そんな僕が好き

アディクションとかその他日常の事

馬が水を飲むためには

2007-08-13 17:33:24 | 沖縄の祖先崇拝
ふみたまつづり」というブログの記事で、「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」という諺を読んで、ビビッと来たので、この記事を書いてみます。

これは英語の古い諺で
You may lead a horse to the water, but you cannot make him drink.
というのがもとになっているようです。

似たような台詞をアメリカのSF作家ハインラインの「宇宙の戦士」で読んだことがあります。それは「子供を知識に導くことは出来るが、考えさせることはできないのだ」というものです。

どちらも有体に言えば、「(傍から見ていて)やった方がいいと思えること(水を飲ませる・考えさせる)を他人にさせるのは不可能だ」という事になるでしょうか。「傍から見ていて」というのは見ている人の主観ですから、結局は自分の価値観を相手に押し付けているわけですので、"巨大なお世話だから止めとけ!"、で完了させるべきなのかもしれません。

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実はこの項目、↑まで書いたところで、草稿のままボツにしてました。
だって、これ以上どう書いていいかわからなかったから.....
でも今日、その回答みたいなものを見つけました。

「たった一つの冴えないやりかた」の2007年8月9日です。

-引用開始-
牛を水辺に連れて行くことはできますが、水を飲むかどうかは牛次第です。ただ、水がないと牛は水を飲めませんから、水を準備してあげることは必要でしょう。
-引用終了-

馬じゃなくて牛だけど(笑)。結局他人に出来るのは水の用意だけだって事で、飲まないからと言って水を用意するのを止めるのは早計って事でしょう。

悔しいからつけたし。他人には水を準備するだけしか出来ないけど、身内(夫婦・親子)の場合は相手と一体となる事で、水を飲ませる事が出来る場合があり、それこそがアル症の根治方法であり、その手法が祖先崇拝なわけです。


妻はまだ入院中

2007-06-21 13:47:05 | 沖縄の祖先崇拝
もー、と言っても牛じゃない、妻が入院して2週間が経過しました。
そろそろ忍耐受容期間の限界です(笑)

限界なのでどうして養子が判明し、それを正すと妊娠するのかについて考え始めました。まだ自分の中では結論というかよくわかってないのですが、とっかからないと結論も出ませんので、不十分なままとっかかりたいと思います。

肉体的に問題がないのに、子供が出来ない家庭の基本は、
夫が物分りが良く大人しい。
妻が自分が女であることに不満を持っている
という特徴があるようです。

我が家も見事にこのパターンになっていたのに気が付きました。

ではなぜこのパターンの夫婦に子供が出来ないのか?と言うところが考察の中心になります。

次回以降に続く

血筋正し(シジタダシ)と妊娠

2007-05-22 13:11:16 | 沖縄の祖先崇拝
前に沖縄に行ったときに見た事の話を書きました。
沖縄の祖先崇拝:御願(うがん)
沖縄の祖先崇拝:ユタ

実はそこでは触れてなかったのですが、もちろん私も沖縄でユタと呼ばれるある種のシャーマンに見てもらいました。私が勉強している又吉先生の理論は、このユタの研究から得られたものを多く取り入れています。

私を見てくれた人はかなりの高齢で、かつては実験的に米軍基地の米兵を見たことがあるそうで、その時の興味深いエピソードなども聞かせてもらいました(いずれ機会があったら書いて見たいと思います)。

ユタの先生ですが、ユタだから仮にU先生と呼びましょう。U先生に連絡をしてお宅に伺ったわけですが、見た目は普通の沖縄のおばあさんです。年齢はわからないのですが、戦時中の思い出話を聞く限りでは少なくとも70は超えているはずです。

私もユタの話はいろいろと聞いていたのですが、実際面と向かうと何を聞いていいのかわからなかったのですが、一緒に行っていた妻が「子供を授からないのですが、どうしてでしょう」という質問をしました。

質問を受けると、U先生は神様をお祭りする祭壇のようなところの前で線香を立てて拝む事数分、そこで出てきた判断が
「あなた(俺)の家には養子が入ってる。養子というのは接木だ。家系を調べて元の親木が誰であるかを知り、そこから種をもらってくる必要がある」との事でした。

具体的にやる事は家系を調べて誰が養子かを知り、養子元の家が判明したら、そこに感謝してお祈りのようなことをするという事です。

その他に「自分は自信がないのですが、どうしてですか?(俺)」という問いには「養子が入っているからで、親木がわかれば自然と自信も付く」との事。さらに妻の家系の問題も聞いてみた所妻の実家の困っている問題を尋ねた所、祖先の中に「泣いている女の人がいる」のが原因との事で、これも調べた所該当する人がいて、今その所在を探している最中だったりします(この件は複雑すぎてここでは書けません)。

話を元にもどします。養子がいるはずとの事なので、調べましたよ家系を。戸籍を取り寄せて曽祖父まで(曽祖父は幕末の生まれの人なので、戸籍ではここまでしかたどれません)。曽祖父が養子かどうかはわかりませんが、祖父は末っ子で4男ですから、よくある「跡継ぎのために養子に入った」という線はあり得ません(戸籍上も実子ですし)。だいたい祖父は分家で家を出てますので、ますます養子という線は低くなります。そして父が祖父の実子であるのは間違いありません。

まとめると、
曽祖父:養子かどうかは不明
祖父・父・私(笑):実子
という事になります。

そこで父と叔母に色々と話を聞く事にしました(主に叔母に聞いたんですけどね)。するとどうも二人が言う本家(祖父の実家)の跡継ぎの名前が戸籍と違うのです。

父よりも叔母のほうが年上で実家の事がわかっているようなので、根堀葉堀聞いたところ、祖父が生まれてすぐに祖父の母が亡くなり、祖父の姉が母代わりに育てたらしく、父と叔母が本家だと思っていたのは祖父の姉の家系の家だったのです(祖父の姉が同じ苗字の家に嫁にいったのが混乱の元だったよう)。
祖父も父も本家を間違って認識していた、つまり心理的には祖父は祖父の姉の家の養子だったわけです。

どうもユタの指摘した「養子が入っている」というのはこの事を指していたようです。

さて、これらの事が3月に判明したのですが、それ以後何ともいえないのですが私の内面に変化がありました。説明は出来ないのですが、変化があったのは間違いなく感じます。

まあ、いずれにせよ祖父のお墓・本家のお墓を参って、祖父の姉の血筋の家に行ってもう少し詳しい話を聞こうと思い、4月の冒頭に「5月に行こうかね」などと予定を組んでました。そして5月の中旬に行こうと決定した矢先に......

妻が妊娠しました


ええっと、正直驚いてます。タイミング的には「本家を間違えていた」事が判明してすぐの妊娠になります。似た様な事例の話を聞いてましたからもしかしたら起こるかもとは思ってましたが、妊娠が判明したときは唖然としてしまいました。

我が家ではこのような結果になったのですが、もしこの記事を読んでユタに見てもらおうとお考えの方は次のような注意が必要です。

1:ユタ半分、医者半分
昔から沖縄では「ユタ半分」と言われているそうです。これはユタの判断が万能ではないという戒めでしょう。特に医療関係(不妊も医療関係の問題です)は、必ずユタだけではなく、医者の診察も受けましょう。

2:ユタの選択
ユタにも能力差があるようです。沖縄の祖先崇拝:ユタでも書きましたが、ユタはもともと自他の境界が弱いという問題点を持っています(その問題点ゆえに他者の判断が出来るわけなのですが)。とくに未熟なユタの場合、ユタ自身の問題をクライアントに投影してしまう場合があります。その結果ユタの判断に従って拝みをやっていくと、ユタはどんどん元気になりクライアントはどんどんやつれていく、といった笑い話にもならない自体が生じる事があります。

3:判断の解釈
ユタの判断から導き出される解決策は、基本的には沖縄の祖先崇拝の儀礼に沿ったものになります。沖縄でその儀礼に自然と触れながら育った人ならまだしも、全くそういった事に無知である場合は、せっかくの判断が有効に活用できない可能性が大だと思われます。私も妻も又吉先生から祖先崇拝の方法論をある程度レクチャーされた上で、判断の意味を又吉先生と検討出来たという恵まれた環境にあったためユタの判断を活用できたわけです。特に今回私の家系の問題の方は比較的簡単であったのですが、妻の家系の問題は祖先崇拝の事を学んでいなかったら、おそらく何のことやらさっぱりわからないで終わった可能性が大です。

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先日メールで又吉先生と連絡を取る方法を聞かれたので、ここでも書いておきます。まぶい分析掲示板に書けばやり取り可能です。


沖縄の祖先崇拝:ユタ

2006-11-09 16:01:24 | 沖縄の祖先崇拝
沖縄に住んでいる人なら常識でしょうが、沖縄にはユタと呼ばれるシャーマンが存在しています。

ユタは判断(習い事とも言うらしい)や祭祀を行う人ですが、特に資格があるわけでもなく、世襲制であるわけでもありません。ユタは仕方がなくユタになるのです。

ユタになる人は普通は神倒れ(カミダーリ)を経験します。これは、分裂病(現在は総合失調症と呼ぶんでしたっけね)のような症状を呈します。その中で修行の結果何とか自己を律し得た人はユタになります(出来なかった人は病院行きです)。

カミダーリを起こす人は、自他の心理的障壁が非常に低い状態になります。それを修行により、何とか日常生活に支障がない所まで心理的障壁を作り出せた人がユタになることが出来ます。

そのためユタはその障壁を下げて依頼者と心理的に一体化する事ができるらしく、依頼者を見ることでその家系にある問題点を察知する能力があるようです。ちなみにユタも自分の事を判断することが出来ないので、判断が必要な場合は他のユタに見てもらうようです。

ユタが人を見てその人の家系にある問題を察知できると言う事は、逆に考えれば家系の問題がその人の行動に影響を与えていると言う事が出来るでしょう。 そしてその家系の問題をただす事で、その人に出ている問題が解決するようです。アルコール依存症の治療方法も基本的にはこの手法の一形態なのです。

しかしこの手法を、祖先崇拝の事を知らない人にどう説明したらいいのでしょうか(笑)。普通に説明したら「何か怪しい新興宗教?」と言われてオカルトの一種として判断されるでしょうに。

なお、聞いた話では有能なユタは2ヶ月先まで予定が埋まっていたり、当日受付の人は朝の数分でその日の予定が全部埋まってしまうとか、かなり見てもらいにくい状態にあるようです。


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沖縄の祖先崇拝:御願(うがん)

2006-10-27 13:19:39 | 沖縄の祖先崇拝
「アルコール依存症の話はどうなったんじゃ!」とお感じの方もいらっしゃると思いますが、書く気になれません。せっかく沖縄に行ったので沖縄の事を書きます(実はこれも大きい目で見るとアル症と繋がっているんですけどね)。

沖縄に住んでる人なら常識になっているのでしょうが、かの地では民間信仰が非常にさかんです。沖縄の民間信仰というのは「祖先崇拝」です。

その祖先崇拝の一つの形として「御願(うがん・うぐぁん)」というものがあります。御願というのは平たく言うとお願いのためにお参りするとというか祈る事と言えるでしょうか(沖縄では御願ハンドブックのような本がベストセラーになっているそうです)。

沖縄以外でもお願い事があるときには神社に行きますよね、あれももっと日常的にやっているような感じと考えれば近いでしょうか。

御願の内容やその人の祖先により、さまざまな場所で御願をする必要があります。一般的には、自宅で仏壇や火の神(「ひぬかん」と読む、台所の神様)にお祈りするのが基本なのですが、必要に応じて
神社
お寺
御嶽(うたき、と呼ばれる神聖な場所、湧き水の出る場所と関係がある場合が多い)
で御願を行う場合があります。

御嶽はさまざまな場所にあります。もともと御嶽があり、そこに後で施設等を建てるわけですから、その場所が神社になっているところもあれば、米軍キャンプ内にある物、国立施設内にある物もあります。

下の写真は勝連城跡です。ここはかなり大きな城跡で、もし全容が復元されれば首里城にさほどひけはとらないような立派な史跡です。



城壁は小高い丘の上にあり、そこまでは普通は徒歩で上るわけですが、城跡の休憩所(管理事務所)には次のような張り紙があります。


このように御願は沖縄では普通のことなのでありました。もともとお城があるところは小高い丘のような地形で、その途中から水が出ているような場所になります。実はこの条件は御嶽の条件と全く同じで、勝連城自体が御嶽なのであります。ここには先祖がこの城とかかわりのある家系の人が御願に来ます。

ちなみに米軍キャンプ内にある御願所に行く場合も、言えば通してくれるらしいです。

また首里城内部にも御願を行う場所があり、やはり日常的に御願に人が訪れるようです。

沖縄ではこのように祖先崇拝が深く根付いています。これがアディクションとどのように関わってくるか....それはおいおい解説していきたく思います。

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沖縄から帰ってきました

2006-10-21 18:40:15 | 沖縄の祖先崇拝
沖縄から帰ってきました。

で、収穫ですがおそらくACの問題(ひいては各種アディクション問題)の根源を見たような気がします。

これはおいおい書いていきますが、私自身が十数年悩んで捜し求めた問題の解がはっきり見えました。