4月末に書いたプロパテント裁判の話をもう少し続けたい。
カシオ計算機とソーテックのマルチウィンドウ訴訟が起きた直後、今度は松下電器産業がジャストシステムとソーテックを相手取って裁判を起こした。いわゆる「バルーンヘルプ裁判」である。この2月に出された一審判決を覚えている人も多いはずだ。驚くべきことに、ジャストシステムが敗訴してしまったからである。
裁判の経緯を簡単に振り返ってみると、次のようになる。
松下の持っていた特許は、同社グループの九州松下電器(現パナソニックコミュニケーションズ)が1989年に出願した「情報処理装置及び情報処理方法」というものだ。機能説明を行う「ヘルプ」アイコン(第1のアイコン)にマウスカーソルを移動させてクリックした後、機能を調べたい別のアイコン(第2のアイコン)にカーソルを移して再度クリックすると、その第2のアイコンの機能説明が画面上に表示される――という内容で、九州松下が80年代にDTPシステムを開発した際に発案したものだった。出願書類には「日本語DTPやワープロ等の機能説明を行う情報処理装置に関するものである」と書かれている。
「近年、より良いマンマシンインタフェイスを志向するために、マウス等のポインティング装置を備えた情報処理装置が開発され、その多くが、ウインドウシステムを採用している。しかし、機能説明に関しては、機能説明キーを設け、その機能説明キーの押下によってこの装置を有する機能全てを説明するか、機能説明のアプリケーションを起動した後で、キーワードの入力を行わせるものが多い。しかしこの方法では、キーワードを忘れてしまった時や、知らない時に機能説明サービスを受けることができない」(特許出願書類より)
2つのアイコンを連続してクリックし、視覚的にヘルプを取り出せるしくみが特許として認められたのである。一見、Macintoshにも備わっているバルーンヘルプなどのアイデアと同一のものにも見えるが、若干は異なる。1991年にリリースされたMacintosh System 7では、第1のアイコンをクリックする必要はなく、第2のアイコン(機能を調べたいアイコン)の上にマウスカーソルをフライバイさせるだけでヘルプが表示される。「2つのアイコンを使う」という松下の特許とは微妙に違う。
またMicrosoft Officeにも似たような機能があるが、MSの製品には「第1のアイコン」は用意されていない。メニューバーをプルダウンし、「ポップヒント」をクリックすると初めて、マウスカーソルがクエスチョンマークの形になる。この段階で第2のアイコンをクリックすれば、機能が表示される仕組みだ。つまり3ステップのアクションが必要で、やはりこの場合も松下特許には抵触していない。
だが松下の特許とまったく同じように2つのアイコンをクリックするかたちでヘルプの取り出しをおこなっていたのが、ジャストシステムの各種アプリケーションだった。松下は1998年にこの特許が登録された後、利用している他企業があればライセンスを得るのが妥当だと考えた。そしてジャストシステムの家庭用ソフト「ジャストホーム2」にこの機能があるのを見つけ、有償でのライセンスの供与を申し出たのである。
だがジャストシステムは、この申し出を敢然と拒否した。そこで松下は、ジャストホーム2をバンドルしたパソコンを販売していたソーテックに対しても、同様の交渉を働きかけ、そしてこちらも拒否されてしまう。そこで松下は、ソーテックと松下を相手取って、販売の差し止めを求める仮処分申請を裁判所に起こしたのである。
この当時、「ジャストホーム2」をバンドルして販売しているパソコンは日立製とソーテック製の二種類があった。だが松下は、日立に対しては交渉は行っていない。このことについて私が松下に取材した際、「相手が大手メーカーだから遠慮したのではないか」と問いただしたのに対し、同社幹部は「該当の日立製品は通販専用で、店頭では販売していなかった。われわれは製品を買って証拠資料をそろえてからライセンス供与を案内させていただくことを基本にしているので、店頭販売されているソーテックを優先した」と話した。
しかしこれでは納得のいく説明にはなっていない。私がさらに説明を求めると、幹部は「ひとつの特許権に対して同時にいくつもの訴訟を起こすということは、現実の手間を考えると難しい。その業界の中でいちばん手広くやっているところにお願いするのが、通常のやり方かと思う」とも言った。ソーテックがスケープゴートであったことを、事実上認めたのである。ソーテックを訴えることで、本丸であるジャストシステムに揺さぶりをかけようとしたのだろう。
これに対して、ジャストシステムは激怒した。そして2003年8月、「特許権侵害行為などない」と主張し、松下を相手取って請求権不存在訴訟を起こしたのである。そしてこれに応じるかたちで松下側も、特許権侵害行為差し止め訴訟を反訴として起こしたのである。舞台は司法の場に移り、裁判で争われることになった。
この話は、もう少し続く。
カシオ計算機とソーテックのマルチウィンドウ訴訟が起きた直後、今度は松下電器産業がジャストシステムとソーテックを相手取って裁判を起こした。いわゆる「バルーンヘルプ裁判」である。この2月に出された一審判決を覚えている人も多いはずだ。驚くべきことに、ジャストシステムが敗訴してしまったからである。
裁判の経緯を簡単に振り返ってみると、次のようになる。
松下の持っていた特許は、同社グループの九州松下電器(現パナソニックコミュニケーションズ)が1989年に出願した「情報処理装置及び情報処理方法」というものだ。機能説明を行う「ヘルプ」アイコン(第1のアイコン)にマウスカーソルを移動させてクリックした後、機能を調べたい別のアイコン(第2のアイコン)にカーソルを移して再度クリックすると、その第2のアイコンの機能説明が画面上に表示される――という内容で、九州松下が80年代にDTPシステムを開発した際に発案したものだった。出願書類には「日本語DTPやワープロ等の機能説明を行う情報処理装置に関するものである」と書かれている。
「近年、より良いマンマシンインタフェイスを志向するために、マウス等のポインティング装置を備えた情報処理装置が開発され、その多くが、ウインドウシステムを採用している。しかし、機能説明に関しては、機能説明キーを設け、その機能説明キーの押下によってこの装置を有する機能全てを説明するか、機能説明のアプリケーションを起動した後で、キーワードの入力を行わせるものが多い。しかしこの方法では、キーワードを忘れてしまった時や、知らない時に機能説明サービスを受けることができない」(特許出願書類より)
2つのアイコンを連続してクリックし、視覚的にヘルプを取り出せるしくみが特許として認められたのである。一見、Macintoshにも備わっているバルーンヘルプなどのアイデアと同一のものにも見えるが、若干は異なる。1991年にリリースされたMacintosh System 7では、第1のアイコンをクリックする必要はなく、第2のアイコン(機能を調べたいアイコン)の上にマウスカーソルをフライバイさせるだけでヘルプが表示される。「2つのアイコンを使う」という松下の特許とは微妙に違う。
またMicrosoft Officeにも似たような機能があるが、MSの製品には「第1のアイコン」は用意されていない。メニューバーをプルダウンし、「ポップヒント」をクリックすると初めて、マウスカーソルがクエスチョンマークの形になる。この段階で第2のアイコンをクリックすれば、機能が表示される仕組みだ。つまり3ステップのアクションが必要で、やはりこの場合も松下特許には抵触していない。
だが松下の特許とまったく同じように2つのアイコンをクリックするかたちでヘルプの取り出しをおこなっていたのが、ジャストシステムの各種アプリケーションだった。松下は1998年にこの特許が登録された後、利用している他企業があればライセンスを得るのが妥当だと考えた。そしてジャストシステムの家庭用ソフト「ジャストホーム2」にこの機能があるのを見つけ、有償でのライセンスの供与を申し出たのである。
だがジャストシステムは、この申し出を敢然と拒否した。そこで松下は、ジャストホーム2をバンドルしたパソコンを販売していたソーテックに対しても、同様の交渉を働きかけ、そしてこちらも拒否されてしまう。そこで松下は、ソーテックと松下を相手取って、販売の差し止めを求める仮処分申請を裁判所に起こしたのである。
この当時、「ジャストホーム2」をバンドルして販売しているパソコンは日立製とソーテック製の二種類があった。だが松下は、日立に対しては交渉は行っていない。このことについて私が松下に取材した際、「相手が大手メーカーだから遠慮したのではないか」と問いただしたのに対し、同社幹部は「該当の日立製品は通販専用で、店頭では販売していなかった。われわれは製品を買って証拠資料をそろえてからライセンス供与を案内させていただくことを基本にしているので、店頭販売されているソーテックを優先した」と話した。
しかしこれでは納得のいく説明にはなっていない。私がさらに説明を求めると、幹部は「ひとつの特許権に対して同時にいくつもの訴訟を起こすということは、現実の手間を考えると難しい。その業界の中でいちばん手広くやっているところにお願いするのが、通常のやり方かと思う」とも言った。ソーテックがスケープゴートであったことを、事実上認めたのである。ソーテックを訴えることで、本丸であるジャストシステムに揺さぶりをかけようとしたのだろう。
これに対して、ジャストシステムは激怒した。そして2003年8月、「特許権侵害行為などない」と主張し、松下を相手取って請求権不存在訴訟を起こしたのである。そしてこれに応じるかたちで松下側も、特許権侵害行為差し止め訴訟を反訴として起こしたのである。舞台は司法の場に移り、裁判で争われることになった。
この話は、もう少し続く。