雑歌上巻之十六
藤原有家朝臣
山かげやさらでは庭に跡もなし春ぞ來にける雪の村消
山家の残雪と云心をよみ侍りける也。詞書に有。山陰やとは雪
の深くつもれる所をいわん為に出せる初五文字也。かゝる所の庭
の雪のむら消は人のとひたる跡の如くなれどもさにあらず。一天
四海の内をとひ残す所も侍らぬ春の來りたる跡也けり。昔
の交りをば忘れ果て今さら誰かはか樣の山家をばとはむと
忘断にして風姿いたりたる哥也。さらでとはそうならでは
と云詞也。定家卿の哥に√いかにせんされでうき世はなくさます
頼めし月も涙落けりとよめる。さらでもそれならではと云心也。
※定家卿の哥に√いかにせんされでうき世は~
千載集 雑歌上
殷富門院にて人人百首歌よみ侍りけ
る時、月のうたとてよめる
藤原定家
いかにせんさらでうきよはなくさますたのみし月も涙おちけり