音楽と情報から見えてくるもの

ある音楽家がいま考えていること。アナリーゼ(音楽分析)から見えるもの。そして情報科学視点からの考察。

ソポクレス「エレクトラ」 と リヒアルト・シュトラウスのオペラ

2024-07-06 12:14:04 | つれづれに思う
ソポクレス「エレクトラ」 と リヒアルト・シュトラウスのオペラ
       *ギリシャ悲劇の登場人物の日本語表記は
        ソポクレス「ギリシャ悲劇 II」(ちくま文庫)による。

ソポクレス作のギリシャ悲劇「エレクトラ」のあらすじはこうである。
父であるミュケナイの王アガメムノンを殺した母クリュタイメストラと情夫アイギストスにエレクトラが弟オレステスと組んで復讐するというもの。ただ復讐の相手が実母であり、エレクトラと妹クリュソテミスは城内に幽閉され、奴隷のような扱いを受けているという事情が話を複雑にしている。

母クリュタイメストラと情夫アイギストスの迫害の手を逃れていたエレクトラの弟オレステスが身分を偽って子守の老人とともにミュケナイに戻ってくるところからこの話は始まる。まずはf二人の帰還の目的が明らかにされる。
物語はエレクトラを中心に妹クリュソテミス、母クリュタイメストラ、弟オレステスとの一対一の会話を通して登場人物の心情を吐露する形で進んでゆく。オレステスを除く二人とエレクトラは意見が対立し、この二つの対立軸が話の中心をなす。

妹クリュソテミスは、圧倒的な力の差がある現状ではアエギストスと母には逆らわないほうが賢明であり、正しいこと(復讐)が害になることもあるのだという。そして、オレステスがいない現状では復讐は成功しないと考えている。
一方復讐心に燃えているエレクトラは、不正に目をつぶって生きることはしない。正しいことをする、と反論する。
「だって、もし殺されたものが哀れにも、塵泥(ちりひじ)となり、無ともなって、
殺したものが、人を殺めた罪の報いを受けぬというのなら、
人間の恥を知り神を恐れる心はどこかへ消えてしまうはずだもの。」(引用)
ただ、クリュソテミスとエレクトラの唯一の一致点は今はどこにいるかわからない弟オレステスに復讐の実行と王家再興の望みを託すことである。

母クリュタイメストラの主張は次のようなものであった。
・夫アガメムノンが自分たちの長女を戦争のために生贄として出したことは承服しがたい。
・そもそもアガメムノンの弟でありスパルタ王メネラオスの王妃ヘレネがトロイの王子にさらわれたことがトロイ戦争の原因であり、王は弟メネラオスとの約束のために戦争に巻き込まれただけにもかかわらずメネラオス王夫妻の子供は無傷で自分の子供だけが犠牲になった。
これに対してエレクトラは、
・父アガメムノンが姉を生贄にしたのはやむを得ぬ事情があったからだ。
・理由が何であり、夫であるアガメムノンを殺して良いはずはない。さらに一緒に夫を殺した情夫アエギストスと臥所を共にしている母は恥知らずだ。
・アエギストスは王家の財産を浪費し、アガメムノンの子供たちは奴隷のように冷遇されているではないか。
 父が殺されたとき、将来を予見したエレクトラは子どもだった弟オレステスを信頼できる子守と一緒に逃したのであった。

ある日クリュタイメストラは夢を見て不安になる。元夫アガメムノンが生き返り、アエギストスが持っていた王笏を取り上げるとそこから若枝が生えだしてみるみるミュケナイ全土を覆うまでに成長したのである。そこで、彼女はクリュソテミスに頼んで鎮魂のためにアガメムノンの墓に供え物を捧げようとするが、それを知った姉エレクトラは妹を説得し、これを阻止する。ただ、墓を訪れたクリュソテミスが、もしかしたらオレステスが返ってきているかもしれないという情報をもたらした。

こうした状況下にオレステスが異国で死んだという連絡がもたらされた。それを聞いたクリュタイメストラはホッとし、エレクトラは頼みの綱が消えたことに悲嘆する。同時に自らの手で復讐を果たすことを決心する。だが直後に、成人して見分けがつかなくなったオレステス自身が現れて自分が弟であることを告白し、姉エレクトラと相談したうえで間をおかずに復讐を実行することになった。まずは母クリュタイメストラを殺害。続いて帰宅したアエギストスを処刑しようとする場面で幕となる。

<リヒアルト・シュトラウス作曲/ホフマンスタール脚色 オペラ「エレクトラ」>

リヒアルト・シュトラウスは脚本家のホフマンスタールと組んでオペラ「エレクトラ」を作曲した。ホフマンスタールはソポクレスの「エレクトラ」をベースに脚本を作ったので、話の流れはそれに沿ったものになっている。しかし、原作では淡々と語るエレクトラのモノローグだが、オペラではその燃えるような復讐心が吐露される。圧巻は、原作では妹から間接的に聞くただけだった母クリュタイメストラの夢の話を、オペラでは母自身が語に語らせ、これをエレクトラが解き明かしをする場面であろう。陶酔したエレクトラが血なまぐさい殺しの場面を語る姿はとりつかれた巫女が語るかのようである。その場面をシュトラウスは不安定な和音と意表を突く転調で支えている。
また、クリュソテミスのモノローグでは原作のように常識的な意見を述べるのではなく、平穏な人生の中で「相手は農夫でもよいから子供をうみそだててみたい」と気持ちを吐露する。この場面のシュトラウスの音楽は空五度が現れ官能的である。
エレクトラの音楽を詳細に分析するスペースは無いが、ライトモティーフを使って展開され、転調やハッとする和音進行が印象的である。また、時に数小節ごとに変化する拍子が不安感を増長し、緊張感の高い曲になっていると思う。

以上
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