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「千葉ロッテばんざい」

新しい「野球論」を、みんなでつくろう。

球界改革阻む二重構造③

2005-11-29 00:13:20 | 野球活性案
球界改革阻む二重構造③

11月10日、日本経済新聞   タイムアウト・・・「球界改革阻む二重構造」   (島田健)

プロとしては後発のJリーグでは、組織を作る上で野球を研究した末に、チェアマンの権限を強くし、オーナー会議は採用しないことにした。・・・・プロ野球を反面教師にしたと言う。

有識者会議の提言で「コミッショナーの権限強化」が第1に挙げられているが、「オーナー会議の廃止」こそがすべての改革の基になるのではないか。

<私見>
日本経済新聞・島田記者の意見に、反対ではないが・・・・。

有識者会議の提言で「コミッショナーの権限強化」「オーナー会議の廃止」が挙げられているが、残念ながら時間がかかることが予想される。

オーナー会議の廃止を、オーナー会議が決定することは、直ちにはないであろう。
その前にしなければならないことがあると考える。

球団の収入と支出の情報の公開だ。球団の赤字を親会社が補填している体制のままである限り、この二重構造は解消されないであろう。

球団の情報公開は、企業努力目標を提示したことになる。
そしてファンの協力を得るためにも、目標提示は必要であろう。

球界改革阻む二重構造②

2005-11-29 00:11:26 | 野球活性案
球界改革阻む二重構造②

昨シーズン、史上初のストライキで、プロ野球は経営者側も選手会側も強い危機感を持って、球界の構造改革に取り組む姿勢を見せた。交流戦もその中で決まった。

改革・・・①交流戦を決め、実行した。観客増員の効果が上がった・・・。

しかし、セリーグのオーナーの中には、巨人戦が減り観客数が減った。来年は検討しようと言う発言があった。

自球団の収入アップの工夫を考え実行することなく、長年続いてきた巨人依存体質をさらけ出した。

球界改革のためにオーナーは、どうしたらよいのか。真剣に考えて欲しい。
巨人戦以外で収入アップすることを考えて欲しい。


観客の多くは、交流戦でたくさんの感動を与えられ、楽しい企画であると思っている。

オーナーと観客の野球に対する温度差を感じる。

オーナーが、巨人戦減少が収入減であると語ったのは、中継放送料の問題を言っているのだと思うが・・・。

今季、シーズン全体でみていると、圧倒的に巨人戦が放送された。

今季は巨人が低迷したため、視聴率低下も問題にされたが、我々野球ファンとしては、いろいろな球団の戦い振りを放送して欲しいのだ。

今季に関して言えば、各リーグの首位攻防戦は、優先して放送して欲しかった。

このようにファンの考え方を反映させて欲しい。・・・このためには、実行委員会があるのではないのか。

視聴率向上のためにもプロ野球中継のルールを確立して欲しい。

<提案>

①チーム・選手紹介パンフレット作成・・・・・千葉ロッテは、レギュラーシーズンの対戦相手ごとに、MATCH CARD PROGRAMを作成して、100円で販売している。

交流戦でも作成・販売して欲しい。プロ野球に対する関心を喚起するであろう。

※コミッショナーの権限が強化されるなら、球界を盛り上げるため対戦ごとのパンフは、ここの仕事だ。
※ファンは、相手チームの情報も欲しいのである。

②ラッキーセブンには、両チームの応援歌を流して欲しい。盛り上がると思うよ。

球界改革阻む二重構造①

2005-11-28 00:10:10 | 野球活性案
球界改革阻む二重構造①

11月10日、日本経済新聞 タイムアウト・・・「球界改革阻む二重構造」   (島田健)

昨シーズン、史上初のストライキで、プロ野球は経営者側も選手会側も強い危機感を持って、球界の構造改革に取り組む姿勢を見せた。交流戦もその中で決まった。

今季は労使合同の「構造改革協議会」もできたし、コミッショナーの諮問機関である「有識者会議」も発足した。

しかし、ドラフト制度が中途半端な改革に終わったように、1年たっても抜本的な改革は何も進んでいない。

根来コミッショナーは、昨年2月の就任時から「野球協約には整合性のない部分もあるし、不備もある。」として改訂を訴えていたが、

「改訂委員会」の発足が正式に決まったのは、21ヶ月たった・今月4日のオーナー会議という遅さである。

改革が遅々として進まないのは、球界の決定機関が、各球団の代表者で構成される実行委員会と、オーナー会議の二重構造になっていることが大きい。

12球団の意見がまとまることさえ難しいのに、実行委員会で決まったことも、オーナー会議で承認されなければ無効になってしまうからだ。

<整理>

日本経済新聞・島田記者の球界現状報告という内容だ。

たくさんの重要な指摘があるので、整理して意見をまとめてみたい。

昨シーズン、プロ野球は経営者も選手会も強い危機感を持って、球界の構造改革に取り組む姿勢を見せた。

改革・・・①交流戦を決め、実行した。観客増員の効果が上がった・・・。

改革・・・②ドラフト会議を高校生ドラフトと大学・社会人ドラフトに分離。


改革・・・③労使合同の「構造改革協議会」の発足。11月4日のオーナー会議で決定。

改革・・・④コミッショナーの諮問機関である「有識者会議」の発足。

このような動きが見られるが、改革の実質内容は、遅々として進んでいない。

その原因は、球界の決定機関が、各球団の代表者で構成される実行委員会と、オーナー会議の二重構造になっていることが大きい。

12球団の意見がまとまることさえ難しいのに、実行委員会で決まったことも、オーナー会議で承認されなければ無効になってしまうからだ。

新聞報道を中心に球界の動きを見舞っておくことにしたい。

パ・リーグ連盟は、来季のプレーオフ制度の改革

①レギュラーシーズン1位チームに無条件で1勝のアドバンテージを与える。

②1位チームは、第2ステージの最初の2試合は、1位チームの本拠地で、第3・第4戦の試合は、第1ステージの勝者チームの本拠地で行う。

この改革は、オーナー会議や実行委員会で行ったのではなく、パリーグ連盟が行った。

また、来季のスケジュールは、セ・リーグ連盟とパ・リーグ連盟でそれぞれ発表した。
日本シリーズを、同じ条件で対戦できるようにと要望されていたにもかかわらず、なんの検討もなく(?)勝手に発表された。

改革のための組織が、機能していない。

こんな球界の動きとは別に、千葉ロッテは千葉市など地域社会との連携を深め、新体制を構築しつつある。

千葉ロッテの故郷球団を目指す活動は、球界全体で検討し、採用できるモノは全球団で取り組むべきと思う。

チーム対戦・世界一決定戦

2005-11-23 00:04:49 | 野球活性案
チーム対戦・世界一決定戦

11月15日、来季・楽天監督就任が決まっている野村克也氏は、バレンタイン監督が提唱する「世界一決定戦」構想に賛同を表明。

野球界発展のため、世界規模の大会が必要と主張。

松井とかイチローにようなずばぬけた選手は通用しているけど、チームとなるとどうかな?・・・現状では、歯が立たないと思う。

来年3月行われるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)との兼ね合いもあり、実現への課題は多い。

世界一決定戦構想で考える野球は、チームの戦いと言う考え方を基盤とする。

監督・コーチ・選手が作り上げるチームワークの力を大切に考えることだ。

今までの日本のスポーツジャーナリズムは、選手個人の成績・データを中心に「野球」を紹介している。

野球のスペシャリストで構成される選抜チームが、最強という神話が生まれている。
今季に関して言えば、チーム力で千葉ロッテが優勝した。来季も優勝すれば、野球の考え方が、変わっていくことになるだろう。


私たち千葉ロッテ・ファンは、どの選手が出場しても、応援力は変わらない。

超ビッグな実績を持ったスター選手の集合体である今季の巨人では、清原選手には、長渕剛の「トンボ」が合唱されるが、その他に選手の応援は、分からない。

応援するなら、チーム全員を応援しよう・・・。そんな気がする。

原監督の「巨人愛」は、監督・コーチ・選手に語っているだけで、球界のことは意識外のようだ。

「ゴールデン・スピリット賞」⑥

2005-11-23 00:01:56 | 野球活性案
「ゴールデン・スピリット賞」⑥

<バレンタイン・スピリット>

11月21日、第7回ゴールデンスプリット賞の表彰式が、東京・虎ノ門のホテルオークラで行われた。

数々の災害復興支援に尽力した千葉ロッテのボビー・バレンタイン監督が受賞した。


表彰式では、ソフトバンク・王貞治監督ら約400人の出席者が、祝福。

バレンタイン監督は、副賞の200万円と特別賞「阿部雄二賞」の100万円。さらに同夜行われたチャリティーイベントの売上など合わせて、約1300万円を千葉県内の養護施設に寄贈することを発表した。


バレンタイン監督のスピーチ・・・「人のために尽くすこと。僕が皆さんの手本となれれば、とてもうれしく思います。

明日を今日より良い日にしようと思い、今日という日が昨日よりいい日になるように努力する人がたくさんいる。

優勝して、パレードをすることだけが夢ではない。周囲の人を助けたいという慈善的な気持ちがあれば、成し遂げられることです。」

心優しき名将の言葉は、愛に満ちている。・・・そして、万雷の拍手が送られた。

球場外MVPに輝いたバレンタイン監督は、次なる目標・世界一決定戦の具体案を提唱した。

「アジア王者と北米王者が対戦する真のワールドシリーズが実現すれば、何億もの利益が生まれる。」

その利益は、世界で助けを求めている恵まれない子供たちに贈ること提唱。

日本シリーズ・ワールドシリーズを経験した世界唯一の人材は、「両国の架け橋になりたい。」と意気込んだ。

今後は、財界・野球界に掛け合いながら、チャリティーマッチ開催する構想を示した。

チャリティーマッチが実現すれば、子供たちの人生を創り、野球界に入る子供が出れば、それが利益だ。

バレンタイン監督の夢は、子供たちに夢にもなるであろう。

バレンタイン監督は、「クラブチーム」による世界一を提唱する。なぜなら、野球はチームで戦うことだからである。

私たち千葉ロッテファンは、バレンタイン野球を理解している。

監督の演出する「野球・愛」に、コーチ・選手・フロントそしてファン(マリサポ・マリーンズ野サポーター)が共感できたシーズンだった。

これから、契約更改が始まる。・・・・・コーチや選手たちの意見は、この時に主張される。・・・・・ちょっぴり心配。

・・・・・バレンタイン野球をどう考えるか、できるだけ多くのコーチ・選手が理解して欲しい。

「ゴールデン・スピリット賞」⑤

2005-11-21 07:43:12 | 野球活性案
「ゴールデン・スピリット賞」⑤

11月9日・・・スポーツ報知には、「ゴールデン・スピリット賞」の精神を物語るすてきな記事が掲載された。

「野球人生どう生きるか。」佐山和夫
この記事には、もう一つのエピソードが紹介されている。・・・ベーブルース

プエルトリコのロベルト・クレメンテの話と同じような感激を、私は、ボルティモアのベーブルースの母校を訪ねたときにも得た。

彼が7才から入れられた学校は、孤児や恵まれない子供たちのための施設として知られるところだった。

彼はここで12年過ごすが、その建物が今も、郊外の丘にある。

今では学校名もかわり進学校と変貌しているが、彼がプレーしていたグラウンドなどは、そのまま。

校長や事務長さんから驚くべき話を聞いた。
その学校は、火事によって全焼した。その再興の時が、ベーブルースがレッドソックスから、ヤンキースへ移籍した1920年。

彼は学校再建に金を出しただけではなかった。
夏休みの時期には、生徒たちの合唱団をヤンキースの遠征にも連れて行き、各地で寄付を集めた。

今ある学校の建物は、その時ベーブルースの尽力によって建てられた・・・。
私たちは、ヤンキースタジアムを「ベーブが建てた家」と呼ぶが、彼がたてたのはそれだけではなかった。

彼はこの時の合唱団の各メンバーに、1本ずつのホームランを約束したことが、結果として54本ホームランに結びついた。

私たちがこうしてヒーローに胸打たれるのは、彼らが単にいい選手だったからではない。

その生涯を通じて主張しているその生き方によってである。
「野球人生をどう生きるか」これだ。

ようやく日本でもそうした善意の野球人の森が茂ってきた。この森を全国に広げたい。


<私見>

日本のプロ野球で活躍する監督や選手の社会貢献活動は、佐山和夫氏が紹介するような形の報道が、ほとんど行われていないことが残念である。

毎年ノミネートされた監督や選手の活動には、それぞれのきっかけや動機があると思われる。

それらを紹介することによって、その監督や選手の野球についての考え方が紹介されることになる。

日本のスポーツジャーナリズムは、チームや選手の成績を紹介することが中心である。
私はそのすばらしい成績を残した選手たちだけでなく社会貢献した選手1人1人の心情を知りたいのだ。

「ゴールデン・スピリット賞」④

2005-11-20 00:44:50 | 野球活性案
「ゴールデン・スピリット賞」④

11月9日・・・スポーツ報知には、「ゴールデン・スピリット賞」の精神を物語るすてきな記事が掲載された。

「野球人生どう生きるか。」佐山和夫

佐山和夫氏は、大リーグの人間ドラマを紹介する作家で、日本語版「ロベルト・クレメンテ賞」の提唱者の1人。

<概略>
・・・・・・・・・
彼の生涯を書こうと、初めてプエルトリコを訪問したときのことを、私は今も思い出す。

サンファンの海に近いホテルで旅装を解いた私は、すぐにリオピエドラス丘にある彼の家へ向かった。

タクシーに飛び乗って「クレメンテ通りのクレメンテさんのお宅へ。」と言っただけなのに、ドライバーはとたんに声を上げた。

「オー・ロベルト。」

クレメンテ選手がどんなに優れたプレーヤーだったか。どんなに彼らの誇りだったか。そしてどんなに優しい男だったか・・・語り続けた。

オフシーズンには、島の子供たちに野球指導を買って出る。

母校を訪ね後輩たちを激励する。少年たちが安心してプレーできるスポーツ施設の建設に奔走する・・・。など。

「私はロベルトの人生から、人の生き方を学んだのですよ。」というタクシー運転手の言葉を聞いて、プエルトリコまで取材の旅に来た甲斐を、私は到着後数分にして、感得したものだった。


ロベルト・クレメンテの精神は、亡くなってから33年後今もなお、人々の心に伝えられている。・・・これが野球だ。

日本のプロ野球選手にも、このような球場外のファインプレーをした選手がいたかも知れない・・・。

日本のスポーツマスコミが、取材しきれていないのであろう・・・。

「千葉ロッテばんざい」では、このような選手の活動を、新聞の片隅から拾い上げて、紹介したいと思う。

「ゴールデン・スピリット賞」③

2005-11-20 00:39:34 | 野球活性案
「ゴールデン・スピリット賞」③

この「ゴールデン・スピリット賞」の原点となった、ロベルト・クレメンテ選手について・・・。

1934年、ロベルト・クレメンテは、プエルトリコのカロリーナで産まれた。

1947年、メジャーリーグ初の黒人選手・ジャッキー・ロビンソンがデビュー。

1955年、ロベルト・クレメンテは、ブルックリン・ドジャースに入団したが、活躍の場を与えられず、その年すぐにピッツバーグ・パイレーツに移籍された。

デビューして5年間は平凡な成績であった。

1960年、ロベルト・クレメンテは、打率.314・16本塁打・94打点で、パイレーツの35年ぶり、3度目のワールドチャンピオンに大きく貢献した。

1961年,1964,1965,1967年と4度の首位打者に輝いた。

1967年には、打率.317・29本塁打・119打点でMVPに輝いた。

1971年、 37歳になったロベルト・クレメンテは、2度目のワールドチャンピオンに輝き、ワールドシリーズMVPにも輝いた。

しかしなんと言ってもクレメンテと言えば、「ライフルアーム」と言われた強肩である。

1961年には“27補殺”を記録し、メジャー18年間で“269補殺”

1961年から1972年まで13年間、連続ゴールドグラブ賞を受賞。

「クレメンテのいるライトに打球が飛んだら、それが観客席以外なら走者は進塁をあきらめろ」とまで言われた。

1972年9月30日、そのシーズン最終戦で「3000本安打」を達成し、どこまで記録を延ばすのか注目された。


1972年12月23日、ニカラグアでマグニチュード6.2の大地震が発生。

常にボランティアを通じて社会に貢献してきた・ロベルト・クレメンテは、12月31日大晦日に救援物資を運ぶ輸送機と共にニカラグアに向かった。

しかし、離陸直後に輸送機と共にカリブ海に沈んでしまい、帰らぬ人となった。

一説には積み込んだ荷物が重すぎ、バランスを崩した事が原因だと言われている。


大リーグを引退した5年後と既定されている殿堂入りですが、クレメンテの偉業を称え、翌1973年に殿堂入りとなった。

現在も社会的に貢献した選手に「ロベルト・クレメンテ賞」が贈られ、この賞はMVP以上の価値だとされている。

そして 背番号「21」は、当然パイレーツの永久欠番で、プエルトリコ出身の英雄に憧れ、中南米出身の選手に背番号「21」を希望する選手は後を絶たない。

「ゴールデン・スピリット賞」②

2005-11-19 20:40:51 | 野球活性案
「ゴールデン・スピリット賞」②

こんなにすてきな賞があることは、知られていない。

もっと多くの人々に、この賞の意味や歴史について、知らせたいと思う。

ゴールデン・スピリット賞

主催・・・・報知新聞社
後援・・・・社団法人 日本野球機構・セントラル野球連盟・パシフィック野球連盟。
協賛・・・・東海旅客鉄道(株)・(株)日立モバイル・サアラ麻布・スズキ(株)

今季ノミネートされた監督・選手・・・13人。

巨人・・・桑田真澄・・・キャンプ中の養護施設慰問。(20年間)

阪神・・・桧山進次郎・・・「桧山シート」設置。

中日・・・井端弘和・・・児童養護施設訪問(4年目)児童の名古屋ドーム招待。(2年目)

中日・・・石川賢・・・「石川シート」設置。福祉施設訪問。(1年目)

横浜・・・三浦大輔・・・月に1~2回小学校訪問授業。(1年目)

ヤクルト・・・岩村明憲・・・成績に応じた金額を「岩村基金」として、故郷宇和島市に寄付。(4年目)

広島・・・佐々岡真司・・・母子家庭児童を広島球場招待(12年目)

ロッテ・・・バレンタイン監督・・・新潟中越地震・スマトラ沖地震復興支援の日本選抜VS外国人選抜のチャリティーマッチ。ハリケーン・カトリーナ復興支援も積極的に行った。

ソフトバンク・・・松中信彦・・・小児ガン患者のサポート団体へ1000万円、新潟県中越地震被災者へ100万円寄付。

ソフトバンク・・・和田毅・・・ワクチン受けられない世界の子供たちに、1球・10本。勝利投手では、1球20本計4万4990本寄贈。

西武・・・高木大成・・・潮崎と高木で西武ドームにシート購入。障害者少年少女と家族招待。(8年目)

オリックス・・・歌藤達夫・・・契約金で「歌藤シート」設置。(2年目)

日本ハム・・・小笠原道大・・・シート10席・福祉施設の子供招待。(5年目)

楽天・・・岩隈久志・・・年間シート「岩隈シート」10席を施設に贈る。

第7回「ゴールデンスピリッツ賞」は、ロッテ・バレンタイン監督が選出された。

授賞式は、11月21日に行われる。

ここにノミネートされない監督や選手の活動もたくさんあると思う。

ノミネート方法などについて広報されれば、たくさんの監督や選手の社会貢献活動が、広く知られれことであろう。

また、主催が報知新聞社と言うことで、他新聞社の取り上げも小さいように感じる。

<提案>

次代を担う選手たちの意識教育にもなるので、日本野球連盟の主催にして、協賛する組織・団体・企業の募集も行ったら、ゴールデンスピリット賞の意義も多くの人々に知られていくことであろう。

「ゴールデン・スピリット賞」①

2005-11-19 18:12:42 | 野球活性案
「ゴールデン・スピリット賞」

11月15日、社会貢献活動に熱心なプロ野球人に贈られる、今年の「ゴールデンスピリット賞」に、千葉ロッテ・ボビー・バレンタイン監督が選出された。

同監督は、今年3月に開催した新潟中越地震やスマトラ沖地震などの復興支援チャリティー試合を提案したほか、米国を襲ったハリケーン「カトリーナ」の被災地復興への支援が評価された。

「ゴールデンスピリット賞」・・・・?

1972年12月23日、ニカラグアでマグニチュード6.2の大地震が起こった。

地震被害に苦しむニカラグアの人々を見て、プエルトリコ出身で常にボランティアを通じて社会に貢献してきた・大リーガーのロベルト・クレメンテは、12月31日大晦日に救援物資を運ぶ輸送機と共にニカラグアに向かった。

その飛行機がエンジントラブルにより、カリブ海に墜落し、ロベルト・クレメンテは帰らぬ人となった。

大リーグは、それまでにあった「コミッショナー賞」を「ロベルト・クレメンテ賞」と改称し、彼の善意を長く大リーグの心として生かすことにした。

それの日本版が「ゴールデン・スピリット賞」で、今年で7回目。

第1回(1999) 松井秀喜(巨人)
第2回(2000) 片岡篤史(日本ハム)
第3回(2001) 中村紀洋(近鉄)
第4回(2002) 飯田哲也(ヤクルト)
第5回(2003) 井上一樹(中日)
第6回(2004) 赤星憲広(阪神)
そして、今年また1人のスーパーヒーローが誕生する。千葉ロッテのボビー・バレンタイン監督だ。

彼らの「ゴールデン・スピリット」の恩恵を受けた人たちの喜びは言うまでもないが、その行為に触発され、自分も社会貢献にさんかしようと決意した人たちのことを考えれば、この賞の意義は無限に拡大していくであろう。

プロ野球が、ファンに支えられて発展してきたが、その野球人が社会のために貢献しようとする精神はすばらしいものと思う。

バレンタイン監督は、今季・野球の勝敗に関するすべての賞を受賞したが、このゴールデン・スピリット賞が、最もふさわしい賞であると思う。

バレンタイン監督・・おめでとう。