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ゆったり、いそがず、あわてず、おだやかに…

毎日の生活の中で感じる森羅万象を、自分の想いとして文字・写真で表現する。

人間ドックでわが身をチェック、チェック!

2008年04月11日 19時20分51秒 | Weblog
毎年恒例の一泊人間ドックへ行ってきた。最初の頃は一泊ではなかったが、25年くらい続けてのドックである。いつも春に検診してもらって、「よし、今年も健康でやるぞ」と自身に気合を入れたものだ。

さて、最終診断は、「まあまあ、健康です」とのご託宣であった。年相応に少々悪いところはあるが、「ここをこうしろ」という治療個所は見つからなかった。ほぼ、自分で想像していたとおりの結果であったので一安心というところである。

「先生、親父が肺がんだったので心配しているのですが――」と質問する。先生は、大きな胸のレントゲンを観ながら、「大丈夫のようですな」と安心させるようなことを言われたが、続けて「ただ、レントゲン写真は、それほど精度はよくない。ガン細胞が3センチほどに大きくならないと見つからない。心配ならCTスキャンを――」とのこと。見た目に、「こんなに大きく写っているのにダメなのかなあ」とがっくりときた。

胃は、バリウムでの検査ではなく胃カメラを飲んでいる。もう何回飲んでいるであろう。何回飲んでも、胃カメラは好きになれない。検査だから仕方なくやっているが、腹の底でなにかごそごそと蠢くようで、いや本当に動いているのだから嫌なのだ。今回は組織を取った。先生は、「良性だとは思うが、念のため」だという。

例のメタボは、辛くもセーフだった。これ以上はメタボだよという85センチギリギリだった。あとは、悪玉これストールが少々多いだとか、胆嚢に石が眠って(?)いるだとか、肝臓にのう胞があるだとか、――先生は、「いずれも心配はない。良くすることにこしたことはないが、維持することですな」と診断された。

高齢者になってきたので、来年は日帰りドックにしようかと担当の保健師に相談したが、どうもうまくいかない。というのは、自分では「胆石とのう胞があるから、エコーは欠かせない」「胃は弱いようだから、胃カメラは欠かせない」と思っている。日帰りドックでは、だいじな二つの要件を日帰りドックではできないというのだ。胃カメラは別な日になってしまうという。

細かいことはいろいろあるが、まあ、年齢相応だということか。ということで、帰りがけに来年の予約を入れてきた。もちろん一泊ドックである。「生きていたら、来年もよろしく」と冗談半分に頼んできた。

恒例、春の大きな行事がひとつ終わった。今年も、あわてず、ゆっくり、楽しんで、行こう!

春は憂いも一緒にやってくる?

2008年04月09日 21時06分44秒 | Weblog
 (咲き誇る杏の花)

26歳の息子が、母親を殺したという痛ましいニュースがあった。このところ、親殺し、子殺しが多いように感じる。お互いに信じ切っているものに殺さるのだからたまったものではない。息子に殺された母親も、その瞬間には「なぜ? どうして?」という哀しい思いがよぎったことであろう。

春ともなれば、いささか頭がおかしくなる人々が出現してくるのであろうか。抑うつされた冬から、解放された春を迎えると、神経がどうにかなる人たちがいるのだろうか。素人の私には、どうにも理解しがたい。

今日、横断歩道を渡っていると、後ろから「今の年金は――」などと大声を出しながら自転車で追い越して行った女性がいる。突然のように後ろから大声が聞こえたので、街頭宣伝車がスピーカーで話し始めたと錯覚したぐらいだ。この女性は大声でわめきながら、自転車をすいすいと走らせて消え去った。

女性は正気なのか、はたまた異常だったのかは定かではない。大声の独り言ではあったが、内容は年金問題を批判しているようにも聞こえた。異常者なら、わけもわからないことを言うのだろうが、そうでなかったとすれば正常者だったのであろうか。

異常といえば、食堂に入って食事をしながら大声でわめき散らし、しかも居座るという人もいるという。お店にとっては大迷惑で、ほかのお客さんは気味悪く思い、営業成績にも影響してくるというものだ。

そうかと思うと異常現象が見えるのか、食堂で出された食事に虫が入っているとクレームをつけるお客がいるという。もちろん虫などが入っていないのだが、その人にはなにかの食材が虫に見えたのであろう。

それで思い出した。知り合いが中華料理屋に入りラーメンを頼んだという。出てきたラーメンに虫が入っていたのでクレームをつけた。こちらは本当に蝿かなにかが実際に入っていたのだが、そのクレームのつけ方が変わっていた。「こんな蝿入りラーメンは食えない。お前さんだって食えないだろう。もし食ったら代金を払う」と言ったのだ。文句を言われていた店長は、それならと言って蝿ごと食べてしまったという。

知り合いの例は、時季が春かどうかは忘れたが、ラーメンを食べずにお金を払うといったバカなことをやった。これなどもお客の頭がおかしかったのか、店長の頭がおかしかったのか、はたまた春のせいだったのか、私には理解できない。

なんでも春のせいにしてしまっては、春が可哀想である。濡れ衣というものであろう。時季に関係なく、頭がいささかおかしい人間がうろうろしているのかもしれない。そう思うと、なにか背中がぞくっと寒さを感じてしまう。さて、さて~~?

国民を苦しめることが政治なのか?

2008年04月08日 21時21分18秒 | Weblog


しかし、国は罪づくりをしている。国というより「政治は」と言ったほうがよいのかもしれない。え、なにがって――。例の「暫定税率の失効」のことである。

国民は揮発油税が失効したので、ガソリンが安くなって喜んでいるが、ガソリンスタンドは安売り競争で四苦八苦しているようだ。ニュースを見れば、「建設業者、資金繰り懸念」という。どういうことかといえば、暫定税率の失効で自治体が道路関連の工事や入札を見合わせているので、公共事業へ依存している業者は仕事が決まらないので融資を受けられずに、こちらも四苦八苦しているという。

春になれば、誰に言われなくても蕾を膨らませ花を咲かせてくる。これは自然そのものであるから当然である。でも、誰かが己の力を誇示してか、仮に桜の花を咲かせなかったとしたら、これは自然の崩壊、秩序の崩壊へとつながって行くであろう。

「花を咲かせない」という話は仮定であるから起こり得ないが、世界で、日本で、似たような、「え、ほんとう?」と驚くことがいくつも発生しており、多くの人々を苦しめているのである。わが国で、その大きなひとつが「暫定税率の失効」ではないだろうか。

政治というものは、国民を幸せにするためのものなのではなかったのか。特定の権力者や一部の人々のみが恵まれるような政治であってはならないと確信している。ガソリンスタンドを閉鎖するような状態に追い込んだり、建設業者を倒産に追い込むような政治は、もはや民主主義政治の崩壊ではないかとさえ思う。

お断りしておくが、私は自民党支持ではない。だからと言って、民主党支持でもない。ましてや革新政党支持をしているわけではないのである。いわば国民大衆派とでも言えようか。この国民大衆の声を、政治家は真剣に聞いてもらいたいものである。

もうすぐ桜も満開になろう。春、爛漫とまことによい季節である。季節だけでなく、世の中すべてが「爛漫」であってほしいものである。

吾朗いわく「北海道へ旅行に行きたいなあ!」

2008年04月07日 21時33分14秒 | Weblog


 小さな花畑で、八兵衛と幼友達の吾朗が語り合っています。(注:写真と本文は関係ありません)

八「吾朗ちゃんが、この花を育てたのかい」
吾「いや、仲間たちで作っているのさ。小さな畑でも花がいっぱい咲けばきれいだよな。道を通る人たちもほめてくれるよ」
八「いいなあ、お花は――。ところで吾朗ちゃん、陽気がよくなってきたけれど、どこかへ旅行に行く予定でもあるの?」

吾「八ちゃん、よくわかるね。相変わらずの地獄耳だ。実はそうなのよ、女房とも相談しているのだけれど北海道へ行こうかと思っているのさ」
八「北海道か、北海道もいいぞ。北海道は行ったことないのかな?」
吾「そうだよ。北海道どころか、大きな声で言えないが飛行機に乗ったこともないのだ」
八「え、今どき飛行機に乗ったことのない人なんているのかい? これはびっくりだ。なら、ぜひ北海道の春を満喫してよ」
吾「し、し、し、恥ずかしいから黙っていてよ」

吾「ところで、八ちゃんさあ、旅行会社のツアーパンフを見ているけれど、会社によって値段がずいぶん違うのだねえ。なぜ?」
八「ツアー旅行には、よく『2名様一室』でいくらと書いてあるけれど、その値段が違いの?」
吾「そうなのよ。行く先は同じで、『2名様一室』での価格が、A社は6万円、B社が4万円とあるのさ。宿泊先が違うのかなあ」
八「へえ、そんなに違うのか。きっとホテルの格と食事が違うのだと思うよ」
吾「でもさ、私らみたいな年金生活者には安いほうがいいよなあ」
八「それは人それぞれだから、安いほうがいいとは断定できないよ。でもさ、これからの老人はお金を持っていないと病気になったときに困るらしいよ」

吾「そうかもしれないな。悪評高い後期高齢者の医療制度も今月から始まったけれど、医療はどうなっていくのかなあ」
八「私らは、まだ若いからと言ってもいられないよ。人ごとじゃない」
八「人生の楽しみづくりの旅行だから、ぜひ夫婦で楽しんできてよ。できるだけ安いほうがいいのかもしれないな」
吾「そうだよな。将来のために、なるべくよけいな出費は抑えるべきだな。ようし決めた。北海道へ行こう。旭山動物園へ行くのも楽しみだなあ」
八「吾朗ちゃんは、まだ子どもだなあ。きっと長生きするぞ」

さあ、4月です。自然体で躍動しましょう!

2008年04月06日 21時22分33秒 | Weblog


川端の柳はずいぶんと芽吹き、黄緑色を濃くしています。春は、一日一日と深みを増してきているのですね。

不思議なものです。陽気がよくなり、あちらこちらでいろいろな花が咲き始めてくると、人間さまも着る服の色が寒色系から暖色系になっていきます。私も、昨日まで黒色のジャンバーを着て出かけていたのですが、今日はなんということなしに黒色ジャンバーに抵抗感が出てきました。

良い季節です。自然の色合いも数を増やしています。黄色、白色、黄緑色、紅色――、どんどん増えます。そして私たちの目を楽しませてくれ、潤いを与えてくれます。



庭のレンギョは黄色い花を満開に咲かせています。お隣の木蓮も白い花を咲かせ始めています。杏も薄紅色の花が咲かせ始め、もうミツバチが蜜を吸いに飛び回っています。

植物も昆虫も、いよいよ躍動するよい季節です。人間も、4月は新しくスタートする季節ですね。私たちも自然体で躍動しましょう!

パソコン相談会――これまた楽し!

2008年04月05日 21時57分36秒 | Weblog
 恒例のパソコン相談会にスタッフとして参加する。シニアのみなさんに大勢お出でいただき盛況であった。高齢者の方も大勢見えられた。みなさん、楽しみを深めていこうと眼差しは真剣である。

パソコン相談の中から、ひとつふたつをご紹介する。

【Aさん】  地区の役員になった。役目がら、いろいろ書類を作成しなければならないが、どうもうまくできない。前任者から書類のデータ類を預かったが、どう扱えばよいのかわからない。だからといって、前任者に「教えて――」と言うのも、どうも――。

Aさんは預かったデータ類を持ってこなかったので、具体的には展開できなかった。Aさんは、「地区へ配る文書を手書きというわけにいかない。もうほとんどがパソコンで作る、見た目もきれいなものでないと――」と話された。「う~ん、地区の役員もたいへんだなあ。パソコンできない人はどうするのだろう」と人ごとながら心配になった。

もはや、パソコンなど普通になってきた。子どもだって、曲がりなりにも扱える。やる気があろうとなかろうとパソコンの基礎ぐらい、いや文字ぐらい入力できないと困る時代になってきたのであろう。Aさんには、次回、預かりデータをお持ちになるようお話ししたので、具体的な相談になるので悩みは解決されることであろう。

【Bさん】  ずっとワープロを使ってきたけれど、友達から「パソコンに変えるべきだ」と言われている。もう、年をとってきたので、ワープロを使っての文書作成はほとんどないので、パソコンの楽しさを探したい。まず、文書作成のやり方から教えて――。

ワープロ機を使って文書作成を経験された方は大勢いらっしゃる。もはやワープロ機はどこにも売っていない。パソコンに転換する以外ない。ワープロに慣れた方がパソコンに変わるのは、ずいぶんな苦行であろうと想像する。私も、ワープロでは親指シフトキーボードで入力していたので、パソコン入力に慣れるまで時間がかかった経験がある。

Bさんは、入力や文書作成には慣れているからよいのだが、パソコン――ワードでのページ設定などがよくわからなかったようだ。手順どおりひととおり説明したが、飲み込みよく理解された。あとは繰り返し繰り返し文書作成されて、慣れることが一番とお話しする。文書作成だけでなく、写真、ビデオなども扱いながらパソコンの楽しさを追求していきたいと笑顔で語られたことが印象的であった。

シニアである私たちが、シニアであるみなさんにパソコンの楽しさなどを少しでも伝えていこうとボランティアで進めている。こうした催しも、また私たちの楽しみでもあるのだ。ただ、ほぼ一日のボランティアで、少しばかり疲れたなあ!

二十四節気の「清明」の日――世の中こそ清明であってほしい

2008年04月04日 21時16分04秒 | Weblog
 「清明」――二十四節気のひとつで、今日がその日だそうだ。ものの本によれば、『芽が出た草木がはっきり判断できるという意味』のようだ。たしかに、昨日、今日を見ても、花は咲き始め、新芽もずいぶんと伸びてきており、「草木がはっきりと判断できる」なあと感じる。また、読んで字の如しで、「清らかで明るい」日になった。

陽気は「清明」であるが、社会情勢は「清明」とはまったく言えない。明るいニュースを探そうと思うが、新聞を見ても意外とない。大きな見出しは、暗いものばかりのように感じるのは私だけであろうか。

「殺し」は毎日だ。それも肉親同士の殺しが多い。いったいどこで世の中は狂ってしまったのか。子どもを守らなければいけない父親や母親による子殺し。聞くだけでもぞっとする。子どもは誰を信用すればよいのか。未来ある子どもの芽を摘んでしまうとは、嘆かわしくて可哀想で言う言葉もない。

それから「政治」だ。年金問題、後期高齢者医療問題、暫定税率問題――どこまで挙げていけばよいのか。中でも不思議に思っているのが年金問題だ。この件で、誰かが懲戒免職になったのか。莫大な税金を支出してはがきを出しているようだが、この費用補てんのために社会保険庁は「自分たちの作業ミスでの不始末でした」と長官はじめ全職員がどのくらいお金を拠出したのか。お金を出さないは、責任をとらないは――どうしてこんな輩を野放しにしておくのか。まったく理解できない。

今、一番に不安に思っているのが生活必需品の「値上げ」ラッシュである。あれもこれもと値上げ攻勢であるが、小麦粉などは先行きでさらに値上げになるという。もう、パンもうどんも大きな口をあいて食べられないのか。小麦は日本だけのことでなく、世界的な値上げになっているようだ。事実、新聞を見ると、『エジプト、パン不足深刻』と大きな見出しが躍っている。エジプトは世界有数な小麦輸入国の由。国際的な小麦価格高騰のあおりを受けて、パンが不足し貧困層を直撃しているとのことだ。

日本も他人ごとの話ではあるまい。なんといっても食糧自給率が20数パーセントというお寒い状況であるから、エジプトのパンのように何時間も並んで買うようなことが起こらないとはいえない。これも政治の問題である。

陽気だけが「清明」であってはならない。悲しい出来事はたくさんだ。世の中が、いつまでも平和で穏やかな「清明」であってほしいと願うこと切である。

(写真は、咲き始めた杏)

土筆がいっぱい顔を出しているよ!

2008年04月03日 20時53分36秒 | Weblog
ふたりで散歩に出かけた。風は少々強かったが、日差しはすっかり春である。梅は咲き、杏は咲き始め、桜はもうじき咲くかというような状況である。

坂道を登り観音堂をお参りしてくる。坂道の途中には、つくしが群れて頭を出していた。春の香りを充分に吸収してくる。

習い事の水彩画教室、ボランティアのパソコン関連、みんな新年度のスタートだ。さ~て、これからもおおいに楽しもう!

あれ、今日はこれだけで終わりなの? 坂道をハァハァと息荒くしながら登ったので、息切れをしたのかな? まあ、ともかく今日はこれで……。

今日は何の日、そんなこと知らない日?

2008年04月02日 21時12分31秒 | Weblog
 4月2日 今日は何の日かご存じでしょうか? え、知らない。それはそうですよ、知らないのがあたりまえなのですから――。私も全然知りませんでした。

いつものように、つれづれなるままにちょっと調べてみました。そうしたら驚きました。「○○の日」という類の日が、いくつもあったのです。

列挙してみます。「週刊誌の日」「国際こどもの本の日」「五百円札発行の日」「図書館開設記念日」「歯列矯正の日」「光太郎忌」、――これだけあるのです。今日、4月2日の記念日がこんなにあったのですから驚きます。

【疑問 その1】いったい、どこで、どうやって決めているのでしょうか?

【疑問 その2】記念日を制定して、どんな意味があるのでしょうか?

【疑問 その3】なら、だれでもが「○○の日」という日を作ってもよいのでしょうか?

疑問が次々と浮かんできます。一般人としての自負(?)を持っている私が、今日の記念日をひとつも知らないのですから、知っている人はどのくらい居るのでしょうか。

ついでに明日、4月3日に記念日をのぞいてみます。「日本橋開通記念日」「清水寺・みずの日」「いんげんの日」「シーサーの日」がありました。中でも、「清水寺・みずの日」は「し(4)み(3)ずの日」なのだとか。もう語呂合わせです。

語呂合わせでもいいなら、4月2日は「し(4)に(2)」の日でしょうか。今、社会で問題になっている「後期高齢者」は記念日に因んで早く「死ね」と言うのでしょうか。「後期高齢者・死にの日」があってもいいのですかと、人間の尊厳を軽んじている国会の先生方に聞いてみたいですね。

気持ちの悪い、縁起でもない記念日はあってならないものですが、気持ちが良くなる記念日ならあってもよいでしょうね。ただ、一年間に何百という数の記念日があったとしたら、逆に無意味になってしまうのではと危惧しています。

そういえばわが家にも記念日らしいものがいくつもあります。家族みんなの誕生日、結婚した日、就職した日、――おやおや、誕生日のほかはほとんど忘れていますね。ということは、無意味なものが多いということですか?

「紙に目あり」の話をしたいのですが、いいですか?

2008年04月01日 22時26分33秒 | Weblog

春らしくなったなあと喜んでいたのに、今朝、目覚めたら雪がバンバン降っていてびっくり。北海道東部では猛吹雪だとか。咲き始めた花々もびっくりしたことでしょう。風は強かったし、ああ、寒い寒い。春はどこへ隠れちゃったのでしょう。

寒いので、部屋の石油ストーブを焚きながら本棚を眺めていたら、半年ほど前に買った新書版が目につきました。『紙のなんでも小事典』という小冊子です。買ってきたときに、80ページぐらいは一気に読んだのですが、そのまま放り出しておいた、可哀想な本です。

別に本の宣伝をしようと思っているのではありません。ただ、本の中に表現の面白いものを見つけたのです。もっとも、私は昔から知っている言葉ではありますが――。

そのひとつ目が、「紙に目がある」ということです。なんで紙に目があるのかって? 紙を抄造するときに高速で流れるものですから原料繊維が縦方向に並ぶのです。ですから紙を破いたときにほぼきれいにまっすぐに破れるのは縦方向の「目なり」ですし、ジグザグに破れるときは横方向の「逆目」ということになりますね。

新聞を開いたとき「紙の目」は上下に流れていますし、雑誌でも書籍でも「紙の目」は上下に流れています。なぜこうなっているかといいますと、読者が読みやすいように配慮されていることと、雑誌や書籍なら本を丈夫に作るためでもあるのです。日刊新聞や雑誌・書籍での逆目使用は絶対にありません。「紙の目」は、新聞社、出版社、印刷会社などには必要なことでしょうが、私たちには縁が薄いことばですね。

そのふたつ目は、「紙に耳」です。パンにも耳があります、パンの端っこですよね。紙の端っこも「耳」と言います。いえ、それだけのことです。

そのみっつ目は、「本にはノド」があることです。今度は本ですが、本の綴じ代側を「ノド」と言います。どうしてかって聞かれても困るのですけれど、人間の頭と胴をつなぐ部位が「のど」ですから、本もきちんとつなぐ部分ですから「ノド」と言うのかもしれませんね。本当かどうかは知りませんが――。

そのよっつ目は、ついでの「小口(こぐち)」です。先ほどの「ノド」と反対側の切り口部分を「小口」と言います。大きく切っても小口です――これは冗談ですが、笑えないですね。

どうも紙や本には、人間の部位と同じ名称のものがあります。でも、「目」「耳」「ノド」「口」などはありますが、「手」や「足」はないのです。あるのかもしれませんが、私は知りません。

新聞、雑誌、書籍などはすべて活字・写真などが印刷されています。ですから、勝手に想像するに、印刷されている情報は目や耳から入るものですから手足は必要ないのかもしれませんね。本当かって? さあ、どうだか――。

やや、つまらないことおしゃべりをしてしまいました。そろそろ、お休みなさい~~ですね。