新潟→いばらき経由→都民

新潟に住んで11年。
群馬県民のわたくしが茨城経由してなぜか東京に住んでます

お葬式やさんのサイトなんだけど、すごくいい。

2006-12-08 12:02:29 | 物語り
死に直面する機会が最近多くて、
記事を書いている仕事の依頼で、
たまたま葬儀屋さんのHPにいきついて、
読みふけってしまった。。


葬儀・葬式の佐藤葬祭
の「こころの修理工場」。

葬儀屋さんがお葬式のプランとか、
豆知識をかいてあるのはよくあることなんだけど、
もちろんこのサイトにもそういったことはたくさん書いてあるけれど、
「こころの修理工場」っていうコーナーがあって、
お葬式で大切な人をなくした人について書いてある。
葬儀屋の佐藤さんの目から見た、家族をなくした人の気持ち、できごと。
思わず全部読んでしまった。

ちょっと抜粋

「楽しい事、前向きな事が今の風潮ですが
ある意味辛く悲しいことに対して、
無視してやり過ごそうとしているようにも思います。
それはある意味、前向きという言葉が
悲しさを直視できないよわっちい言い訳にされているのかもしれません。」

悲しいことを悲しいと感じる気持ち、それもとっても大事なことだと思います。
こんな葬儀屋さんだったら相談してみたいな



今日のつれづれ

2006-12-08 10:16:12 | その他
昨日、私のおばあちゃんに電話してから、なんか調子が悪く、
’あと何回おめでとうっていえるのかなあ。。’なんて
考え込んでしまっていたら、
亡くなったおじいちゃんとかおばあちゃんとか思い出して、
またみんなどこに行ってしまったんだろうって考えてしまった。

最近ふっとそんなことを考えてしまう。
いつ死んでしまうんだろうって。


私が考えている、年を取るイメージが悪くて、
’年を取ったら、行きたいところも行けなくて、
体が不自由になって、
誰かが来てくれるのを待っている’イメージ。


なんかそんなイメージを変えたくて、本を読んでみた。

「機能は使わなくなったときから老いていく」
「年を取っていくことは
40代のステージ、50代のステージ、60代のステージ、
70代のステージ、。。。と単にステージが変わっていくだけだ。」
「思考は選択できる」

などなど。。
なんか読んでいたら、
私の考え方も
’いつ死んでしまうんだろう’
っていうのではなくて
’いまは生きている’
っていう考え方に変えてみようかな。とちょっと思った。

死んだらどうなってしまうのかは、
死んで見ないと分からないわけだし、
(ご先祖様誰か私に教えてくれ~)
とりあえず、自分も周りの人も今は生きているんだなあと、
その時間を大事にするしかないかなと。

そして、’使わなくなったときに、老いが始まる’ってことで、
衰えたくないところは使っていかないとね。。

ほんとに歩けなくなりそうなくらい運動不足が心配。。