山頂直下の岩場を慎重にくだり、十二時丁度に岩清水まで下山。小休止を取っていると三人連れの外国人が登ってきた。
“This water is good for drink””Thank you”
などといい、続けて「どこから来ましたか」「昨日はどこにステイしていましたか」と尋ねると、スウェーデンから来て昨日は岩尾別のユースホステルに泊まっていたとのこと。一番最後から登ってきた青年と話すと、その青年は北海道大学に留学中とのことで、実は日本語堪能。お父さんと兄さんがスウェーデンからバカンスでやってきて北海道を楽しんでいるとのことであった。お父さんは若かりし頃のクリント・イーストウッドに少し似た雰囲気の人であった。
さて、いよいよ羅臼側に向けて下山の開始である。なるほど、たくさんのパーティや登山者がいるが、羅臼側に下山するのは、わが一行のみで、ほかには誰もいないではないか。それほど人が通らないのか。自然と静寂に対する期待とともに、Iさんがいるとはいえ少しの緊張を覚える。
いきなり急斜面のガレ場・ザレ場に緊張。遥かなる厳しい羅臼への道
十二時三十分、直進すれば羅臼平、右にルートを取れば羅臼町側の分岐を右に取り、しばらく行くとザレ場ともいえる細かいガレ場がルートとなる。このガレ場が難所で、下りの斜度は三十度近くはありそう。三十五度以上かもしれない。斜面の感覚で言うと「崖」である。石が小さいのだが、「ステップを切って」など優雅なことを言っておれない。とにかく滑落しないように、慎重に、慎重に下っていく。ルートのめどとしてロープが張ってあるが、バランス確保や滑落防止などには使えない。
(羅臼岳山頂) (羅臼平から三峰を望む)
(ガレ場を慎重に降りる) (ガレ場の下部にやっと到着)
やっと普通の地道となったところで振り返れば、やはりいつ崩落するかわからないような‘崖’であった。ガレ場の下部からは、地道ではあるが笹に覆われた道が続く。
十三時二十五分、左側は高さ三十メートル~五十メートルぐらいの岩壁が約五
百メートル続いている『屏風岩』の始点から、小さい沢を挟んだ迷い込みやすそうな道を進む、一三時四十五分『屏風岩』の終点に着いた。
ここから沢を渡渉し、笹に覆われたふみ跡程度の細い道を辿り、先が崩落している本来の道を離れ、急斜面に急遽付けた様な微妙なふみ跡を慎重にトラバースし、やがて十四時五分に『泊場(とまりば)』に到着。ここでのルートはガイドさんがいなければ、まず迷っていただろう。
『泊場』は二本の沢が合流するY字状の交点の小高い丘状の場所だ。合流してから下流のほうへの流れは、羅臼町へと流れていく。右の沢も左の沢も強烈に硫黄が沈殿しており、下流に向かって左の沢には飲用可能な湧水があるのだが、周りの硫黄臭が強く漂い、さすがにあまり飲みに行く気にはならなかった。『泊場』で十四時三十分まで大休止とし、わが一行は行動食のパン、チーズを賞味した。
十四時三十分、「泊場」発。「泊場」まではおおむね尾根筋の道をずっと辿ってきたが、ここから先は、谷筋に入っていく。谷筋といっても底部ではなく、急な斜面に取り付けられたトラバース道を辿っていく。樹木は茂ってはいるが、斜面が急なので結構緊張しながらトラバースを続けた。時々は視界が拡がり、周りの山を見渡すと、かなり標高も下がってきているようで、大体三百~四百メートルぐらいだろうかと思われる。
時々、熊除けのためにガイドのIさんが「ヒュー」という喉笛のような声を出し、手を
パンパンとたたいている。先に書いたようにこの夏羅臼町のキャンプ場に熊が出没し、女子中学生が寝ているテントを外から叩き、妹のいたずらと間違えた女子中学生が蹴り返しているうちに、熊が退散してしまった、という事件が起こっている。ここは、熊の生息地域なのだ。熊さんの領域なのだと再認識。
そのうち熊ではなく蝦夷鹿がトラバース道の少し上方に現れ、鹿のほうがびっくりして一瞬立ちすくんでしまうようなことにも遭遇した。Iさんの「ヒュー」もますます頻繁になってきた。
少し緊張したトラバース道も過ぎ、また尾根沿いの緩やかな道となり、這松帯を過ぎてしばらく行き、やがて十六時二十五分に休憩用の木製のベンチ・テーブルのある『里見台』に到着。ここで十分間の小休止とした。『里見台』からは羅臼町側の展望が開けている。標高は二百メートルはなさそう百五十メートル前後かと思う。「ビジターセンター」の建物が遠望できる。いよいよ羅臼岳山行も終わりに近づいた。ここでIさんも交えてしばし「ご苦労さま」の記念撮影。
『里見台』からは樹林帯の中を歩いていく。途中温泉の湧水地などを経て、そして熊出没のため現在は閉鎖している例のキャンプ場の横をとおり、十七時二十分にビジターセンターに到着した。十二時間にわたる登山はここで終了した。わが一行が到着すると同時に、センター横にある間欠泉からお湯が噴水のように吹き上がってき
た。
(間欠泉がWell Come噴射)
『羅臼岳登山ご苦労さんでした。そしてようこそ羅臼町へ。』
とでも言っているかのように。
センターでIさんと、
「また是非ともご一緒したいですね」
などと、別れを惜しんだ。今回の山行は、Iさんというすばらしいガイドさんについて貰って本当によかったと思う。はじめは「熊対策」などと思っている部分もあったが、結果、厳しい登山を十分サポートして頂いただけでなく、知床横断羅臼岳登山という懐の深い山行と、特に羅臼町に降りて行く道など、大自然を十分に堪能させていただいたし、本当に心に残る登山となった。
センターには本日別行動の三女も迎えに来ていたが、わが一行はIさんの車に乗せていただき、本日の宿泊地である、『民宿いしばし』へと向かった。
(終わり)
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