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ゆったり、いそがず、あわてず、おだやかに…

毎日の生活の中で感じる森羅万象を、自分の想いとして文字・写真で表現する。

人の迷惑をかえりみず~~。「迷惑ブログ」急増中?

2008年07月22日 19時35分39秒 | 思うがままに
 (崩れた入道雲)

東の空を見ると、夕立が降っているのか、あるいは降る寸前なのか、異様に曇っていたが、南の風に乗ってかだんだんと晴れていった。そんな空の分水嶺にように左は曇り空、右は青空、間に崩れかかった入道雲が存在を示していた。

今日も猛暑であったが、気温を下げる夕立はどこかへ消えてしまったようだ。まあ、暑い中であるが、気分を変えてブログの話をしよう。

私のブログは、日記風などを中心に思いつくまま書いている。毎日というわけでもなく、なんとなく平日を中心に書いている。まあ、気まぐれなブログなのである。

そんなブログであるが、なるべく広告類は載せないようにしている。無料でブログを開設させてもらっているgooさんには申し訳なく思ってはいるが――。

新聞によると、ブログの中に「迷惑ブログ」が急増しているとか。総務省では、全ブログのうち12%が迷惑ブログとか。「え、そんなに多いの」と驚く。

「迷惑ブログ」とは広告収入を稼ぐのを目的で、ブログの内容は意味不明だったり、検索されやすい語句が並んでいるばかりで内容がないというもののようだ。要は、ブログ上の広告をクリックさえしてもらえれば、なにがしかのお金がもらえるので、そんなでたらめブログが増殖中だというのであろう。

こうしたシステム自身がおかしいことなのかもしれない。広告をクリックしたお客さんが品物を購入しないときには、広告を掲載したブログへは「収入なし」でなければおかしい。gooさんなど多くのネット接続業者は頭が痛い現象なのであろうが、こんな「迷惑ブログ」を締め出す方策を早急に講じてもらわなければならないと思っている。

何十万人、いや何百万人の善良なみなさんがブログを楽しんでいる。そうした人々に結果として迷惑を与える行為は断じて許されない。

世の中には、変に頭の良い人がいるものだ。自分の利益になるなら、人さまの迷惑をかえりみず――なのか。まあ、純然たる犯罪である振り込め詐欺よりはいささかましなのかもしれない。こちらも変なことで感心している。

楽しみであるブログ、コミュニケーション手段のブログ、意志発散の場であるブログ、そんなブログを汚してはならない。いつまでも庶民のささやかな井戸端団らんの場であって欲しいと願っている。

安心して暮らせる社会に!

2008年07月22日 11時09分48秒 | 思うがままに


梅雨らしい梅雨はいつ来るのかなと思っていたら、いつの間にか梅雨は明けていた。その前後から、暑い暑い毎日が続く。テレビや新聞では「猛暑」と表現するが、まさにそのとおり。地区のよっては38℃を超える猛暑もあるようだ。

昨日、わが書斎(と言うほど立派なものではない。パソコン部屋と言ったほうがぴったり)の温度計は、最高温度は37℃を指していた。もう汗は流れっぱなしで、「こりゃだめだ」とばかり初めてクーラーのスイッチを入れる始末。

「なんで、こんなに暑いのか」とぼやきながら夕飯は外食したのであった。とはいっても、豪華な食事をしたわけでもなく、普通の定食を食べただけ。ふっと思う。

店員さんが何人もいるけれど、アルバイトなのだろうか、嘱託なのだろうか、あるいは正社員なのだろうかといらぬお節介じみた妄想にかられた。というのも、今話題になっている派遣社員にことが頭にあったからだ。

総務省によると、パートやアルバイト、派遣社員などの就業者比率が36%近くに達しているとか。まったく同じ仕事をしていても、隣に座る正社員の収入と比べると半分近くになり人もいるとか。これほど不合理なことはない。正社員になろうとしても、その道はまことに狭き門のようだ。

私は、基本的に人材派遣業というもの自体に疑問を持っているのだ。職安のように仕事を斡旋して、その賃金をピンはねする――そんな悪代官みたいな仕事が正業だとは。もちろん、人材派遣業者全部が悪代官だとは断じることはできないし、仕事内容によっては人材派遣業者に依存しなければやっていけない企業だってあるだろう。

政府も賃金を含む待遇の格差是正のために検討しているようだ。若者たちに安心して働ける場を提供しなくては、企業も国も繁栄しないのではなかろうか。ただ、中には仕事に拘束されるは嫌いだとばかりに、あえて派遣社員を選ぶ人もいるから一概には言えないが、大多数を占める人たちの幸せを論ずる以外ないであろう。

安心して暮らせる社会であって欲しいものだ。

暑さにめげず、頭の体操にチャレンジ!

2008年07月17日 21時23分24秒 | 思うがままに


暑さで思考能力ゼロだ~! わが家では35℃を指していた。ほんとバカ暑い一日である。ただ、都会の暑さと違うところは、夕方には涼しい風が吹いてくるところかもしれない。じわっと汗をかいている身体に、窓から入ってくる風はまことにさわやかだ。今夜は、その風もあまり吹いてこないなあ。

こんな暑い中であるが、やらなければならない資料作成が完成した。久しぶりの資料作りである。以前、パソコン同好会を主宰していたときは、毎週の定例勉強会が終わると、翌週の勉強会用の資料(勉強のためのテキストを主体としての資料)づくりを始めた。内容を考え、参考資料をチェックし、テキストを作成していくのである。

テキスト作成が終わったら記述に間違いがないか、校正と共にパソコンで記述どおりに操作してみて正確さを検証していく。なかなか時間のかかる仕事だ。こんなことをかれこれ5年もやってきた。今は同好会を卒業(?)させてもらったので、勉強用のテキストや資料を作る機会はめっきりと少なくなった。

今回、久しぶりに作る機会を得たのだが、頭の体操になったことを喜んでいる。できばえには自信がないが、もともと不得意な部分にあえてチャレンジしたので、ずいぶんと勉強になった。ただ、困ることがひとつある。それは「忘れ去る」ということである。せっかく苦労して下調べをしたり検証をしたりしたのに、日時が経つとその記憶をどこかへ置き忘れてしまうのだ。

「忘却とは忘れ去ることなり」と言ったドラマが昔あったが、そんな呑気なことを言っていられない。「忘却とはボケの始まりかな?」などと言う心境だ。まあ、そうなったら「ボケてきたのかもしれない」と開きなおるより仕方があるまい。

どんな病気でも怖いけれど、ボケは人間喪失になってしまうので一番怖いなと思う。そんなことにならないように、パソコンに親しんでいるのだが、焼け石に水の類かもしれない。妻が言う。「お父さん、パソコンに関してはボケてはいないけれど、そのほかはまるでダメね」だと。どうも妻も、私がボケ老人になることを一番恐れているようだ。

まあ、暑さに負けず、食欲不振に負けず(今まで、いくら暑くても食欲不振になったことはないが)、せいぜい身体を動かしながら頭の体操にも精を出していくことだな――きっと。

暑くても、自分の足で、着実に歩こう!

2008年07月16日 21時28分03秒 | 思うがままに


いかんせん暑い。夜に入っても32℃から下がらない。熱帯夜のようだ。そういえば川の水量もごく少なく、流れも小川のようだった。雨はちょこちょこ降ってはいるのだが、量が少ないのであろう。川だってずいぶん暑そうだ。

デパートへ買い物に出かけた。平日の午前中であるのに結構混んでいた。といっても、こちらは地下売り場へ行っただけだから、全体のことはわからない。お客層を見ると、どうもシニアが多いようだ。しかも夫婦連れが目立つ。

買い物をしながら回ってきても、同じ休憩場所でくつろいで(?)座っているお客も居る。そうかもしれない、外はカンカン照りでむっとする暑さだもの、涼しいデパートのほうがずっと過ごしやすい。

妻は、「お父さん、同級生みたいな人が大勢いるよ」と言う。たしかに似たような年齢の老人たちが荷物を抱えて奥さんと歩いている。そうだ、そうだ、家にいても暑いし、やることがないのかもしれない。どうせゴロゴロしているなら、涼しいデパートへついて行くかとなったことであろう。

同級生みたいな同類の人々は、どんなことをやって一日を過ごしているのだろうか。近所のおじさんは、朝と夕方の涼しいうちに近くの家庭菜園へせっせと通っている。ときたま新鮮野菜をいただくこともあるが、趣味と実益を兼ねているから立派なものだ。おじさんの趣味はよく知らない。俳句をたしなんでいるようだが、私と同じで最近は詠んだ俳句にお目にかかったことがない。

妻の友達のひとりは多趣味の持ち主で、毎日あちこちの教室を巡り歩いているとか。詩吟に折り紙、絵手紙、ダンス、マージャン――、あまり多いのも如何なものかとは思うが、これは本人の趣味だから他人がとやかく言うものでもあるまい。

そんなことを思いめぐっていたら、自分はどうであろうかという思いに突き当たった。私は趣味が少ない。今は「パソコン」に「水彩画」しかない。「俳句」とか「詩」などもあるが、あまり趣味とはいえない。遠ざかっているので、こちらはもう少し年を重ねてからの楽しみなのかもしれない。

高齢者の域に到達した今、妻への「濡れ落ち葉」になっても困るし、やることがなく昼間から「酒を飲んで時間を過ごしている」ことであっても困る。やはりいくら年を重ねても「生きがい」ということを忘れては困るというもの。

私は、「やることがないのだ」と嘆く老齢者にはいつも言っている。「お世話になった社会にボランティアをやって、少しでもお返しをしたら――」と。でも、やる気があるのかないのか、無料奉仕のボランティアに耳を傾けてくれる人は多くはない。

まあ、自分の歩む道は、自分で見出して、自分の足で、着実に歩く。そういうことだろうなと思っている。

変革――それは楽しみでもあり、苦しみでもある!?

2008年07月15日 21時05分29秒 | 思うがままに


もあろう!?世の中は刻々と変わっているようだ。私のような凡人には、昨日も今日もまったく変わりはないように感じている。朝起きれば、雀は鳴いているし、新聞も牛乳もちゃんと届いている。子どもたちが学校へ並んで行くときの声も聞こえてくる。季節は変わるが、日常の動きはまったく同じである。

変化はほんの少し、紙一枚ずつぐらいの変化であるから気づかないのである。自分も日一日と歳を重ねて老齢化しているのに気づかないだけだ。こういうことには呑気であったほうがいい。自分はいつまでも若いと思っていたほうが、元気でいられるというものだ。

新聞を見ていて、「へえ、変わったものだ」と感心したものがある。東京駅に「デジタルポスター」が10台設置されたとか。デジタルであるだけに、無線で広告内容が即刻変えることができるのだという。

そりゃそうだろう、液晶画面だというから極薄テレビの親分みたいなものだ。瞬間に内容を変えるなんていうことはお手のものだろう。壁掛けテレビなんて騒がれて久しいから、いつかはこうなるかなという気がしないでもなかったが、現実になってみると驚きだ。

駅に張ってあるポスターといえば印刷物だと決め付けていた頭脳構造からみれば、液晶画面で静止画を映すというのだから驚くのは当たり前だ。まだ、試験運用中のようだが、もはや早い時期に田舎の駅や街角へも普及してくるであろう。街中の壁が、映像化ポスター化へと変革していくのかもしれない。

いやあ、今日も暑いねえ。わが家の温度計は33℃を指していた。「暑中お見舞い申し上げます」とメールをもらったが、本当に暑い。これで本格的な夏がきたら、いったいどうなるのであろうか。どこかで記録した40℃なんて灼熱地獄になったらどうしよう。

わが家では、まだクーラーのお出ましにはならないが、そろそろいつでも使えるように整備しておかなくてはなるまい。私は、自然体が好きで、扇風機の風はどうも身体に合わないみたいだ。クーラーもなるべく入れないが、33℃を超えてくれば入れないわけにはいかないだろう。

暑さは季節の移り変わりで、日が経てばまた涼しくなってくるが、世の中の動きは変わっていくだけでほとんど元には戻らない。暑くなったり、涼しくなったりというわけにはいかないだろう。デジタルポスターが実用化されれば、印刷ポスターは廃れてくる。印刷会社は困る。世の移ろいは、いつの間にか変わってきている。どうにも抗しがたい。

地球の温暖化が急速に進んでいる。この病む地球を、以前の元気な姿に戻すことができるのだろうか。私にはわからないことだが、たいへん難しいことなのではないだろうか。ただ言えることは、人間が自分の住む地球を滅ぼすような変革だけは、決してやってはならないということだけは断言できる。さて、さて~~?

待ち遠しい活字情報――新聞休刊日にて

2008年07月14日 21時00分05秒 | 思うがままに


今日は新聞休刊日である。朝、新聞が来ていないと、なにか忘れているようで落ち着かない。そのぶんテレビをよけいに見られるのだが、どうも面白くない。もう少し面白い番組が作れないものかと逆切れ寸前状態だ。

根っからの活字人間であるから、文字情報が一番ぴったりくるようだ。その文字情報が一日だけ途切れたのだから、鯉が水面でパクパクしているような状態である。朝には新聞がきて、世界情勢から近所のどぶ板情報まで届けてくれるのを当たり前と思いこむ、一日のサイクルと言うか生活習慣というものは恐ろしいことでもある。

しようがないので、昨日の古い新聞を引っ張り出して見ることにした。ページをめくっていくと、昨日は素通りしてしまったクロスワードが目に入った。いつも載っていても見たことはないのに、今日ばかりは「これでも少しは気が休まるか」と見入ったのである。

なになに「ヨコのカギ」だと。最初のヒントから『後期高齢者の○○』とくる。「へえ、意外と時代に即しているのだな」と思う。次が『経営破たんしたNOVAの――』か、なるほど。『○○交通省がタクシー利用券――』か、どこかの省庁では勤務時間中にコーヒー飲みながらWebを閲覧していたとか。給料をもらっていながらインターネットカフェへ入り浸っているようなものだ。昼間は遊んでいて、夜仕事をしてタクシー券を使って家に帰っているのか。こんなバカ官僚だけではもちろんないだろうが、要は定員が多すぎると考える。どの官庁も、定員を20%減らすべきだと広く訴えていくか?

見ていくと、『北朝鮮○○冷却塔の爆破』『米国が北朝鮮のテロ○○国家指定解除』ときた。北朝鮮、アメリカ、日本、それぞれおかれた立場での思惑がおおいに絡み合う。北朝鮮のパフォーマンスは――などと言いたいが、世界情勢のことは新聞やテレビでの情報しかない。これでは論評することができない。

それはそうと、「タテのカギ」のヒントにはどんなものがあるだろう。『佐賀地裁で○○湾の水門の開放判決』、うん、あったなあ。『岐阜での牛肉偽装問題』、まだ目新しいことだ。偽装問題はちっとも無くならない。鶏肉会社の社長は、「偽装はどこでもやっているじゃないか。たまたま、うちは運悪く見つかってしまっただけさ」と平気な顔でうそぶいていた。これが食品の経営者かとあきれる。庶民は、なにを信用すればよいのか?

クロスワードは「ヨコのカギ」「タテのカギ」で解き起こしていかなければならない。クイズだから、丁寧にやっていけば、きっと正解を得られるだろう。しかし、現実の生きた世界では、タテとヨコのヒントを解こうとしてもなかなか解けない課題が多い。ましてやタテやヨコのほかに斜めも入ってくるし時間も絡んでくると、難問だらけということになる。

頭が痛くなってきたところで、もう止めにしよう。あまり難しい問題を考えていれば、モノによっては気が狂いそうになろう。ノイローゼになるのもこの類かもしれない。まあ、市井の民は、ゆっくり、のんびり、行くとしよう。頭の体操を十分やりながら~~ね。

プール――忌まわしき思い出

2008年07月11日 21時00分19秒 | 思うがままに


近くの小学校からプールに入ってワイワイ歓声をあげている声が、潮騒のごとくに聞こえてくる。毎年の風物詩である。窓から眺めれば、子どもたちが水着で泳ぎ歩いている姿が小さく遠望できる。

子どもたちは恵まれている。幼稚園のときからプール遊びをして、小学校へ入るころには何メートルか泳ぐことができている。家の孫たちも小さいときからプールへ行き、バチャバチャと遊んでいたが、いつの間にかずいぶん泳げるようになっていた。

私は残念ながら泳げない。昔、小学校低学年のころと記憶するが、唯一のプールであった市営プールへ、珍しく兄弟で出かけたのであった。水泳パンツに着替え、喜び勇んで少年プールへと小走りしたのであった。

大人の深いプールの向こう側に少年プールはあった。大人のプール脇を小走りしていたのだが、運悪く青年とぶつかってしまった。もちろん小さい私があっという間に飛ばされて、見事に大人のプールに嵌ってしまったのである。泳げないのだからアップアップしたことはもちろん。

今でも強烈に覚えているが、水面まで10~20センチ(というぐらいの感覚であった)ぐらい上に水面は見えるのだが、浮き上がることができない。小さい胸で「もう死んじゃうのかな」と思った。時間的には長く感じたが、実際には数分のことであろう、ぶつかった青年に助け上げられたのである。助けられ深く深呼吸して、あとはプールサイドでぐったりしてしまった。

その後、進級するにつれ、学校では川へ泳ぎに行ったりプールへ出かけたりしたが、恐怖心が先にたって泳ぐことができなかった。友達も心配して、ああするのだ、こうするのだ、やってみろなどと励ましながら教えてくれたが、とうとうダメだった。

だから、自分の子どもには泳げるようにとプールへしばしば連れて行ったが、本人は水泳パンツを穿くだけで泳ぐことは一度もなかった。泳ぎを教えられない不甲斐ない親なのであった。

今の子どもたちのプール姿を見るとき、昔の嫌なことを思い出すこともたまにはあるが、子どもたちをうらやましくもあり、頼もしくもある。このままたくましく育って行ってもらいたいと思うのであった。

歓迎される元気者のじいちゃんでありたい

2008年07月07日 21時10分01秒 | 思うがままに


今朝の新聞に、飯田市の84歳のおじいちゃんが初心者向けのパソコン教室を開いたという記事が出ていた。この方、以前にも計画段階の時に新聞に載っていたが、いずれにしても元気であり、希望に満ちている。世の中には元気なお年寄りが大勢いることに、もうじき後期高齢者になるという若輩者の私も勇気づけられる。

先日、シニア向けパソコン相談会にスタッフとして参加した。来場された方の中に80歳を超えられた方がいた。ご自分のパソコンを持参されて熱心に質問し学んでいた姿が印象的であった。仲間のスタッフが対応したのだが、「お年とは思えない熱心さで、こちらがびっくり」と言う。

このように元気なじいちゃん、熱中できるものをもったじいちゃん、いや、じいちゃんばかりではなくばあちゃんたちが増えることを歓迎したいものである。私もいつかは80代を迎えるであろう。いや、迎えたいと念願している。その時は、飯田市のじいちゃんのようにパソコンの講師を務めるほどに元気でありたいものである。

いやあ、短い文章で結論が出てしまった。あと、なにをつけ加えて書く必要があろうか。

ただ、いささか不安なことは、高齢者の人口比率が年々高くなっているということだ。老人にやさしい社会や政治でなくてはならないと思っている。老人をないがしろにしたり不安に陥れたりする最悪状況が続いたとすれば、国そのものが確実に衰退することであろう。

なんとしても、じいちゃん、ばあちゃんたちが元気で安らかに過ごせる社会であって欲しいと強く願っている。

ゴンドラに揺られて登る雲の峰

2008年07月04日 20時54分29秒 | 思うがままに


今日も暑かった。まだ、梅雨明けにもならないのに真夏のごとくに蒸し暑かった。つれづれなるままに雑誌をひも解いて見ていたら、「雲の峰」というエッセイが目に入った。読んでいるうちに昔の記憶がよみがえってきたのである。

もう10年も前の話になるが、はじめて投稿した某新聞の俳句欄に拙句が掲載されたことがあったのだ。投稿した本人が一番びっくりしたことを覚えている。その俳句は――

     ゴンドラに揺られて登る雲の峰

という句である。やはり「雲の峰」を詠んだものである。その昔、7月の終わりか8月の始め頃であったであろうか、まだ小さい孫たちを連れた娘夫婦と高原へ遊びに行った。ゴンドラに揺られてさらに高いお花畑を目指したのである。むくむくと湧き起こっている入道雲は、天を衝くような高山のごとくであった。「ああ、あんな高い山へゴンドラに揺られて登って行くのか」と錯覚さへ起こすほどであった。

しかし、現実はそんなに甘くはなかった。小さかった孫娘はなにか機嫌を損じたのであろう、ワ~ンワ~ンと大声で泣くのである。しかも途切れなく泣き続けるのであった。お花畑を観にきたほかのお客さんたちから、「まったくうるさいわね」というような白い目で見られ、こちらはなにを観ているのか、気もそぞろであった。若い父親は、抱っこしてあやしながら高原を散策したのである。とうとう孫娘は出口まで延々と泣き続けたのであった。そんなこんなでずいぶんと印象深い「雲の峰」行きであった。そこから生まれた一句である。

私の俳句は、この句が唯一褒められた(?)句である。その後、独学で句作を続けたが、お褒めをいただくことはなかった。そうしていつの間にか、忙しさに取り紛れて句作はおろそかになり、時たま思い出したように句を作るだけであった。

そんな泣き虫孫娘も小学校高学年となり、ずいぶんと可愛い娘になってきた。泣き虫の話は大嫌いで、「そんな話をしないで――」と怒られる始末。じいちゃんは10年経った今でも、まだゴンドラに揺られて雲の峰に登っていく夢を見続けているのかもしれない。

心こもった、温かなお中元が届く

2008年07月02日 21時35分46秒 | 思うがままに


お中元の季節となってきた。わが家に親戚から早々とお中元が届いた。いつものお心遣いをありがたく思っている。田舎では月遅れの8月が中元となるが、都会では7月であるから、早々のお中元にはいささかの戸惑いがある。

広辞苑で「中元」とはなにか調べてみた。以下のように書いてあった。

①(正月15日を上元、10月15日を下元として祝うのに対して)7月15日の佳節。半年生存の無事を祝い、盂蘭盆の行事をし、亡霊に供養する。 ②中元の時期にする贈物。

なるほど、「上元」があって、「下元」もあるのだ。初めて知った。でも、なぜ正月15日を上元、10月15日を下元として祝うのか、何の祝いなのか。7月15日をどうして「中元」と言うのか。どうもよくわからない。まあ、いいや、変に理屈っぽいところは、さて置いておこう。

ずいぶん昔、私どもがまだ若夫婦と言われていたころの話である。なにかの用事で知り合いのおじさん(そのころずいぶん年寄りのように思っていた)がわが家へ立ち寄り、お茶を飲んでいったことがある。おじさんが「あれ、お宅では味の素なんか買うのかね。うちではお中元やお歳暮のもらい物で間に合うので買ったことがないよ」と話しかけた。自慢したかったのか、買うことを不思議に思ってのことか、おじさんの胸のうちは定かでないが、こちらとしては「なんで、そんなことを言うのかな」と反感すら覚えたものだ。

聞けば、味噌、醤油、塩、砂糖、味の素、コーヒー、お茶、などなど、ほとんどいただき物で間に合っているとか。こちらはいただき物なんてひとつだってない。全部、買い上げである。このおじさん、ずいぶんと世間知らずな人だなあ。人の気持ちや若者の生活の一端すらわかっていない、いやわかろうとしない人だなと思ったものである。

その後、私も社会的地位が上がるにつれて、お中元やお歳暮をたくさんいただけるようになってきた。このころになれば、「味の素」という会社は隆盛していたが、「味の素」という調味料は使わなくなってきており、社会的にも忘れ去られてきた。

現在、浪々の身となれば、他人様からいただく贈り物はない。ごく近しい親戚からいただいたり贈ったりするだけである。それだけに贈り主の温かいお気持ちが伝わってくる。ありがたいことだと感謝している。