毎年恒例の一泊人間ドックへ行ってきた。最初の頃は一泊ではなかったが、25年くらい続けてのドックである。いつも春に検診してもらって、「よし、今年も健康でやるぞ」と自身に気合を入れたものだ。
さて、最終診断は、「まあまあ、健康です」とのご託宣であった。年相応に少々悪いところはあるが、「ここをこうしろ」という治療個所は見つからなかった。ほぼ、自分で想像していたとおりの結果であったので一安心というところである。
「先生、親父が肺がんだったので心配しているのですが――」と質問する。先生は、大きな胸のレントゲンを観ながら、「大丈夫のようですな」と安心させるようなことを言われたが、続けて「ただ、レントゲン写真は、それほど精度はよくない。ガン細胞が3センチほどに大きくならないと見つからない。心配ならCTスキャンを――」とのこと。見た目に、「こんなに大きく写っているのにダメなのかなあ」とがっくりときた。
胃は、バリウムでの検査ではなく胃カメラを飲んでいる。もう何回飲んでいるであろう。何回飲んでも、胃カメラは好きになれない。検査だから仕方なくやっているが、腹の底でなにかごそごそと蠢くようで、いや本当に動いているのだから嫌なのだ。今回は組織を取った。先生は、「良性だとは思うが、念のため」だという。
例のメタボは、辛くもセーフだった。これ以上はメタボだよという85センチギリギリだった。あとは、悪玉これストールが少々多いだとか、胆嚢に石が眠って(?)いるだとか、肝臓にのう胞があるだとか、――先生は、「いずれも心配はない。良くすることにこしたことはないが、維持することですな」と診断された。
高齢者になってきたので、来年は日帰りドックにしようかと担当の保健師に相談したが、どうもうまくいかない。というのは、自分では「胆石とのう胞があるから、エコーは欠かせない」「胃は弱いようだから、胃カメラは欠かせない」と思っている。日帰りドックでは、だいじな二つの要件を日帰りドックではできないというのだ。胃カメラは別な日になってしまうという。
細かいことはいろいろあるが、まあ、年齢相応だということか。ということで、帰りがけに来年の予約を入れてきた。もちろん一泊ドックである。「生きていたら、来年もよろしく」と冗談半分に頼んできた。
恒例、春の大きな行事がひとつ終わった。今年も、あわてず、ゆっくり、楽しんで、行こう!
さて、最終診断は、「まあまあ、健康です」とのご託宣であった。年相応に少々悪いところはあるが、「ここをこうしろ」という治療個所は見つからなかった。ほぼ、自分で想像していたとおりの結果であったので一安心というところである。
「先生、親父が肺がんだったので心配しているのですが――」と質問する。先生は、大きな胸のレントゲンを観ながら、「大丈夫のようですな」と安心させるようなことを言われたが、続けて「ただ、レントゲン写真は、それほど精度はよくない。ガン細胞が3センチほどに大きくならないと見つからない。心配ならCTスキャンを――」とのこと。見た目に、「こんなに大きく写っているのにダメなのかなあ」とがっくりときた。
胃は、バリウムでの検査ではなく胃カメラを飲んでいる。もう何回飲んでいるであろう。何回飲んでも、胃カメラは好きになれない。検査だから仕方なくやっているが、腹の底でなにかごそごそと蠢くようで、いや本当に動いているのだから嫌なのだ。今回は組織を取った。先生は、「良性だとは思うが、念のため」だという。
例のメタボは、辛くもセーフだった。これ以上はメタボだよという85センチギリギリだった。あとは、悪玉これストールが少々多いだとか、胆嚢に石が眠って(?)いるだとか、肝臓にのう胞があるだとか、――先生は、「いずれも心配はない。良くすることにこしたことはないが、維持することですな」と診断された。
高齢者になってきたので、来年は日帰りドックにしようかと担当の保健師に相談したが、どうもうまくいかない。というのは、自分では「胆石とのう胞があるから、エコーは欠かせない」「胃は弱いようだから、胃カメラは欠かせない」と思っている。日帰りドックでは、だいじな二つの要件を日帰りドックではできないというのだ。胃カメラは別な日になってしまうという。
細かいことはいろいろあるが、まあ、年齢相応だということか。ということで、帰りがけに来年の予約を入れてきた。もちろん一泊ドックである。「生きていたら、来年もよろしく」と冗談半分に頼んできた。
恒例、春の大きな行事がひとつ終わった。今年も、あわてず、ゆっくり、楽しんで、行こう!