佐々木俊尚の「ITジャーナル」

佐々木俊尚の「ITジャーナル」

「日本テレコムの人となら仲良くできたんですけどね……」

2005-02-15 | Weblog
 「むかしから日本テレコムにいた仲のいい人たちは、もうみんな決定権がなくなっちゃったんです。ソフトバンクから来た人がすべて決めてしまって、テレコムで昔からやってきた人たちは、その指示に従うだけみたいですね」

 NTT幹部はそう言って、「ちょっと寂しいですね」と感想を述べた。日本テレコムの新サービス「おとくライン」について取材したときのことである。

 2月1日からKDDIの直収型電話サービス「メタルプラス」がサービスインし、日本テレコムの「おとくライン」と並び、NTTも巻き込んだ“固定電話戦争”がいよいよ始まった。

 ご存じのように日本テレコムは昨年、ソフトバンクに買収された。そしてソフトバンクは通信事業戦略の一環として、これまでNTT東西が独占していた固定電話事業に進出したのである。昨年8月30日に開いた記者会見で、孫正義会長はこう宣言した。

 「NTTが独占してきた基本料の市場に参入する。日本テレコムを買収した答がこういうことだ」

 この日本テレコムという会社は、旧国鉄を母体にして1984年に設立された。NTTの分割民営化と通信自由化に伴う新電電のひとつとして、DDIや日本高速通信などとともに設立された企業である。国鉄は鉄道の線路に沿うかたちで総延長12000キロメートルにも及ぶ自前の長距離中継回線を持っており、この回線をベースにして通信事業に打って出たのである。

 以来、日本テレコムはNTTやKDDIと仲良く通信市場を分け合い、共存共栄を続けてきた。そもそも個人宅から電話局までの「ラストワンマイル」と呼ばれる加入者線はNTTが握っており、本来の自由な競争などは鼻からあり得なかったのである。通信の自由化といっても、画に描いた餅でしかなかった。そんな状況の仲で通信市場は相変わらずのぬるま湯が続き、マイライン制度ができたときも、結局は大きな変動は起きなかったのである。だが日本の通信市場から一歩外を見れば、世界にはIP化の大きな流れがあり、アメリカでは巨大企業AT&Tが解体された挙げ句にどんどん悲惨な状況へと陥っていく。大激動は音もなく近づき、日本の通信業界も間もなくその激動の中へと放り込まれることになった。NTTは大規模なリストラを余儀なくされ、デジタル交換機網の更新を停止して、IP化へと大きく舵を取らざるを得なくなった。独占企業から、単なる通信市場の一プレーヤーへと転落したのである。

 日本テレコムも同様だった。同社は1990年代末には英BTや米AT&Tと資本提携し、対NTTの対抗馬として急浮上したが、インターネットの普及とともに電話会社の存在価値はどんどん下がり、BTやAT&Tの経営も急速に悪化。2000年にはイギリスの携帯電話会社ボーダフォンが両社の株を引き受け、さらに株主であるJR各社も同調してボーダフォンに持ち株を売却し、2001年秋には完全にボーダフォン傘下になってしまった。この時すでに日本テレコムの旧国鉄出身経営陣は、一連の交渉から完全に蚊帳の外に置かれていたという。そしてボーダフォンは携帯電話部門を分離したうえで日本テレコムをリップルウッド・ホールディングスに売り飛ばし、そしてリップルウッドはソフトバンクに売り渡したのである。ソフトバンクはこの日本テレコムという会社を、通信業界再編の切り札として生まれ変わらせようとしている。

 古い楽しい時代は終わりを告げて、荒々しい時代がやってくる。内向きの論理で仲良く遊んでいた仲間達は離散し、新たな厳しい競争に取って代わられる。そして通信業界のインナーサークルは崩壊し、ソフトバンクがやってきた。冒頭に紹介したNTT幹部が嘆き、昔を懐かしんでも、もうもとには戻らないのである。

 「昔の日本テレコムは国鉄の人が多かったから、きちんと詰めて事業を進めるという文化があったんですよ。でもソフトバンクはね……。昔のテレコムさんだったらもうちょっとちゃんと詰めてやられたと思うんだけど、いまは全部ソフトバンクのトップダウンですからね。いつまでに全部準備しろ、それも何十万単位でとこっちに詰め寄られても、そんな簡単に接続工事なんてできませんよ。でも向こうは、これだけの顧客があるのだから、とにかく間に合わせろと言ってくる。無茶ですよ」

 NTTの持っている物理的な加入者線は付加価値なしに、安価に他の通信会社に貸し出すことが義務づけられている。これをドライカッパーというが、日本テレコムが「おとくライン」を始めるためには、NTTのドライカッパーと日本テレコムの中継系回線を電話局で接続しなければならない。この工事をめぐって、昨年末からNTTと日本テレコムはずっともめ続けている。

 「いままではそうした工事は1日数千件規模しかなかったから、それにあわせてNTTは人員配置しているし、端末も調達してるんです。それを急に何万件にも増やせと言われても、『はあ?』という感じですよ。テレコムが全部やってくれるんだったらいいけど、最後になるとNTTに全部やってくれとか言ってくるんだから。NTTがからむと、顧客にクレームが出た場合には全部こっちに来ますしね」

 NTT幹部はそうこぼした。

 文化の違いとしか言いようがない。NTTは旧電電公社時代から、国策そしてユニバーサルサービスとして通信事業を展開し、計画に基づいて粛々とさまざまな計画を進めてきた。それに対してIT企業のDNAを持つソフトバンクは、圧倒的に顧客オリエンテッドである。顧客のニーズに合わせて人員や設備を動かし、戦略を立てていく。

 どちらが正義なのかどうかはともかくも、今や時代の趨勢がどちらの側にあるのかは明らかだ。NTT的な発想は、退場を迫られつつあるように見える。