年だからこそ鍛える!「フィットネスの勧め」

年だからこそ鍛えて、自分の健康はいくつになっても自分で努力して維持していきたいものです。

旅に出よう(国内・自転車旅行)「西表島(その4)」

2012-05-03 09:51:42 | 旅行
 旅に出よう(国内・自転車旅行)「西表島(その4)」

その他

■ 宴 ■

 さて、「ユースホステルでは飲酒は禁止」と書いたが、ここ、いるもて荘ではそれは食事中のことで、それ以外のところでは「もう高校生じゃないんだから、自己責任で…」と言う感じで黙認されていた。

 そうなれば、しばらく「天体ショー」を楽しんだ後は、宴が始まるのはごく自然な流れである。泡盛やおつまみを持ち寄って酒盛りが始まる。見慣れた顔もいれば、「今日、着いたばかりなんです」という新人も交じる。しかし、「あの泡盛はどこで手に入れたのだろう?」と考えたときに、記憶は非常に曖昧なのだが、恐らく昼間のうちに港にある商店などで手に入れているのだろうな…。

 

 

■ その他 ■

 どれくらい前のことだろうか?半年?1年?ちょっとその辺の記憶は曖昧なのだが、数年前ということはないと思う。恐らく「テレビ東京かな~」と思っているのだが(違っていたらゴメンナサイ!)、田舎暮らしをしている人を紹介する番組があって、リポーターが実際に訪れて、その生活ぶりをリポートするという企画であった。

 数人のリポーターが、日本の僻地?で田舎暮らしをしている人を訪ねるのだが、その一つに西表島に住んでいる男性を訪ねるものがあった。

 あまりはっきりとは覚えていないのだが、恐らく年齢的には65歳は超えているような男性で、西表島に移り住んでから10年近くになるような感じであった。それで、彼の住居だが、橋の下に作った掘立小屋なのである。失礼な言い方かもしれないが、東京あたりで言うならば、いわゆるホームレスが河川敷に廃材などで掘立小屋を作って暮らしているのとほぼ同じであるように私には思えた。

 もちろん、食事なども自給自足である。その辺に自生している食用になる草花を食べたり、浜辺に出て、波打ち際に打ち上げられた魚や海藻などを食しているような生活であった。もちろん、場合によっては傷んでいる可能性も非常に高いのだが、それらの拾得物を鍋に入れ、1日に2回ほど火を通して殺菌するのだという。冷蔵庫などはあるわけがない。

 それを食べては、また拾ったものを足していくと言うことを繰り返しているようで、半年以上は鍋は空になったことがないようなことを言っていた。もちろん一度も具合が悪くなったことはないとのことだ。

 一応、番組の設定では、レポーターが、その掘立小屋の横にテントを張って宿泊したことになっていた。そのレポーターが、朝、「おはようございます!」とテントから顔を出すと、少し離れたところに頭部を切り落とされたヘビが、その胴体をクネクネとさせている。それを見てレポーターは「えっ、これ何ですか?」と住人に聞くと、「あっ、これ?ハブ、ハブ。昨夜、用足しをしようと外に出てみると、いたので頭だけ切り落としたわけ」などと言っている。

 テレビ番組なので、どこまでが本当なのかは分からないが、でも、正直「逞しいな~」と思った。そんな彼がレポーターと一緒に近くの浜辺を歩いている場面があった。彼は、波打ち際に打ち上げられたものを拾うと、「何だ、まだ食べらるよ!」と言っている。それを聞いて、レポーターは「えっ、何ですか?」と、彼が拾ったものを見ると、恐らく台湾辺りから流れ着いた菓子パンで、一応、ビニール袋に包まれていて中には海水は入っていなかったのだが、賞味期限は数か月前に切れているものであった。

 レポーターは、「えっ、こんなもの食べても大丈夫なんですか?」と彼に聞くが、彼の方は「平気!平気!」と言って、その場でビニール袋から出してモグモグやって、「美味しい!」などと言っているわけだ。すると、テロップ「絶対マネをしないでください!」などという文字が流れてくる。

 そんな彼にも、家族から便りが届くことがあるようだ。この辺も非常に曖昧なのだが、離婚をしていて、娘さんからの手紙だったように記憶している。「お父さん、元気ですか?こちらはみんな元気にやっています。…」という内容だったり、時には宅配便で荷物も送られて来るようであった。ただ、それらのものが、直接、彼が建てた掘立小屋に届くのか、それとも彼が郵便局などに取りに行くのは定かではないが…。

 私はこの番組を見て、西表島にいるときのことを思いだした。まあ、彼ほどサバイバル的な生活はしていないが、西表島にあるキャンプ場には、数ヶ月、あるいは数年単位で暮らしている人がいると聞いていたので行ってみた。砂浜はとても白く美しいところであった。その砂浜に沿うようにして、高さ2~3mほどの樹木が生い茂っているのであるが、そのキャンプ場の長期居住者は、それらの樹木が影を作るところにテントを張っていた。もちろん、声を掛けるようなことなどはしなかったが…。

 そして、そのキャンプ所の住人に手紙などを配達する郵便局員さんがいるとのことであった。確か、キャンプ場に茂っている樹木の一つにには郵便受けがあったように記憶している。