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相次ぐ「心神喪失」の無罪判決、ホントに「やられ損」で「野放し」になる? 法が罰しない理由を深掘り

2023年11月30日 18時03分53秒 | 社会のことなど

相次ぐ「心神喪失」の無罪判決、ホントに「やられ損」で「野放し」になる? 法が罰しない理由を深掘り

11/29(水) 9:58配信


弁護士ドットコムニュース
画像はイメージです(takeuchi masato / PIXTA)


2019年に東京家裁の玄関で離婚調停中の妻を切り付けて殺害したとして、殺人罪などに問われた米国籍の男性の裁判員裁判で、東京地裁が今年10月、無罪判決(求刑懲役22年)を言い渡した。その理由は「心神喪失」だった。


【画像】心身喪失の男に息子は殺された…


報道によると、東京地裁は、男性が事件以前から統合失調症を発症しており、妻や子が拷問されて殺されるという強固な妄想や幻聴の圧倒的な影響に基づいて殺害に至ったと認定。一方で殺すほどの強い怒りや恨みをうかがわせる事実は見当たらないことから、心神喪失状態だったと判断した。検察側は判決を不服として控訴している。


2017年に神戸市で祖父母や近隣住民ら5人を殺傷したとして、殺人罪などに問われた男性の裁判では、大阪高裁が今年9月、1審判決と同様に無罪判決を言い渡し、検察側の上告断念で確定しているが、その理由も「心神喪失」だった。


これら無罪判決に対して、ネットでは「被害者のやられ損」「殺人を犯したなら心神喪失だろうが罪を償うべき」「野放しになるわけ?」など批判的な声が多くあがった。「法律がそうなっているなら現状仕方ないけど、法改正すべき」という意見もあった。


刑法39条1項は「心神喪失者の行為は、罰しない」と定めているが、なぜ心神喪失だと無罪になるのだろうか。無罪となったらそのまま"自由の身"となるのだろうか。神尾尊礼弁護士に解説してもらった。


●刑法の中に「責任」の定義は見当たらない


なぜ、心神喪失者の行為は、罰しない、つまり「無罪」になるとされているかというと、講学上「責任能力」がないからと説明されます。


この「責任能力」という言葉ですが、よくニュースなどで「責任能力を争う」「責任能力が認められる」と聞くかもしれません。では、そもそも「責任」や「責任能力」というのは、何を指すのでしょうか。


実は、刑法を読んでも「責任」や「責任能力」の定義は見当たりません。その位置付けからして、定まってはいないのです。


●そもそも「責任」とは?


責任あるいは責任能力の意味や位置付けについては、古くから日本の刑法学会でも議論されてきました。


日本の刑法学は、ドイツ刑法学の影響を強く受けています。そのドイツ刑法学では、「構成要件」「違法性」「責任」という3つの要素がそろって、初めて犯罪とする理論があります。日本でもこの理論が基本となっています。


構成要件というのは、刑罰法規(ルール)に触れる行為をしたということです。殺人罪でいえば、「人を殺した」(刑法199条)に該当したかどうかを考えることになります。


違法性は、類型的に悪いといえるかどうか、ということです。たとえば、正当防衛に当たるのであれば、類型的に悪いとはいえず無罪になる、ということになります。


そして責任は、その本質からしてさまざまな説があります。自分の意思でやったのだから非難されるという理論(道義的責任論)、行為者に危険性が認められるなら責任があるとする理論(社会的責任論)などがあります。


おおむね「適法行為ができるはずなのに違法行為をした」という法秩序の期待を破ったことが責任である(規範的責任論)と考えるとよいでしょう。


●「責任能力」とは何か


前述のおさらいになりますが、構成要件を満たし、違法性があり、責任も認められると、犯罪をしたことになります。


では、責任が認められるための能力、責任能力とはいったい何なのでしょうか。


先ほどの「適法行為ができるはずなのに違法行為をした」ということを掘り下げていくと、責任能力の外縁がみえてきます。


人が人を非難するとき、どんなことを考えているでしょうか。悪いことだとわかっていたのにやった、というのが非難の源だと思います。逆にいえば、悪いことだとわかっていなかったから、「適法行為を期待できなかった」ということになりますから、非難することはできないはずです。


自分のやろうとしている行為が悪いことなのかどうかを判断する能力(事理弁識能力)が、1つ目の肝になります。


一方、悪いことだとわかってやった行為であれば、すべて非難できるでしょうか。たとえば脅されるなどして、自分ではどうしようもなかったとした場合、非難はしないはずです。


悪いことだとわかったらそれを思いとどまる能力(行動制御能力)が、2つ目の肝になります。


つまり、責任能力とは2つの能力を意味します。


「適法行為ができるのに違法行為をした」
=悪いことだとわかっていて、しかも思いとどまらなかった
=事理弁識能力+行動制御能力


そして、日本の刑事裁判で心神喪失(心神耗弱)か否かを判断する際、このうえにさらに「精神の障害」(精神疾患など)が条件として加わります。


精神障害があって、事理弁識能力か行動制御能力がまったくなければ、心神喪失(非難できないので無罪)、事理弁識能力か行動制御能力のどちらかが著しく減退していれば、心神耗弱(非難しにくいので減軽)に当たります。


心神喪失というのは、言い換えれば「精神疾患の影響で非難できない状態」ということになります。


●責任能力の判断は誰がする?


実際の裁判で責任能力を判断する際には、「7つの着眼点・8ステップ」と呼ばれるものなどが活用されています。


その内容はあまりに専門的なので割愛しますが、要は、精神科医(鑑定人)と法律家の協同で責任能力が判断されます。


特に、最高裁判決(平成20年4月25日)で「精神障害の有無・程度、影響の有無・程度は鑑定人の意見を十分に尊重して認定すべき」とされて以降、専門家の意見を前提にした判断がされるようになっています。


責任能力判断の中で、専門家が入る主な場面は以下のとおりです。


(1)起訴する前


検察庁が、鑑定を求めます。これを「起訴前鑑定」などと呼んでいます。


数カ月単位で延長されるなど、身柄拘束が長期化する一因となっています。感覚的には、(a)殺人事件のうち精神疾患の入通院歴があるか事件自体に異常性があるもの、(b)放火事件のほとんど――が起訴前鑑定に付されるイメージです。


弁護人が求めても認められないこと、鑑定資料は捜査機関側から提供されること、鑑定人も捜査機関側が推薦していることなど、公平とはいえない状態が続いています。


(2)起訴された後


起訴された後、裁判所が認めると鑑定がおこなわれます。「50条鑑定」などと呼んでいます。


起訴前鑑定がないものの責任能力が疑われる場合におこなわれそうですが、起訴前鑑定がないと50条鑑定も認められないことのほうが多いです。


起訴前鑑定があるものの、他の専門家から疑義を呈された場合や超重大事案の場合などに50条鑑定が認められる傾向があります。


50条鑑定が認められない場合などは、弁護人が独自に専門家の意見を聴取し証拠として出すこともあります。


(3)カンファレンス・プレゼン


裁判員裁判の場合は、鑑定書をそのまま読み上げるということはほとんどなく、鑑定人がプレゼンする(主にパワーポイント)ことになります。


プレゼンの準備のために、当事者が集まって打ち合わせをすることもあります。これを「カンファレンス」と呼んでいます。


責任能力を争う事件を多く扱っている弁護士は、懇意にしている精神科医がいることが多く、主張する前に意見を聞くことがほとんどです。したがって、ある程度当たりをつけて主張することが多く、むやみやたらに責任能力を争うことは少ないと思います。


「精神疾患により非難できない状態」というのは、必ずしも法律家が独善的に決めているわけではなく、精神科医との協同の中で、精神科医の意見を尊重しながら判断されています。


●無罪になっても、いきなり社会に出るわけではない?


データでいえば、1審判決で心神喪失を理由に無罪となった事件は、2020年中で5件、2021年中で4件でした。つまり、年に数件無罪になるだけで、ほとんど認められていません。


では、精神疾患は問題になっていないのではないかと思われるかもしれませんが、実は多くは刑事裁判に乗らない、つまり「不起訴」という処理をされています。


不起訴になる(まれに無罪になる)と、そのまま社会に出されてしまうかというと、そうでもありません。また、心神耗弱になると執行猶予がみえてきますが、この場合もいきなり社会に出されるわけではありません。


「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(医療観察法)というものがあり、検察官の申立てにより医療に繋げる手続きが用意されています。


2021年であれば、不起訴や執行猶予を含めた310件が医療観察法上の審判申立てがされ、237件に入院決定、24件に通院決定がされています。医療観察法上の入院期間には上限が定められているわけではなく、年単位の入院が多いです。


このほかにも、私の場合は、医療につなげる必要がある事案であれば、医療観察法上の入院だけではない入院(任意入院)を準備するなどしています。


●誰からみた「責任能力」なのか


以上のように、心神喪失がほとんど認められておらず、そのままでは社会に出せないケースでは、任意入院や医療観察法上の入院などの受け皿があり、時に非常に長期の入院も伴うことなども考えると、「基本的に非難できると考え、ときに医療につないでいる」という現在の体制は1つのありうる形だと思っています。


さらに、責任能力を議論するうえでは、誰からみた非難かという視点も重要でしょう。


被害者からみて非難できるかどうかであれば、責任能力が否定される場面は限定的になっていくでしょうし、社会防衛の観点から非難できるかどうかであれば、再犯防止のためには医療が必要となって責任能力が否定される場面は広がるでしょう。


責任能力の議論は、刑事裁判に何を求めるかということにもつながるので、制度や運用のあり方は社会全体で議論すべきであると考えています。


【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。一般民事事件、刑事事件から家事事件、企業法務まで幅広く担当。企業法務は特に医療分野と教育分野に力を入れている。
事務所名:東京スタートアップ法律事務所
事務所URL:https://tokyo-startup-law.or.jp/


https://news.yahoo.co.jp/articles/35ab8d04651a1a0d02fcef5fd65b5f1d140c8e2f
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東京を震えあがらせた<埼京線開通>…東京人が埼玉県民に抱いていた「ダサい」の真相

2023年11月30日 15時03分31秒 | 歴史的なできごと

東京を震えあがらせた<埼京線開通>…東京人が埼玉県民に抱いていた「ダサい」の真相(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース 




東京を震えあがらせた<埼京線開通>…東京人が埼玉県民に抱いていた「ダサい」の真相
11/30(木) 10:03配信


現代ビジネス
埼京線は「最強」線なのか
写真提供: 現代ビジネス


 東京と埼玉を繋ぐ鉄道路線にはJR、私鉄数多あるが、その中でも埼京線は東京の池袋、新宿、渋谷などの副都心とをダイレクトに結び、埼玉の発展に大きく貢献し、沿線に恩恵をもたらしたという点で非常に重要な路線なのだとか。埼玉の通勤路線の中で“最強”の存在と言ってもよいらしい。


【画像】埼玉の都「池袋」で見た「衝撃の光景」


 つまり、埼京線は最強線なのだ。


 埼京線は1985年に、埼玉県・大宮と東京・池袋の間に開通した。それまで埼玉から東京への国鉄の通勤電車である東北線(宇都宮線・高崎線)、京浜東北線の混雑は激烈なものだった。そこで埼京線という新たな東京への“バイパス”ができたことで、通勤地獄はいくらか緩和されたのだそうだ。


 埼京線はその後96年に新宿、渋谷、恵比寿にも直通。そして2002年には大崎まで延伸して東京港湾岸部の臨海副都心まで行くりんかい線にも直通するようになった。りんかい線の終点の新木場から京葉線に乗り換えれば2駅でディズニーランドまでも到達できるようにもなったのだ。


 埼京線開通により、今までまったく鉄道駅のなかった埼玉県戸田市には新たに3つも駅が誕生。また、JR武蔵野線への乗り換え駅ともなった武蔵浦和駅はタワーマンション街として発展している。そして、それまで京浜東北線の与野駅1つしかなかった与野市(現・さいたま市中央区)にも新たに3つの駅が開業した。


 しかし東京側の人間にとっては、埼京線開通は脅威だった。当時私は池袋駅まで徒歩圏の実家に住んでいて、新たな鉄道路線が埼玉県民の人たちを池袋に運んでくることをひたすら恐れていた。


 ただでさえ混み合っている駅構内や山手線がさらに混みあうことは確実。その頃の私は、通学のために山手線で朝もっとも混み合う池袋-新宿間の内回り電車に乗らなければならず、ラッシュや痴漢に辟易していた。


「ダ埼玉」が根付いた経緯
 そして埼京線を脅威と感じたのは、埼京線に乗ってやってくるのが“ダ埼玉”の県民の人たちだからでもあった。


 1980年代初頭、現在のように芸能界の大御所の地位にはまだ就いていなかった、深夜放送番組「オールナイトニッポン」の人気パーソナリティであったタモリが、全国各地の地域ネタで笑いを取るようになり、埼玉県をダサいと決めつける“ダ埼玉”という言葉が全国に広まった。


 そして、さいたまんぞうという歌手の歌う「なぜか埼玉」という曲がヒット。


 今や大ヒット映画となった「翔んで埼玉」の原作マンガが発表されたのが82年から83年。東京都民が今までなんとなく感じていた「埼玉はダサい」という思いが、タモリのギャグによって増幅され、絶対的なものとなって全国に広まり、まだ年若かった私はその埼玉観を素直に受け入れた。


 その後2000年代も半ばになると埼京線のほか、りんかい線、湘南新宿ラインという様々な路線の列車が、池袋駅より上り方向の同じ線路を走るようになり、新宿や渋谷、恵比寿あたりでは、今自分が埼京線に乗っているのか湘南新宿ラインに乗っているのかよくわからないという状況になる。


大宮―東京間、新幹線路開通に埼玉県民が猛反対
 その頃にたまたまJR関係者の方から聞いたのが、埼京線という路線が開通するまでの苦難の物語だった。JR東日本の幹部で当時はJRのグループ会社の社長だったその方は、国立の一流大学を卒業し、難関を突破して超エリートである国鉄社員となったが、その後の分割民営を経験。


 しかしそれ以前の国鉄時代にとにかく苦労したのは東北・上越新幹線の大宮-東京間の線路を通すことだったという。とにかく埼玉県内の反対運動が激しかったのだそうだ。


 埼玉県内の新幹線計画の反対運動は71年に大宮、上尾とその両市以北の住民により始まり、徐々に線路の建設が予定されている市に広まっていった。しかし大宮以北の市は「新幹線建設は国策なので反対してもいずれはねじ伏せられる」と、次第に条件闘争に変化。


 しかし国鉄が73年に、大宮以南の与野、浦和、戸田間をそれまでの地下方式から高架方式に変更したいと要望すると、その三市の反対運動は激烈化することになった。集会、署名運動、住民が国鉄の説明会を阻止、運輸大臣への陳情といった具合に様々に展開され、埼玉県議会でも高架化案に反対する決議が出され、反対運動収束の目処もまったくたたなくなった。


 しかしその後なぜ、大宮-東京間に高架線路が建設できることになったのか。


 【つづきを読む】『『翔んで埼玉』のヒットは「埼京線」がカギだった…「埼玉イジり」に隠された発展の歴史』で詳しく解説する。


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第一三共のコロナワクチン承認へ 国産初>「自己増殖型(レプリコン)」>さてね~

2023年11月30日 10時03分45秒 | 感染症のこと 新型コロナウイルス

第一三共のコロナワクチン承認へ 国産初、12月以降の接種で使用

神宮司実玲

2023年11月27日 20時45分



第一三共のコロナワクチン承認へ 国産初、12月以降の接種で使用
神宮司実玲2023年11月27日 20時45分

>このワクチンはmRNAワクチンに改良を加えた「次世代型」と言われる。投与後に体内で成分が増える「自己増殖型(レプリコン)」で、少ない接種量で、ワクチンの効果が持続することが期待されている。

これは、危険じゃないかな?


 第一三共が開発した新型コロナウイルスのオミクロン株XBB対応ワクチンについて、厚生労働省は27日、国内での製造販売を承認することを同省の専門部会に報告した。厚労相が近く承認する見込みで、国内企業が開発したコロナワクチンが、初めて使われることになる。


 米ファイザー、米モデルナの両社製と同じメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン。8月に承認されたが、従来株対応だったため、改めて9月にXBB対応で承認申請されていた。


 了承されたワクチンは12歳以上が対象。政府は、同社から計140万回分を購入することで合意しており、現在行われている全世代を対象にした秋接種で使われる。12月4日の週から自治体に配送、順次接種が始まる見込みだ。


 また専門家部会は「Meiji Seika ファルマ」のコロナワクチンの製造販売の承認についても了承した。従来株対応のため、現在の接種では使われない。同社は今後、変異株に対応したワクチンの早期実用化をめざす、としている。


 このワクチンはmRNAワクチンに改良を加えた「次世代型」と言われる。投与後に体内で成分が増える「自己増殖型(レプリコン)」で、少ない接種量で、ワクチンの効果が持続することが期待されている。


 ワクチンは、米バイオ企業「アークトゥルス・セラピューティクス」が開発した技術を使う。同社と日本国内での供給・販売提携の契約を結んだMeiji Seikaが、製薬会社「アルカリス」と連携して福島県南相馬市の工場で生産する予定。同社は4月に承認申請していた。(神宮司実玲)


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入居金に6000万も払ったが…77歳で高級老人ホームに入った私が、わずか2年で「退去」を決意したわけ

2023年11月30日 08時03分36秒 | 不動産と住環境のこと
入居金に6000万も払ったが…77歳で高級老人ホームに入った私が、わずか2年で「退去」を決意したわけ(文春オンライン) - Yahoo!ニュース

 


 ライブハウス「ロフト」創設者・平野悠さんは2021年、77歳にして千葉県鴨川市にある自立型高級老人ホームへの入居を決意した。入居資格は60歳以上、入居時には介護を必要としないこと。入居金は6000万円かかるというから驚きだ。


【画像】入居金は6000万円…高級老人ホームでの暮らしを見る(全12枚)


 太平洋を望む温泉大浴場で体をいたわり、館内レストランでは専属シェフが作る美食に舌鼓――高級ホテル並みの豪華な施設で悠々自適の老後ライフを謳歌していた平野さんだったが、このたびこの老人ホームからの退去を決意したという。一体どんな心境の変化があったのか? エッセイを寄稿していただいた。


◆◆◆


 結局、私は老人ホームを少々甘く見ていたようだ。死ぬまでに1億円以上かかると言われる豪華な自立型高級老人ホーム。パンフレットを見ると、健康そうな老人たちが明るくにこやかに生活している。私は2年前、倉本聰脚本のドラマ『やすらぎの郷』のようなめくるめく愛の宿での老後生活に憧れて、未来型(?)老人ホームに入居した。「孤立無縁の隠居生活」をテーマに暮らしてみたが、たった2年で頓挫してしまった。


高級老人ホームに入ったわけ
 老人ホームに入ろうと決めたのは、コロナ禍がきっかけだった。3年前、私が経営するライブハウスから早くもクラスターが発生してしまい、私はその責任をとって会長職から退いた。肉体的にも精神的にも消耗していた時期だった。


 私生活では、長年の妻(いい人なんですが)とは家庭内別居状態で、半年以上口もきかない日が続いていた。カミさんとの30年にもわたる生活のなかで、ろくなことをしてこなかった自分。きっと私を恨んでいるはずだ。来るべき老後にアルツハイマーになったり、歩けなくなったりした時、とてもシモの世話までカミさんに身を任せる気にはなれなかったのだ。


 もうすぐ80歳、いつ死んでもおかしくない歳になって、自分の死に様は医療や介護の専門家に委ねるのが一番だと思い、一人で老人ホームに入居しようと決意した。




全く不満のない生活をしていたはずだった
 当時の私の老後のテーマは「東京ではないどこか海の見える田舎で暮らす」ことだった。わが理想郷を求めて辿りついたのは、三井不動産が運営する高級老人ホーム「パークウェルステイト鴨川」。最終的な入居の決め手は、高層階にある自分の部屋からの眺望だった。実際入居後は、眼下に広がる鴨川湾、サーファーが群れる海、街の灯りや緑の山や潮風の中を銀河鉄道の如く走り抜ける外房線に毎日感動していた。


 一人きり(?)の孤独的な生活にも1年で十分慣れた。私の自室は65平米の広さで、キッチンもついている。一人で暮らすには十分な設備だ。広大な太平洋を眺めながらたくさん本を読み、音楽を爆音で聴き、楽しかった青春を追憶し、ひとりぽつんと酒を飲む。ベランダにやって来るトンビも手なずけたし(半年かかった)、孤独な老人を慰めてくれるだろうAI犬・アイボも買ったし、メダカも30匹ほど飼うことにした。


 ホームの館内は高級ホテル並みの豪華さで、食堂、図書館から露天風呂、各種会議室、ジム、カラオケ、ビリヤードなどの娯楽施設まである。スタッフも親切で、提携する亀田病院によるサポートも完璧、全く不満のない生活をしていたはずだった。


 にもかかわらず退去しようと決めた理由の一つに、私が所属していた地元のテニスサークルでの些細な口喧嘩がある。


退去を決意したきっかけは…
 ある日、仲間の一人がサングラスを買ったと自慢していたので、それを悪気なく茶化してしまった。すると激高した相手から「ちょっと金持っているからって、あんなところに住んで偉そうな顔をして……」と言われた。周りにいた人たちは無言。


「そうか、地元の人たちの目にはそういう風に見えていたのか」と私は愕然としてしまった。


 さらに後日、駅に向かう入居者専用のシャトルバスの中で、長老のO氏からこう切り出された。O氏は夫婦でこのホームに入居している。


「平野さん、俺はね、このホームを出てゆくことにした」


 夕暮れ時の鴨川の町には、侘しく秋の雨がふりそそいでいる。


「えっ、どうしてそんな決意をなされたのでしょうか。Oさんの場合、ご夫婦で1億円以上の入居金を払っているはずですが」



「お金の問題ではないんです。ここには映画館も劇場も美術館もスポーツクラブもスーパー銭湯も気軽に入れる飲食店や喫茶店もないでしょう」


「そういえば山頭火や一風堂のラーメン、CoCo壱のカレーが食べたいな」と私。


「外に出て街を散策しても商店街には人が全くいなくて、ホームから海岸まで20分以上かかるし、夜の海の散歩は危険だし。そうなると時折の買い物以外は外には一歩も出ず、閉じこもるしかない。毎日がこのホームの中で完結してしまう」


「だからといって朝から館内でカラオケや麻雀をやるのは味気ないですしね。私の老後のテーマは『孤独と海』なんです」


「平野さんは海の風景が好きだからここにいると言っているが、私はそうでもないですから。妻も都会が恋しいみたいで、友達や親類となかなか会えない、と愚痴をこぼしている。ここはね、足腰が立たなくなったり、重病にかかっている人たちにとっては素晴らしい場所です。自分もそうなったら、またこういう老人ホームに入ることになると思うが」とO氏。


新しい住処でやりたかったこと
 たしかに今の私はまだ元気がありすぎる。体の不調はない。このホームでも一番元気がいいと言われる。食事もほとんど自分で作る。


 一方、自立型老人ホームといえど、館内には車椅子の人や重病を患っている人が多く、まさに「ザッツ、老人ホーム」という雰囲気。『やすらぎの郷』のように、インテリジェンスある入居者たちとバーで一杯飲みながら余生を語ってみたいと夢見ていたが、そんな余裕はなさそうだった。


 私はこの新しい住処で、相変わらず一波乱を起こそうと考えていた。過疎化が進む鴨川の市長やこの老人ホームを運営する不動産会社の偉いさんを引っ張り出し、東京の著名人を呼んでYouTubeあたりで、トークセッションをしたかったのですがね。他にも、イベントを開催したり、ジャズやロックが流れる喫茶店を開いてみたいなどと考えていたが、いずれも何もしないうちに頓挫してしまった。


 ついには地元の人たちとは友情を育み、親しくなることもできなかったな。せめて漁師さんとは友達になりたかった。


東京に戻ろうと思った
 そうなると散歩か買い物に行く以外、広大な海の見える部屋から食堂と露天風呂、館内のジムに行く以外誰とも話すこともなく、一歩も外に出ないで部屋に引きこもっている日常が続くことになる。この地に私がいる必然性は全くなく、私はこの地では何もしないだろうし、何もできないだろうと思った。ただ死ぬのを待つだけか? と毎日痛飲する。このままいたずらに時間は過ぎてゆき、老いさらばえて死んでゆくのだろうか。そう思い、なんともやりきれないでいた。


 最終的に、私は何かしらの可能性がある「都会」に戻ることを決意した。歌舞伎町の雑踏を歩きたい、たくさんのライブや映画も演劇も見たい。色々な催事にも参加したい。会社での復権も果たしたい。若い連中と酒を飲み、親しい友と友情を交換し、私を含めて連中の最後をも見届けたいと思った。そうするには、ここは東京から離れすぎている。


 今更ながら、この老人ホームに入居するのはちょっと10年早かったのかもしれない。重い病気にかかったり、ヨロヨロになって歩けなくなった時こその老人ホームだと実感している。


退去の費用は…なんともよく散財したものだ
 最後に少しだけお金の話を。この老人ホームでは、共益費、基本サービス料として毎月20万円弱かかる。その他に生活費や交通費、電気水道料金とか酒代とかで10万以上はかかってしまう。入院することになったらさらに大変だ。


 私の場合、入居金は6000万円だった。90歳になるまでの13年間をこのホームで過ごせば、全額が償却される契約だ。もちろん部屋の売り買いはできない。退去するとなると2年分の居住費などに加えて、入居金の2割弱(1000万円ほど)が問答無用でさっ引かれる。あとは部屋の原状回復費用とかで、いくら請求されるのかわからない。


 ソクラテスは「ただ生きることではなく、よく生きること」「よく生きるためには何をすべきか」と説いた。今私はそれを肝に銘じている……。


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「もしもの時はクラクションだよ」 相次ぐバス閉じ込め受け園児訓練

2023年11月30日 06時03分27秒 | 教育のこと


9/12(月) 13:06配信
2022



送迎バスに取り残されたことを想定し、クラクションの鳴らし方を習う園児=2022年9月12日午前11時21分、埼玉県狭山市の武蔵野短期大学付属幼稚園、有元愛美子撮影

 静岡県牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」に通う河本千奈ちゃん(3)が通園バスの車内に取り残されて死亡した事件から12日で1週間がたった。保育施設の送迎バスに幼児が取り残される事件がなくならないことを受け、埼玉県狭山市の武蔵野短期大学付属幼稚園は12日、園児が車内から助けを求める訓練を行った。 

【写真】バスに取り残されたら、クラクションで助けを求めるように園児や保護者に教える警察官(奥)=2022年9月12日午前11時8分、埼玉県狭山市の武蔵野短期大学付属幼稚園、仁村秀一撮影 

 職員らから要望があり、近くの埼玉県警狭山署の協力で、訓練が実現。年少の園児や保護者、職員ら約100人が参加した。ほかの園児にも13日以降に教える。 

 警察官が園児に車内に取り残されたら運転席に移動してクラクションを鳴らすよう説明。その後、送迎バスを使って方法を教えた。警察官にアドバイスを受けた職員が「手で鳴らなければお尻や水筒を使って押さえつけるんだよ」などと声をかけた。


  
園は事故抑止のため、運転手と同乗職員による降車時の車内のダブルチェックのほか教室での再確認などに取り組んでいる。今後も徹底するという。(森下友貴、仁村秀一)

朝日新聞社


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