白石勇一の囲碁日記

囲碁棋士白石勇一です。
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日本棋院の昇段制度

2017年01月27日 23時36分31秒 | 囲碁について(文章中心)
皆様こんばんは。
本日、2016年賞金ランキングによる昇段者が発表されました
昇段の具体的な条件については、リンク先をご覧ください。
本日は、棋士の段位とはどういうものなのか?という事についてお話ししたいと思います。

そもそも、プロアマに関わらず、段位は実力を数字化するために生まれました。
一段(級)差であればハンデはこれくらい、二段(級)差であればこれぐらい・・・という所謂手合い割りは、史上最強と名高い名人、本因坊道策によってシステム化されたと言われています。

タイトル戦など存在しない当時、段位の重みは大変なものでした。
名人という名称が出て来ましたが、当時の名人とは、段位で言えば九段に相当します。
当時の専門棋士達は、九段に昇るために鎬を削っていたのです。
ですから、それ以前の段位も非常に重要です。
ある棋士が昇段しようとすると、いや自分に勝ってからでないと認めない、と挑戦状を突き付けるような事もありました。

さて、私が所属する日本棋院という組織は、1924年に生まれました。
江戸幕府による庇護を失って久しく、囲碁界は大変困難な時代でした。
このままバラバラにやっていれは未来はないと、各団体が一手に集まる事になったのです。

ただし、この時代の囲碁界も今とは全く違います。
まず、江戸時代から続く名人制度が存続しています。
そして、大きなタイトル戦が存在しません。
となれば、個人の力量を示すものは、まず段位という事になります。
その段位を定めるために、大手合という公式戦が生まれました。
当時の日本棋院の存在意義は、大手合の開催にあったと言っても過言では無いでしょう。

江戸時代から続く地位としては最後の名人、本因坊秀哉の没後も、名人の権威というものは長く残りました。
名人と言う地位は無くなっても、九段になった棋士は名人格と見られたのです。
そして1949年、藤沢庫之助呉清源という、2人の九段が生まれました。
必然的に2人の対決が望まれ、その結果は呉清源九段の圧勝となりました。
藤沢九段は責任を取って日本棋院を一時脱退したり、朋斎と改名するなど、棋士人生を変えるほどのダメージを負う事になります。

しかし、大手合のシステムには欠陥がありました。
まず、九段になった棋士は昇段という目的が無くなるため、参加しなくなるという事です。
また、一度昇段した棋士は、どれだけ力が落ちても降段する事はありません。
必然的にインフレが進み、いつの間にか棋士の中で、九段が最も多いという異常事態を迎える事になりました。

このままでは、段位の権威が失われてしまいます。
そこで、加藤正夫名誉王座の理事長時代に、大改革が行われました。
大手合を廃止し、段位は棋戦の成績によって定める事になったのです。
これまでお話ししてきたように、段位は棋士にとって最も大切なものでした。
それを大きく変えるとなれば、必然的に大きな反発も起こります。
実現できたのは、加藤名誉王座の人望による所が大きいですね。
加藤名誉王座はタイトル数47の大棋士でありながら、人格者として尊敬されていました。
それ故、加藤先生の仰る事なら、という事で改革案は棋士達にも受け入れられたのです。

それが2003年、今から14年前の事です。
それ以降に入段した棋士は、私を含め、皆新しい制度の下で昇段しています。
本日発表された賞金ランキングによる昇段も、2003年に生まれた新しい制度です。

例えば、私は棋士11年目の2015年に六段になりましたが、この時点では通算約120勝でした。
勝星だけ考えると、初段から二段への30勝、二段から三段への40勝、三段から四段への50勝を足したものと同等です。
つまり、勝星だけなら、10年かけてようやく四段程度なのですね。
そこから五段になるには70勝必要ですし、六段になるにはさらに90勝必要です。
毎年平均12勝とすると、さらに13、4年ほどかかっている計算ですね。

ちなみに、六段から九段までは、470勝かかります。
言うまでもありませんが、私には絶対に不可能です。
並の棋士は、九段に到達する事はできなくなったと言って良いでしょう。
今はまだ九段が多いですが、段々減って行っています。
いずれ最も多い段位は、八段、七段へと変わって行くでしょう。

さて、最後になりましたが、棋士にとって段位とは何か?という点についてです。
現在は棋士公式戦において、ハンデ戦が行われる事はありません。
よって、手合い割りの基準としての価値は消滅しました。

では段位とは何かと言えば、キャリアと表現するのが適切ではないかと思います。
まず、大きな実績を上げた事の証明です。
タイトル獲得や挑戦、リーグ入り等がそれに該当します。
瞬間的な強さと言い換えても良いでしょう。

もう一つは、目立たぬまでも、勝負の経験を積み重ねて来た事の証明です。
入段数年では、タイトルに挑戦するなど、特殊な例を除いては絶対に高段者にはなれません。
長く棋士をやって、それなりに勝ち星を積み重ねて来た、という事は示しているでしょう。

入段数年の棋士でも、時にはタイトルホルダーを倒すなど、近年は段位と実力の乖離が進んでいます。
いずれ段位制にも、更なるテコ入れがあるかもしれません。
しかし、ひとまずは現在の段位制の仕組みについて、ご理解頂ければ幸いです。