一歩先の経済展望

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内田副総裁発言、株高・円安促す 次の利上げ判断に影響及ぼす逆資産効果の規模

2024-08-07 16:37:31 | 経済

 日銀の内田眞一副総裁が7日に金融政策をめぐって「ハト派」的な発言を展開し、日経平均株価は3万5000円台を回復して取引を終了した。ドル/円も一時、147円台までドル高・円安方向に振れ、5日の株価大幅下落と急速な円高進行による市場の動揺はいったん沈静化に向かって動いている。

 市場の一部では、内田副総裁の発言を「内田プット」と呼ぶ声もあるが、7月高値から7000円強も下げた株価が個人や企業にどのようなマイナスの影響を与えるのか、いわゆる「逆資産効果」のインパクトを政府・日銀が点検していく期間がしばらく続きそうだ。

 

 <内田副総裁、市場の疑問に4つの項目で見解表明>

 この日の東京市場で、日経平均株価は朝方にいったん前日比900円を超えて下げる場面があった。個人投資家の先物取引をめぐる強制決済の動きが継続するとの見方などが市場心理を圧迫したという。

 ところが、内田副総裁が北海道函館市で行った午前の講演の中で「金融資本市場が不安定な状況で、利上げをすることはありません」との発言が市場に伝わると、一転して株価は急反発。一時は前日比1100円を超える上昇となり、ドル/円も147円台までドル高・円安が進んだ。

 筆者は5日の当欄で、1)今回の株価急落と円高の要因分析、2)市場変動による経済への影響と個人や企業への悪影響の可能性、3)米経済悪化の可能性と来年の賃上げへの影響、4)植田総裁が示した今後の利上げ継続の可能性を含めた利上げパスに関し、今回の株価下落によって何らかの影響を受けるのか──といった点について、内田副総裁が言及されることが望ましいと指摘した。

 内田副総裁は、1)について「米国の景気減速懸念を契機に、世界的に急速なドル安の動きと株価の下落が生じている」と指摘。また、ドル/円は「これまで円安方向で大きなポジションが積み上がっていたことの巻き戻しがあり、変動幅が大きくなっている」とし「わが国の株価は、円安の修正もあって、他国に比べても下落幅が大きくなっている」と分析した。

 2)については、わが国企業の収益が歴史的な高水準にあるとしつつ「株価の変動は、企業の投資行動や、資産効果などを通じた個人消費、ひいては経済・物価の見通しに影響する」との見解を提示。個人消費に関しては、資産効果のルートから「個人消費への影響はあり得る」と午後の会見で言及し、いわゆる逆資産効果による消費へのマイナスのインパクトについても注視していくスタンスを示した。

 3)については「米国経済はソフトランディングする可能性が高いと考えている」として、7月米雇用統計の発表を受けた米経済失速懸念による米株下落などの現象について「米国の単月の指標に対する反応としては、大きすぎる」と述べた。午後の会見で、来年の賃上げに関する質問は出なかったが、今のところ、来年の賃上げに関するマイナスインパクトの発生余地は小さい、と内田総裁がみているのではないか、と筆者は考える。

 4)については「円安が修正された結果、輸入物価を通じた物価上振れのリスクは、その分だけ小さくなり」「この点で円安の修正は、政策運営に影響する」と指摘。「市場の変動の結果として、見通しやその上下のリスク、見通しの確度が変われば、当然金利のパスは変わってくる」とし「したがって、金融資本市場が不安定な状況で、利上げをすることはありません」との見解を明確に打ち出した。

 

 <市場に「内田プット」の声>

 このように内田副総裁は、市場の懸念のもとになった部分について明確に見解を打ち出し、その方向性を見て市場が株高と円安で反応したとみることができる。

 市場の一部では、内田副総裁の発言を「内田プット」と表現しているようだが、これは「バーナンキプット」という先行事例を意識した言葉だ。

 米連邦準備理事会(FRB)の議長だったバーナンキ氏が打ち出した金融緩和政策が、株価の下落を止める効果を持つとの見方から、株価の損失を限定的にするためのプットオプション(売る権利)の行使にたとえられ、市場ではこの表現が頻繁に使用された経緯がある。

 内田副総裁は午前の講演で「最近の内外の金融資本市場の動きは極めて急激ですので、その動向や経済・物価に与える影響について、極めて高い緊張感をもって注視し、政策運営において適切に対応してまいります」と述べるとともに「当面、現在の水準で金融緩和をしっかりと続ける必要があると考えています」と表明した。

 

 <市場鎮静化に3カ月>

 この当面は、どれくらいの期間かとの質問には「わからない」と述べている。市場では、今回のような株価や為替での大変動後に、ボラティリティ(価格変動率)が「平時」に戻るまでに約3カ月間を要するだろうとの声が多い。

 3カ月後には米大統領選の結果が判明し、株価やドル/円、日米長期金利の居所も次第にはっきりしてくるだろう。その際に、日銀が展望リポートで示している経済・物価見通しに対し、結果として大きな誤差がなく推移していれば、利上げの再検討に入る可能性があると筆者は予想する。

 

 <大幅賃上げと逆資産効果、綱引きの結果が左右する利上げ判断>

 直近の6月毎月勤労統計(速報)では、実質賃金が前年比1.1%増と27カ月ぶりにプラス転換した。30年ぶりとなる春闘での大幅賃上げの効果が、ようやく統計上に示されつつある。

 他方、今回の株価大幅下落で個人投資家の多くは、売却損を出してしまったとされる。ここから生じる消費意欲の後退(逆資産効果)と賃上げのプラス効果のどちらが強くなるのか──。日銀はその点を見極めていくことになると思われる。

 いずれにしても、国内総生産(GDP)の5割強を占める個人消費の動向が、この先の日銀の利上げ判断に大きな影響を及ぼしそうだ。

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