耳を洗う

世俗の汚れたことを聞いた耳を洗い清める。~『史記索隠』

医学は“進歩”して病人は増えていく~【西洋医学】考

2007-09-06 11:18:10 | Weblog
 文明批評家イヴァン・イリイチ(1926~2002)の次の言葉は強烈である。

 <現代医学は健康改善に全く役立っていないばかりか、むしろ病人づくりに手を貸し、人びとをひたすら医療に依存させるだけである。これに直接責任をもつ医療従事者の免許制度は廃止すべきである。>(『医療のネメシス』/1976)
 (注)【ネメシス】ギリシャ神話で、人間に幸・不幸を配分する女神。度をこえた繁栄、高慢などに天罰を下したという。(『大辞泉』)

 イヴァン・イリイチ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%A4%E3%83%81
 
 また、バーミンガム大学のトマス・マックーン教授は著書『医療の役割』で次のように言っている。

 <近代的な医療は、これまで信じられてきたように、感染症を予防治療することで、平均寿命の延長に寄与したというのは根拠がなく、むしろ、環境や営養の改善のほうが大きな役割を果たした。>

 
 西洋医学の理念は「心身二元論」にあるとされてきた。つまり“病気とは、身体の組織を構成する器官あるいはその生理的な機能の異常状態である”とみて、心と身体は別物とみたわけだ。
 
 伝統的な西洋医学の「病気」の捉え方は、“病気をみよ、病人をみるな”(18世紀・パリ臨床学派)に象徴される。「病人」といった曖昧になりやすい概念で医療をするのではなく、だれがなっても同じ「病気」には同じ方法で治療すればよい、という考え方で、これこそが「病人」を「病気」から解放すると確信していた。

 近代医学は解剖学をベースに出発したといわれる。解剖から学ぶのは、それぞれの器官がそれぞれの機能を分担し、分業して身体を動かしている、ということで、悪くなった器官(部品)を修理したり取り除くことが治療と考えたのである。

 ・治療 → 細胞病理 → 外科手術  → 攻撃型の医療
       (細菌学) → (薬理学)

 このため西洋医学を「器官医学」あるいは「狩猟の医学」「分析医学」とも言った。

 しかし、従来の「器官医学」では心因性の疾患に対応できないことがわかってきた。そこで心理療法が生まれた。だが、心理学で心が人間の生理にどう結びつくかが説明できない。ここにストレス学説や条件反射理論が取り入れられ、、心身医学が生まれる。という具合に、西洋医学の心身二元論はさまざまな研究成果を積み重ね心身一元論へと変化していく。そして、東洋医学の概念に類似するホリスティック・メディスン(全体的医学)が登場する。

 参考「ホリスティック医学:http://www.holistic-medicine.or.jp/intro.htm


 ここで米国の生理学者キャノンが提唱した【ホメオスターシス(恒常性維持)】にふれておく。

 <ヒトのからだは、環境の変化やからだに加えられる種々の刺激に対応して、体内の諸臓器組織が互いに連絡し、調整し合い、常にからだ全体としての機能を最良の状態に保つような機構を備えている。
 このような機構を総称してco-ordination mechanism と呼んでいる。この調節機構は、自律神経系による神経性の調節(neural co-ordination 神経性協関)と、体液を介して主としてホルモンによって行なわれる調節(humoral co-ordination 液性協関)の二つに大きく分けることができる。
 前者は、心臓、血圧、呼吸、消化器系など、後者は、血液やリンパ液を介し、成長、発育、代謝などのホルモン。
 ヒトのからだは、このような機構によって体内の環境(内部環境)を外部環境の変動から守り、また、もし内部環境に変化を生じた場合でも、直ちにこれを正常な状態に引き戻そうとする作用を備えているわけである。
 その後キャノンは、この内部環境の維持が、絶えず体外から加えられる刺激によって常に動揺し、ある一定範囲内で恒常性(constancy)が維持されていることを強調し、いわゆる動的平衡(dynamic balance)を保っているという意味から、これらの機能を総称して「ホメオスターシス」と名付けた。>

 この「ヒトのからだ」の解釈は、中国古代思想の『易』から援用したのではないかと思えるぐらい、『易』の思想に類似している。(このことについては後で触れる)


 さて、冒頭にあげた“イヴァン・イリイチ”の「現代医療批判」は何を背景として言われたのだろう。当時、医療産業が巨大化し医療費の急上昇が顕在化していた。薬剤開発と薬害の多発、医療技術化の徹底と人体の細分化など、医療経済学→効率追求→患者の人権無視が社会問題化しつつあった。イリイチは1967年『脱病院化社会~医療の限界』を発表、「専門家だけに医療のコントロールをまかせておけば、“医原病”(医療が患者をつくる)という破壊的影響を人びとはこうむる」と書いた。「病気」を治すのが医療なのに、医療で「病気」になる。この逆説的な健康被害をイリイチは「文化的医原病」と名づけた。

 イリイチの告発から40年、事態はどう変わっただろうか。

 いま、映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』や『華氏911』、また『アホで マヌケなアメリカ白人』『おい、ブッシュ、世界を返せ』の著者として知られるマイケル・ムーアの新作映画『シッコ』が評判になっている。救急車に事前申請が必要なアメリカ、先進国で唯一健康保険制度のないアメリカ、6人に1人が無保険で毎年1.8万人が治療を受けられずに死んでいくアメリカ。そこでムーア監督は「アメリカの医療制度はビョーキ(Sicko)だ!」と叫ぶのだ。アメリカは「医原病」どころかより深刻な医療問題をかかえているらしい。

 
 「西洋医学」をざっと概観したが、ここから何が展望できるだろうか。次回は「東洋医学(伝統医学)」を概観することにする。(なお、過去のメモ帳から記事を拾ったため出所不明の部分があることをお断りしておく。)