耳を洗う

世俗の汚れたことを聞いた耳を洗い清める。~『史記索隠』

旧暦に学ぶ

2007-02-27 10:54:12 | Weblog
 なんで読んだか忘れたが、ヨーロッパ三大北壁完全登頂をはじめチョモランマ、キリマンジャロなどへの登山歴がある医者で登山家の今井通子さん(いま南極?)が、登山計画を立てる時は「旧暦」を参考にすると言っていた。気象の長期予測は、作付け・収穫に欠かせないことから「農歴」ともいう「旧暦」が季節との整合性があるのだろう。

 中国や朝鮮半島、東南アジアのいくつかの国は今も旧暦が生きていて、正月は旧暦で行われる。長崎の中華街では、本年旧正月(春節)2月18日から3月4日まで恒例の「長崎ランタンフェスティバル」が実施中である。(「長崎新聞・ながさき動画館]http://www.nagasaki-np.co.jp/kankou/douga/15/2007/index.htmlを参照)言うまでもないが大晦日は17日で、夜遅くまで爆竹を鳴らしたり、家族で食事に出かけたりして賑う。

 前にも述べたことがあるが、旧暦とは太陰太陽暦のことで、わが国では1872(明治5)年12月3日、太陽暦(グレゴリウス暦)に改暦されるまで千二百年以上もの間使われていた。だが旧暦は、千二百年の間同じものだったわけではない。天保暦(1872~1844)~寛政暦(1844~1798)~宝暦暦(1797~1755)~貞享暦(1755~1685)~宣明暦(1684~863)~大衍暦(862~762)~儀鳳暦(763~697)~元嘉暦(696~)と都合8回の改暦がなされている。なお宣明暦以前のものは中国の暦法を取り入れている。(ウィキペディア参照)

 改めて太陰太陽暦を概略説明しておくと、純粋な太陰暦では、12ヶ月を1年とした場合、1年が354日となり、太陽暦の1年より約11日短くなる。このずれが3年で約1ヶ月になるので、約3年に1回、正確には19年に7回の閏月を設け1年を13ヶ月として誤差をなくしたのが太陰太陽暦である。閏月の作り方には「平気法」という法則があるが、ここでは省略する。この閏月がその年の何月に入るかによって季候変動が予測できると言われている。

 『旧暦はくらしの羅針盤』(NHK生活人新書・2002年刊)の著者小林弦彦氏は、旧暦を「自然にやさしい暦」と言って、さまざまな具体的な事例をあげて旧暦の効用を説いている。これをみれば、今井通子さんが旧暦にこだわる理由も納得できる。

 繊維業界に勤めていた小林弦彦氏は、バンコク駐在時に華僑・華人相手の商売で「農暦」が彼らの日常生活に密着していることに着目、「農暦」つまりわが国の「旧暦」を研究しようと決心した。繊維業界では「景気3割・天気7割」という諺があって、企業は天候予測を重視している。「旧暦」を研究してみると、きわめて正確に長期予測が可能であることがわかった。製品の売り上げが天候に左右されるのは繊維業界に限らない。たとえば、冷夏でクーラーが売れなかったとか、暖冬で冬でもビールが売れたというように、あらゆる業種に「景気3割・天気7割」の諺が当てはまるのである。以下、同著から「目からウロコ」の話を紹介する。

 <旧暦の予言> 
「閏月配置表」を紀元1世紀から21世紀まで作って気づいたことは、20世紀、21世紀に大きな特徴が認められることだ。冬の閏月(10月~12月)がほとんど入っていない。17世紀に9回、18世紀に9回あった冬の閏月が、19世紀には3回、20世紀、21世紀にはそれぞれ1回だけとなっている。逆に夏の閏月が極端に多い。18世紀頃までは平均10回程度だったのが、19世紀が14回、20世紀が20回、21世紀が19回もある。旧暦が地球温暖化を予言していると解釈できる。
 ちなみに『気象の事典』(東京堂出版)の「地球温暖化」の項目には「西暦1000年以降の気候をこまかくみると、中世温暖期(1000~1300)のあと寒冷な小氷期(1550~1850)になり、1850年以降ふたたび現在の温暖期になった」とあり、これを裏付けているという。
 (本ブログ筆者は小林説を否定しないまでも、近・現代の環境破壊が温暖化をより一層深刻にしているとみている)

 <旧暦で作り、新暦で売れ>
 これが私(小林)のスローガンである。カレンダーは新暦でも、日本の気候は旧暦でみる。〔閏四月で収穫期が長い…早生種のワカメで三倍の高値に〕、〔前年の閏月が翌年の冬を長くした…春まで冬物が売れ続ける〕など経営に旧暦を取り入れ成功した事例をいくつも紹介している。

 <旧暦を知ると、古典がわかりやすい>
 『金色夜叉』で有名な「…1月17日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか!…」。この作品の発表時期を考証し、旧暦で調べると1897(明治30)年1月17日が十五夜満月、尾崎紅葉は旧暦時代の感覚で[熱海の海岸」を書いたことがわかる。
 『枕草子』第四十段「風の音聞きしりて、八月ばかりになれば、『ちゝよ、ちゝよ』とはかなげになく、いみじう…」。この秋八月も旧暦。
 『徒然草』第百六十一段「花のさかりは、冬至より百五十日とも、時正(じしょう)の後七日ともいへど、立春より七十五日、おほやうたがはず」。時正とは春分・秋分。兼好法師は桜の盛りは立春から七十五日が正しいと言っている。これも旧暦の話。このように古典は旧暦で読まないと季節を誤認する。

 <NHK・「今日は何の日」は正しいか>
 NHKラジオでは朝5~6時台に「今日は何の日」を放送しているが、過去の歴史的出来事を、旧暦時代の日付をそのまま新暦の日付として放送している。例えば、9月15日に「今日は関が原の戦いがあった日です」というが、実は戦いは旧暦9月の晩秋で、当日は寒い雨の日だった。新暦に直すと10月21日。歴史的に有名な人物の生年月日も、旧暦をそのまま新暦にしている。テレビの時代劇などで出てくる日付はすべて旧暦で、時代考証はされていても「こよみ考証」はめったにされていないと小林氏は嘆いている。

 

 新暦の正月を「新春」「迎春」などと言うのにいささか抵抗を感じる人は多いだろう。「新春」[迎春」はやはり旧暦で行うのが季節に合致している。長崎中華街の春節を祝う「ランタンフェスティバル」のニュースを見ながら、旧暦を再考した次第である。