日本の生殖医療を世界レベルに!

男性不妊症専門医が学術活動ならびに雑感を徒然と綴ります。

今朝のグッとラック放映から

2020-09-14 16:17:46 | 日記
今朝TBS系列でのグッとラックに私の取材コメントが取り上げられました。
内容としては、私の不妊治療の保険適応に反対の立場でのコメントであり、医療レベルが低下するのが理由であるというものでした。あまりに私のコメントが切り取られていたので、曲解を招く番組内容になってしまっていたと思います。

何人かの患者さんから「せっかくの不妊治療を保険適応にするという機運を台無しにするのか。」「メイン司会者が言っていたように金のない人間は不妊治療するな、ということなのか」などなど批判を頂き、確かに残念ながら私が一般視聴者でもそのように捉えてしまうであろう内容でした。

実際に生殖医療に従事する、そして日本でも最大のクリニックのうちの一つ(二つ)を運営する立場としての意見は前回に述べました。今回取材に対しても時間をかけて丁寧に対応いたしましたし、取材後もフリップ作製など、様々な協力もしてまいりました。肝心の私の主張が全く取り上げていただけず、非常に残念に思っていますが、これも私の力不足のところもあるでしょうから、再度説明させていただきます。

以下は今回の取材でもすべてお話しした内容です。

まず菅新総裁が「不妊治療を保険適応に」と不妊治療に対する対応を政策の一つに取り上げて頂いたことはとても感謝しておりますし、実際生殖医療に携わる一人として、患者の経済的負担は具に見ており、また感じておりますので、公的資金(社会保障費、元は血税です)を、子供が欲しくても希望がかなわない方の治療へのハードルを下げることに、焦点を当てて頂いたことは本当にうれしく思っています。

私はこれまで、自分の専門である男性不妊手術である、「精巣精子採取術」に対する助成金認定や、「顕微鏡下精索静脈瘤手術」を保険適応にすることなど、行政とのコラボレーションをライフワークの一つとして、患者さんの経済的負担軽減に積極的に取り組んできました。その結果、ともに実現することができ、現在に至ります。

今回、不妊治療を保険適応にという案は唐突かのように思われますが、以前より、2004年から開始された高度生殖医療(体外受精、顕微授精)に対する助成金、そして右肩上がりに上昇する助成金交付額、妻の年齢制限の開始、など様々なポイントで内閣府の少子化危機突破タスクフォースでも検討されたと聞いております。
不妊は男女ともに原因があるのに、女性だけがストレスを受け、しんどい思いをしている、夫婦そろって治療に参画することが重要であることなど、私自身、内閣府でのプレゼンや講演も含めて、ずっと伝えてきています。またそれを具現化したのがリプロダクションクリニックです。患者さんの精神的負担軽減にも積極的に取り組んでまいりました。

現在の本邦の不妊治療の現況は前回お伝えした通りですが、日本産婦人科学会2016データブックより補足しておくと、全体の高度生殖医療治療周期の半分以上が1001周期以上の大規模クリニック(約2割、125/578施設中)で行われています。一般的に言うと、大規模クリニックでの治療費は高額です。なぜなら大規模で最先端の医療を行うには、最新医療機器、都市部にあるため賃料高、診察室・手術室・培養室などスペース、技術を持った専門職、これらは必須です。そのため、自由診療の結果として、患者さんの負担が大きくなることは否めない事実です。しかしながらこのような施設に患者が集中しているというのは、やはり妊娠、出産という目的をかなえたいからであり、少しでも妊娠率の高いところに、というのが患者さんの本音だと思います。この自由診療が長年続いたために、医療格差はとても大きくなり、妊娠率でもずいぶんと違ったものになっています。

ここにいきなり一律の診療報酬を設定するとどのようなことが起こるか、想像に過ぎませんが、以下のことを危惧しています。もちろん制度設計などこれから議論していかないものは多いですが、限られた社会保障費を使うのであれば、意味なく垂れ流すよりも、より狭く深いところに使った方が効率的だと考えています。

1. 大規模施設はほとんど診療報酬が下がることになる(診療報酬設定の基準をどこに設けるかによりますが)。
2. 診療報酬を高めに設定すると専門外の新規参入が増え、医療の質は下がることが懸念される。
3. 最新の医療機器の導入、高い技術力保持のための国際的なセミナーや学会参加ができにくくなり、また自由診療だからこそ出来ていた踏み込んだ検査、治療ができなくなる(混合診療を解禁にするなら話は別です)。
4. 価格が高くて足踏みしていた患者さんが大規模施設にさらに集まることになり、医療側が対応できなくなる。またさらにスペース、人件費などの固定費がさらに必要になり、経営を圧迫する(診療報酬が下がらなければ必要に応じて拡充はできますが)。

番組内での批判に対して、
メイン司会者が言われた、「金持ちしか治療できなくなる、金持ちだけ相手にしていていいのか」という指摘については、私の一番の主張は、同じ公的資金を使うのであれば、それは保険適応でなく、「助成金の拡充」です。これを全く伝えていただけず、「自分のクリニック運営がしんどくなるから反対している」かのような論点でとらえられたのは非常に残念でした。
コメンテーターからは、「レベルの高いクリニックは自由診療を続ければよい」と指摘を頂きましたが、それでは全く今回の政策の意味がないと思います。医療のレベルを下げない(むしろ上げたい)状況で、患者さんの負担を軽減することが目的でありますので、本邦の治療周期の半数を占める、全体の2割の大規模クリニックが自由診療を続けることは、決して政策として正しくないのではないかと思います。
社会保障に関しても、消費税は下げろ、保育園などの子供に関するところに手当てを、そして不妊治療も、すべてやらないといけないとのコメント、気持ちはよく理解できますが、重要な政策から順位をつけるべきなのは自明です。財源が限られた中でやるのであれば、そういった議論をスタジオでしないと残念なことになってしまいます。

以上、せっかくfocusを当てて頂けるのであれば、医療の質の低下が懸念される保険診療ではなく、実際に高度な治療を受ける患者さんが受給できる助成金の拡充を求める、というものです。
患者負担は下がりますし、またこの助成金のシステムを施設認定など厳格にすれば、よりつらい思いをされている患者さんに行き渡るのではないかと、主張しました。さらにこうすることにより、最先端の治療ができる施設は増え、妊娠の確率も上がっていくのではないかと感じています。フランスやイギリスでは不妊治療は公的資金で賄われていますが、患者満足度は決して高くなく、様々な問題点があり、どちらかというとアメリカやオーストラリアのように医療の集約化を行うほうが患者さんの受ける恩恵は大きいのではないかと個人的には考えています。

患者さんサイドからすれば「不妊治療を保険適応に」というのは自己負担が下がりますし、願ったりかなったりのことであることは百も承知しています。しかしながらそうすることにより、医療の質が下がり、ひいては限られた時間をいい結果が出せずに、結果としてのぞみが叶わない、という患者さんにとって、また国民にとって不利益な状況になる可能性について、火中の栗を拾うつもりで、指摘させていただきました。

もちろん様々なご意見があることは承知しており、このような番組内での私の発言が公的資金導入に水を差すようなことは決して本意ではありません。私自身の力不足で様々な誤解を生み、非常に残念に思っています。また今後このようなストーリーありきの切り取られ方がなされないよう、十分注意をしたいと思います。



2020年9月、「不妊治療を保険診療に」の問題点1

2020-09-09 06:33:05 | 日記
さて、「不妊治療を保険診療に」することに反対する意見の一つとして、施設間における治療レベルの非常に大きな格差があります。

例えば、最も施設のチーム力が問われることの一つと考えられる、「精巣精子使用ICSI」を例に挙げてみましょう。
2017年に発表された2016年の日本産婦人科学会のデータによると、本邦で高度生殖医療を行った施設は587施設。
そのうち、「精巣精子使用ICSI」が行われたのは228施設のみ。また、実施11例以上の施設が58施設しかないのです。51例以上となると4施設しかありません。全体で妊娠例が報告されたのは53施設、実際出産まで至ったのはたったの43施設(7.3%)。まさにこの治療の専門家として個人的に考えるに、高いレベルを保つためには、そして患者さんに提供できるレベルとすれば、最低年間51例程度は必要なのではと考えます。

もちろん施設の規模など、一概に施行していない施設のレベルが低いとはいえませんが、他、体外受精、射出精子使用顕微授精においても同様の傾向があります。大規模に行っているところに治療周期は集中している、患者が選択して集中していることが他の疾患に比し顕著です。quality controlの観点からも医療において、症例数というのは施設のレベルを量る要素の一つであることはいうまでもありません。

また世界的に考えても、生殖医療を大規模にやっているところはほぼすべて都市部に存在し(生殖年齢の人口は都市部に集中していることも大いに影響していますが)、その格差はますます開いていきます。
地方の患者も、レベルの高いクリニックを求めて、都市部への通院を選ばれている患者が多くなるのは欧米ではより顕著です。

都市部で大規模な施設を運営することは、賃料、人件費などの固定費が増大することになります。もちろん最先端の治療を行うためには、最新の医療機器が不可欠であり、その分自由診療というカテゴリーから、患者さんへの費用負担が大きくなる傾向は否めません。それでも成功率を求めて、患者さんは選択されるのです。その結果ますます診療内容の格差が開いていきます。この繰り返しが長い間ずっと行われてきたわけです。だから体外受精1周期当たりのコストが30万円から80万円と施設によって大きな差が生まれてきたのです。ここに公的負担として、助成金が(年齢制限や所得制限はあるものの)1周期当たり30万円というのが現状です。

ここに保険診療をいきなり導入すると何が起こるか?診療点数の決め方は様々な観点から、平均的な点数が設定されます。平均的な点数となると、大規模な先進施設はほぼコストダウンとなり、何かを削らなくては運営していけなくなります。お分かりのように、その結果として医療の質の低下が生じます。

豪州ビクトリア州などは公的負担の条件として、症例数(採卵数)の最低ラインがあります。年間に採卵2000件以上(前年度実績)の施設で治療を行う場合のみ、公的負担があるなど。これを2016年の本邦に当てはめると、587施設中48施設(8.3%)だけで治療を受ける際に公的助成を受けられることになります。
スウェーデンでは公立病院で治療を受ける、妻の年齢が40歳以下である場合にのみ、公的助成があります。にもかかわらず、大半の患者は助成のないプライベートクリニックで治療を受けています。

これらから鑑みても、本邦で「不妊治療を保険診療に」することには絶対に反対です。
保険診療にするのではなく、助成金制度の拡充を図れば、解決できることは多く、地方においても、たとえば中国地方に一つ、四国に一つ、九州に一つなど、大規模施設が生まれ、そこに選択的に集中し、高いレベルが保てるのではないかと考えます。データを分析しても、日本の生殖医療を行う施設は多すぎます。どこでも助成を受けられる体制(軽い審査はありますが)を厳格に変えれば、淘汰は進み、本気で生殖医療をやらないと廃れていくという構図を図るべきであり、「不妊治療を保険診療に」することは完全に逆行することにつながります。


2020年8月の男性不妊手術件数
micro TESE 22件
simple TESE 5件
精索静脈瘤手術 40件