音楽と情報から見えてくるもの

ある音楽家がいま考えていること。アナリーゼ(音楽分析)から見えるもの。そして情報科学視点からの考察。

ソフォクレス「オイディプス王」の心の動きとイオカステ

2024-06-22 15:33:04 | つれづれに思う
オイディプス王

                *文中の固有名詞(人名、地名)及び引用はワイド版岩波文庫「オイディプス王」(第一刷)による

ソポクレス作「オイディプス王」はギリシャ悲劇の傑作だ。哲学者アリストテレスも「詩学」のなかで高く評価している。

このたびこの悲劇を読む機会があったので、構成(話の流れ)の観点から悲劇オイディプス王の何が優れているのかを見てゆこうと思う。特にオイディプスとイオカステ(とその前夫ライオス王)それぞれに与えられたデルポイの信託と次々に明らかにされる事実がどう関わり、二人をどう追い詰めてゆくかに注目する。

*** この物語の発端
この悲劇の発端は場所も時間も異なるが内容が重なる二つのデルポイの神託にあった。テバイのライオス王に告げられたのは、王妃イオカステとの間に生まれてくる子供の手にかかって死ぬ運命にあるというもの。そこで夫婦は嫡男を生まれて三日後に両足の踝を針金で縛ったうえで、家来に捨てさせたのであった。もう一つはコリントスの王子であったオイディプスがある時、自分はコリントス王夫妻の嫡男ではないという噂が流れたので不安になってデルポイの神託を伺いに行ったところ、その答えではなく 「わしは自分の母と交わり、それによって、人びとの正視するに堪えぬ子種をなして世に示し、あまつさえ、自分を生んだ父親の殺害者となるであろう」(引用) というお告げが下された。父親(コリントス王)殺しから逃れるために自分はコリントスの地を離れて旅に出た。その途上、三ツ辻で向こうからやってきた一行と争いになり馬車に乗っていた人を打ち殺し、残る供の者も皆殺しにした。
いずれも神託を聴いたものは将来それが実現することを回避するための策を打ち、それが成功したので安心していたであろう。これらの神託があったことは物語の途中で王妃イオカステとオイディプス王のそれぞれのセリフとして語られる。

*** 物語とオイディプス王の不安
物語は飢饉や疫病で苦しむテバイの王オイディプスがデルポイの神託を聴きに送り出した摂政クレオンが返ってくるところから始まる。神託の趣旨は、この国の不幸は汚れからきているのであるから、これを国土から追放せよという事であった。具体的には殺されたライオス王の下手人どもを罰することと解釈された。そこでオイディプスは国中にライオス王の殺害者を知っているものは申し出よというおふれ出した。
一方で次善の策として預言者テイレシアスに殺害者が誰か問うてみることになった。王の前に呼び出されたテイレシアスは予言を拒否したが王に脅かされ、いやいやながら①先王の殺害者はあなただ、②その人は一番親しい身内と世にも醜い交わりを結んでいる、と告げるのであった。話をきいて憤った王はこれは摂政クレオンとテイレシアスが結託した陰謀だと決めつけ彼をののしった。そこに王妃イオカステが現れ、二人の言い争いの内容を整理し自分の知っていることを述べた。
・ライオスはコリントスとの境に近い三ツ辻で他国の盗賊に襲われ殺された、と逃げ帰った家来から聞いている
・ライオス王と自分との嫡子はデルポイの神託により父親殺しになるので両足のくるぶしを針金で縛って家来に捨てさせた
・ライオス王は複数の盗賊に襲われ命を絶たれたのであり、デルポイの神託は当たらなかった
・ライオス王は白髪交じりの初老の男であり、5人の供を連れ神託を聴きに行く途上だった

これを聞いたオイディプス王は不安になり、自分が何故コリントスの王だった父の元を去ってテバイに来たのかを語る。
ある時、自分はコリントス王夫妻の嫡男ではないという噂が流れたので不安になってデルポイの神託を伺いに行ったところ、その答えではなく 「わしは自分の母と交わり、それによって、人びとの正視するに堪えぬ子種をなして世に示し、あまつさえ、自分を生んだ父親の殺害者となるであろう」(引用) というお告げが下された。父親(コリントス王)殺しから逃れるために自分はコリントスの地を離れて旅に出た。その途上、三ツ辻で向こうからやってきた一行と争いになり馬車に乗っていた人を打ち殺し、残る供の者も皆殺しにした。

語りながら彼は、ライオス殺しの犯人は自分だったかもしれない、であれば自分はデルポイの神託の通り母親(ライオス王の王妃イオカステ)と婚姻によって結ばれ子をなしたことになるという疑念を強くいだい抱くようになった。イオカステは、争いから逃げ返った供の話によれば盗賊は複数であったのだからライオス殺しの犯人はオイディプスではありえないと主張する。オイディプスも再度ライオスの生き残った供の証言を得ることに一縷の望みを託したのである。

そこへコリントスから使者が来て、父である王が老衰で死んだのでその息子であるオイディプスに是非コリントスの王になってほしいと言った。これを聞いたオイディプスとイオカステはオイディプスが父親殺しをしていない証拠だと理解し、ひとまずホッとする。しかしオイディプスは母メロペが生きているので母親と臥所を共いするという予言(前記②)はまだ覆されたわけではないという不安を吐露する。それを聞いた使者は、コリント王夫妻には嫡子はなく、オイディプスはその昔自分がさしあげた子だと告げる。その子はコリントスとテバイの境にあるキタイロンの地で羊飼いをしていた時にライオスの家来からもらい受けたのだった。その際に家来はオイディプスの両足のくるぶしを貫いていた留め金を抜いた。そうであればそのライオスの家来を探し出してその時の事情を聴きたいというオイディプスの気持ちを聞いたイオカステは蒼白になってこれ以上の家来探しは止めるように主張するが拒否され、絶望して宮殿へ逃げ込む。イオカステの中ではこの時全ての事実がつながり、デルポイ神託の通りであったことを理解したのである。おそらくこの場面が本悲劇の一番の山場であろう。

その後赤子を捨てたライオスの家来であった羊飼いがあらわれ、その時の事情を告白するとオイディプスもすべてがデルポイの神託通りであったことを理解し、わが罪の深さに絶望して宮殿に駆け込む。そこで母であり妻であるイオカステの変わり果てた姿を見つけるとそのブローチを取って自らの両眼を突き刺した。

***イオカステの心はどう揺れ動き、何が決定的となってはてたのか
この劇の主役はオイディプスであるが、彼が生まれた時からの事情をもっともよく知っていたのは母であり妻である王妃イオカステである。前夫であるライオス王と一緒に「生まれた子供によって父親が殺されるであろう」というデルポイの神託を聴き、これを避けるために嫡子であるオイディプスの足を縛って家来に捨てさせた。そのことは王家の秘密であった。
しかしライオス王亡き後、スピンクスによって苦しめられていたテバイを救ったオイディプスと再婚し4人の子供をなすまではおそらく幸せであったのだろう。
それが、飢饉が続き、挙句に疫病が流行して国家が疲弊するにおよび、デルポイの神託を仰いだところ「この禍から逃れるためにはライオス王殺害の下手人どもを罰せよ」とのお告げが出たところからこの悲劇が始まる。
不思議なことに下手人を探すためにオイディプス王が呼び出した予言者テイレシアスの言葉と、オイディプスがコリントス王の息子として以前にデルポイの神託を得た時の内容は同じであった。劇はこの予言・神託を裏付ける事実が一つ一つ明らかにされるたびに揺れ動くオイディプスとイオカステの心を見事に映し出している。
オイディプスが神託を受けた時点で知っていたのは、自分の踝に醜い跡が残されているという事だけでその意味については知らなかった。イオカステは先王ライオスとの間に生まれた子が親殺しをすると言う神託の実現を回避するために嫡男を捨てさせた。また先夫のライオス王は他国の盗賊どもに襲われて殺されたことは報告を聞いて知っていた。
こうしてみると王妃イオカステは予言を解き明かすためにカギとなる断片的ではあるが重要な事実(盗賊は複数ではなかったが)を最初から知っていたのだ。だからこそ新たな証言によって状況が明らかになることを恐れて先王ライオス殺害の下手人が複数であったという報告にこだわり、たった一人の生き証人を呼び出すことに反対し、デルポイの神託は当たらないのだ、とまで言う。また、自分が捨てた嫡男がオイディプスである可能性が見えた時に、捨てに行った家来を呼び出すことに強く反発する。
一方、最後のコリントスの使者による証言はイオカステの知らない他国における事実なので反論する余地がなかった。イオカステにとってはすべての事実がつながり、予言が成就していたことを理解してその場に居られなくなった。そして自室に駆け込み、首を吊ってはてたのである。
この時点でオイディプス王にとっては自分がライオス王と王妃イオカステによって捨てられた嫡男であることの一点のみ未解決だったのであるが、その後彼を捨てるように命じられた家来(羊飼い)が召し出されてその事実を証言するにおよび彼も全ての事実がつながり、コリントスで受けたデルポイの神託が成就していたことを理解する。

以上

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