佐々木俊尚の「ITジャーナル」

佐々木俊尚の「ITジャーナル」

情報システム部門のブラックホール

2004-10-14 | Weblog
 ある大手企業の役員会で、こんなことがあったという。IT担当役員が、新規IT投資について説明しようとした時の話である。役員が難しい技術用語を使い、その案件の素晴らしさについて力説していると、途中で役員会議長の会長がさえぎって、ぶっきらぼうにこう言った。

 「おまえの話し方はぜんぜんプロフェッショナルになっておらん。本当にITのプロだったら、わしらのような素人にもわかるように説明してくれ。おまえの話はテレビの中身を延々と説明してるようなものだが、わしらの知りたいのはテレビが何をできるかということだ」

 別の大手食品メーカーを取材に訪れると、情報システム部長がこんなことを言った。「ITは大切だけど、わが社みたいな食べ物の会社がわざわざITの発展に寄与する義務はないと思う。そんなのはIT企業に任せればいいんじゃない?」

 50代半ばに見える部長氏は、もともと技術者ではない。だがこの業界の中では、IT戦略立案のやり手として知られている。

 「コンピュータテクノロジがどんどん進化して、毎日ニュースを仕入れて勉強をして、ついていくだけでもたいへんだ。でも最近、別についていかなくてもいいんじゃないかと思うようになってきた。ソフトハウスとかハードベンダーとか、IT企業はもちろん別だよ。そういう企業だったら、自社のITをショーケースにして高度な技術を売り込んで行かなきゃいけないだろう。でも食品会社が率先してITをリードしていかなければならない理由は何もない」

 日本企業が本格的に社内ネットワークを構築し、IT化に邁進し始めたのは1990年代半ばになってからだ。そのころはまだ「IT」という言葉もなかったが、コンピュータを導入する、ネットワーク化を進めるというだけで会社の決裁はすぐに下りた。今ほど企業のコスト意識がきびしくなかったということもあるが、何より「ネットワークを導入すれば、経営は突然上向く」という根拠のない幻想が産業界に蔓延していたからだ。

 いま振り返れば、なぜそんなことを皆が信じ込んでいたのかはさっぱりわからないが、当時の経営者たちは本気でそう思いこんでいた。戦後最大の不況の中で、すがりつくものがほかに見つからなかったからかもしれない。ITは「藁」のようなものだったのだろう。ともかくもIT関連と名がつけば、簡単に予算がつけられてしまう時代だったのである。

 しかしここ数年、アメリカ型のリストラが徹底的に進められていく中で、その状況が急速に変わってきた。どんな高度な技術、素晴らしいテクノロジであっても、「それが本当にわが社の経営に役に立つのか? どのぐらいの利益をもたらすのか?」というコスト計算が厳しく求められるようになったのである。流行のTCO、ROIというヤツだ。そこで冒頭に紹介したようなやりとりが、IT部門と経営層の間でひんぱんに交わされることになったのである。

 先の食品会社部長は言う。

 「ITって知識を吸収してると、本当に楽しいんだよね。IT文化の中にどっぷりと浸っていると、勉強して知識をどんどん吸収しているだけで知識欲が満足してしまい、それ以上のことを求めなくなってしまう。モチベーションも労働時間もどんどん吸い込まれていってしまう。そして最後には、それをどう実際の仕事、実社会に役立てるかということはどうでもよくなっちゃうんだな。これはITのブラックホールだね」

2 コメント

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情報・データと技術は違う (島崎丈太)
2004-10-15 12:21:52
私は、企業の命脈である「データ・情報を集め、加工し、結果を出すこと」と、それを通すパイプの面倒を見る「水道屋さん」としてのIT部門を、きちんと分けて考えることが大切だと思います。 例えばセブンイレブンにとってPOSから集まるデータは非常に重要でしょうが、バーコード自体はかなり古いテクノロジです。 将来新しい技術に置き換わって行くのかも知れませんが、20年も前に開発された技術を有効に利用して今現在結果を出しています。 組織体の生命はそこで収集・蓄積・処理・表出される情報にこそあるので、一般的なIT部門は、それを支えるインフラ部分に注力するべきかと思います。 逆に、ユーザー部門は、もっと情報工学の基礎を学んで、自分のやっている仕事を情報の流れの観点から分析理解し、それを利用可能な社内の情報インフラの上に巧く乗せることを考えるべきかと思います。
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勉強のしすぎ (Tambourine)
2004-11-01 17:05:08
本題とは関係ないのですが、大学院生時代のボスに「勉強はあまりに面白くて仕事の邪魔になるから気をつけろ」と言われたことがあります。でも、大学院性が勉強するのは当然のことなのですね。それでもあえてこの発言をされた先生の意図は深いなあと、日々の雑多な仕事と要求されるスキルの高まりの狭間で悩むITエンジニアは思うのでした。
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