日本の生殖医療を世界レベルに!

男性不妊症専門医が学術活動ならびに雑感を徒然と綴ります。

TESEの術後

2010-08-30 14:55:53 | 日記
最近この質問がよくあります。二度目のTESE、三度目のTESEはどうか?やめておいた方がいいといわれたなどなど、、。

私自身、今まで数多くの症例を扱ってきました。一回目のmicro-TESEの術後のホルモン値の変化に関しては論文化もしています(Serum hormones in patients with nonobstructive azoospermia after microdissection testicular sperm extraction. J Urol 182: 1495-9)。結果から申しますと、一番問題になるであろう男性ホルモンの値ですが、染色体46XYの患者においては術後ほぼ問題ないという結論です。この論文でも触れていますが、47XXYを示すクラインフェルター患者においては約80%のレベルにまで低下し、recoverがあまりみられません。

男性ホルモンが低下すると筋力低下、だるさ、勃起不全、射精障害などでてくることがあります。このような症状がひどい場合は男性ホルモン補充療法を行います。しかしながら一生涯行い続けなければいけないということはなく、離脱することも十分可能です。患者の希望が強ければ補充療法を続けることもあります。

世界で最も多くの症例を手掛けているコーネル大学のDr. Shlegelとの個人的なcommunicationにおいて、彼らのグループは、一人の患者に3回以上micro-TESEを行ってもまったく問題ない、との認識です(彼らはwife採卵の度にTESEするので、必然的に回数は増えます)。残念ながら日本人でのデータは私たちのものと大阪大学のものしかpublishされていませんが、結果としてはほぼ同様でした。

技術的なことを述べると、最初のmicro-TESEで精子回収できなかった際の、二度目、三度目のmicro-TESEにおいては精巣白膜と精細管との癒着がひどく、また組織のfibrotic changeがありますので、いい精細管ならびに精子を回収することは困難であることが多いです。一回目がsimple TESEで行われている場合は多いにチャンスありですが、、。とくに一回目のmicro-TESEがある程度習熟した医師が手掛けたが精子回収できなかった際の二回目はなかなか取れません。ただし取れなかったという事実は精巣内に精子が全くいないということとイコールではありません。見つけきれなかった、ということはあり得ます。

donor egg

2010-08-26 18:45:49 | 日記
野田聖子議員のdonor eggを用いての妊娠に関して記事がでています。アメリカで第三子から卵子提供を受けたとのことです。私がNew Yorkにいた際、よく日本人向けの卵子提供プログラムが宣伝されていました。卵子提供者には一回の採卵になんと$6000が対価として支払われる、といったものでした。日本人のeggは非常に高額で取引される現状があります。もちろん日本でのdonor eggのシステムがないことが一番の理由です。臓器売買のひとつではないかと、当時このプログラムにとても疑問に思っていました。直接かかわることはなかったですが、その後日本に帰国していた際に、今回のように女性の高齢が原因としてのdonor eggの希望に対してサンフランシスコへの紹介を目の当たりにしました。何ともいえない感覚があったのを覚えています。

野田議員は自身が不妊治療を行っていたことを公にし、現在も不妊治療の保険適応への足掛けとなるような運動をされています。アメリカ、オーストラリアではdonor eggを用いた体外受精へのハードルは比較的低く、自身の卵で妊娠できないなら、というカップルは多かったように思いますし、医療者側も比較的すぐにこの選択肢を提示しました。今回国会議員がこの選択をし、妊娠を継続され、無事出産することになれば、その後の政策の展開も違ってくるかもしれません。さまざまな苦しみそして原因を持つ不妊カップルが多くおられます。患者サイドにいろいろな選択肢が提示できるようなシステムになるよう願います。また私のできる範囲でその働きかけをしていきたいとも考えています。

自身のこのような事実を公にするには大変な葛藤があったと思います。不妊治療が隠されることでなく、一般の疾患と同様にオープンになり、さまざまな議論ができるようになれば、きっと将来の展開は違ってくるはずです。社会保障の担い手となる新たな命への挑戦についての臨床、研究には国家レベルで後押しされるべきです。

review

2010-08-23 16:58:24 | 日記
あるヨーロッパの雑誌からreviewの依頼が来ました。海外のきちんとしたjournalからのものは初めての機会です。今までの学術活動が評価されたということでしょう。臨床畑に入り、論文を書く機会はめっきり減っていくかなと思っていました。8割方書き上げましたが、一度プリントアウトして読み直してみると、やはりスペルミスや文法的におかしなところを連発していました。数か月論文を書かないというブランクは初めてのことでしたので、どうしても勘は鈍っているのかと、、。

欧米と日本の違いは所属している「施設」で判断するのではなく、「人」で判断していただけること。つまらない政治的な判断でreviewerやspeakerを選ばないところにあります(本当は多少ありますが)。かたや日本は学会員でなければ発表ができなかったり、などなど馬鹿げたシステムが非常に多いのが現状です。よそ者の意見は聞く耳を持たず、あえて井の中の蛙になろうとして意味はあるのでしょうか?

不妊症臨床は現在の医学の中で、民間施設が大学病院や官公立病院を色んな意味で圧倒している数少ない分野の一つといわれています。実地でやってはじめてわかることもたくさんあり、そこを大学で研究中心にやっていただく、こういったシステムができないものかと考えます。実際に海外の大学からのコラボレーションのお誘いはたくさん舞い込みます(いいものも、また胡散臭いものもありますが)。日本からはというと、、、ほぼ皆無です。

オーストラリアにいた時は、地元オーストラリアの他施設、アメリカ、スイス、イタリアの大学と頻繁にemailを駆使したやり取りや、サンプルの使用など行っていました。それぞれ得意分野がありますので、specialist集団として知識や情報、サンプルを共有できました。こういった理想の展開までは程遠いのですが、焦らずにすこしづつ前進していければと思います。

医療従事者の倫理

2010-08-20 20:36:33 | 日記
医療はどんどん発展していきます。挙児の可能性があるのに、誤った診断や情報で治療をあきらめる、という事態だけは避けなくてはいけません。医療者のミスリードというのはとても恐ろしいものです。また挙児は不可能と考えられるのに、無意味に侵襲のある検査や処置を施すことは絶対にあってはなりません。日本の全ての病院やクリニックに、世界の最先端の医療を求めることは難しいとは思いますが、現時点での医療では何ができ、また何ができないのかを時々刻々にアップデートする姿勢が医療従事者側に必須です。

もちろん患者側の勉強、すなわち情報収集も非常に大事です。気になることや質問があればどんどん医師にぶつけるべきだと考えます。医師の中にはこういった患者さまに対して、急に怒りだしたり、機嫌が悪くなる、また患者の意見に全く耳を貸さない医師もおられますが、それは明らかにおかしな態度であり、こういった姿勢を示されるのであれば、患者さま側は転院も考えていいのではないかと思います。

私たち医療従事者側においても、「このカップルを絶対に妊娠させる!」という強い気持ちがなければ、治療をする資格はないと考えています。

日本においては、一般的に外来診察が非常に混んでいることが多く、一人当たりの診療時間が非常に短いです。聞きたいことをメモしておくなどの対策を立て、とにかく納得した上で治療に進むことが大事です。治療内容を全く理解しないままに進んでいく患者がおられます。これは絶対に避けたいところです。何も言わないと納得しているんだと思われてしまい、治療がどんどん進んでしまうなんてことも大いにあり得ます。

休日の診療

2010-08-16 16:35:02 | 日記
お盆期間とは無関係にこの週末はフルに男性不妊外来、続いて月、火と外来、男性不妊手術と臨床漬けです。休日に外来をするのは本当にいいことのようで、多くの患者が来られます。自院でも臨床を開始して約一か月ですが、順調に滑り出せたように思います。これも周りのコメディカルの方々やご紹介いただいた先生方のご協力あってのことだと思っています。手術件数も日本の大学病院勤務時とほぼ変わらず、いい緊張感を持って臨床に当たっています。

イチローが「休んだりさぼったりするのは引退すればいくらでもできる。現役の間は休みなど全く必要ないと思っている」という趣旨の談話を残していましたが、これは私たちの世界においても然りです。出来る限り技術を磨いて、一人でも多くの患者の役に立てるように心がけていきたいと考えています。

禁欲期間

2010-08-11 22:02:34 | 日記
患者さまから精液検査において一番多く聞かれる質問は禁欲期間についてです。一般的に5日-7日といわれることが多いのですが、射精後3日も経てば、十分回復しますので、私の場合は2-3日でお願いしています。期間が短すぎると精液量が少なくなることがあり、また反対に長すぎると精子運動率の低下がみられます。

さらに禁欲期間が長すぎると、精子のDNA損傷率が高くなることが実証されており、原因不明の不妊に悩むカップルにはまず禁欲期間を短くするアドバイスをしています。

貯めて出せばいい結果が出ると思われる方も多いのですが、それは実際には誤りで、濃度にさほどの変化はなく、逆に精子運動率が低下してしまいます。精液量は確かに増えるのですが、精子の質から考えても、長い禁欲期間は妊娠させる力を低下させることになると考えられています。実際に自然妊娠を目指されている方に、排卵日の前に禁欲期間を長くしすぎないように指導しています。理想としては禁欲2-3日です。

閉塞性無精子症における精巣上体精子回収術

2010-08-06 23:25:30 | 日記
本来精巣で造られた精子の運動率は30%程度なのですが、精巣上体を経由することにより、運動率が一気に80%程度まで上昇します。簡単にいうと精巣上体は精子を元気にさせる臓器なのです。実際に顕微授精を施行する際は精子の動きを止めますので、動いているかどうかはほぼ関係ないと言えば関係ないのですが、元々非運動精子を用いた場合の顕微授精の成績はとても悪いですので、動いている精子を選びたいというのが本音です。

こういった理由から精巣上体から精子を採り出してくる手技が行われることもあります。これも経皮的に針でついて取り出してくるやり方(Percutaneous epididymal sperm extraction: PESA)と、切開(5cm程度)をおいて、手術用顕微鏡を使って精巣上体管をきちんと確認しながら精子を採取するやり方(Microsurgical epididymal sperm extraction: MESA)があります。

精巣上体を3つの部位に分け、精巣側から順に頭部、体部、尾部といいます。もちろん尾部が一番精子の運動能はよくなります。臓器はどこでもそうですが、切開すると炎症がおこり、自然治癒しようとします。たとえば精巣上体管から精子回収をしたとすれば、その結果精巣上体管の閉塞が起こりえます。また精巣上体に感染がおこると、発熱し、大変なことになりえます。もともと精管に閉塞があるためにこの術式にて精子回収ができたとしても、次の治療を考える際に、閉塞個所が2か所となってしまう可能性があり、また精巣上体精管吻合においては尾部、体部、頭部の順に再開通率の成績が悪くなりますので、十分に注意が必要です。

こういったことをあまり考えず、精巣上体精子採取を勧められる婦人科医もおられますが、絶対に精路再建術は受けないという確信がない限り、本術式は避けられるべきでしょう。閉塞性であれば、精巣精子であっても大量に採取できますので、その中で運動しているものを選んで顕微授精すればいいのですから。

ただし閉塞が起こってから長期間経過している場合で(たとえば30年とかの長期間)、造精機能が低下しており、精巣精子がほとんど不動精子の場合は精巣上体精子を採取しに行くことも考えられます。ただし一般的に、精巣精子を用いた顕微授精の成績と精巣上体精子を用いた成績において有意差はありませんので、精巣精子を採取するほうが、患者さまが後悔することはないと考えます。

第28回受精着床学会

2010-08-02 18:43:48 | 日記
7/28, 29と横浜で開かれた受精着床学会に参加してきました。久しぶりの日本の本格的な生殖医療の学会でした。非常に懐かしい面々と再会でき、また日本の現在のレベルを改めて知ることができました。色々なセッションで座長から特別発言の機会を頂き、ありがたいことでした。

非常に面白かったのが男性不妊のワークショップでの討論でした。染色体正常(46XY)日本人男性無精子症患者においては純粋な非閉塞性無精子症(cryptozoospermia, severe oligozoospermiaを除く)におけるMicro-TESEの精子回収率は25-30%であり(諸先生方は40%以上との報告)、欧米諸国とは明らかに差があると、私は事あるごとに主張しているのですが、今回思い切って参加しているフロアの先生方に投げかけてみました。セッション終了後、たくさんの医師、培養士が、こちらの考え、データとほぼ同じであることを言ってこられました。

術前の精液検査が厳しければ厳しいほど(回数、質ともに)、精子回収率は下がりますし、精子もどきを回収したとカウントすれば、回収率は上がります。もちろんcryptozoospermia(射出精液を遠心分離してようやく精子が認められたり、認められなかったりという状況)をmicro-TESEすれば9割以上の症例で精子回収できますので、精子回収率は上昇します。またKlinefelter syndromeの症例が多ければ、全体の精子回収率は上昇します(これまでの私のデータでは55%の回収率です)。

結局大事なのは精子回収率ではなく、妊娠率なのです。
患者サイドにそういった情報をきっちりと提供するべく、学会などには積極的に参加、発言していきたいと思います。