメカニズムの理論的な説明(仮説ですけど)が出来るようになるにつれて、効果の限定性と不完全性を強く感じます。果たしてグループでの実質2割の回復と言うのは、さらなる長期(10-20年)で見た場合本当に継続可能なのかという強い疑念を拭い去れません(もちろんグループで長期にわたり止め続けている人はいますよ)。

現在私が勉強し実践している(実は実践は私の妻がやるんですけど)又吉先生の方法は極めて本質的で効果が高いと私は思っている(と同時に体感している)のですが、その方法にしてもやはり実践できる人と出来ない人がいます。

回復する人としない人の違い、それは回復する人が善良でまじめで頑張り屋さんで、回復しない人が悪人で不真面目で怠惰な人であるというのであれば何と世の中は単純でありましょう。しかし実際にはそんな事は無く、全員苦痛にあえいでいる弱い人の子です。最近はまるで運命予定説のように、最初から回復する人としない人が決まっていて、回復する人は最初からチャンスに恵まれそれを掴めるような心の成り立ちで、回復しない人は最初からチャンスも少なくその少ないチャンスすら拒絶するような心の成り立ちであるのかもしれない、つまり最初から回復するしないが決まっているのかもしれないと感じたりします。

それとこれはトモさんとコメントくれた方へのメッセージなんですが、自分の各種アディクション(共依存も含む)に関して「これは風邪やインフルエンザや水虫や胃潰瘍と全く同じ意味での病気である」と基本的に考えています。だれかが鼻水をすすっているのを見て、「あんた、風邪ひいているよ」と指摘しても、例えそれが見当違いの指摘でも誰も非難したり酷いと言ったりしないはずです。
「あなたはインフルエンザでしょう」
「あなたは共依存症でしょう」
「あなたは鬱病でしょう」
「あなたは胃潰瘍でしょう」
私の中では上記の四つは全く同じ価値判断で処理されます。第一心の病も体の病も医師免許を持つ人が診ますよね。外科と内科と精神科は科が違うだけでみんな全く同一の資格(医師免許)を持つ人が診断にあたりますから。
アディクションは病気なんであって、甘えてるわけでも本人の意思が弱いわけでも性格が捻じ曲がっているわけでもありません。自分の意思の力では本当にどうにもならないからこそ「治療が必要な病気」なのですから。
ただ、一般の人には心の病に対する誤解と偏見がありますから、それを考えて書き方を考慮する必要はあったと思います。

最後になりますが、トモさんが共依存であろうとなかろうとギャマノンへの出席はきっと実りのあるものになると思います。参加資格は「ギャンブル依存症者の家族・友人」ですから、トモさんには参加資格があるでしょう。何らかのチャンスがあったら出席してみることをお勧めします。

しかしギャマノンってすごい響きですね。初めて聞いたとき(確かギャマノンが開かれ始めた頃じゃないでしょうか)「怪獣かよ!」と感じたのを思い出しました(実は怪獣の名前ってガ行で始まってンで終わるのが多い)。その時隣に居たOAのメンバーが「存在してないけど理論的にはOAの家族グループはオアノンになる」と言ってましたっけ。その時そこにいた人のなかで、一体何人が生き残っているやら........


あー長い!その上散漫、もともと俺は散漫だからそれで良し、以上。

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